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男爵令嬢に魅了された王太子が婚約破棄を叫んだ、その後に  作者: 玖珠ゆら


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1/3

とばっちりで婚約解消された侯爵令嬢



「貴様のような女とは、婚約破棄だ!!」


 

 元王太子アルヴィンから投げられたのは、想像の斜め上すぎる言葉だった。

 あまりの衝撃に、ステラはひっくり返りそうになった。比喩でなく。


 恐ろしく長い階段をなんとか登り切って、この北の塔の最上階に位置する部屋へとようやく辿り着いたところ。

 疲労のあまりガクガクと震える足で、なんとか形ばかりのカーテシーを披露した矢先の出来事である。



 ステラはつい先日、アルヴィンの弟である第二王子との婚約を解消したばかり。

 そのたった数日後に、まさかその兄にまで婚約破棄を叫ばれるとは──。


 そもそも、誰のせいでこんなことに……。

 と、ステラは思わず遠い目でここ最近の騒動に意識を飛ばした。 

 

 


 ◇


 


 ことの発端は、王太子アルヴィンが、あろうことか一人の男爵令嬢に入れ込み、婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を言い渡した事件。

 筆頭公爵家の令嬢との婚約、という後ろ盾を得て立太子していた第一王子は、騒動後即座にその地位を剥奪され、幽閉されることとなった。


 一方で問題になったのが、彼の婚約者だったクラリッサ・アルトリーデ公爵令嬢の処遇である。王太子妃教育を終え、一年後には結婚式も控えていた。淑女の鑑と名高い彼女以上に、王妃に相応しい令嬢などいない。

 新たに王太子候補となった第二王子と婚約を結び直すことになるのも自然な流れである。


 ──そう。第二王子に婚約者(ステラ)さえいなければ、何の問題もなかったはずだった。



 

「君との婚約は、解消されることになった」



 沈痛な面持ちで、そう切り出したのは第二王子ユリウスだ。


 王宮の一室、いつもの婚約者同士の交流を目的とするお茶会。

 そんな場で何の前触れもなく言い渡された言葉に、ステラは思わず眉をひそめた。


 

「……それは、既に決まったこと、ということですか? 父からは何も聞いておりませんけど」

「侯爵には、僕が自分の口で告げると伝えてある。君には長い間、婚約者として支えてもらった。……ちゃんと、話し合う必要があるだろう」

「話し合いも何も……。王家と侯爵家の間で決まったことでしたら、異論はありません」


 あまりにあっさりとしたステラの返事に、ユリウスがわずかに目を見張った。


 泣いたり、縋ったり。そんなことを想定していたのだろうか。 


 ──それならば、尚更。

 ユリウスの口からこの話をすべきではなかった、とステラは思う。

 

「ちゃんと話し合う」なんて、向き合う姿勢を見せられたところで、決定事項は覆らない。

 今は国を揺るがす大事件の直後で、非常事態である。

 ユリウスもステラも、第一王子の暴挙によるとばっちりを受けてしまった立場ではあるが、国のためとなれば、互いに身の振り方など自身で決められるはずもない。 

 ユリウスの意思ではないことも、他に選択肢がないこともわかっている。彼を責めるわけにもいかないステラが、他に言えることがあるだろうか。


 突然の婚約解消に、何も感じていないはずがない。ステラはただ、動揺を隠すのに必死だっただけ。


 ユリウスは小さく息をついた。

 

「……すまない。僕も本意ではないんだ。だが、これも国のためだ」

「承知しています。ユリウス第二王子殿下の新しい婚約と次期王太子としての未来が明るいものであることを、お祈り申し上げます」


 自分でもびっくりするくらい他人行儀な言葉が口から零れて、思わず笑ってしまいそうになる。

 皮肉に聞こえただろうか、とユリウスを窺ってみれば、彼はほっとしたように頬を緩めた。


「ありがとう。君なら、わかってくれると思っていた」


  

 その瞬間、そのたった一言で、気づいてしまった。

 ユリウスは真正面に座っているのに、ステラのことなど見ていない。過去なんてとうに追い越して、ずっと先の未来を見据えている。

 

 これまで過ごした時間も、築いた関係も全て無視して、物わかりのいい婚約者という型にはめられた気がした。


 ステラがわずかに顔を強ばらせたことにも気付かず、ユリウスは続ける。

 

「これが最善の選択なんだ。国にとってはもちろんのこと、僕たちにとっても」 

「それは、私にとっても……ですか?」 

「きっとね。僕の立場は変わってしまった。王太子妃の座を巡る争いに、君を巻き込みたくはないんだ。わかるだろう?」


 一方的に理解を求められても、わかるはずがない。

 確かにステラは王太子妃という立場を求めてはいない。自分の能力が足りないことなどわかり切っているし、クラリッサには遠く及ばない。

 しかし王族との婚約を解消され傷物となれば、次の縁談などそうそう見込めるものでもないのだ。

 それを、まるで慈悲のように語られても。



 長い年月をかけて育んだ信頼や情愛のようなものが、すっと冷える感覚がした。

 なんてことはない。

 そういうものを抜きにすればごく簡単な話で、今のユリウスの隣に立つには、ステラでは不足している。

 だから切り捨てられた。ただ、それだけのこと。



 そうして、ステラとユリウスの婚約は、表向きは円満に解消された。

 直後、速やかにユリウスはクラリッサと婚約し直し、一旦騒動は幕を下ろした。


 ……はずだった。

 

 

 ステラからしてみれば、諸悪の根源とも言える第一王子アルヴィン。彼と男爵令嬢の間にあったものは、真実の愛、などではなく。

 男爵令嬢が、禁術に指定される魅了魔法を使用していたことが判明した。

 つまり──アルヴィンは、被害者だったのだ。


 真実の愛ならぬ罪が判明して、男爵令嬢はすぐさま処刑された。そしてアルヴィンの幽閉も解かれた。

 けれども取り返しのつかないことに、アルヴィンは王太子という地位も、婚約者も既に失っている。王家が一度下した決定を、たった数日で覆す訳にもいかない。


 そこでちょうどいいことに、余っていたのがステラである。

 

 見事に都合のいい駒として使われたステラは、王家からアルヴィンとの婚約の打診を受け、北の塔に閉じこもったきりのアルヴィンのもとへ訪れる羽目になったのだった。 

 


「貴様のような女とは、婚約破棄だ!!」



 ──で、どうしてステラはそんな状況でこんな言葉を投げられているのか。

 呆然としつつも、今ステラが言いたいのは一言だけだった。


「着席してもよろしいですか?」


 仕方がない。

 もう足が限界だった。


 途端にアルヴィンは顔色を変え、控えていた騎士よりも素早い動きでステラのためにすっと椅子をひいてくれた。


「ありがとう存じます」


 何とも微妙な表情で、アルヴィンも席につく。無意識に体が動いたようだが、どうやら不本意だったらしい。

 

 従者が用意した紅茶に口をつけながら、向かいのアルヴィンをそっと観察すれば、なんだか落ち着かない様子で目を泳がせている。以前はきっちりと整えられていた髪も乱れ、頬は少しこけたように見える。

 王太子として煌びやかだった頃の面影もなくはないが、印象は大きく異なる。

 

 

 ともあれ。

 先程、聞き捨てならない発言があった。


「お言葉ですけど殿下。婚約破棄も何も、私たちの婚約は、まだ成立していませんが?」


 アルヴィンは明らかにほっとしたような顔をして、それから再びふんぞり返った。

  

「ならば、この話はなしだ。君……じゃない、貴様と婚約などできない!」


 どの口が、と言いたくなるのを堪えた。


 何しろ思っていたのと違う。かなり。

 幽閉が解けたにも関わらず、塔に留まり続けているアルヴィン。かつての彼は優秀な王太子であると評判だった。誰にでも公平で優しく、真面目で誠実。

 例の事件のせいで全てを失ったアルヴィンが、落ち込んで塞ぎ込んでいるものとばかり思っていたのだが。


  

「婚約できない理由をお伺いしても?」

「……理由が必要か?」

「もちろんです。この婚約は、王家からの打診ですから」

「…………」


 しばらくきまり悪そうに視線を彷徨わせていたアルヴィンが、テーブルの上に羊皮紙の束を置いた。あまりの分厚さに、どす、と鈍い音がする。


「なんですか、これは」

「理由はここに全て記載してある」

「……。拝見します」


 

 そこに書き連ねられていたのは、婚約を結ぶことによって被るであろう不利益についてだった。


 ──社会的信用が毀損している。

 ──政治的立場が不安定である。

 ──筆頭公爵家を敵にまわしたことによる貴族社会での孤立。

 ──感情の制御に問題があり、再度浮気の可能性あり。

 ──婚約を維持する意思がないことによる、婚約関係そのものの不安定性。


 それぞれの項目について、詳しくびっしりと書き込まれている。ただし。

 


「…………。これ、全て殿下ではなく、私に対しての不利益ですよね」

「この書面を添えて婚約を拒めば、誰も君を責めはしない」

「私のために、これを?」

「違う! 私の身勝手だ。私はその場の感情に流されるような人間だからな」


 言葉とは裏腹に、文書には入念な準備と几帳面さが滲み出すぎている。高慢ぶった振る舞いをしていても、そういうところは優秀な元王太子の片鱗が垣間見えて、なんだか肩の力が抜けた。

 

「では次は、殿下に対する不利益を提示してください」

「……わ、私の?」

「ええ。私と婚約できないとおっしゃるのですから、その明確な理由を」

「…………」


 まったく予想外とでもいうように、アルヴィンが押し黙った。しばらく逡巡していたものの、苦悶の表情でようやく絞り出したのは。


「……私は、君を愛することはない、からだ」

「愛……ですか? それが不利益?」


 アルヴィンの口から出たあまりに馬鹿馬鹿しい理由に、思わず鼻で笑いそうになる。


 仮にも元王太子という立場の人間が、何を言い出すのかと思ったら。真実の愛を語り全てを失ったくせに、これでは魔法が解けても何も変わらない。

   

「そうだ。愛のない結婚なんて、互いに幸せにはなれない。君ならば、すぐに他にいい縁談が舞い込むに違いないだろう」

「……いい縁談、とは?」

「私と違って誠実で真面目で、君一人を愛して大切にしてくれるような男が、きっと現れる」


 真剣に言い募るアルヴィンに、とうとう堪えきれない笑い声が漏れた。

 

「まぁ……ふふ。それが幸せですか?」

「当たり前だ」

「ですが殿下。ご存知の通り、年回りの合う高位貴族の令息には皆婚約者がいます。殿下はつまり、王子妃になるはずだった私が下位貴族に嫁ぎ、哀れまれて侮られても、愛ある結婚ができればそれだけで幸せだろうと、そう仰りたいのですか?」


 アルヴィンの顔色がさっと変わる。


「……そんなつもりは」

「勘違いなさらないでください。私は、愛なんて求めていません。もとより誰のもとに嫁ごうと、政略結婚ですもの」


 

 にっこりと微笑みかけながら、考える。


 たしかに今のアルヴィンは、たとえ被害者だったとしても、王太子として失格だろう。愛に惑わされ、今もその幻影に悩まされている時点で、まったく相応しくないと言える。

 その上、明らかに面倒くさくて厄介な方向に拗らせている。


 兄弟揃って、ステラを拒絶した二人。

 君のためと言ったユリウスと、自分のためと言ったアルヴィン。

 上辺だけをどんなに綺麗に取り繕っても、結果は同じならば、いっそ正直なアルヴィンの方が誠実だと言えるかもしれない。


 

 ──そう。アルヴィンは酷く面倒ではあるが、悪い相手ではない……と、ステラは思っている。

 

 

「愛のない結婚より、自分の名誉が傷つく方が余程屈辱です。つまり今、私にとっては、第一王子殿下以上のお相手はおりません」


 まっすぐにアルヴィンを見据えてそう告げると、彼の顔が絶望に染まった。

 


 この婚約を受けるかどうかはステラに委ねられている。王家も侯爵である父も、今回のことで大変な思いをしたから、とステラに恩着せがましく選択権を与えてきたが、この状況でそんなものは、あってないようなものだ。


 でも、ステラは自分の未来を諦めていない。

 どんな経緯があろうと、手に入るものの価値を見誤ったりはしない、決して。


  

「この婚約、謹んでお受けしようと思っております」

 

 

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