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「さて、教師として潜り込み生活していたウィリアム先生に【魔王】や【死神】を彷彿とさせる出来事があった。
夏季試験前に実技でプロブと対戦したの覚えてるか?」
「……あぁ、覚えてるぜぇ。
何だよ、あれは!」
「なんだも何も、ちゃんと剣を握っておけよ。
ちゃんと握ってないから簡単に剣を落とされるんだろうが。
んで、あの後プロブが気絶してからウィリアム先生が僕の戦い方……というか、覇気を【死神】みたいだと言ったんだ」
「……それで?」
ホルター、乗り出し過ぎ。
落ち着け。
「【死神】は僕の下の兄ですって返した」
「「……はぁ?!!」」
やかましい!
全員で騒ぐなよ!
「ついでに、上の兄は【魔王】ですって教えてあげた。
そしたら金切り声上げて逃げて行った。
この辺りはホルターたちも見たよな?」
「あぁ、逃げて行ったのは見た。
理由までは知らなかったがな」
まぁ、教えるほどの話じゃないし。
「で、ここからは伝聞なんだけど、ウィリアム先生が逃げ出したのは職員室。
そこにいた実技系の教師に【魔王】と【死神】の弟がいること報告して大騒ぎになった」
「……そこまで大騒ぎになった理由は?」
「よほど【魔王】や【死神】に恐怖を感じているんだろうね。
で、大騒ぎしている実技系教師を他――知識系教師――が色々聞いたところ、【魔王】や【死神】世代の生徒がまんまと実技系教師として潜り込んでいたことが発覚。
陛下に報告してめでたく懲戒免職となったという訳」
クラスメイト達はよほどショックだったのか皆黙ってしまった。
「ちなみに、僕もティアーニ先生にこの時に何があったのか説明している。
正直、兄のあだ名を聞いただけで金切り声上げるって想像もしてなかったから僕も驚いたよ」
「まぁそりゃ普通は驚くわな」
ホルターも納得してくれたようだ。
「さて、プロブ。
一応分かりやすい実例を挙げてみたが、理解できたか?」
問いただすと、受け入れざるを得なかったのか黙ったまま頷く。
「という訳で話を戻すけど、ティアーニ先生が暴走しそうなら声かけてあげて、ホルター。
別に他の人でもいいけど、指名しとかないと誰もやらないってことにもなりかねないからね。
すまんがよろしく頼む」
「……仕方ねぇ、やるよ。
ちなみにどのくらいやらなきゃいけないんだ?」
「それこそ僕も知りたいよ。
暴走の理由は推測ついているけど、いつ落ち着くのかなんて想像もつかない。
明日には落ち着く可能性もあるし、数ヶ月このままの可能性もある」
ホルター、そこまで嫌そうな顔すんな。
「一応、領地から戻ってきたらまた面倒見るつもりだ。
なので、戻ってくるまでの一週間くらいはどうにか面倒見てあげてくれ」
「本当に一週間か?」
「明日は別件で学園来れないのと、明後日以降は天候や途中の厄介事にもよるから……。
一応普通の天気、厄介事無しなら三日移動、一日用事、三日移動で終わるはず。
なので、最短で一週間と一日」
「それを祈るしかないか……」
そこまで嫌なのか?
別にティアーニ先生意地悪な人じゃないだろ?
「なんでそんなに嫌がってんの?」
「いや、その……法律苦手なんで」
「はぁ?
授業が苦手かどうかと暴走止めるのは別問題だろう?」
「いや、分かるんだけど苦手意識が先に出ちゃって……」
そこまで法律嫌なのかよ!
「別に暴走止めるために法律の質問しろとかいう訳じゃない。
さっきの僕みたいに『暴走してるよ』って教えてあげれば済む話だよ」
「……何とかやってみる」
「すまんが頼む」
学園休むのに何でこんなに苦労するんだろう……。
「ちなみに、ティアーニ先生の暴走理由って教えろよ」
プロブが駄々こねてきやがった。
女性の秘密を暴こうとはこの愚か者が!
「ダメ。
ティアーニ先生当人が言い出すまでは話す気は無い。
その位は気を使ってやれよ」
「誰がお前に気を使うってんだよ!」
「僕じゃなくて、ティアーニ先生に気を使えって言ってるんだよ!」
全く、プロブはなんでそう訳の分からないこと言い出すんだか。
「プロブの場合、そんなことより考えなきゃいけないことあるんじゃないの?」
「はっ!
考えることなんてねぇよ!」
「……秋季試験 (ぼそっ)」
ピキッ!
「まぁ頑張んな。
考えること無いんだから僕に聞くことも無いでしょ?」
言質は取ったし、次の授業の準備でもするか。
さて、授業も終わったので、マーニ兄の疑問を解消するために図書室へ。
卒業生名簿を見せてもらい調べたところ、騎士科にペクト・エストの名は無かった。
……はぁ?
いやいや、それは無いでしょ?
教会でのあの無駄に親し気な発言はなんだったの?
ふむ……トリスは確かエスト家の次男坊だったはず。
となると、兄であるペクトは嫡男。
まさか、うちと同じで……嫡男だから領主科?
まさかと思いつつもマーニ兄と同期の領主科名簿を調べてみると……あった。
え、冗談でしょ?
あんなところで嘘ついてペクトに利益って何?
……
…………
………………
いかん、いくら考えても理由が思いつかない。
これはマーニ兄と話し合ってみようか。
明日の王宮への参内の準備をしてジャーヴィン侯爵家に移動する。
「マーニ兄、調べて来たよ」
「おっ、どうだった?」
図書室で調べたことをそのまま伝える。
マーニ兄も困惑しているようだ。
「ニフェールの言う通り、なんでそんな無駄な嘘をついたんだ?」
「分からない、正直想像つかなくて……」
二人でウンウン唸っていると、フェーリオが様子見に来た。
ついでに巻き込めとこの件について説明する。
「……単純にマーニ殿の感情的なところに付け込もうとしたんじゃねぇの?」
「ん~、それも考えたんだけど、陛下を襲うという時点で感情的になる理由が全くないんだけど?」
「そりゃ、二人は当事者だから。
その他大勢からすれば、マーニ殿が陛下を守るということなんて知らないんじゃ?
それに自分たちの尺度で陛下を見捨てることも期待しているかもしれない。
説得によっては自分たちの味方になるかもしれない。
なら、嘘でもつくんじゃねぇの?」
ん~、ピンとこないんだけど。
「それって、家族を捨てると考えられた?」
「むしろ、【死神】とジーピン家の繋がりを知らなかった可能性は?」
……え?
……あ?
……あぁ!
「【死神】の名しか知らない?
ジーピン家の息子の一人が【死神】であることを知らない?」
「……なるほど」
え、マーニ兄、納得しちゃうの?
「あの男が俺に呼びかけるとき、【死神】としか呼ばれていない。
一度もマーニとは呼ばれていない。
そして、ジーピンの名も呼ばれていない」
「……学園内で有名になった【死神】の名とマーニ兄の顔だけしか知らない。
そんな奴が騙すためにあだ名だけで呼んでいた?」
頷くマーニ兄。
「ただ、偶然僕というトリスの死の理由を知る者がいたため、ありえない罪――トリスの殺害――を着せるつもりが大失敗。
ならとばかりに改心を印象付けようとするが、マーニ兄の鎌でサックリ」
「多分、そんな感じっぽいな」
三人で大きく溜息を付く。
「何と言うか、策士策に溺れる?
溺れ死んでるけど」
「生兵法は怪我の元じゃね?
怪我どころか死んでるけど」
「下手な考え休むに似たりかもしれんぞ?
永遠に休んでるけど」
上からフェーリオ、僕、マーニ兄の発言。
皆、言いたい放題だな、人のこと言えないけど。
「よし、もうこの件は十分だ。
とても無価値なことだけははっきりした。
ニフェール、ありがとう。
フェーリオ様も相談に乗っていただきありがとうございます」
「いや、この程度ならいつでも相談してくれ」
フェーリオ、妙に偉そう……。
いや、立場的には偉いんだけどさ。
その後、普通に夕食を取り普通に休んだ。
そう、一回戦で済んだようだ。
やはり今まで我慢し続けたからじゃねぇの?
さて、次の日。
全員盛装して王宮に殴り込み……改め爵位授与式に向かおうとする。
が、その前にカリムたちが妙におかしい。
何と言うか、関節曲げる方法忘れたかのような動きをしているが……。
「カリム、どうしたんだその動き」
軽口を叩くと本気で僕を睨んできた。
え?
なんで?
「お前は何て言って大旦那様や大奥様に頼んだんだ?」
大旦那様?
大奥様?
「えっと、それって僕の両親のこと?」
「他に誰がいるってんだ!」
いや、確かに二人以外に呼ばれる可能性は無いけど……。
「軽く、訓練をお願いしたけど?」
「どこが軽くだよ!
なぜ俺たちは死んで無いのか本気で分からなかったぞ!」
「何度も死ぬと思っても、なぜか生きてて次の訓練が待ってるんだぞ!」
「大奥様怖い、大奥様怖い」
「ぃやぁ……いやあ……縛られるのイヤァ!」
上からカリム、カル、ナット、ルーシー。
そこまで?
両親の方をチラッと見ると、視線を逸らされた。
まさか、マーニ兄やアムルのように僕らの手加減は彼らの全力でも届かないほどハードなことを理解できてなかった?
でもマギーのおっちゃんが壊れてない以上、両親も手加減は出来ているんだよなぁ?
「父上、母上、手加減はされましたか?」
「一応、マギーの時と同じ程度には手加減しておいた。
だが……これのどこが手加減だと言われてしまってな。
私等も正直困惑している」
「ぼっちゃん、一応一言だけ。
わしとこいつらを一緒に考えてはいけません。
わしで何とかなる訓練はこいつらには地獄の特訓にしかなりません」
え~っと、つまりマギーのおっちゃんレベルで訓練してあげたらもっと軽くじゃないと無理ってうちのが泣き入れた?
う~ん、ヘタレというのは簡単だけど、能力的にどう考えても無茶な可能性もあるからなぁ……。
「四人とも、今日はお休み。
外出てもいいけど、下手に目立たないように。
今、騎士たちがピリピリしてるから暗殺者に関わりあるものとして処分されても文句言えないからね?
外での発言も注意して」
少し小銭をやると機嫌が直ったのかワイワイと休暇の予定を話し出す。
「大丈夫なんですかい?」
「今日くらいは息抜きさせてあげようかと。
明日からは随時僕と一緒だから」
「……あぁ、そうでしたね。
一時の恩赦って感じですかい?」
「大体合ってると思う。
明日からカルとカリムは御者として仕込んであげて」
「かしこまりやした」
ニヤッとするマギーのおっちゃんと僕。
アイツらに見られてないのでOKだろう。
さて、王宮に向かうがチアゼム家からお二人程フォロー要員が来られた。
ロッティ姉様にラーミルさん♡
授与式は顔出す程度だけど、その後のパーティにはパートナーとして参加してもらえるそうだ。
ちなみに大公家もフィブリラ嬢を連れて来るとか……。
……授与式より緊張してきた。
緊張しつつ王宮の侍従たちの指示に従い控室に入り、今日のスケジュールを説明される。
家族総出で入場、アゼル兄の子爵陞爵、マーニ兄の男爵叙爵、そして他四人(両親と僕とアムル)に謝意と金銭の授与をするとのこと。
……まぁ、僕に男爵位渡すのは卒業時だから手付ってところかな?
一通り説明されたところで皆で謁見の間に向かう。
誘拐未遂事件解決と薬製造拠点壊滅の褒章を得るために。




