111.ビーチフラッグ
学校の裏門から連れ出され、人通りの少ない道を満足げな顔で歩く涼。
「なんだか雨が降りそうな感じがするわね」
「予報では降らなさそうだったけど、空を見る感じ怪しいな」
「アプリによって違うから、ちょっと困るのよね」
わかる、と頷く。
残念ながら傘を置いてきてしまったし、帰るまで降らないことを祈るしかない。
「こうして二人で出かけるのって、久しぶりじゃない?」
「……そうかな?」
言われてみれば久しぶりな気もするが、時間的な尺度で言えば、葉音に二人揃ってシバかれそうになってから一月も経っていない。
三十日を久しぶりと言うかどうかは人による。
「私にとっては久しぶりなの。長すぎるぐらいにね」
涼が腕を組んできた。
力が入っている、というより密着したいのだ。
「前は葉音のプレゼント選びだったりっていう理由があったもんな。なら、涼ちゃんと純粋なデートするのは初めてに近いのか」
「そうよ。葉音と三人で映画を観るのも楽しかったけど、なんの邪魔も入らないのが一番いいもの。最近はライバルも増えてるみたいだし」
彼女の言葉に棘があるように感じたが、一方で怒っているようには見えなかった。
「で、今日はどこに行くつもりなんだ? 悪いんだけど、涼ちゃんと出掛けるなんて思ってなかったから、なんのプランも考えてない」
「ふふっ、悟が考えてくれるのも嬉しいけど、私に全部任せてくれていいのよ? あなたを幸せにするのが私の願いなんだから」
「……そこまで恩を感じなくたって、俺は当たり前のことを——」
「それは違うわよ」
言葉を遮られる。
「悟に救ってもらったから今の私があるんだし、毎日が楽しいの。愛を知ったきっかけであることは間違いないわ。でも——」
涼は深く息を吸い込んだ。
何か、大切な告白でもするように。
「私のことを思ってキスを拒んだあなたは、追いかけてきて助けてくれたあなたは、今のあなたでしょう? 私からしたら、記憶を無くす前も今も同じ悟だけど……仮に別人だったとしても、私はどちらにも心を奪われたのよ」
言い方が合っているかは分からないが、あの一件があって俺に惚れ直してくれたということか。
「だから、あなたが気にすることなんて何もないの。それでも記憶を取り戻したいなら……今年の夏は、ビーチフラッグでもしてみる?」
「…………ビーチフラッグ?」
聞き慣れない単語すぎて、おうむ返ししてしまった。
だが、涼は嬉しそうだ。遠い目をしている。
「そう、ビーチフラッグ。悟、実は得意なんじゃないかって思うのよ」
「おお……? 楽しそうだし、みんなでやってみたいかもな」
「でしょう? 夏の予定が一つ決まったわね」
どうせなら隆輝も呼びたいな。
でも、あいつとぶつかったら数メートルぐらい飛ばされそうな気がする。
昔の少年漫画の主人公ぐらいゴツいし、格ゲーでいう投げキャラみたいな体格だ。
隆輝に掴まれたら、どんな猛者でも動けなくなってしまうだろう。
「あんまり気にしないようにするよ。涼ちゃんは今の俺も見てくれてるってことで」
「そうしてもらえると嬉しいわ。私のことも見てくれると、もっと嬉しい」
少なくとも、この状況では彼女の事を見ざるを得ない。
だんだんと暑くなってきた日々だが、彼女の黒髪は涼しげに風に揺れ、枝毛なんて見当たらない。
どこから指を通しても、微塵も引っ掛かる事がないだろう。
鋭いが大きな目も高い鼻も、どこを切り取っても「美」を体現している。
こんなにも美しい顔が俺だけに向いていて、俺の一挙手一投足で歪むのだ。
未だに現実とは思えないな。
かつての俺も、さぞ驚いている事だろう。
「——着いたわよ。ここが目的地」
しばらく歩き、彼女が指さしたのは——
「……本屋か」
そこそこ大きな書店だった。
学校から少しばかり離れているということもあって学生は少なく、カフェも併設されている穴場的な場所である。
枝毛なくなってほしいっす
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