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支配された帝国【番外編】、淑女養成学院  作者: 鎖乃れいな
第1章〜新しい兄弟〜

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プロローグ〜全ては計画の中で〜

 「失礼いたします。旦那様」

重厚な黒檀の扉を隔てて、抑制の効いたノックの音が響いた。

「なんだ、こんな時間に。今日はもう遅い、明日にしろ」

私は就寝の備えを終え、豪奢な天蓋付きの寝台に腰を下ろしたところだった。柔らかな灯火が部屋を照らし、深夜の屋敷は深い静寂に包まれている。一体、何事だ。

「申し訳ございません。ですが、大至急お耳に入れたいお話がございます。新たに『反骨精神あり』と見なされた不穏分子のリストが上がって参りましたが、その中に、極めて興味深い名前を見つけましたので。急ぎご報告を、と思い参じました」

扉が開く。


 入室してきた田中から差し出されたリストに目を落とした瞬間、私の指先が微かに震えた。

春夏秋冬ひととせ 衣栞いおり

実家が没落し、かつて我が家で女中として跪かせていた、あの衣栞で間違いあるまい。彼女は私の所有物であった。だがある事情により、私の手の中から逃げ出した女だ。

「旦那様も、覚えていらっしゃいましたか。既に調べはついております。当家で使役していた女中で間違いございません。こちらが詳細な報告書でございます」

田中は、代々琉雅院家の頭首に飼い慣らされてきた一族の末裔だ。感情を排したその立ち居振る舞いは、実に使い勝手がいい。報告書の紙面を滑らせる。衣栞には、れいなという娘がいるらしい。添付された写真に写る少女は、かつての衣栞によく似た、残酷なまでに美しい肢体へと成長していた。


 「ほう……。母親譲りの、中々の美人に育ったな。れいなは教育を施した後、その適性に応じて然るべき場所に配置する。衣栞は……年齢的な問題もあるが、それ相応の扱いを検討せねばならんな」

反骨精神ありと判断された者は、一度収容施設へ送られ、その価値に従って『選別』される。帝国五大貴族の一角として、我が家は教育施設という名の矯正場と、孤児院を経営しているのだ。そこは、一度入れば二度と元の人間には戻れぬ場所。

「かしこまりました。収容所に反骨者たちが集められるのは、四日後の月曜日でございます」

「わかった。収容センターには儂自らが赴く。その他の雑務は凜人にやらせろ。れいなだけでも先に手配しておけ」

「畏まりました、旦那様。御前、失礼いたします」

静かに扉が閉まり、再び部屋に静寂が戻る。さて、邪魔者は追い払った。私はそのまま、支配の甘い夢を見るべく屋敷の奥へと戻ることにした。


 長い廊下を歩く。

壁に等間隔に配置された灯りが、深夜の静寂を不気味に浮かび上がらせていた。旦那様はいささか横暴な方だ。人使いが荒いだけでなく、施設の者に対しても、生きた人間としてではなく『資源』として接する。その苛烈な振る舞いの後始末を行い、各所の歯車を噛み合わせるのが、私の真の役目である。

琉雅院本家が運営する孤児院。そして分家が支配する『養成学院』。それらが何のための装置であるか、主は理解しているつもりで、何も分かっていない。

私は、若きご子息、凜人様の居室の前で足を止めた。


 「旦那様より、急ぎの言伝を預かりました。凜人様、ご在室でしょうか」

「坊ちゃんがお待ちです。どうぞお入りください」

控えていた女中に扉を開けさせ、中へ入る。

室内には、整然と並んだ書棚と机の上に積み上げられた膨大な書類。

質素ながらも計算し尽くされた、凜人様らしい合理的な空間だ。

「こんな時間にすまないね、田中。父上がまた無茶を言ったのだろう? 苦労をかける。ついでに、『例の件』について少し話をしておきたいけれどいいかな?」

デスクから顔を上げた凜人様は、穏やかな微笑みを浮かべた。この方は、本当にあの傲慢な主のご子息なのだろうか。そう疑いたくなるほど、その瞳の奥には底知れぬ聡明さと、静かな熱が潜んでいる。


 「私共にお気遣いは不要でございます。……先に、凜人様のご用件をお伺いしても?」

「ああ。光也みつやから証拠固めが終わったと報告が上がった。これがその報告書だ。俺も確認したが、お前も確認しておいてくれ」

「……かしこまりました。万事、心得ております」

すべてが、静かに動き始めている。旦那様はまだ気づいていない。自分が手に入れたと思っている獲物が、誰を破滅させる毒になるのかを。


 そして――凜人様。貴方もまだ、すべてを知る必要はありません。計画は、今のところ完璧に順調ですから。私は一礼し、部屋を辞した。

 次に向かうのは学院。

我が家の新たな『駒』――れいな様を迎える準備を整えるために。

凜人様への一礼を終え、私は音もなくその部屋を辞した。


 背後で重厚な扉が閉まると、周囲は再び深夜の濃密な静寂に支配される。磨き抜かれた長い廊下には、等間隔に配置された燭台がぼんやりとした光を投げかけていた。高級な絨毯はその足音をことごとく吸い込み、私が歩くたび、壁に投影された影が巨大な怪物の脚のように伸びては縮む。


 私は、この静まり返った屋敷の『呼吸』を聴くのが嫌いではない。あるじである旦那様は、天蓋付きの寝台で己の権力に酔い痴れながら眠り、若き凜人様は、その牙を研ぎ澄ませながら冷徹に機を伺っている。

(……互いに、滑稽なことだ)

私は表情を一切変えることなく、迷いのない足取りで管理棟へと繋がる渡り廊下を進む。


 窓の外には、月光に照らされた『養成学院』の尖塔が、黒い指先のように夜空を突き刺していた。表向きは淑女を育成する高潔な学び舎。だがその実態は、琉雅院家が帝国に根を張るための、最も美しく最も醜悪な『苗床』である。

 角を曲がるたび、すれ違う警備の者たちが私を見て深く頭を下げる。彼らが敬意を払っているのは、あくまで『琉雅院家の忠実な執事』という仮面だ。まさか、この執事服の下に、彼らが仕える家の令嬢を支配する『飼い主』の心が潜んでいるとは夢にも思わまい。


 管理棟に入ると、微かに芳香剤と古い書物の匂いが混じり合った、学院特有の空気が鼻を突いた。

(さて、まずは院長の『教育』から始めるとしましょうか)

私は、院長私室の前に辿り着いた。整えられた仮面の下で、わずかに口角を上げる。指先を扉に添え、控えめながらも、主導権を誇示するようなリズムでノックを刻んだ。


 「あら? 田中じゃない。こんな時間にどうしたの? おはいりなさい」

既にメイドが下げられていたため、ノックの音だけで私が誰であるかを察したのでしょう。扉の向こうから、期待と高揚を隠しきれない甘い声が響きました。私は音もなく入室し、深く一礼して彼女の前に立ちました。


 「新しい反骨者リストが上がって参りました。見習い寮の準備をお願いいたします。その件で凜人様よりお話があると思います。では、明日よろしくお願いいたします」

事務的な連絡だけを淡々と伝え、私は早々に背を向けました。もちろん、これで終わりではないと分かった上での、冷ややかな演出です。

 「田中……」

背後で、シルクの衣擦れの音と共に彼女が声を漏らしました。振り返ると、学院長であるはずの蒼空お嬢様は、その誇り高き瞳を不安げに潤ませ、モジモジと指先を弄んでいらっしゃいます。


 実はわたくし、琉雅院家本家当主・怜央様より密命を受け、お嬢様と『恋仲のふり』をしております。メイドが下げられているのは、いつわたくしが訪ねてもいいようにするためでしょうね。


 チョロい……ゲフンゲフン。失礼いたしました。口が滑りすぎてしまいましたね。彼女は実に、飼い慣らしがいのある従順な女性です。今も、私のわずかな冷淡さに怯え、同時に、あるじからの無慈悲なお仕置きを熱望している。今日は可愛がってあげる時間は無いのですが……これほど分かりやすく誘われては、無下に返すのも効率が悪い。私は、表情から一切の温もりを消し、絶対的な支配者の目でお嬢様を見下ろしました。


 「どうしました? 帝国五大貴族が管理する、性徒養成学院の院長ともあろう方が、おねだり一つ満足にできないのですか?」

私の低い声に、お嬢様の肩がビクリと跳ねました。

「申し訳ございません。蒼空は本日……真冬様に、徹底的に『躾け』て頂きたいです。お願いいたします! 真冬様」


 彼女は自ら、厳格な学院長の制服のスカートの裾をゆっくりと持ち上げ、私にひざまずきました。この『完全屈服の姿勢』はわたくしが教えこみました。もちろん、私の命令により、その下に衣服を纏うことは許されておりません。遮るもののない無防備な秘所が深夜の灯火に晒され、恥辱のあまり、彼女の白い太ももがプルプルと小さく痙攣しています。主人の視線を受けるだけで、そこから溢れ出た密やかな熱が、すでに彼女の足を伝って床を汚そうとしていました。


 「よく出来ました。ですが、わたくしは本日の業務がまだ残っています。――そのまま、私の目の代わりに設置したカメラの前で、自らの手で熱を鎮めて待っていなさい。ただし、私が戻る前に許可なく『最果て』に至ることは厳禁です。もし破れば、明日どのようなお仕置きが待っているか……分かっていますね、蒼空お嬢様」

「っ……! かしこまりました、真冬様……っ!」

恥辱と快感の昂りで完全に瞳を蕩けさせ、正座のまま深く平伏するお嬢様。その部屋の隅に隠してある、ペット用の遠隔見守りカメラをスマートフォンで録画状態にし、わたくしは静かに退室しました。


レンズ越しに、主人の命令に縛られ、限界まで焦らされながら自らを慰める彼女の淫らな姿を鑑賞するのは、後ほど『執事』の業務を終えたあとの、ささやかな愉しみにとっておきましょう。


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