エピローグ〜アガペーの檻、1945年の戦火に咲く絶望という名の花〜
「…な、……いな、……れいな。起きてくれ。れいな。頼む。俺はこの世界ではまだ、お前に会ってすらないんだ。また『お兄ちゃん』って呼んでくれ」
あれ?お兄ちゃんの声がする?この世界?私はゆっくり目を開けた。
「れいな。気がついたのね。あなた、テュフスにかかってずっと昏睡状態だったのよ」
「あれ?…お母…さん?…」
お兄ちゃんがどこにもいない。それに声が出る?
「お母…さん…お兄…ちゃん…」
「…ッ」
なぜかお母さんが驚いている。
「あなた、一人っ子でしょ?可哀想に。まだ意識が混濁しているのね。先生を呼んでくるわ」
一人っ子?お兄ちゃんは?由羅様は?愛理様は?え?どういう事?それに、この天井、見た事あるし、何故か隣で私の記憶よりも儚げな夢様が寝ている。
「気が付きましたか、春夏秋冬れいなさん」
入って来たのは氷室様だった。
「え?な……ん……で…いやぁ、助けて、助けて、いや、ごめんなさい。もう規律は破りません。許してくたざい」
おしおきされる。私は自ら終焉を迎えた。そんなの、あの学院では、絶対規律違反だ。
「落ち着きなさいれいな」
お母さんが抱きしめてくれる。でも私はそれを振り払う勢いで暴れた。
「お母さん、まだ意識が混濁しているようです。処置をします。待合室でお待ちください」
「はい。娘をよろしくお願いいたします」
「いやぁぁぁぁあ。行かないで。お母さん、お母さん」
お母さんは振り返りながらも、看護婦さんに連れていかれた。
「落ち着いてください。れいなお嬢様。僕は何も致しません」
れいな『お嬢様』?『僕?』
「落ち着かれたようですね。入られたらいかがです?凜人坊っちゃま」
由羅様に連れられて、罰が悪そうなお兄ちゃんが入って来た。
「れいな、すまない。本当にすまない。俺はお前に……」
「凜人、お前は何もしていないよ。あれは夢だ」
「でも、兄さん、あれは未来で、現実で……」
「お前も落ち着いたほうがいいな。俺が話そう」
「れいな。今どのような状況かわかるかい?」
由羅様の声がすごく優しい。それに名前で呼んでる?
「はい。テュフスにかかって昏睡状態だったと聞きました。あれからどのぐらい経ったのですか?」
「はは。どのぐらいも何も、あの時代はまだ来ていないよ。今は1945年の7月だ」
(え?1945年?だってそれは戦争に勝った年であって、今は1975年のはず)
「混乱しているようだね。お前が現実だと思っていた世界、それは夢先生が見せていた『夢』だよ」
夢?
「ただ、現実になる可能性のある『夢』だ」
「いいかい?れいな。俺たちの祖父がなぜ、学院を賜ったか覚えてるかい?」
私はまだ混濁している記憶を手繰る。
「はい。日北鎮圧大戦の敗戦国である、ノースガルトの皇女を『家畜』として仕上げ、神代大元帥閣下に献上したからです」
「いい子だ。よく覚えているね」
頭を撫でてくれた。
(由羅様に撫でられたの初めてだ。こそばゆい)
「その献上した日が今日だ。これから調子に乗ったおじい様や父上がどうしたかわかるよな?」
「規律による従順な駒だけでなく、私たちのような『家畜』製造に力を入れました」
「れいな、少し違う。お前は『家畜』などではない。『人間』だ。履き違えるな。俺たちは、それを停めたいんだ。そして『清く美しく正しい』学院を作りたい。お前も協力してくれないか?」
え?由羅様が真逆のこといってる?でも、もし本当なら、手伝いたい。
「かしこまりました、由羅様」
由羅様が辛そうに顔を歪めた。
「すまない。れいな。俺はお前の精神をそんなにも侵食してしまっていたんだな。許してくれなくていい。恨んでくれてもいい。だけどこれだけはきいてくれないか?『由羅お兄ちゃん』って呼んでくれ。お前は俺の可愛い妹なのだから」
妹……
「ゆ、由羅さ、由羅さお兄ちゃん」
「ははッ。れいな混ざってるよ」
由羅お兄ちゃんが頭を撫でてくれる。
「そろそろよろしいでしょうか?」
聖蓮叔父さんの声だ。
「聖蓮か。入れ」
「はい。失礼いたします。おぼっちゃま方。全ての準備が整いましてございます」
「そうか。聖蓮、れいなの診察を。家に連れ帰れそうなら連れて帰る。もちろん、母親の衣栞さんもな」
「仰せのままに、我が主」
ー支配された帝国【番外編】完ー




