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とりあえず、明日は学園に行き、明後日は諦めるしかない。
この覚悟を決めるまでうだうだ悩んでしまったが、どうしようもないことに気づいた。
ロッティ姉様止めてもカールラ姉様が暴走したら意味無いじゃん!
そして、明後日女装するのを事前に見物人たちに教えていなければ成立しないじゃん。
となると、今慌ててもどうしようもない。
ちなみに、ロッティ姉様と接点があったのはティアーニ先生だった。
正確に言うとラーミルさんと同級生でロッティ姉様の一つ先輩。
学園ではまともな教師に見えたが、どうなるのやら。
ドタバタしたがラーミルさん(とおまけでロッティ姉様)と別れ学園寮に戻る。
そして次の日。
カルディアは想定通り疲れた顔で報告しに来た。
「ニフェール、トリスは見つからなかったよ」
「分かった。
で、僕の方で偶然トリスっぽい奴を見つけた」
「え!
どこ、どこで!!」
そんな襲いかからないでくれ!
とりあえず落ち着け。
「以前言ったろ?
消極的ではあるが云々って。
繁華街の外れでとある喫茶店に入ったら偶然見えた。
おいしいクッキーと紅茶だったが、知ってるか?」
店の名を告げるとちょっと首を傾げて考えてるが思いつかないようだ。
「行ったこと無い店だな。
この後行ってみる」
「んで、そこの向かいの雑貨屋の脇の小路を通って奥に入っていった。
僕が見たのはそこまで」
「十分だよ!
んで、この後どうすればいいかな?」
ニコニコ笑顔なカルディアだが――
「とりあえず明日以降は裁判準備のためにこの件に関われない」
「あっ……そうか、もうすぐなんだ」
――やっぱり落ち込んだ。
そんな寂しそうな顔しないでおくれ。
「そんなわけですまんが明日から裁判終了まで四日ほど顔合わせることも難しいと思う」
「そっちは仕方がないね、実家の緊急事態だし」
理解してくれて助かるよ。
「んで、その間先程言った店で監視してみてくれ。
できれば店の向かい側からもこっそり見るとかも試してみてくれると助かる」
「なんで?」
「トリスが問題ありそうな輩と一緒にいた場合、僕が見つけた小路は監視されている可能性がある。
監視するなら喫茶店の上の階とかその辺りで見ているかなと考えた」
「あ、それはあるかも」
「だからカルディアには店での監視と小路を監視している所がないか確認頼む」
「うん!」
やることができて喜びの表情なカルディアだが、ふと考えるしぐさをし始めた。
「どうした?」
「うん、ニフェールが喫茶店なんて似合わないところに行ったのは何故だろうって考えたんだ」
似合わないって結構失礼だぞ?
確かに似合わないとは思うけど。
「ねぇ、もしかして彼女や婚約者ができた?」
ねぇ、なんでそっち方面だけ猟犬並みに鼻が利くの?
僕としてはそっちの方が驚きなんだけど?
「う、うん。
婚約者が夏季試験前にできた」
「だから領主科や文官科の試験受けたの?」
だからと言われるとちょっと違うんだが。
「それだけではないよ?
そっちはフェーリオの役に立つには云々って以前言ったじゃん。
まぁそれ以外にも婚約者出来たら……というか、結婚したら奥さん食べさせないといけない。
まぁ騎士団入って暴れてもやっていけそうだけど、最近ウィリアム先生が暴走したの覚えている?」
「あぁ、授業放置してどこか行った奴」
そうそう、それそれ。
「あれの理由がうちの兄たちの事を思い出して逃げ出したというのが真相のようなんだ。
教師であってもこれだと、騎士になったらもっと怯える者たちが増えそうで」
「あぁ……」
「なので、文官になってしまえば兄たちに怯える人とは接点無くなるはずだから」
「そういう訳ね、納得だわ。
んじゃ、なんで婚約者隠してたの?」
その浮気相手を追及するような言い草止めてくれないか?
流石に泣きそうだ。
「ちょっと色々あって、単純に言い出しづらいんだ。
下手に情報を出すと嫌がらせや暴走する奴が出てくるから。
最近だってプロブが暴走してたでしょ?」
「あぁ……」
呆れた声を出すカルディア。
「あの程度でさえあそこまで暴走するんだぞ?
それより色々理由あるのに情報広めたら、あの類の奴らはどうすると思う?」
「嫌がらせ、暴走、広められたくなければと言って恐喝してくる」
「そうだね、そしてそれに対して僕はどう動くかな?」
「暗殺かな?
それとも授業中の事故を装って処分?」
カルディア、分かってんじゃん。
「まぁ後者かな。
一部逃げ出した奴は暗殺も考えるけど」
「どっちもかよ!」
必要とあればな。
「そんなわけで下手にバラすと面倒事になるんで、言わないんだ。
確か以前『卒業パーティの時には』って言った気がする」
「……あぁ、確かに」
「関心あるならそこまで待ってろ。
どうせそこで色々バレるから」
「うん……」
なぁ、なぜそこで寂しそうな表情をする?
まさか、そういう方面を求めているのか?
カールラ姉様やロッティ姉様辺りがヨダレ垂らして喜びそうだけど。
できればそっちの道は進まないで欲しい。
一度沼ると戻れなさそうだから。
カルディアを納得させ図書室で勉強に勤しむ。
まずは領主科でフェーリオに匹敵する位の点数を取れるようになろうか。
とはいえ、ネックとなる教科は分かっているので勉強あるのみ。
そんな勉強の虫になっていても腹は減る。
今日のパスタはポルチーニソースか!
急ぎ大盛で頼み、席で待つと二人の教師が入って来た。
オーミュ先生とティアーニ先生。
キョロキョロしていると、僕を見つけ近寄ってくる。
なんか、楽しそうですね。
やっぱり明日のアレですか?
「やあ、ニフェール君。
君も学園に来ていたのかな?」
「ええ、夏季試験で色々思うところがあって……」
お二人とも顔を見合わせて困惑しているようだ。
「あぁ、挫折とかではありません。
予想以上に領主科や淑女科、文官科の問題が難しかったので対策を練らないとと思い只今勉強中です」
あれ?
もっと困惑している?
「あ、あの、先生?
何か変なこと言いました?」
尋ねると、オーミュ先生が説明してくれた。
「私たちが困惑していたのは、予想以上に君がやる気を出していることですよ。
大抵試験変更を申し出た者は点数の低さにショックを受け嘆くんです。
ですが、君は私たち教師の予想以上に高得点を叩き出しました」
お茶を飲み一息ついてからまた説明を始める。
「確かに一部教科は低かったでしょう。
それは当然なんです。
なんせ、授業を受けたことの無い内容を独学で学んでいるんですから」
まぁ、そりゃそうでしょうね。
「本来ならそこで諦めるか放課後に指導を求めてくるかです。
ですが君は夏休みにも一人で学び追い付こうとする。
正直私たちからしてみれば驚きの連続です」
もっと頼れとかそういうことかな?
「領主科や文官科の知り合いに読んでおいた方がいい本とか教えてもらったんで、後はそれを叩き込むだけかなと思ったんですがね?」
「それをやる覚悟が既にできているのが驚きなんですけど?
特に、低位貴族の子ではかなり珍しいですよ」
「高位貴族ではあった?」
「ありましたね。
今年もジャーヴィン侯爵家のフェーリオ君とか、チアゼム家のジルさんとか。
そういえば、あの二人に近しいんでしたね」
「ええ、フェーリオの側近の末席におりますけど」
「もしかしてあの二人から試験変更した最初の試験の成績とか聞いた?」
「ええ、教えてくれました。
なのでショックも少なかったのかもしれません」
納得する先生たち。
おっと、ポルチーニの大盛パスタができた様だ。
取りに行き席に戻ると先生方の食事もできていたようで、食堂のおば……お姉様方が運んできた。
三人で食事をしつつ、軽く話をする。
とはいえ、僕としては危険な質問を想定しているのだが。
「先生、質問よろしいですか?」
「珍しいわね、何かしら?」
「お二人は、明日ジャーヴィン侯爵家に伺いますか?」
二人の動きが止まり、フォークが刺さっていた食べ物を皿に落とす。
この反応、やっぱりそうなんですね。
それも二人ともなんですね。
「ニ、ニフェール君、な、何を言い出す――」
「止めなさい、ティアーニ先生」
オーミュ先生がワタワタしているティアーニ先生を止める。
じっとこちらを見つめるオーミュ先生。
「……なるほど、あなたが『お楽しみ』かしら?」
「カールラ姉様やロッティ姉様がどう説明したのかまでは存じ上げませんが、多分それなんでしょうね」
「……カールラ姉様?」
「……ロッティ姉様~?」
「え?
そこまではご存じない?」
首肯する二人の女教師。
「カールラ姉様は【魔王】の婚約者、ロッティ姉様は【死神】の婚約者。
ここはご存じで?」
「ええ」
「僕が【魔王】と【死神】の弟であることは?」
「知っているわ」
「明日の……『お楽しみ』のネタは何かは聞いていない?」
「そこは『来てからのお楽しみ』としか書かれてなかったわね」
どれだけ楽しみだったんだ、あの二人は!!
え、まさか母上や兄たちがいるところでお嬢さんたち集めて女装談義するつもりなの?
「ええと、カールラ姉様は当人からの希望でそう呼んでます。
ロッティ姉様は弟が姉様と呼んでいたのでそれを真似てます。
まぁお二人は姉様たちの性癖をそれなりに理解されているでしょうから何となく想像つくかもしれませんが」
「あぁ、分かるわぁ」
「確かに、あの子だからねぇ~」
簡単に納得されてしまった。
悪い意味での信頼度が高すぎやしませんか?
「ちなみに、お二人が参加されることは昨日ロッティ姉様が暴走した時に知りました」
「暴走って?」
「すいません。
そこは言えません」
ラーミルさんとのキス邪魔されたなんて誰が言えるか!
「で、私たちに何を求めるの?」
「明日ジャーヴィン侯爵家で行われることについて学園内で広めるのは止めて欲しいです」
「流石にそんなことはしないわよ!
カールラじゃあるまいし!」
「そうよ~、私たちだってやっていい事と悪いこと位は分かるわ!
ロッティじゃあるまいし~!」
姉様方、全く信用されておりませんが?
「言い分は理解できますし、やらないと思いたいですが、姉様たちを見たら不安になるのは何となくお分かりになるのでは?」
「……」
「それに最近の学園で暴走、というかやらかしが発生してますよね?
教師も生徒も」
教師はウィリアム先生。
生徒はプロブ。
どちらも僕が絡んでいるんですけどね?
「そういう面倒から逃れたい。
そして、面倒事を誘発したくない。
それだけなのですよ」
二人の先生は少し考え僕の話を受け入れてくれる。
「元々ばらすなんて気は無いけど、これで安心してもらえるのなら誓いましょう。
学園内外問わず広めないわ。
例外としては、明日ジャーヴィン侯爵家に集う予定のメンバーとの会話。
そして集えなかったけど関係あるメンバーのみの会話辺りかしら」
「私も同じ条件で誓いま~す」
「ありがとうございます、先生方」
安心したからか「ほぅ」と軽く溜息がでる。
これで何とか学園生活が維持できるか?
「ちなみに、その代わりと言ってはなんだけど……」
「なんでしょう?
言えるかどうかは分かりませんが話位は聞きますよ?」
「『お楽しみ』の説明は可能かしら?」
そこまで気になりますか?
「姉様たちが驚かそうとしているのに僕が邪魔するのはちょっと……」
「なら、何かヒントは無い?」
「ヒントと言いますか、とりあえず『お楽しみ』は僕と弟が関わります。
数日後に裁判があるのをご存じですか?」
首肯するお二人。
「そこで僕と弟が被告人を追い詰めるために少々やらかそうとしてます。
その準備に姉様たちが関わっているのですが、皆さんの琴線に触れるタイプのお話になります」
そこで迫ってこないでください!
とりあえず落ち着いて!
「んで、その事前準備シーンを皆さんに見せるのか、皆さんに協力してもらうのか、どんな予定なのかはわかりません」
「あぁ、他者にプレゼントしても構わないようなドレスを用意してくれとは言われたけれ……え、そういうこと?」
「僕はこれ以上言えません。
姉様たちに悲しまれたくないので」
お二人は額を突き合わせて相談している。
わずかに聞こえる言葉は「ドレスを着せる?」「化粧までするのかしら?」「でも裁判でやるの?」等。
流石というか、もう理解できているんですね。
「分かりました。
これ以上は追及せず、明日のお楽しみとします」
「はい、ちなみに明日いつ頃集合予定ですか?」
「『朝食食べたらすぐにでも来て欲しい』と書いてあったけど?」
家族集合後すぐですか?
どうせフェーリオやジル嬢は無条件参加させるんでしょ?
両侯爵家の奥方も大喜びで参加するんでしょ?
遠い目をしながら考えていると、先生方が可哀想な物を見る目で慰めてくる。
「辛いなら、無理しなくていいんですよ?」
「先生たちはニフェール君の味方だからね~?」
「でも、明日ナニするか想定できた上で心が沸き立つのを抑えきれないんでしょ?」
そこで視線逸らさない!
先の言葉が嘘に聞こえちゃうから!
「まぁ色々経緯があって、発案者が僕なので逃げるわけにはいかないんです」
「発案者~?」
「その部分は裁判に関わるのでここでは言えません」
流石に裁判に関わると言うとそれ以上は追及してこない。
その後は普通に昼食となった。
ポルチーニの大盛パスタは以前より、いや実家で食べたのより味が落ちてる気がした。
ラーミルさんが作ったことで味に補正でもかかったか?
愛って調味料は大事だね。