14. 24時間マラソン!ただ抱きしめてほしくて……
今年ハタチという節目を迎えるわたしのもとに、とんでもないオファーが舞い込んだ。
「どうだ、やってみるか?」
「これを、わたしが……」
それは、毎年夏に行われるテレビ番組内の“24時間マラソン”のオファーだった!
爆エン! と同じ系列だったこともあり、わたしに声がかかったのかもしれない。
笹竹さんは、当然やるもんだという顔をしている。
「24時間走った後の君の印象は、また変わるかもしれないぞ」
「……!」
「君はずっと、よく頑張ってる」
「えっ……」
「それは、僕が一番知ってる」
「……!」
「ずっと隣で、誰よりも佐藤美空という人間を見てるんだからね?」
「笹竹さん……」
笹竹さんの言葉が、なんだか優しく感じた。
そうだ、わたしはひとりじゃない。
いつも、二人三脚で、笹竹さんと走って来たじゃないか。
それは、これからも変わらない。
わたしはこのビックなオファーに立ち向かうことにし、夏の本番に向け、仕事と大学の合間に走る練習を始めた。
× × ×
この日は、少し走る練習をした後、爆エン! のコントの収録だった。
そして夜、事務所に戻ると、わたしはもう少しだけ練習しようと外に出た。
事務所の周りをぐるぐると走る。
しばらくして、わたしは足をとめ、左のふくらはぎを気にした。
「あんまり無理すんなよ」
えっ? この声は……!?
その知っている声に、わたしは思わず振り返る。
そこには、いるはずのない三栗屋さんがいた。
「三栗屋さん、なんで……!?」
「ん? いや、そらちゃんのことだから、また走ってんじゃないかと思って」
「!」
「足、ホントは少し痛めてんだろ?」
「えっ……」
三栗屋さんは、突然、わたしの左足を掴んだ。
「ちょっ……!!」
「コントの時、少し左足をかばってた気がしたんだよ」
「!!」
三栗屋さん、そんなわたしの変化にまで気付いてたの?
そんなに、わたしを見ていてくれたの?
それともただ、コントの鬼なだけ?
コントに支障が出て、怒ってる!?
「すみません。ベストなパフォーマンスができてなかったなら……」
「ベストを出すのは、マラソン本番だろ?」
「!」
「ほれっ!」
三栗屋さんは、わたしに、スポーツドリンクが入ったペットボトルを差し出した。
「!」
「じゃ、頑張って」
三栗屋さんは、優しく微笑むと、去って行った。
久々に、三栗屋さんの笑った顔を見た気がした。
記憶を辿って行くと、破局報道以降、元気はなかった気がする。
わたしも、それに触れることはなかった。
わざわざ、『頑張って』って、言いにここまで来た?
偶然通りかかって?
いや、偶然ここを通るはずがない……。
わたしは、自分の左足を見つめた。
× × ×
マラソン本番がやって来た。
スタートは夜。熱帯夜が続いており、日が落ちても涼しいとは言えない気温だった。
わたしに、たすきが渡された。
そこには、爆エン! メンバーみんなからの応援メッセージが書かれていた。
みんなの想いを胸に、わたしは走る!
スタートの合図が鳴る。
わたしは駆け出した。
わたしは走るペースを崩さないようにと心がけ、前だけを向いた。
翌日、この日の天候は晴れ。
夏の厳しい日差しが、わたしに容赦なく照り付ける。
日中になり、走るペースは大幅に遅くなってしまった。
足にも痛みが出始めている。この挑戦は、やはり思った以上に過酷だった。
もうすぐ、次の給水、中継ポイント。
すると、ここで驚くようなサプライズがあった。
カメラと共に、そこには、なにわメモリーの二人が待っていたのだ。
スタッフに手渡されたイヤホンを耳に付けると、ゴールの武道館で待つ、他の爆エン! メンバーの声が聴こえた。
「!!」
痛みが気になってからというもの、どこか自分一人の闘いになっていた。
そうだ、これはみんなで走ってるんだ。
わたしは、たすきを握りしめた。
「今、どんな感じや? 足痛いか?」
風上さんが、わたしの顔を心配そうに覗き込む。
その距離があまりにも近くて、一瞬痛みが飛んで行った気がした。
わたしは、まだまだ炎天下を走らなければならない。
再び気合いを入れ直す。
沿道には、応援してくれている方々の姿がある。
必ず、ゴールしなければ!
わたしは痛む足を、一歩、また一歩と前に出した。
共に、風上さんと十河さんの足も前に出る。
ん……?
走ってる!?
『なんということでしょう! ここからはどうやら、なにわメモリーの二人が並走するようです!』
実況が、この状況を伝えている。
わたしの両隣には、風上さんと十河さんがいた。
「えっ……、走るの!?」
「少しだけな?」
「急に走ったら、足痛めますよ!」
「へっ? 急じゃないで?」
「へっ!?」
「一番キツイ地点から、一緒に走ろうって、これ風上の提案なんやで?」
「えっ……」
「番組にまで掛け合って」
十河さんが笑っている。
わたしはこの状況に困惑していて、事態があまり把握できずにいた。
でも、わたしの両隣には、ずっと、なにわメモリーの二人がいた。
『おっと、佐藤少しペースを取り戻しました!』
不思議なもので、一緒に走ると足の痛みは和らいだ。
しばらく走ると、前に別のメンバーが現れた。
「えっ!?」
「はい、バトンタッチ!」
まさかだった。サプライズはまだまだ続いていたのだ。
爆エン! メンバーは、わたしの横を代わる代わる並走する。
このパターンのマラソンは、これまで見たことがなかった。
沿道からは、このメンバー並走マラソンに対する興奮が伝わって来た。
そして、最後のバトン……。
そこには、三栗屋さんと飛鷹さんの姿があった。
『最後は、有明モンタージュのお二人です!』
ついさっきまで、会場で見守っていると思っていたメンバーが、共に汗だくになり、横を走っている。
わたしがやって来たこれまでは、真剣に取り組んだコントは、間違いじゃないと思った。
「三栗屋先生……」
思わず、口から声が出てしまった。
「なんだよ。俺らも、そらちゃんのいないところで練習してたんだからな?」
三栗屋さんが、クールに言葉を漏らす。
「こいつ、そらちゃんの足の心配スゴイしてたんだよ。本番まで、コントで足に負担がかからないようにしたいって」
飛鷹さんがニヤニヤしていた。
「うるせぇな」
三栗屋さんが、少し照れた気がした。
一番暑い時間帯が過ぎ去り、爆エン! メンバーの並走も終わりを迎えた。
「ゴールで待ってる!」
三栗屋さんは最後にそう言うと、わたしの肩をポンと叩いて去って行った。
絶対にゴールする!
わたしは走り続けた。
やがて、日も暮れ、ゴールも少しずつ近づいてきた。
満身創痍ではあったが、ひたすらゴールを目指すのみだった。
ふと、沿道の応援に目を向けた。
何故かは分からない。でも、その場所にわたしは目を向けたのだった。
わたしに、衝撃が走った。
そこには、母がいた。
九州に帰ったはずの、行方が分からなくなったはずの、母の姿があった。
「お母さん……」
母は泣いていた。
『佐藤、武道館はまもなくだ! 沿道からは応援する声が聞こえます! 佐藤の走りに涙を流している方もいます!』
母は嘗て、「美空にわざわざ苦労して、傷付いて、そんな人生歩んでほしくないのよ」そう言った。
本当にそうだよ。
凄い傷付いて、苦しくて、悲しくて、自分のせいで家族が壊れて……。
バカみたい。
お母さんの言った通りだったよ。
「頑張れぇ!」
「頑張ってー! あともう少し!」
応援の声が飛び交う中、母の口は「ごめんね」と言っていた。
わたしは涙が溢れて、前がよく見えなかった。
『ここまで走り続け、足の痛みとの闘いも続いている。佐藤、苦しくなって来たか? 目には涙が光っています!』
勝手な実況が、わたしを嘘に映す。
わたしは、足が痛くて泣いているわけではない。
心が痛くて泣いていたんだ。
わたしは母に、「よく頑張ったね」と、ただ抱きしめてほしかったのかもしれない。
× × ×
武道館から、走る様子を見守る、爆エン! メンバー達。
CMに入り、三栗屋が、ぼそっと呟いた。
「さっき映った沿道の人……、そらちゃんの母親だよ!」
「えっ!?」
「家族の写真、見せてもらったことがあって……」
× × ×
武道館は目の前。
この場所で、満員のお客さんの前で歌う夢を胸に、わたしは上京した。
まさか、こんな形で武道館の地を踏むことになろうとは思いもしなかった。
会場に入る。満員のお客さんがいる。
ステージには、ゴールテープを持つ爆エン! メンバー達。みんなが待っていた。
わたしの直線上に、風上さんがいる。
わたしは、飛び込むようにテープを切った……。
スッと、誰かが横から飛び出してきた。
「!?」
ゴールテープを切ったと同時に、わたしは、彼の腕の中にいた。
「!!!」
三栗屋さんは、ギュッと力強くわたしを抱きしめた。
自分の鼓動がうるさくて、周りの音が何も聴こえなかった。
三栗屋さんは、わたしの耳元でそっと囁いた。
「今日までよく、頑張ったね」
三栗屋さんから想像できなかったその言葉に、わたしは全身が震えた。
涙がとまらなかった。
『ライダー物語』から3年! あのドラマが帰って来る!
続編『生きる』スタート!
このドラマには、問題の“キスシーン”があります!?
来週に続く