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(6)

「正直、大会が終わった後はもう、受けてもらえないんじゃないかって思ってたよ」

 カシャ、とシャッターが切られる音とともに耳に届いた言葉に、芽吹は閉じていた瞼を開けた。

 今ではすっかり見慣れたカメラを構える親友の姿は、とても凜々しく美しい。

「お陰さまで、カメラ恐怖症もすっかり消えてなくなったしね。次の大会に向けた頑張ってる親友の、力になりたいから」

「私も、奈津美の夢、応援してる」

「うん。ありがとう2人とも」

 奈津美が応募した作品は、2次選考で落選した。

 1次通過した作品につく選評に納得したように頷くと、奈津美は芽吹たちにふがいない結果で申し訳ないと詫びた。

 親友の悔しさをひた隠しにする顔を、芽吹は衝動的に腕の中に閉じ込めた。

「今度は是非、華にもモデルになって欲しいな-。ね、試しに2人そこに並んでみてよ」

「いいね。華、ちょっとこっちにおいで」

「いい。私はそういうの、向いてないから」

「何を言うか。『最近花が咲くように魅力を漂わせている』と噂の華さんが」

「誰が言ってるの、それ」

「んー、小笠原先生?」

 瞬間、華の肩が小さく反応した。

 その可愛らしい反応に、奈津美はにんまりと微笑み、芽吹は「こら」とその奈津美の頭を素早く叩いてやる。「……奈津美、嘘ばっかり。嫌い」

「これがあながち嘘でもないんだな-。昨日先生言ってたもんね。『折鶴、最近雰囲気変わったな。彼氏でもできたか』って。完全に探り入れてきてるよねえ、これ」

 確かに他人の、しかも生徒の私事を自ら話題に出すなんて、あの人物には考えられないことだ。

 慎重にその出来事を咀嚼したらしい華もまた、同じ感想に行き着いたらしい。

 その頬は、愛らしく桃色に染まっていた。

「……何て、答えたの」

「『直接本人に聞いてみてください。先生相手なら教えてくれるかもしれませんよ』って言っといた」

「……」

「ど? 合格?」

「……嫌いなんて大嘘。奈津美、大好き」

「私も大好きだよ華!」

 長身の奈津美が小柄な華を抱きしめると、華の姿がすっぽり覆い隠されてしまう。

 そんな微笑ましい光景に頬を緩め、芽吹は穏やかな色彩の空を仰ぎ見た。

 息吹は今頃、綺麗な星空の下だろうか。

 今、何をしてる? 何を見て、何を考えてる?

 何を──カメラで追い続けてる?

「そういえば、昨日はもう1つ、興味深い話を耳にしたよ」

 自身に矛先が向いたのを感じ、芽吹は小さな警戒心を胸に奈津美を見返す。

「ほほう。して奈津美さんや、その話とは?」

「安達先輩が、3年の先輩女子から告白されたらしい」

 からかわれるもんか、と体に妙に力を入れていた分変な表情になっていたらしい。

 結局ぴくんと小さく寄った眉間のしわに、やはり奈津美はにんまりと微笑み、華は「こら」とその奈津美の頭を素早く叩いてやった。

「当然のように、安達先輩はすぐさまその申し出を断った」

「……ふうん。モテる男は辛いねえ」

「んでその断りの言葉が、『来宮芽吹さんと真剣交際することになったので』」

「ちょっと待って。それ初耳!」

 すぐさまスマホを取り出し、最近追加された連絡先にメッセージを送りつける。

 そんな微笑ましい光景に頬を緩め、親友2人もまた穏やかな色彩の空を仰ぎ見た。



 安達への詰問を終えた芽吹は、冷やかす奈津美と微笑む華にそれぞれ別れを告げて家路についた。

 息吹が外国に発ってすぐに起きた事件もあり、家には警備システムが備えられた。お陰で芽吹は少しずつ、以前と同様の落ち着きを払って自宅の施錠を解くことができている。

 安達が手にしていたあの鍵は一度芽吹の手に戻っていたが、結局再び安達の元に返した。もともと息吹が持っていた鍵を、芽吹が取り上げるのは可笑しいと思ったからだ。

 安達があれを悪用するとは到底思えないし、それに、と芽吹は心の中で続ける。

 その鍵を取り上げてしまっては、息吹が帰ってくるときに使う鍵がなくなってしまう──なんて。

「ただいま」

 来宮家のリビングは、玄関を続く廊下に横付けされた扉をもってつながっている。

 中に入ると、まず向こう壁1面に美しい外国の風景写真をかき集めたフレームが視線を集める……はずだった。

「──……っ」

 自由に張り集められた風景写真の真ん中に、一際目を引く色鮮やかな写真があった。

 鮮やかな色彩の花々に囲まれるように咲いている、人々の笑顔。

 どこか見覚えのある、異国の子どもたちだった。

「……写真の配置、勝手に変えてるし」

「ごめんね。でも色合いとバランスを考えると、この並びがベストかなって」

 ちっとも悪びれていない声が、リビングに優しく響いた。

「確かに、今までのはお母さんが気ままに貼り付けただけだったからね」

「はは。これを見たら母さん、怒るかな」

「ううん。喜ぶと思う」

 リビングチェアに腰を下ろす1人の存在に、芽吹はもう驚かなかった。

 相変わらず無造作に揺れる髪と、掴み所のない緩い表情。

 胸をせり上がってくる熱いものが、喉の奥まで迫り、涙に似た息になって吐き出される。

「いつ、帰ってきたの」

「今日だよ。帰国の目処が付いてすぐ、飛行機に飛び乗った」

「また仕事を放ってきたんじゃないでしょうね」

「しないよ。浩になぶり殺されたくないし、カメラが好きだから」

 カメラが、好きだから。

 その言葉を自然に受け取った芽吹は、とうとう呼吸の仕方を見誤ってしゃくり上げる。

 少し驚いた顔を浮かべると、芽吹の目の前に上背のある人影が立った。硬い指先が、そっと目尻に浮かぶ涙を拭う。

 懐かしい、この感覚。

「俺が留守の間、怖い思いをしたって聞いた。誰に何されたの。俺が始末するから任せといて」

「そう言い出すと思ったから伝えないでって頼んだのに……先輩の馬鹿」

 家の鍵が返納されるときに交わされたのだろう会話が想像し、芽吹は苦笑を浮かべた。

「いいよ。大丈夫。帰ってきてくれたんだから」

 そっと背中に回した手に、次第に力が込められる。

 少し砂っぽい香りのする胸元に、再びぐずりそうになる鼻先を埋めた。

「おかえりなさい、息吹」

「ただいま、芽吹」


END


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