路地裏の出会い
かなり久しぶりの投稿ですみません。
一週間以上、体調不良が続いてなかなか書けず遅れてしまいました。
本当に申し訳ない。
「あ~、あんまり有力な情報はないな」
ティアを帰したのち、アーサーから受け取った情報に目を通して今は西区にある物流の町、ウエストゲートへと足を運んでいた。
木を隠すなら森の中というように、もし誘拐された子供たちを運び込むなら輸送用のトラックを使う筈だ。そのトラックが目立たずに荷を運び込める場所と言ったらここしかない。しかし、捜索範囲を限定したとはいえ広いことに変わりはなく、また目星がついている訳でもないので結局は足を使って地味に情報を集めていくしかないのだ。
「本職の情報屋連中でもまだ何も掴めてないみたいだし、こりゃ見当外れのとこを探してしまったかな?」
ぼりぼりと後頭部をかきつつ、青空を見上げてため息を吐く。そしてチラッと視線を動かして視界の端に映った人影に対して、軽い頭痛と脱力感を覚える。始めは物陰からこちらを窺がう視線を感じて自分に恨みを持ってる何者かかと思ったが、敵意を感じなかったのとあまりにもずさんな尾行に呆れて放っていたのだが、建物のガラスや路駐してある車のミラーで振り返らずに確認したところ、どうやら尾行者はティアだったことがわかった。
「このまま気付かない振りをしてもいいが、俺が知らないところで妙な事件に巻き込まれても面倒だしな~」
当てもなく歩みを進めつつ、適当な角を曲がる。そしてティアの視界から体が完全に消えてから一気にダッシュして路地に身を隠す。しばらくすると走ってくる足音が聞こえてきて、路地の前をティアが横切ろうとした瞬間に腕を掴んで無理やり引き込む。
「離しなさい!」
「うおっ!?」
日頃の訓練の賜物か、ティアは突然の事態に慌てるでもなく空いた左手でためらいもなく殴りかかってきたのを右手で受け止める。すかさず今度は左膝で金的を狙ってきたのでそれを右足を曲げてガードし、これ以上抵抗されても困るので強引に体重をかけて力押しで壁に押し付けた。
「くっ!?」
「ちょっとは落ち着けっての、ティア。まさか俺の顔を忘れたってことはないだろ?」
「あれ?レイスさん!?なっ、なんでここに?」
「それはこっちのセリフだっての。着いてくんなって言わなかったか?」
「え~と、それは……」
目を泳がせて何か良い言い訳でも考えているような素振りのティアに脱力感を覚えてため息を吐き、拘束していた腕を離してやる。
「とりあえず人に会う用事は全部終わったし、このまま下手なストーキングをされて悪目立ちされるのも困るしな」
ビクッと震えたところを見るに、あんな拙い尾行で気付かれていないとでも思っていたのか。それを考えるとなんだか本気で頭痛がしてきた。これは一度尾行術についての講義でもしてやるべきか。まあそれもこれもまた今度だ。今は誘拐事件の手掛かりを何か一つでも掴むのが先だ。
「バイトの延長ってことで割り切ってやるから、一緒に来るか?」
「……いいんですか?」
「なんだ、えらく消極的だな?お前なら二つ返事で来るって言うと思ったんだが」
「それはそうなんですけど。ほら、昨日のこともありますし」
「ストーキングしてきた奴が今更それを言うか?」
「あはは、確かにそれもそうですね。ちなみにいつから気付いていました?」
「いつからってな……」
訊かれて記憶を手繰って思い出す。店を出たばかりのところでは見られている気がしただけで無視してて、本格的に気付いたのはこの町に入って情報屋のところを周っているときには尾行者の存在には気付いていた。だからそうすると……。
「尾行に気付いたのはこの町に入ってからだな。違和感を感じただけで言うなら店からってとこだな」
「それってほとんど最初からってことじゃないですか。じゃあ、尾行者がわたしって気付いたのは?」
「んなもん、気付いてすぐに確認したっての。情報屋と会うのに怪しいやつを連れ歩けるかっての」
おかげでティアのことを情報屋連中には尾行術の練習中と伝えるしかなかった。これでティアの顔と名前が俺の関係者として知られてしまったことが、いつか問題にならないといいが。
「うぅ~、なんだか自信がなくなってきました」
「俺を相手に出し抜こうってのがそもそも間違いだな。年季が違うっての」
「レイスさんの昔の仕事って何してたのか本気で気になるんですけど」
「ははは、それは秘密ってことで。いつか話せるときがきたら話してやるよ」
「言いましたからね。約束ですよ?」
「ああ、約束だ」
そんな日が来ることはきっと無いだろうなと思いつつ、そろそろ情報収集を再開するかと思い直す。それに女の子を路地に連れ込んでいるというだけで通行人の視線がちょっと痛い。早めに移動することに越したことはないだろう。と、その前に新しい情報が入って来てないか携帯端末を起動する。
「あの、レイスさん」
「ん?ちょっと待ってくれ」
入ってきていた情報を整理して必要なものとそうでないものを分けていく。それから捜索範囲を絞れないか地図と照らし合わせていく。
「いえ、あの、路地の奥から子供がこっちに向かって走ってきてるんですけど」
「子供が走ってるのなんか別に珍しいことじゃないだろ?」
端末に目を落としたまま適当に答えているとクイクイと袖を引っ張られる。
「ボロ布を纏っている子が普通なんですか?」
「ボロ布~?」
何か様子が違うと思いティアが指し示す方向に視線を向ける。すると確かにボロ布をマントの様に纏った子供がこちらに向かって走って来ていた。その姿に何かのごっこ遊びでもしてるんじゃないかと思ったが、それにしては他の子供の姿はない。さらに違和感を覚えたのが遠目にもあの子供は裸足で走ってるようにしか見えない。
「やっぱり変ですよね?」
「そうだな。ストリートチルドレンにしてもあそこまではないだろうし」
訝しげに観察していると子供の後ろから3人の男たちが角を曲がって現れた。その男たちはチンピラ風の若い男にちょっと小太り気味のおっさん。メガネをかけた神経質そうな顔をしたなんとも統一性のない3人。その3人の男たちはきょろきょろと辺りを見回し、子供の姿を確認すると何やら声を上げて追いかけ始めた。
「なんだか穏やかじゃないな」
「ですね。助けますよね?」
助けますか?ではなく助けること前提で訊いてくるティアに頷きで返し、子供に向かって駆け出す。
「子供の方を頼む」
「はい!」
いきなり自分の方に向かって駆け出してきたこちらに驚いたのか、足を止めた子供の頭上を壁を蹴って飛び越え男たちに向かって走る。唖然とした子供にティアが駆け寄って安心させるように何かを話しかけているのをチラと振り返って確認し、目の前に迫った男たちに視線を戻す。
「なっ、なんだお前は!?」
「そこどけオラァッ!!」
大の大人が並んで走るには少し狭い路地で重なるようにして走ってくる男たちのうち、先頭とその次に走っている男が何か言ってくるが、それを無視して互いの距離が10mを切ったところでジャンプしてドロップキックをかます。
「うお!?」「ぐはぁっ!!」「うおわっ!?」
先頭の男と最後を走っていた男を巻き込んで蹴り倒したはいいが2番目の男は見えていたため避けられてしまった。
「この野郎、何しやがる!」
チンピラ風の男が殴りかかってきたのを立ち上がり様に受け止めて腕を掴み直し、引っ張ることで引き倒しながら体を入れ替える。
「うおおぉ!?」
「ちょっと大人しくしてろよ」
何が起きたかわからず混乱している男の顎をかすめるように拳を振り抜き、脳震盪を起こさせて気絶させる。その間に最初に蹴り倒した小太りの男が立ち上がり、懐からナイフを取り出してまだダメージが抜け切っていないのかふらつきながらこちらに向けてきた。
「おい兄ちゃん、いきなりドロップキックなんかかましてくれやがってなんのつもりだ?」
「それはこっちのセリフだね。大人が3人がかりで子供を追いかけまわして、まさか鬼ごっこをしてたとか言わないよな?」
軽口を吐きつつ間合いを測る。お互いに数歩踏み込むだけで手が届く距離で睨み合いながら、動くタイミングを見計らう。それに痺れを切らしたのか、僅かに前傾姿勢になった男。そして一気に踏み込んできたのに合わせて半身になって構える。
「死ねやぁっ!」
フッと吐息一つ。ナイフの側面を左手の甲で叩いて逸らし、左手で手首を掴み、右手で胸元を掴んで体を男の下に潜り込ませて反転。男がこちらに向かってくる勢いを殺さずに背負い投げに持ち込み、頭だけは打たないように、されど受け身はできないように背中から落とす。
「ぐっ、あぁぁあっ!!」
痛みにのた打ち回る男の手からナイフを取り上げ、残る最後尾にいた男に視線を向ける。しかしメガネをかけた男は最初の蹴りで頭でも打ったのか、泡を吹いて気絶していた。
「まあ死んではいないだろう、うん」
1人納得し、おっさんの襟を掴んで引きずる。なんか文句を言っているが無視して引っ張り、ティアと子供の前まで戻る。
「さて、そっちの子供はケガとかなかったか?」
「ええ、特に大きなケガはしてないようです。ですが……」
言いづらそうにしたティアの言葉に眉をしかめ、その理由を探ろうとこちらに振り向いた子供の顔を見る。日に焼けたような浅黒い肌、金色に光る瞳。10歳前後のその子供は、金色の瞳を除けば普通の女の子にしか見えないが、それをそうさせないのが頭にちょこんと立っている猫耳だ。
「猫獣人の少女か……、そして面倒なのが」
黒髪の隙間から覗く猫耳が本物かどうかはすぐに判別がつく。そして黒い体毛に覆われた耳を見る限りこの少女は黒猫ってことだ。肌が浅黒いのも先天的なものだろう。これは俺の勝手なイメージだが、黒猫に一番似合うのは鈴のついた赤い首輪が黒に映えていいと思うのだが、少女の首についていたのは赤い首輪などではなく、無粋な鈍色を放つ機械的な首輪だった。
「これはもう禁止されてる筈なんだけどな」
「レイスさんはこれがどういうものか知っているんですか?」
「知ってるも何も、戦時中はよく使われていたものでな。簡単に説明すると捕虜や囚人が逃げ出さないよう、位置を知らせる発信機と……まあ、なんだ。とにかく良くないものだよ」
少女の手前、不用意な発言は控えたがこれはヤバい代物だ。位置を知らせるだけならまだしも、その情報を受け取る端末から操作をすれば爆発して相手を殺すことができる。その機能からこれは戦後何年かすぐに使用も製造も禁止され、使用しているのが発覚すればかなりの重罪に問われるようになっている。それを使っているこいつらはいったいどこからこんなものを持ってきたのか。
「とにかく、早く外すことに越したことはないな。おい、おっさん!こいつの解除方法を教えてもらおうか?」
「はん、んなもん知るかってんだ。てか、知ってても答えるもんか」
「威勢がいいな~おっさん。まあでも、別に答えなくても裏技的な解除方法を知ってるから問題ないんだけどさ。ティア、悪いがちょっとこのおっさんを見ててくれ。妙なしぐさをした瞬間に斬っていいから」
「わかりました」
刀の鯉口を切っておっさんの前に立ったティアに、ひぃっと情けない声を上げて路地の壁際に後ずさったのを無視し、少女の目線に合わせるためにしゃがみ込む。
「さて、子猫ちゃん。ちょっと失礼させてもらうよ」
「キティじゃないわ。あたしのニャマ……名前はクロエよ」
予想外に強い視線に気圧されながら、突然名前を教えてくれたことにキョトンとした表情を浮かべていたのを改めて、クロエちゃんを安心させるような笑顔を意識して作る。
「子猫ちゃんなんて言って悪かった、クロエちゃん。お詫びにその無粋な首輪を外してあげるから、ちょっと失礼させてもらってもいいかな?」
「仕方ニャイ……仕方ないわね。特別にあたしに触れることを許してあげるわ」
「はは、ありがとう」
噛むたびに頬を赤くして言い直すのと、大人びた態度を取ろうとしているクロエを微笑ましく思いながら、表情を引き締めてそっと首輪に触れる。首筋に軽く触れたときにんっと声を上げたが、それに気づかなかった振りをして首輪に解析の魔術をかける。
基本的にこの首輪に爆薬は仕込まれておらず、爆薬の代わりに仕込まれているのは爆発を起こす魔術の術式だ。その術式に干渉し、解呪を妨害する術式を丁寧に外していき、そして爆発を起こす術式に到達する。ここまでいけば後は簡単だ。術式を解除し、魔術的な要素を全て排除したのを確認してから首輪の結合部にナイフを差し込み、クロエにケガをさせないよう注意しながら壊して外すことに成功した。
「ふぅ~、まあざっとこんなもんだな」
「あ、あの、ありがとう……ございました」
「いいってことよ」
クロエの頭をグリグリと撫でまわし、それに対してふくれっ面を浮かべたのを笑って誤魔化してティアに視線を向ける。
「んじゃ、ちょっとこのおっさんに訊きたいことがあるからティアはクロエちゃんを頼むな。さすがにこのままじゃ不味いだろうから、これで身なりを整えてやってくれ」
財布から札を何枚か取り出し、それをティアに握らせる。ティアは渡された金額に少し驚いた顔をしてこちらを見てくる。それに対して「余ったらうまい飯でも食わせてやってくれ」と返し、さっさと行けと手を振って促す。
「わかりました」と告げてクロエを伴ってティアが路地から離れて行ったのを確認してから、おっさんに向き直る。首輪を簡単に外されたことに絶句していたおっさんはそこでやっと意識を現実に引き戻したのか、怯えを隠すようにこちらを睨んできた。
「さて、じゃあちょっと俺の質問に答えてもらおうか?なに、心配はいらないよ。素直に答えてくれれば、命までは取ったりしないからさ」
意識して悪い笑顔を作り、精一杯脅かしてから話を切り出した。
今度は遅くならないよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします。