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16

「さて、プロス殿。

 最後にそなたが我が領地で誘拐を企んだ時に連れ去られかけた者を呼ぶ」



 さて、呼ばれたことだし諦めて行くとしますか。

 アムルを連れて法廷中央に向かい、陛下に挨拶をする。



「ジーピン家三男、ニフェールと申します。

 こちらは四男のアムルです」

「ジ、ジーピン家四男、アムルです」



 驚いているのが宰相、大公、公爵、三人の侯爵。

 憐れみを感じる視線を送っているのが陛下、二人の侯爵。

 この侯爵はご存じジャーヴィン侯爵とチアゼム侯爵。


 って、陛下なんで驚かないの?



 むしろ僕の方が困惑しているとプロスが騒ぎ出した。



「ま、待て!

 幾らなんでも男を誘拐なんてことはしておらん!

 流石に性別位は判断付くぞ!!」



「それは本当でしょうか?」

「なんだと?」



 僕の挑発に簡単に乗るプロス。

 そんなやり取りをしている所で陛下に声を掛けられた。



「ニフェールよ、久しぶりだな」

「はい、陛下。

 アンジーナ子爵の件以来でございますね」



「そうだな、あれ以来か。

 さて、今回の事について問いたい。

 プロスに連れ去られかけたのはそなたたちで間違いないか?」



 これってチアゼム侯爵が問うべき話じゃないのか?

 アニス様にシバかれやしないか?

 こっちで軌道修正してあげなきゃダメ?



「はい。

 ですが、今の状態(●●●●)でそれを信じることは難しいことは理解しております。

 このような目立つ傷もありますし、戯言と言われても仕方がないかと」

「ほぅ、今の状態で、ということは別の方法が?」



 陛下、もしかして王妃様から軌道修正指示されました?

 あまりにもスムーズ過ぎて怖いんですけど。



「はい、まず今回誘拐が発生することに気づき実行犯たちを捕らえました。

 その際に教唆した者たちが商人が良く使う野営場にいると情報を得ました。

 そこで誘拐を成功させたと思わせて気を緩ませたところで包囲殲滅。

 これを提案しております」



 陛下もその部分は納得しているのか首肯してますね。

 でもこの後は呆れるんだろうなぁ。



「ただし、単純に包囲殲滅する場合、一部の犯罪者が逃げ出す可能性があります。

 それ故、彼らの視線を集中させ、連続で驚かせ混乱させる必要がありました」

「まぁ、そうだな。それは理解できる」


「また、誘拐成功と思わせるにしても誘拐してきた女性が無いと信じない。

 そう考え、我らの中で女装できそうな私と弟で被害者役を担当してます」



 あぁ、やっぱり呆れてますね。

 それと同時に王妃様、目が爛々としているんですけど。


 カールラ姉様化?

 ロッティ姉様化?


 ……どっちも変わらない気がしてきた。



「誘拐発生当時にジーピン家に兄二人と私の婚約者、計三名と母上がおりました。

 その面々に手を借りて傷を消し、女装しております。

 その後、誘拐被害者のふりをしてプロスの前まで連れてかれるようにしました」



「それでうまく騙しきって捕まえたと、そういう訳だな?」

「御意」



 陛下は僕の説明を聞き、チラチラと王妃様を見て、それから僕を見る。

 なんとなく、言いたいことは分かるので陛下と視線でやり取りする。




(うちの妻が女装を見たがってのぅ)

(想像はしてましたので、覚悟はできております)

(すまぬ)




 ……兄弟でのアイコンタクトより精度が高いのは何故だろう。



「陛下、一応我が母上、そしてうちの家族の婚約者もこの場におります。

 お時間をいただけるようであれば実際に化粧した姿をお見せできますが?」


「ふむ、確かにそなたの口から聞いた話だけでは証拠としては弱い。

 どのくらい時間があればよいか?」


「着替えも含めて一時間程あれば足りるかと。

 それと、私どもが嘘をついていないことの証明ですが……。

 王妃様に監視をお願いしたく」



 目を大きく開き驚く陛下。

 目を大きく開き喜ぶ王妃様。




(よいのか?)

(……覚悟はできております)

(重ね重ね済まぬ……)




 ……陛下とのアイコンタクトおかしくね?

 ……物語で出てくる魔法とやらでもここまでできないだろ?



「王妃よ、良いか?」

「ええ、構いませんわ。では陛下、しばし御前失礼いたします」



「ああ、それと全員一時休憩とする。

 プロムは貴族牢、証人は牢へ、スティット家の者は見張りを付けておけ。

 その他の者は一時間後にここに戻るように。

 では一時解散!」



 陛下の宣言の後、僕たちは小会議室とでもいえそうな部屋に案内された。

 そこには、女性がいっぱいいた。




 いやいや、なぜそんなに女性がいるの?


 って、あれ、ジル嬢もいるの?

 フェーリオ置いてきちゃったの?


 そんなことを考えているとカールラ姉様が女性たちに向かって宣言した。



「皆、久しぶりにお会いしますわね。

 今回犯罪者を捕縛した際の女装の再現を求められております。

 この二人を一時間美しく仕立て上げることを許可されておりますわ」




 H Y A H A A A A ! !




「化粧は私と未来の義母、そして義妹二人で行います!

 着せるドレスは事前に準備済み、そちらの着付けはご協力願います!」




 F U O O O O O ! ! !




「犯罪者を炙り出す大義名分の元、美しく生まれ変わらせましょう!」




 Y E A R ! ! ! !




 ……何、このノリ?



「カールラね――」


「ニフェールちゃん、お黙り。

 化粧の際には黙ること位は分かるでしょ?

 終わるまでは黙って!」



 あの、目がギラギラされているんですけど?

 ちょっ、ラーミルさん、母上、助けて!

 ロッティ姉様には期待しないから!



 僕の視線を感じたのか二人とも僕を見て首を横に振った。

 アゼル兄やマーニ兄も目を逸らしている。


 仕方ない、ここは父上、評価を取り戻すチャンスですよ!

 って、いねぇ!!

 どこ逃げやがった!!!



 ここから三十分、十数人の女性からの熱い視線に貫かれ続けた。

 同時に母上、姉様たち、ラーミルさんの技量であの時の女装を再現していく。



「さて、化粧は終了。

 皆さん、着替えに入ります!

 二手に分かれてこの子たちを着飾らせてあげて頂戴!!」



◇◇◇◇


 ニフェール兄さんがカールラ姉様に一喝されて黙ってしまった頃。

 僕、アムルは夢の中にいるような雰囲気に包まれていた。


 とはいえ、女の人がいっぱいいるが正直ほぼ風景にしか見えない。

 いや、お綺麗だとは思いますけどね。


 流石カールラ姉様のお知り合いだけあって容姿が素晴らしい方ばかりです。


 多分性格も(特定方向の性格を除いて)素晴らしい方なのでしょう。


 でもそんなお姉さんたちが灰色の風景に変わってしまう位――



 ――一人の素敵な女の子を見つけてしまったからだ。



 名前もどこに住んでいるのかも分からない。

 この場所にいる位だから貴族の子女なんだろう。

 ぱっと見僕とそう変わらない年のようだ。


 できることならお近づきになりたいなぁ。



 まぁ、化粧中である今は無理だけどね。

 会話しようとした途端カールラ姉様から叱られちゃう。



「さて、化粧は終了。

 皆さん、着替えに入ります!

 二手に分かれてこの子たちを着飾らせてあげて頂戴!!」



 カールラ姉様の宣言により、化粧フェイズから着替えフェイズに変わった。

 なら、会話は可能なはず!


 こちらのお嬢さんの名前だけでも知っておきたい!

 できれば、僕の名前も知って欲しい!



 そんなことを考えていると、僕にドレスを着せようとする女性陣。

 まぁ、風景にしか見えない人たちだが。

 その間からあの子が近づいてきた。


 やけにうるさい心臓の音が邪魔をして集中できない。


 ニフェール兄さんもラーミル姉様に告白するときにこんなになったのだろうか?

 僕なんて告白どころか名前を聞くだけでもこんなにドキドキしているのに。



 あんなこんなと頭の中でパニックを起こしていた。

 そうすると、カールラ姉様に連れられて僕のそばに来て声を掛けてくれた!



「失礼します、私フィブリラと申します。

 あなた様のお名前をお聞かせいただけませんでしょうか?」



 フィブリラちゃんっていうのか……可愛い名前だなぁ。



「は、はい、僕は――」



◇◇◇◇


「母上、あれってもしかして?」


「アゼル、邪魔をしてやるな。

 アムルが幸せになるかどうかの瀬戸際だ。

 邪魔するなんて無粋な真似は恥だぞ?」


「いや、邪魔する気は無いですよ。

 それと、こちらの疑問はあの子、かなりの地位にある子では?」


「それこそアタシに聞くことじゃないよ。

 アタシもアゼルに負けない位王都の知識が無いんだ。

 後でカールラに聞いておきな」



 アタシ、キャル・ジーピンはライブでアムルが恋に堕ちるのを見ている。


 相手側――フィブリラという名前らしいが――も悪い感じはしない。

 これは早くも隠遁生活に入れるかねぇ。



 というか、カールラが妙にニコニコしてやがる。


 ただ笑顔ならば特に文句は無いんだが、妙に笑顔が硬い。

 あの子があんな表情をすること自体が想像しづらいが。


 誰だい?

 うちの嫁にプレッシャー与えた奴は?


 そんなことをイライラしながら考えていたら予想外の人物から声を掛けられた。



「失礼、ジーピン男爵夫人はそなたかな?」



「誰や?」と思いつつ顔を向けるとそこには王妃様が。


 流石のアタシでもいと高き所におわす御方に無礼な真似はしない。


 いや、やるときはやるかもしれないが。

 一応うろ覚えの礼儀作法を駆使してその場を乗り切る。



「はい、前ジーピン男爵の妻のキャルと申します」



 珍しくカーテシーなんてやると慌てられてしまう。



「あぁ、そこまで礼儀にこだわることはない。

 ただの雑談だ」



 ならさっさとカーテシーを止めてこの国の女性の最高権力者に相対する。

 こっちとしては面倒くさい行動は嫌いなんだよねぇ。

 何の用なんだい?



「そなたの息子、アムルだったか?

 その子に今フィブリラが付きまとっていると思う。

 それは吾がそなたの義理の娘であるカールラに頼んだことだ」

「そのフィブリラ嬢はどこの方なんですかね?」



「アリテミア家の長女。大公家の者だ」




 は ?




 いや、アムルがいい男なのは分かる。

 男女問わずコナかけてくる輩を三人の兄が全力で追い払ってるからな。


 でも流石に大公家長女が?



「そなたはカールラの性癖は知ってるか?」

「かわいいもの好き程度なら聞いてますが」



 特にショタ、具体的に言うとアムル位の男の子が大好きなようだが?



「その通り。そして同様の性癖を持つものがそれなりにいるのだよ。

 見えるだろう?」



 見える?

 見えるってなんだい?




 ここにはうちの家族と手伝いの女性じ……おい、まさか?




「分かったかな?

 ここにいる婦女子は皆カールラと同じ考え、性癖を持つものだ」



 類は友を呼ぶとは言うけど、友が多すぎやしないかね?

 朱に交われば赤くなるの方か?

 洗濯しろとしか言いようがないが。



「それとフィブリラだが、少々性格的に問題があってな」



 何だ? 我儘にでも育ったか?

 二、三発尻引っ叩いて、覇気ぶつけてやれば大体大人しくなるが?



「箱入り娘でなぁ、あまり男に免疫が無いのだよ。

 むしろ恐怖を感じる位でのぅ」



 そこは単純に慣れだと思うがな。



「なので、今回女装もできる男性なら怖がらず会話ができるのかと思うてな。

 カールラに頼んでこの場に参加させてもらったのだよ。

 まぁ、この光景は想定外だがな」



 それはこっちの言い分だ。

 アムルがあんなに全身からラヴな気配を漂わせるのは想像もつかなかったよ。



「ちなみに大公様はこのことご存じで?」

「奥方ならこの場にいるが?」




 いるのかよ?!




「大公当人は奥方から伝えるだろうよ」

「……こちらに火の粉が飛ばないようにお願いしますよ?」

「分かっておるよ」



 こちらの気も知らずに王妃はこっそり笑っているようだ。

 腹立たしいが殴るわけにもいかず、こぶしを握り締める。

 その音が聞こえたのか王妃も防御態勢を取る。



「このようなところで【岩砕】の力を見たい訳ではない。落ち着け」



 落ち着かなくしているのはどっちだ!


 って【岩砕】?

 なぜその名を?



「表情に出ているので答えようか。

 そなたの二つ下の代が私の代だ。

 あの頃は【岩砕】と【緊縛】が付き合い始めたと聞き学園中が騒いだものよ」


「お忘れください。

 忘れられないのなら力づくでも……」


「おぉ、怖いのぅ。

 砕かれたくないから黙っておこうかの」



 そういや二つ下の代にそんなのがいたねぇ。

 関心なかったから忘れたたよ。


 とはいえ……変なところで繋がりが出来ちまったなぁ。

 これはアゼルに押し付けてさっさと隠居するべきかねぇ。

 でもアムルの母親としては……うまくいってほしいんだがねぇ。


◇◇◇◇


「さて、ニフェールちゃん、アムルちゃん。

 私たちができることはここまで。

 後は二人がプロスをどこまで追いつめられるかよ」


「いや、追いつめるって。

 ちょっと捕縛した日に話した内容を繰り返すくらいですよ。

 まぁ、何かやってきたら追加で追いつめますが」



 変に期待されても困るんだがなぁ。

 そんなことを考えていると、隣のアムルから反応がないのに気づく。


 そっちを見てみると、何ということでしょう。

 アムルがどこかのお嬢さんと見つめ合って周りが見えてないではありませんか!


 周りの反応を見てみると、一人だけ冷汗かいている方がおられますね?




「カールラ姉様? 正直に白状なさいませ!(裏声)」

「……その声、ちょっとクルわね。

 ともかくアムルちゃんの事ね。

 実は――」




 かくかくしかじかと事態の説明をしてくれるが……。

 大公の娘さんと恋愛、どころか相思相愛っぽい?


 あっちゃーと思いつつも現実に戻さないといけない。

 下手に遅れて法廷側の心象を悪くするのはまずい。



 しかたない、ヤるか。



 延々と見つめ合っているアムルの横に移動する。

 普通なら気配で分かるんだがなぁ。


 耳元に口を近づけ、熱い吐息を拭きかける!




 ハ ァ ッ !




「うひゃっ!」



 一瞬で横っ飛びして正気に戻るアムル。



「兄様、何するんですか!!」



 珍しく本気で怒るアムル。

 でも僕は黙ったまま視線を送るのみ。


 返事もせず見られるだけのアムルは居心地が悪いのかモジモジし始めた。

 そのタイミングで初めて声を掛ける僕。



「そちらのお嬢さんと仲良くなったのか?」

「え、あ、はい!」



「……よかったな」



 笑顔で言ってやるととてもイイ笑顔で「はいっ!」と返してくる。

 カールラ姉様とロッティ姉様が鼻血出してるが、まぁ周囲が何とかするだろう。



「さて、それはともかく僕たちがこの恰好した理由は思い出せるか?」

「……あっ!」



「着替えたなら次は法廷でどうするか打ち合わせるぞ。

 あ、あとそちらのお嬢さん」



「は、はい!」

「アムルといて楽しかったかな?」



「……はい♡」



 おぅおぅ、ちょっと前のラーミルさんと僕みたいだ。



「ならすまんがアムルを借りるよ。

 やること終わったらまたここで着替えたり化粧落としたりする。

 その時また一緒にいてやってくれると助かる」

「はいっ!」



 アムルに互いに何と呼ぶのか、各々の名前をどうするか等を話す。

 ついでに家族に仕事を割り振る。


 母上が「ノリノリだねぇ」と呆れだすけど……。

 プロスに追い打ち掛けたいのでご協力願います。

【アリテミア家:国王派文官貴族:大公家】

 ・フィブリラ・アリテミア:大公家長女(初出時点で十歳)

  → 名は心房細動(Atrial fibrillation)から細動の部分だけ使う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >朱に交われば赤くなるの方か? 洗濯しろよとしか言いようがないが。 この空間においてキャル母上は常識人枠なのに常識人すぎて常識を踏み外しかけ、ラーミルさんは明らかにパワー不足(-_-;…
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