第7話 調査
「・・・で、その猫のクソ魔獣は俺ら兵団員を殺したことがあると、そう言ってたわけか」
日が暮れ夜が近づいているなか、リエンは王都を出て真っ直ぐに兵団のアジトに来ると、調査から戻っていたリーゼルに今日起こった出来事を話した。
「そう、今まで消息不明になっていた兵団員は奴に殺られたのかもしれない。私がちゃんと兵団員の死を調査していれば、もっと早く分かったかもしれないのに・・私のミスだ、ごめん」
「お前のせいじゃない。俺も気にしようとしなかった。とりあえず、これから作戦を立て直し後、全員召集して明日の朝から調査開始だ」
「わかった、それぞれの班のリーダーをまず呼んでくるよ」
リエンが立ち上がると、リーゼルはリエンの体を横目で見る。
「傷は大丈夫なのか」
「あっ・・?あぁ、これね、もう大丈夫だよ、手当てもしてもらったし」
「手当て・・?誰にしてもらったんだ?」
「あ、えーと・・偶然キルナン王子と城下街内で会ってね、それでキルナン王子に・・」
「王子に直々にしてもらうとは、また随分と親しくなったんだな」
「えっ、いや、親しいっていうか・・まぁ民衆に物を投げつけられた私を励ましてくれたっていうか・・」
「励ます・・か。・・まぁいい。で、その頭の傷は、民衆にやられたのか」
「えっ、あぁ、ここ?そう、そうなんだよ〜・・って、なんで分かったの?」
「お前は、戦闘で頭を怪我するようなヘマをしないだろ」
リーゼルとは、互いに兵団所属となってから付き合いが長い。リエンの性格も行動も戦い方も知っているリーゼルは、リエンにとって良き理解者だった。
「ふふ、ありがとう」
アーク王子からコテンパンに言われたモヤモヤも、リーゼルの言葉ですっと帳消しになる気がした。
◇◇◇
「・・・というわけだ。これから各班のリーダーの指示に従って動くように。単体で動かず必ずスリーあるいはフォーマンセルで!それでは、調査開始っ!」
リエンは結局あれから家に戻らず夜になり日付が変わってもアジトで作戦会議を続け、少し仮眠を取り今兵団全員を集め調査開始の指示を出したところだ。
「それじゃリーゼル、私の班も出発するよ」
新しい制服に着替えたリエンは、班のメンバーを連れて出発しようとする。
「ちょっと待て。リエンお前は家に帰って休め。その傷じゃ奴とまともに戦えないだろ」
「あの魔獣を実際見たのは私だけだ。行かないわけにはいかないでしょう。それに、あいつは兵団員達を殺してたんだ、許せない・・!」
リエンは悔しさと苦々しさに奥歯を噛み締め、怒りをグッと抑える。
「気持ちは分かるが、お前がやられたら元も子もない。それに顔を周知するために、コレを描いたんだろ」
リーゼルがピラっと紙を見せる。その紙にはリエンが描いた猫の魔獣の顔があった。
「そうなんだけど・・さっきも言ったけど、私絵心ないっていうか・・それで見つかるか・・ちょっと・・」
正直、描いたはものの、似てるとは言い難い出来栄えで、団員全員に配ったがこれで本当に探し出せるのか不安だった。
絵の下手さ加減に恥ずかしさでちょっと泣きそうになったリエンは、その紙をリーゼルの手から奪いテーブルに伏せる。
「おい、リエン、無いよりはマシだろ。お前はこの紙を国王や王族に、それから民衆に配れ。傷が治ってから調査に参加しろ。いいな」
「それなら、配布終えたらすぐ調査に参加する、傷はもう良くなってきてるし」
実際、馬や腰のフックを使って移動すれば、配布は数時間で終えられる。もちろん、リーゼルもリエンがそう考えているのを分かっている。
「お前のことだ、何を言っても理由をつけて戦闘に加わろうとするだろ。好きにしろ」
「あはっ、さすがリーゼル!私のことよく分かってるね」
「いいか、お前の班はそれまで俺が預かる。その似顔絵を配布し終えたら、必ず俺の所へ来い。いいな」
「わかったよ、ありがとうリーゼル」
リーゼルに向かって微笑むと、リーゼルは仕方ないなといった少し優しそうな顔でリエンを見る。しかし、またすぐにいつものような無愛想な顔に戻り、自分とリエンの班のメンバーに出発の合図を出す。
「さて、私はこの似顔絵を配布・・か・・」
何度見ても自分の絵心のなさに、ガックリきてしまう。
(これを国王に渡すの〜・・ていうより、王城にもう近付きたくないよ・・)
アーク王子との最後の出来事が頭に浮かび、リエンは吐き気を催す。
(アーク王子は、キルナンに私が帰ったことをちゃんと伝えたのかな)
一生懸命に優しく手当てをしてくれたキルナン。そして、抱き寄せられたあの感触を思い出すと、胸が勝手にドキっとした。
(違うわ、久しぶりの人肌だったから・・それだけだから)
リエンは自分に言い聞かせ、目を閉じ大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
(今は、あの猫魔獣に集中しなきゃ)
リエンはゆっくりと目を開けると、アジトを出て馬に乗り1人王城へと向かう。
◇◇◇
「なるほど、話は理解した。この絵を民衆全員に配れるよう、私の方で手配しよう」
思っていたよりもすんなりと国王の元まで通され話をすることができ、リエンは少し驚いた。
(兵団なんて、国王からすれば下の下の存在だろうにね)
この前の謁見こそが奇跡のようなもので、国王が兵団と直接口を聞くことなど、今まででは考えられなかった。
「感謝申し上げます、国王陛下。それでは私は調査に加わりますので、ここで失礼いたします」
(良かったわ、民衆への配布はしてくれるみたいだし、このまますぐに調査に行けるわ。それに彼らに会う前に・・)
リエンはアーク王子かキルナン王子がこの場に現れる前に早く退散しようと、急いで謁見の間を出る。
(早くこの城から出ないと・・)
「リエン!」
(ほらね、見つかる・・)
振り返ると、キルナン王子が慌てた様子で急いで近付いてきた。
「昨日は僕のいない間に帰ったと兄から聞きましたが、なぜ急に帰ったのですか」
(アーク王子から、理由までは聞いてないのね)
とはいっても、アーク王子にまた馬鹿にされ帰ろうとしました、更にキスされそうになって気持ち悪くなりました、と正直に話したくもない。
「えっと・・昨日戦った魔獣がやっぱり気になりまして・・報告のために兵団のアジトに戻りました。ごめんなさい、泊まると言ったの何も言わず勝手に帰ったりして」
「そうでしたか・・。リエンが無事だったなら良かったです。あの傷でしたので、どこかでまた魔獣と戦闘になったり倒れたりしていないかと心配しました。あなたの家を訪ねようかと思ったくらいです」
「家に・・!?」
「はい、調べればすぐに分かりますので」
(王子が一兵団員の家に来るって、前代未聞じゃない・・??)
天と地ほどに身分に差があるのに、キルナンの親身な姿に流石のリエンも心が動かされる。
「どうして、そこまで私のことを・・?」
「どうして・・?リエンは僕の気持ちを理解したんですよね?」
「え?あ、はい・・励ましてくれてるのですよね?」
「・・・全く分かっていないようですね」
「えっ?」
「ハッキリ伝えます。僕は・・あなたに惚れています。あなたを最初に見たときから。リエン、あなたのことが頭から離れません」
「は・・?」
(確かに美しいとは言われたけど・・私に・・惚れてる・・??キルナンが??)
「あの・・なぜ私のことが・・その・・」
「好きか、ですか?」
「あ・・はい、そんなところです・・」
予想していなかった告白に、リエンは自分の顔がどんどん紅潮していくのが分かった。
「歩きながら話しましょう」
微笑んでリエンを見下ろすキルナンは、リエンに手を差し伸べる。
リエンはドキドキしながらキルナンの手の上に自分の手をのせると、キルナンが優しく握ってくれゆっくりと歩き出した。
「私のまわりには昔から多くの女性達が集まりますが、私に従うだけで主張など何もしてきません。自分で行動を起こすこともなく、ただ私の機嫌を伺って私の望むとおりに動き、私のためにと王族の作法を一生懸命習得し粛々と過ごす。そして着飾っては、私に触れられるのを喜んで待つ、そんな女性ばかりでした」
「王子の妃となるのであれば、それはごく当たり前のように思いますが」
リエンはキルナンを見上げる。
前から会って分かってはいたが、隣を歩いて初めて感じる。キルナンはとても背が高い。
兵団の中にはこれほど背が高い人物はいないため、キルナンと並んで歩くと自分が女なんだと思い知らされる。
「ははっ、そうですね。ただ、私は昔からそんな女性達に全く魅力を感じませんでした。一緒にいても楽しくなく、共に過ごす時間が苦痛でした。こんなことならば、剣の稽古や魔獣討伐でもした方がよっぽど有意義だと。しかし、王族である私は、いつか女性と結婚しなければならない。私は、将来に楽しさや希望を見出せませんでした」
キルナンは、リエンを見て苦い顔をし笑いかける。
「男の人は、そういう女性が好きなのだと思ってました」
「ははっ、そうですね。そういう人は多いでしょうね。・・そんな中、あの日あなたが颯爽と現れました。女性であることをおくびにださず、剣を持っている大男である私たちを、迷いなく救いに来ましたね」
「あ・・あれは・・」
キルナンは立ち止まり、恥ずかしがるリエンの方に体を向け、リエンの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「何度も伝えていますが、あなたを美しいと・・いえ、女性を見て初めて美しいと思いました。僕にとってあなたは特別な存在で、自分の人生を共に過ごしたいと、できれば結婚をしたいと心から思っています。リエンは僕のことをどう思っていますか」
「け、結婚・・?!」
リエンは予想だにしていない言葉に困惑する。




