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毒妻探偵〜サレ公爵夫人、愛人調査能力で殺人事件を解く〜  作者: 地野千塩
第2部・サレ公爵夫人の内助の功〜呪いの愛人ノート殺人事件〜

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殺人事件編-1

「泥棒猫ちゃん、そのブサイクな顔を私に見せないでくれません?」


 フローラの声が響く。


 ここは王都にある劇場。といっても劇は上演中ではなく、フローラ達が舞台に登り、演技の稽古をしていた。


 フローラは悪役だ。劇の内容はシンデレラストーリーで、ヒロインをいじめる姉役だったが、実に板についていた。ラフな稽古着で台本を持っての演技だ。舞台も本番のようにライトアップされているわけでも客がいるわけでもないが、熱が入る。


「そんな、お姉さま! 私は真面目に働いているだけです。屋敷の壺なんて盗んでません!」

「お黙りなさい。この泥棒猫が!」


 フローラはヒロイン役の娘を見下ろし、強い口調でセリフを吐く。


 ヒロイン役の若手女優・ケイシーはプルプルと震え、台本を落としそうになっていた。この悪役女優役のフローラは、ピタリとはまっているからだろう。


 切れ長のキツイ目。やや低めで通る声。背丈もあり、舞台映えしていた。


 なぜフローラが舞台の練習をしているかは、伯爵夫人のクララに会ったからだった。クララはフローラの唯一味方の貴族といってもよく、事情を説明すると、舞台の練習に参加したら気が紛れると誘われた。


 そのクララも客席に座り、舞台の練習を見守っていた。客席三百人の小さな劇場だったが、クララが出資してできた場所でもある。文化や芸術を愛するクララは、他にもコンサート会場や美術館も持ち、若手を支援するのが趣味だった。この若手女優のケイシーも目をかけているようで、こうして舞台稽古にも付き合っているという。


「おお二人とも、最高の演技よ! 素晴らしい。フローラも演劇初心者よね? 悪役女優が板につきすぎよ!」


 稽古が終わると、クララは立ち上がり、豚の上の二人に賛美を送った。華やかで上品な声が劇場に響く。


 クララは五十過ぎのマダムだ。髪のはグレイヘアで決して若者ではないが、上品なドレスも似合い、どこからどう見ても貴族の女だった。指には指輪も光っていたが、クララの雰囲気に限りなくマッチし、引き立てているぐらいだった。


「クララ、褒めてくれてありがと!」


 ケイシーは若者らしく、真っ赤になって照れていた。一方、フローラはそんな初心な態度は無理だったが、舞台に登り、演技も褒められ、夫やパティの事などすっかり忘れていた。アンジェラやフィリスのアドバイス通り、休んで良かった。ほっとため息が出るぐらい。


「そうだ、二人とも。今夜私のお屋敷でパーティー出ない? 他にも愉快な友達がいっぱい来るの!」


 クララの華やかな声を聞きながら、フローラは「YES」と即答。この誘いはありがたい。これで良い気晴らしになるだろう。ケイシーも来るというので、余計に楽しみだ。


「じゃあ、夕方の十八時に私の家でね。ホームパーティーだから、服装はラフでいいから。フローラ、ケイシーもよろしく!」


 こうしてクララと約束し、稽古は解散となった。この劇に実際に出る事も誘われていたが、それはどうだろう。夫のスキャンダルも相変わらず記事になっている時に目立つ場所に出るのは、抵抗があると考えている時だった。


 劇場のロビーから外に出ようとしたが、ある女とぶつかった。フローラがよそ見していたわけではない。向こうからドンとぶつかってきた。


「え? あなた、ブリジットじゃない?」


 さっさと立ち去ろうかと思ったが、相手は見たくも無い相手だった。夫の元愛人で清純派女優のブリジット。この女は女優なので、劇場のロビーにいても不自然ではない。実際、ロビーのポスターには、ブリジットが出演している劇のポスターが貼られていた。さすがにブリジットも五十過ぎなのでヒロインではないが、それに近い重要な役に出ているらしい。


「な、フローラじゃないの……」

「ご機嫌よう、泥棒猫ちゃん」


 さっきの台本に言葉のようにスラスラと言葉が出てきた。ブリジットはよく言えば清楚な菜花のような女。悪く言えば野暮ったく田舎臭い中年女性。フローラと並ぶと、どうしてもヒロインと悪役のような構図になってしまった。


「あ、あなた。ここで何を?」


 なぜかブリジットの声は震えていた。さすがに夫と不倫した過去に罪悪感でもあるのだろうか。


「クララに誘われて、ちょっと劇の練習してただけよ」

「そ、そう……」


 この女も夫の愛人らしく極悪だったが、今日は借りてきた猫のように大人しく、震えている。拍子抜けだ。単にマムやパティと比べたら、マシな女という事かもしれないが。


 夫との不倫は三ヶ月ほどだった。確かブリジットはカルト教団にハマり、夫は「つまんねー女だな」とあっさりと捨てられた過去があったが、交際期間も短期間だった為、スキャンダルにならなかった。この件を知っているのは、夫、フローラ、それに愛人ノートを知っているアンジェラやフィリスなどの使用人だけのはずだが。


「あなた、どうしたの? 何を震えているの?」


 フローラはブリジットの近づくが、後退りし、負け犬のように走って逃げて行ってしまった。


「何なの? 夫の元愛人としては、極悪度合いが足りないわね……。どうしたのかしら。前はもっと極悪女だと思っていたけど」


 一人残されたフローラは首を傾げていた。夫の元愛人のドロテーア、クロエ、エリュシュカに比べても拍子抜けしてしまった。むしろマムやパティのせいで感覚が麻痺しているのかもしれないが。


「まあ、ブリジットなんてどうでもいいか。今夜はクララのホームパーティー楽しみ」


 フローラの口元がゆるんでいた。


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