【5話】童話少女
どこからともなく声が聞こえてきた。
「二人ともー! 大丈夫ー?」
美緒と那岐の元へと一直線に、ゆるふわなお姉さんが駆け寄ってくる。初めて見る人だ。
【支援呪文】
息を切らしながらもステッキを光らせて二人の身体をまさぐる。
「はぁ、はぁ⋯⋯怪我はなさそうだね! 良かった!」
「だ、誰ですか!?」
「わたしは愛宕琴!」
琴はロングでひつじヘアをしており、稲色の髪色をしている包容力のありそうなお姉さんだ。
「美緒ちゃん、那岐くん、よろしくね!」
「美緒、知り合いか?」
「ううん。どうして、私たちの名前を⋯⋯?」
「さっき、あそこにいる有佐ちゃんから電話もらってね。新人ちゃんたちが巻き込まれたって聞いて駆けつけてきたの!」
愛宕琴は美緒たちの跡を付けていた漆山有佐という人と、どうやら知り合いのようだ。
「新人⋯⋯?」
「そう! 二人からするとわたしたちが先輩になるから、遠慮なく相談していいからね!」
新人とか先輩とかよくわからなかったが、美緒と那岐は琴から差し出された手を握る。
「それにしても、初日から怪人に絡まれるなんて災難だったね——ってあれ。何か転がってる⋯⋯?」
琴は美緒がゲーセンで獲得したガールズガイストのステッキを手に取った。
「⋯⋯って、ガガ?」
「あ、それ私のかもです。さっき落としちゃって——」
「美緒ちゃんもこのゲーム好きなのっ!?」
琴は目を輝かせながら勢いよくステッキを手渡す。
「はい⋯⋯! 幼少期の時に両親に買ってもらい、そこからハマって——これは今日クレーンゲームで獲ったんです」
「本当!? 私も好きなの! 仲間がいて嬉しいよ!」
美緒も琴が同じゲームを好きだと知って嬉しかった。
「それにしても、いいなー⋯⋯わたし、何回やっても獲れなかったから羨ましいよ」
「⋯⋯良かったらいります?」
「いいの、いいの! それは美緒ちゃんが獲ったんだから大事にしてあげて? でも⋯⋯また今度、コツとかあったら教えてほしいな!」
「喜んでっ!」
「すみませーん。通りまーす」
男の人の野太い声が聞こえると三人は振り向き、群衆の中に作業着を着た四人組の男性が入っていくのを見る。
「あれは何をしてるんですか?」
那岐が琴に質問する。
「あれは、魔獣の死骸の片付けをしてくれているの。人であれ動物であれ、死んでしまったら火葬して土に埋めてあげないとだからね。有佐ちゃんから説明なかった?」
回収員たちは慣れた手つきで死骸を袋に入れている。
「いや⋯⋯」
「あら、どこまで聞いた?」
「⋯⋯⋯⋯」
美緒と那岐は顔を見合わせる。
「私たち、まだ話したこともなくて⋯⋯」
琴は美緒の予想外の言葉に唖然とする。
「えっ——そうなの⋯⋯?」
琴は那岐にも尋ねる。
「はい。面識ないです」
「そう⋯⋯」
琴は頬を膨らませる。
「有佐ちゃーん?」
死骸回収を見守っていた有佐は、琴の呼びかけにピクッと身体を跳ねらし、重い足取りでこちらに向かってくる。
「二人に何も説明してないって⋯⋯本当?」
「⋯⋯はい」
「取り返しつかないことになったら、どうするつもりだったの!?」
「⋯⋯」
有佐は琴の気迫に圧倒され、口を閉じ萎びた花のようになってしまった。
「二人共、ごめんなさいね」
琴は美緒と那岐の方に向き直り謝罪をする。
「いえ⋯⋯私も有佐さんから逃げるような行動とってしまったので——」
「そうですよ!! こいつが人の目を盗んで撒いたから——」
「おっかしいなー⋯⋯有佐ちゃん、自分でわたしに『説明し終わりました』って連絡くれたよね?」
「⋯⋯⋯⋯」
「嘘までついてたの?」
「⋯⋯⋯⋯」
「有佐ちゃん?」
「⋯⋯いててっ!」
琴は黙りこくっていた有佐のほっぺを引っ張る。
「まったく⋯⋯それじゃ、代わりにわたしから説明するわね」
一同はフードコートに場所を移し、四人席のテーブルに腰掛ける。テーブル上には琴が買ってくれたコーヒーとガールズガイストのステッキが置いてある。
席は一席空いているのに有佐は隣のテーブル席に腰掛け、スマホをいじっている。琴は有佐の行動に呆れつつも美緒と那岐の目を見て真摯に説明を始める。
「⋯⋯大前提として美緒ちゃんは命を落としたわよね?」
「はい——」
「それは俺も見ました。病室で亡くなって、それから火葬場で⋯⋯」
「そう。その時、童話少女になった」
「童話少女⋯⋯?」
「童話少女は死んだ童であるわたしたちがなれる特別なものなの。もちろんわたしもここにいる有佐ちゃんも一度死んでいるの」
「幽霊ってことですか⋯⋯?」
「半々かもしれないわね。死んでない那岐くんもわたしたちのことが見えているように、他の人たちもわたしたちに干渉できる。その生者と死者の狭間にいる存在がわたしたち童話少女」
琴はいきなり立ち上がると、聞き覚えのある言葉を唱える。
【変身呪文】
琴の周りを不思議な光が舞い、姿が変わった。黄色のドレスとガラスの靴を履いている。
「死がトリガーとなってわたしたちは魔法を扱えるようになった。だけど、そのせいで死者の姿も見えるようになっちゃってね。わたしたちは日々、怪人や魔獣と戦っているの」
「琴さん⋯⋯さっきの呪文って——」
「気づいた? ガールズガイストの呪文だよ」
「確かに⋯⋯なんか聞き覚えがあると思ったら⋯⋯」
「その呪文でしか発動しないんですか?」
「そんなことないよ。魔法はね、自分の願いや考えを頭で鮮明にすればするほど精度が高くなっていくの。だから、基本的に呪文とかは自由!」
「琴さんがそのゲームの呪文を使っているのって⋯⋯」
「ただ単純に好きだからだよ!」
「じゃあ、美緒があの時変身したのも偶然だったってことですか?」
「美緒ちゃんもう変身してたの!?」
「はい⋯⋯これを獲った時に呪文を口に出して⋯⋯」
美緒は机に置かれているステッキを指差す。
「そう——きっと、美緒ちゃんにとって見知ったその言葉が明確に具現化する手助けをしてくれたのね」
美緒の脳内に広がっていた霧がだんだんと晴れ、鮮明になってくる。
「今日一日、また那岐とも話ができて⋯⋯とってもいい夢を見てると思ってました。私が魔法を⋯⋯!」
「凄いな。魔法を使えるなんて」
「ふふっ。羨ましいからって早まらないでね。皆がみんな、死んだからって魔法を使えるようになれるわけじゃないから」
笑顔だった琴は目を曇らせる。
「⋯⋯でもね、魔法は恩恵だけじゃなく、本来見えるはずもなかったものが脅威をもたらす。二人共さっきの怪人と魔獣を見たでしょ?」
美緒はキャディと名乗る怪人が召喚した魔獣にお腹を引き裂かれたことを鮮明に覚えており、傷を負った部分に手を当てる。
「奴らがいる限り自由は訪れない。——だから二人にも討伐を手伝ってもらいたいの!」
「愛宕さんや漆山さんでも倒せていない敵なんですよね⋯⋯?」
那岐の質問に琴は頷き、美緒は意欲がぐらついた。美緒たちよりも知悉している二人でさえも倒せない、そんな強敵な相手を受けきれるのか不安であった。
「でも、大丈夫! みんなが力を合わせればきっと倒せるから!」
琴は手を叩く。
「今日は二人とも疲れただろうし解散にしましょう! 決めるのはまた今度でいいからじっくり考えておいて!」
琴さんと連絡先の交換をしてお開きになった。
有佐も同じタイミングで席を立ったが、琴の手が肩に置かれて座り直される。琴は有佐に満面の笑みを向けている。
「有佐ちゃんは、わたしとお話してからね」
「⋯⋯はい」
そんな光景をよそに美緒と那岐はフードコートを出て、ショッピングモールを後にした。
那岐は帰宅途中に呟く。
「多分知らずしらずの内に、考えることをやめてたのかもな⋯⋯」
こんな身体になったことを那岐はどう思ってるのかな。
「那岐はさ——私のこと怖い?」
美緒は那岐の目をじっと見つめた。美緒は太陽の明かりで眼を月色に光輝かせている。
那岐は微笑みながら美緒の頭を撫でた。
「怖いもんか」
「ほんと?」
「本当。何より⋯⋯俺は美緒とまた会えて話せて嬉しかった」
「⋯⋯そっかっ!」
美緒は心躍らせながら那岐の手を取る。
「私も嬉しっ!」
その間に美緒のスマホへと一通の連絡が入る。
母から『那岐くんと一緒だったらそのまま二人で家に来て!』とメッセージがきた。
二人は美緒の家の前まで帰ってくる。慣れ親しんだ家なのに、久しぶりの帰宅で美緒は不思議な感覚に陥った。
「ただいまー!」
「おじゃまします⋯⋯」
二人の声とは裏腹に家の中からは音が一切聞こえない。リビングも明かりが付いておらず、真っ暗で静まり返っていた。
美緒がドアノブに手をかけ扉を開くと、暗闇から突如として爆発音が聞こえ、美緒は猫のように飛び跳ねる。
「わぁッ!!!?」
辺りには火薬の匂いが漂い、床には紙片が散らばると同時に父と母の声が聞こえてきた。
「お誕生日、おめでとーう!!!」
電気がつくと全貌が見えてきた。リビングには『誕生日おめでとう』の飾り付けと、テーブルにはケーキとご馳走が並べられている。
「ええっ!! ママ、パパありがとう!!!」
「今日は大事な日だからね。力いれたわよー!」
「退院と誕生日が重なるなんて凄い偶然だな」
母は美緒の背後にいる那岐に話しかける。
「那岐くんも良かったら食べてってね!」
「ありがとうございます⋯⋯でも、ご一緒してもいいんですか?」
「当然じゃない! パーティーはみんなでした方がいいんだから!」
母らしい考え方だった。
美緒は勢いよく、ろうそくの火を消す。
「おめでとー!!」
一同で食卓を囲み、手巻き寿司やローストビーフ、フライドチキンにかぶりつく。
美緒は半年分のカロリーを取り戻すかのように今日一日食べた。昼には焼き肉も食べたけど、久しぶりに家族団らんで食べるご飯は格別だ。
でも、那岐以外は美緒が死んだことの記憶はないんだよね。美緒自身が願った事だけど少し寂しい気持ちもある。
だけど、こうして美味しいもの食べて、楽しく話ができて、今が幸せだからそれで十分なのかもしれない。
夜も遅かったため那岐は家に泊まることになった。子供の時は同じベットで眠りについていたけれど、大きくなってからは那岐専用の布団が用意されている。
「⋯⋯那岐ー、まだ起きてる?」
「起きてるよ」
「明日さ⋯⋯朝から出かけない?」
「いいな。どこ行きたい?」
「う~ん⋯⋯映画とか見に行きたいかも!」
「わかった。アラームセットしておく」
「うん——」
美緒は一日動き回ったこともあり、すぐ眠りについてしまった。




