第6話 思い
「いっ・・たぁっ・・」
王城に強制的に連れて来られたリエンは、ビンを投げつけられてできた頭の傷をキルナン王子に処置してもらっていた。
王族お抱えの医者が体中の傷を診察して処置したあと、頭の傷など包帯を巻く作業は自分がやりたいとキルナン王子が申し出たのだ。
「い・・たっ!そこはだから、痛いのできつくしめないでください」
「すみません、慣れていないので・・」
大きな手に長く綺麗な形の指で、リエンに包帯を巻いていく。
(慣れてないなら、やるって言い出さなきゃいいのに・・)
リエンはふぅ、とため息をついて窓の外の景色へと目をやる。
キルナン王子はリエンの手首の傷に包帯を巻きながら、そんなリエンをじっと見つめる。
「・・なぜ、何も言い返さなかったのですか?」
「えっ・・?」
「魔獣に襲われて亡くなった女性の家を探したあとに、私はあの場で偶然女の子を抱えているあなたを見かけました。民衆が、酷い言葉と物をあなたに投げつけていたでしょう。あなたはあの亡くなった女性の子どもを救って連れ戻した、そうでしょう?それなのに、あのような扱いを受けてなぜ怒らないのですか」
「あぁ・・。・・なぜって、こんなことは初めてではないからですよ。ここ最近、兵団は遠征して帰ってくるたびに、毎回あんな感じです。さすがに、瓶を投げられたのは初めてでしたけどね〜!」
リエンは照れ隠しのようにわざと笑って場を誤魔化すが、キルナン王子の真っ直ぐな瞳にビクッとして笑うのを止め目を逸らす。
「・・キルナン、あなたの兄のアーク王子の言った通り、もしくはそれ以上に兵団は民衆から嫌われているんですよ。私が傷だらけになって必死で人を救ってみても、・・彼らにはそんなこと関係ないんですよ。私達兵団は、民衆にとって腫瘍みたいなものです」
(本当は辛いだなんて・・言えないよ・・)
今や兵団のトップの1人となったリエンは、泣きたくても悔しくても愚痴を言いたくても、トップに立つが故にそれができず、1人心に秘め堪えるしかなかった。
包帯を巻き終えリエンの腕を掴むキルナン王子の手の感触に、リエンは自分の本心が漏れ伝わってしまうのではないかと、心臓がバクバクしていた。
「私はそうは思っていません。亡くなった女性のために、あなたは1人で魔獣に向かっていった。本当は数人で隊を組んで行くべきなのに。あなたは勇敢でそして・・初めてお会いしたときから思っていました、あなたは美しい」
キルナン王子はリエンの腕を両手で優しく撫で、そっと自分の方にリエンを引き寄せる。
(えっ!?)
リエンはキルナン王子に優しく抱き寄せられ、急な出来事に頭が混乱し身動きが取れなくなる。
「キ、キルナン王子・・!?」
「キルナンと呼んでください」
「えっ、と、、キル・・ナン・・?・・離してもらえますか・・?」
「離しません。こんなに多くの傷が体中に・・すみません。あのとき、追いかけて僕も戦闘に加われば良かった」
キルナン王子の広い胸元にすっぽりと包まれたリエンは、久しぶりの人の温もりを感じて、もう少しこのままでいたいと思ってしまった。
少し空いている窓からサワサワと風の音が聞こえ、白い薄いカーテンが風にのってゆらゆらと揺れる。
静寂の中でリエンはキルナンに抱かれたまま、2人とも動かなかった。
(なんか落ち着く・・それに心地いいわ・・)
空いている窓からもれ伝わってくる外からの香りとキルナンの匂いに、リエンはリラックスし目を閉じて無意識にキルナンの背中に腕をまわした。
そのとき、リエンはキルナンのはっ、と小さく出した吐息を感じたが、キルナンの胸に抱かれてる心地の良さにリエンは気に留めなかった。
リエンは次第にキルナンの胸の鼓動が早くなっていくのを感じ、あれ?と思いキルナンの顔を見ようととぼーっとした頭でゆっくり顔を上げる。
すると、顔を赤らめて恥ずかしそうにするキルナンと目が合った。
(はっ・・!やだ、私ってば、何してるの・・!)
やっと我に返り、キルナンから離れようとキルナンの胸を両手で押そうとするリエンだったが、それをさせまいとするかのように、キルナンにガッチリと抱き寄せられてしまった。
「・・そういえば、リエン、あなたは言いましたよね。僕の気持ちを理解した、と」
「・・はい?」
「前に、気持ちを全てよくこの身に念じます、と言いましたよね。つまりは、僕の気持ちも分かったということですよね」
(僕の気持ち・・?えっ、なんだろう、民衆から嫌われている兵団に所属する私への同情の気持ちかしら。今だって、同情からこうやって慰めてくれてるんだろうし・・)
リエンは自分が抱きしめられている理由は、同情の他ないと心の中で激しく頷く。
「はい、王子・・じゃなく、キルナンの気持ちをありがたく受け取ります。申し訳ありません、私、つい甘えてしまってこんな・・」
そろそろ離れようと、そっとキルナンを押すと、先ほどとは違い驚くほど簡単に解放してくれた。
(ふぅ〜)
安堵し大きく息を吐きながらキルナンを見上げると、顔一杯に嬉しそうな笑みを浮かべ、歓喜に目を潤ませていた。
(・・・??)
なぜキルナンがそんなに満足そうな顔をしているのか分からなかったが、そろそろ帰らないと、とリエンはその場で立ち上がる。
「手当をありがとうございました。私はそろそろ帰ります。キルナン、ご迷惑をおかけしました」
リエンは胸に手を当てお辞儀をすると、焦った顔のキルナンに腕を掴まれる。
「もう帰るのですか。そんな傷だらけの体で、帰りに魔獣と出くわしたら危険です。僕の部屋を貸しますので、泊まっていきませんか。もしそれが嫌ならば、他の部屋を用意させます」
「泊ま・・る?なっ、ただの兵団員である私は、そんなご厚意はいただけません!それに、先ほども言いましたが戦闘で傷を負うのはいつものことで・・」
遠慮するリエンを見て、キルナンは包帯の巻かれたリエンの脇腹辺りを軽くにぎる。
「あっ・・いたぁっ・・い」
リエンは身をかがめ脇腹を抑える。
血こそ出てはいなかったが、ズキンズキンと針で刺されたような痛みがおそう。
「あなたが思っているよりも、傷をおった体は無理そうですよ。今日は帰るのを諦めて、僕の言うことを聞いてください」
「は・・はい・・」
キルナンに言いくるめられたような形で、予想外にも王城に泊まることになったリエン。
「ではまず部屋を案内します。傷を治すにはゆっくり寝た方が良いので」
「あっ、その部屋ですけど、やっぱりキルナンの部屋を借りるのは申し訳ないので、他の部屋を・・狭くて構いませんので!お借りできますでしょうか・・」
「一緒の部屋では嫌でしたか?」
「はい・・」
(一緒なんて無理に決まってるでしょ!)
リエンは、なぜキルナンがリエンの側にいようとするのか分からなかったが、とりあえず今は1人でゆっくり休みたかった。
「分かりました。残念ですが、部屋を用意させますのでここで待っていてください」
(残念!?)
キルナンが部屋から出ていって、ホッと息をつくリエン。
(なんだか今日は色んなことが起こって疲れるなぁ・・それにしても、あの魔獣の形・・あれは突然変異?それとも・・)
リエンは魔獣のことについて考えを巡らせて集中ていたので、背後から近づいてくる人に気付かなかった。
「ずいぶんとこれはまた傷だらけの体で」
聞き覚えるある声にハッとして振り返ると、アーク王子が立っていた。
「先ほど、弟から兵団の人を我々の城に泊めると聞いてね。誰かと思って見にきたら、君とはね」
アーク王子の金色の目は綺麗だが、冷たくも見える。そのせいか、言葉一つ一つに棘があるように感じてならない。
「申し訳ありません。ご迷惑かと思ったのですが、キルナンに押し切られてしまいました」
「おやおや・・弟をそう呼ぶとは、ずいぶんと親しくなったようだね」
アーク王子は片眉をあげて、冷たい表情でリエンを見下ろす。
「キルナンの希望で、そう呼んでます」
「ふうん、弟がねぇ・・」
リエンとアーク王子の間に、少しの間沈黙の時間が流れる。
「あの・・ご用事がなければ、もう1人にしていただきたいのですが」
「ここは私の城だが。私の行動を君に命令される筋合いはない」
そう言うと、アーク王子はリエンの顎に手を当てグイと上に向ける。
「何を企んでいるのか分からないが、弟をたぶらかさないでくれるかな。王族と親しくなりたいという女性は今までもたくさん寄ってきたが、その中でも君が一番卑しい。今までの女性の中で一番身分が低いだけでなく、獣を狩って血生臭い生き方をしてる野蛮な女など、許されるわけないだろう?」
カーっと顔が赤くなったリエンは顎を掴んだアーク王子の手を振り払い、キッと睨みつける。
「前回と変わらず失礼な言い方ですね!私とキルナン王子は、アーク王子が思っているような仲ではありません!・・血生臭い体で申し訳ありませんでした!!キルナン王子にお伝えください、私はやはり帰りますと!」
リエンは怒って椅子から立ち上がり、帰ろうと歩き出したとき、腕をアーク王子に強く引っ張られる。
驚くリエンはアーク王子の顔が自分に近づいてくるのを、スローモーションのように見ていた。
アーク王子の唇が自分の唇に触れそうになるその瞬間、
「やめてください!!」
リエンは思い切りアーク王子を突き飛ばす。
「・・何を考えているのですか!?!?」
無表情で見つめてくるアーク王子に、リエンは驚きで心臓がバクバクと激しく動く。
「今までの女性達は皆喜んでいたのでね。君にも記念にと思ってね」
(記念・・!?どんだけ私のこと見下してるわけ・・!?)
「私には!気持ち悪いので結構です!!」
リエンが大きく口を開けハッキリとそう伝えると、アーク王子は驚いたように唖然とした顔でリエンを見つめる。
「それでは!!失礼いたします!!」
リエンはまたムカムカしながら、ツカツカ部屋を出て扉を閉める。
(あーー、もう最悪っ!)
リエンは城の護衛に声をかけ、自分の馬を連れてくるよう頼み、馬が来ると早々と城を去って行った。
窓からリエンが去るのを見ていたアーク王子は、自分の手を開き血で汚れた手のひらを見つめる。
先ほどリエンを掴んだときに、傷口から滲み出た血だ。
アーク王子は笑みを浮かべ、その手のひらの血を舌で舐める。
「変わったものは楽しみがいがある・・次に会うときを楽しみにしているよ、リエン」