極悪成金お嬢さま編-7
「パティって女は相当なケチですよ。掃除のおばちゃんから聞いたんですから!」
フィリスは興奮気味に捲し立てていた。
あの後、フィリスと合流したフローラは、夫のいるカフェに向かっていた。出版社とは目と鼻の距離で徒歩で行ける。
歩きながら、お互いが知った情報を共有したが、フィリスはなかなか有能で、掃除のおばちゃんだけでなく、社員食堂に潜り込み、パート社員からもパティの噂を細かく収集したという。
パティは生粋のドケチ女でトイレや社員食堂の備品をよく盗んでいたという。注意すると実家がいかに金持ちかと自慢し、脅していたとか。
「パティの父親は隣国の軍事産業に投資し、かなりのあぶく金を稼いでいるそうです。他にも鉱山で奴隷を働かせたり、けっこう父親も嫌われているとか」
メイドの仕事は全くできないが、フィリスは調査の才能はあったらしい。フローラが知らない事も調べ上げてくれた。
「それに出版社でもパートの人とかもいじめていたって。その癖、公爵さまの前だと『こういう真面目な人がいるから生活が成り立つんです』ってぶりっ子していたそうです」
「想像以上に嫌味な女ね……」
さすが一人称・おいらだ。フローラの予想以上に変な女だったようで、また胃が痛い。
「まあ、カフェに着きましたよ。パティと公爵さまのイチャイチャをこの目で見ましょう」
「フィリス? あなた、面白がってなくて?」
この件で面白がっているフィリスには呆れてしまうが、フローラひとりでここまでは調べられなかっただろう。
呆れつつもカフェに入り、一番奥の席に向かった。
都にあるカフェは広々とし、テラス席も混み合っていた。出版関係者もよく利用しているのか、原稿用紙と格闘中の客も多い。他にも仕事や商談で利用している客も多いので、フローラは達ナチュラルに入り込めた。集中している客が多いのはありがたい。
「どう? 何か聞こえる?」
「あ、奥さん、ちょっと聞こえますよ!」
フローラ達の席は、ちょうど目の前に仕切りがあった。おかげで夫とパティの姿は見えないが、よく耳を澄ますと、二人の声が聞こえる距離だ。
仕切りのおかげで向こうからも姿は見えないはずだが、フローラ達はヒソヒソと声のボリュームを落としつつ、コーヒーを飲むフリもし、耳を澄ませた。
「フィリス、何か聞こえる?」
「ええ、なんか二人とも芸術がどうとか創作論に興じてますね」
フィリスの方が耳が良いようだ。フィリスが耳を澄まし、フローラがメモをとっていたが、夫はろくでも無い事を話しているらしい。
創作論だけでなく、パティと二人でフローラの悪口に盛り上がっているとか。二人の世界に入り「純愛のオレたちを邪魔する毒妻は許せない」と言っているらしい。
「薄汚い中年不倫カップルが何を純愛ぶってるの?」
「ちょ、奥さん、静かに。本当に口が悪いですね。でもまあ、あの酔いどれっぷりは、かなり二人の世界に入ってますねぇ」
フィリスも呆れていた。フィリスは夫の恋愛小説に肯定的だったが。よっぽど痛々しい中年不倫カップルなのだろう。フローラも姿は見えないが、二人の痛々しい様子が想像できてしまい、ため息しか出ない。
「他に何か言ってる?」
「うーん、何かわざとホテルに行かないっぽいです。その事で余計に二人で盛り上がっているみたい」
「ああ、気持ち悪い。どこが純愛ですか。不倫カップルでしょうがー!」
「奥さん、静かに、静かに。うん? パティのやつ、店員を呼び止めて何か言ってますよ」
そのパティの声は大きく、フローラの耳にまで届いた。
「ちょっと店員さん! コーヒーに髪の毛が入ってるんですけど? どうしてくれるの? 間違って食べたら、どうなるのと思っているの!」
パティは典型的なクレーマーだったらしい。店員を引きとめ、延々と文句をぶちまけていた。
店員は何度も謝っていたが、パティはさらに激昂し、いかにこのカフェは衛生面が酷いのか早口で説明している。
カフェの雰囲気は最悪なものとなり、仕事をしていた客は何人か席を立っているではないか。完全な営業妨害。
「夫は何をしてるの?」
「いえ、公爵さまは何も言って無いようです」
フローラは呆れてものも言えない。このパティの態度は白警団に通報すれば辞めさられるだろうが、カフェも客商売の手前、何も言えないのかもしれない。
結果、カフェ側はパティの恫喝に折れ、コーヒー代を全額タダにしていた。
パティは会社の備品を盗むような女。このコーヒーにも本当に髪の毛が入っていたか疑わしい。
「コーヒー代タダになったわ!」
そのパティの勝ち誇った声もフローラの耳に届いたが、胃がキリキリしてきた。これだけ倫理観が終わっている女だ。不倫に対しても一ミリも罪悪感も持っていないだろう。むしろ、この不倫をネタに脅す事も考えられる。肉体関係も無いのに脅されたら、本当に公爵家の恥だ。
その事を考えと、頭も痛くなってみた。フローラは思わず眉間を押さえ、無言になる。
一方、夫はこんなパティに「おもしれー女だ!」と大声で笑っていた。仕切り越しでも夫の大きな声は十分響いてきたので、余計に辛い。
「ねえ、フィリス。こんな事言ったら、特大ブーメランだけど、言っていい?」
「うん? なんですか?」
「夫はどうしてこんなに女の趣味が悪いの?」
フィリスはもう何も言い返してこなかった。ただ痛ましそうにフローラを見ていた。




