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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第七章 たった一人の為の騎士

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刻むということ Ⅴ


 ◆


『ぎゅぎぃ……』


 と、あまりにも嫌そうな鳴き声とともに、ニコが足を止めたのは、レレントなどすっかり見えないほどの距離を駆け抜け、遠くあった山脈はすっかり近く、おおよそ麓と呼べる位置にたどり着いた頃合いだった。

既に太陽は沈みかけていて、代わりに、冷えた空気が、防寒具を突き抜けて肌を刺す。


「……っと、どうした?」

「なんだか、嫌な臭いがするみたいです」

『ぎゅぎゅ……』


 ニコはここまで、道に迷うこと無く一直線に進んできた事から、この先にセキが居る事は間違いないはずなんだが……。


「ごめんなさいニコちゃん、頑張って進んでください」

『ぎゅげー……』


 リーンが馬車を降りて、ニコの鼻に、ちぎって濡らした布を突っ込んだ。

 臭いを辿っているのに、鼻を塞いだらそれこそ本末転倒ではあるんだが……。


「どうですか?」

『ぎゅー……』


 今度は異物感が気になる様子だったが、渋々ではあるものの、ニコは歩みを再開した。


「っつ……ひたすら南に下ってるな……地図だと、この先に村があるはずなんだが」


 山肌が近づいてくるにつれて、道は段々と荒れ、ついには石畳が途切れてしまった。


「この感じだと、多分まともな形じゃ残ってねえな」


 人が定期的に通る道は、利便性を考えて整えられていくものだが、この道は、進めば進むほど荒れていく。轍の痕跡すら確認出来ないってことは、ほとんど流通がない証拠だ。


「屋根のある建物が残ってればいいですよ、宿にさせてもらいましょう。日が落ちてから山を登るのは流石に危険ですし」

『お嬢にしては物分りが良いな』

「私だって我儘言っていい時と駄目な時ぐらいわかりますよ」

『最近は我儘だらけだった気がするのであるが』

「だってハクラがいるからつい……」

「おい」


 それからもう少し馬車を走らせて、予想通りというか、馬車は廃墟へと到着した。

 地図上にはソレンサ、と記されている村の成れの果ては、何かに襲われて一夜で壊滅した――という感じではなかった。

人が少しずつ減っていって、村としての体裁を保てなくなったんだろう。

 予想通りじゃなかったのは、それ以外の方だ。


「うぇ……っ」


 ニコ程でないにせよ、俺達冒険者も、秘輝石(スフィア)によって身体機能が上昇している。それは五感も同様であり、一般人よりも嗅覚が優れているから、余計に効いた。


 ……グズグズに腐った、肉と骨の山が、村の中央に鎮座していた。


 リビングデッドの巣であったレストンですら、ここまでの腐臭は漂っていなかった。溶け出した肉が溢れて地面に染み込み、汚泥と化していた。少し体重をかけたらずぶりと沈み込む、浅い沼地と変わらない。

 先程までは凍えるほど寒かったのに、服の下には仄かに汗を感じるのは、死体から出るガスが周囲の温度を上げているからだろう。


「…………こっちで正解みたいだな」


 原因が何かなど言うまでもなかった。原型をかろうじて残している死体からは、鱗や牙、縦長の瞳孔の瞳といった、見覚えのあるパーツが認識できる。


『ニコが嫌がるわけだ。これは酷い』

『ぎゅぇー………………』


 ここまで臭いの元に近づいてしまうと、ニコの鼻栓も無意味なのだろう。しかし膝を折って身体を地面に触れさせたくないらしく、なんとか直立を保っていた。


「うー……、ハクラ、ちょっと離れててください」


 リーンが一歩前に出て、とんとん、と片手で持った杖を地面に落した。

 そのリズムに合わせて、緑色の粒子が、リーンを中心に波紋となって広がっていく。それだけで、激しかった臭いが大分マシにはなったが、根本的な原因である腐肉ばかりは如何ともし難いようだった、


「うーん……水浄化魔法(ピュリファ)ぐらいじゃどうしようもないですね、やっぱり、土壌そのものが汚染されちゃってます」


 今更だが、リーンは最低でも二つの魔法を秘輝石(スフィア)に刻んでいる。スライムやニコを目立たない姿にするのもそうだし、生水や泥水を真水に変えてくれる水浄化魔法(ピュアリィ)は長旅においては大変重宝する。


 それでいて、重たい杖を平然と持ち歩き、戦闘時以外の俺の動きには着いてこれるのだから、肉体の強化は三割程度じゃないはずだ。最低四つか、五つぐらいは『拡張魔刻(スロット)』がある計算になる。


 俺が、そんなこの場においてはどうでもいいことを考えている間に、んー、とリーンは首を捻り、腐り朽ちた肉に、そっと指を伸ばしていた。


 何をしているのかと思ったら、腐塊に埋もれ、わずかに残っていた鱗を、何枚か掬い取って、汚れを拭って、観察しているようだ。


「…………やっぱり、シャラマ族のだけですね」


 赤い砂漠のシャラマ族、だったか。

 鱗が紅いリザードマンは、南方大陸ではそれなりに見たから、初めてセキを見た時も驚きはしなかったのだが、よく考えたら、北方大陸(オルタリナ)には、雪原はあっても砂漠はない。


「北方大陸で一番数が多いのは、寒冷地に適応した白き山肌のリ・フウェ族です。赤い砂漠のシャラマ族はその名前の通り、南方大陸(リーラベル)の砂漠が主な生息地で、北方大陸にはあまり数が居ませんから……ここ数日で動いているリザードマンの数を考えると、大陸中のシャラマ族が集まってるかも」

「…………なんか違いあるのか?」

「ブレスの種類とか、食性とか、文化の違いとかありますけど……人間で言ったらあれですよ、東方大陸(トミトア)の人は肌が黄色か浅黒いとか、北方大陸の人は色白とか、それぐらいの違いです。多分、セキさんの傘下にいるリザードマンは、同じシャラマ族までですね」

「じゃあ、なんでワイバーンにまで言うことを聞かせられるんだ?」

「ワイバーンとリザードマンって、祖先が同じなんですよ。魔素の影響で、どう変化したかが違うだけで。後は、意思疎通が出来るなら、調教したり、言うことを聞かせられると思います。何より――――」


 リーンが言葉を続けるその前に。




 ――――ギィ、ギィ、ギィ




 もはや聞き慣れた羽音と、金属をこすり合わせるような不快な鳴き声が聞こえてきた。


「巣に入られたのに気づいたかよ」


 〝風碧〟の柄に手をかけて、空を見上げる。

 三匹のワイバーンが俺達を見下ろして……いや、四匹か?


『避けろ小僧!』

「…………うおっ!」


 旋回して、降りてこねえと思ったら、飛んでいた一匹が、空から何かを放り投げた。

 どうやら、足に何かを掴んでいたらしい。スライムの声に反応して、反射的に飛び退きながら、視線を向ける。


 それは、ぐちゃり、と音を立てて、死体の山頂に落下して、標高を少し高くした。俺達を目掛けて投げてきたわけではなかったようだが、それは……。


『………………』


 死体だった。まだ新しい、リザードマンの死体だ。

 文字通り、腐った肉をクッションにしたおかげか、落下時の衝撃も含めて、ぱっと見の外傷は見当たらなかったが、顎を限界まで開いて、デロンと舌を溢しているその様は、もう生きて動くことがないのは明らかだった。


「…………ぁ?」


 だから、変化はその直後に来た。

 今まさに、放り捨てられたばかりのその死体が、みるみる内に、腐っていく。

 鱗がボロボロ剥がれ落ち、皮膚が下の肉ごと自重で削げ落ちて、見えた白い骨も、あっという間に黒ずんでいく。ほんの数分で、新しかった死体は、元々がどんなかたちをしていたのかもわからないような、腐塊の一部になってしまった。


『お嬢、わかるか』

「駄目です、腐敗速度が速すぎて、印が確認できません」

「……何だって?」

「魔女の逆印、です。これは呪詛です、ハクラ」


 魔女が誰かを呪った時、対象の体表のどこかに、その魔女の印を反転したデザインが刻まれる。

 だが、腐敗するのが速すぎて、そもそも印を確認出来ない。だから、正体がつかめない。

 そんな馬鹿な話があってたまるか。


『ギィ…………』

『ギィ、ギィ』


 死体を放り投げたワイバーン達は、眼下の俺達を確認すると、顔を見合わせ、そのまま山の方へ飛び去っていった。

 迎撃に来たのではなく、死体を捨てに来た所に、俺達がかち合ってしまった、ということらしい。


「ってことは、報告されるか」

「ですね。休んでる暇はないかも知れません」

『そもそも、ここに長くとどまるのは無理であろう。後三十分もここに居れば、我輩はともかくお嬢の内臓が保たぬ』

「俺は?」

『小僧はほら……小僧であるし……』


 腐塊の中に突っ込んでやろうかと思ったが、確かにスライムの言うとおりだ。

 臭いもそうだが、これだけの死体が腐っていれば、毒性のガスも充満している事だろう。


「じゃあ……山に斬り込むか?」


 かといって、敵が居ることを確認出来ているのだ、退くのはありえない。ソレンサの外に出て一晩待っている間に山を超えられたら、完全にセキを取り逃がす。

 この悪臭を越えた先で、ニコの鼻が利く保証はないのだ。


「私もそうしたいですけど、一度足を踏み入れたら、もう完全にリザードマン達のテリトリーですよ」


 土地勘のない場所で、夜闇に紛れて、武器を持ったリザードマンと、空から襲ってくるワイバーン、両方に対応しなくてはならない。かなりきつい戦いにはなりそうだが……。


「最悪でも、お前は無事だろ」


 魔物はリーンを傷つけられない。狙われるのは、俺だ。


「…………いや、待てよ? おいリーン、ちょっと百メートルぐらい先行してくれ、俺らは後ろからついていくから」

「嫌ですよ暗いですよ怖いですよなんで私が最前列なんですか!」

「お前攻撃されないんだから前衛に適してるだろよく考えたら!」

『言い争ってる場合か! お嬢に最前列を任せて、何かに驚いたら叫んで騒いで逃げ出して逸れるぞ!』

「アオ?」


 ぐうの音も出ない正論だったので、結局俺が前に出ることになった。















「……気持ち悪いモンを見せちゃって、少しは申し訳ない気持ちがあったんだけどねェ」




 それじゃあ乗り込むか、と気合を入れ直した所で。

声は、正面からだった。


「それだけ元気なら、心配はいらないかねェ。ハクラ・イスティラ?」

「――――セキ」


 探している相手が、自分からでてくるとは。

 黒い鱗の――レレントへの襲撃にも参加していた個体だ――ワイバーンを横に携えて、セキは、武器を構えるでもなく、平然と俺達の前に、姿を現した。


「いい度胸じゃねえか」


 会うのは三度目、やり合うのは二度目。

 〝風碧〟の柄に手をかけた俺に対し、セキは……


『好きにしろや。やりたきャ、やれヨ』


 槍を放り投げ、その場にあぐらをかいた。ギィギィと鳴く隣のワイバーンは、なにかを訴えかけているようだったが、セキは立ち上がらず、聞き入れる気配がない。

 よく見れば、槍も、クロスボウも持っていない。盾と鎧は身につけているが、臨戦態勢と呼ぶには、色々なものが、欠けていた。


「…………どういうつもりだテメェ」

「そっちこそ、どういうつもりだヨ? 俺ァ好きにしろッて言ッてンだぜェ? それ目当てじゃあないェのかョ」

「ぶち殺すに決まってんだろうが! 聞くこと聞いたらな!」


 引き抜いた〝風碧〟の刃を、セキの首元に突きつける。それでもなお、動じない。

 本気であることぐらいはわかるはずだ、俺がセキを殺さない理由は、魔女の正体を聞き出したいから、以外にない。


「てェ事は、それを言わなきゃァお前さンは手加減してくれるワケだ」


 セキは、にやぁ、と口の端を歪め――――嘲笑った。


「テメ――――」

「シャアッ!」


 後方に跳躍するセキの首を跳ね飛ばすのを、躊躇した。


「ハ、ハクラのアホー!」


 リーンの罵声が背中に飛んでくる。まだ殺すわけには行かないことを、悟られてしまった。


「シャラララ――――シャラァ!」


 がぱっと大きく開いた顎の向こうから、ちろちろと赤い光が見える。

 またブレスか、と俺も飛び退いて、距離が更に開いた、刹那――――。


 ボウ、と激しい音を立てて、セキの口から――――空目掛けて(、、、、、)、燃え盛る火炎が飛び出した。


 煌々とした炎が、周囲を照らし、場の熱が一気に上がる。

 十数秒、炎は猛り続け――――ボボッ、と空気が尽きる音がして、それは終わった。

 攻撃というよりは、何かの合図だったのだろうか。ゲホ、と何度か咳き込んだ後、セキは唐突に、告げた。


「魔物使いの娘さンよ」


 両手を上げて、無抵抗の意思を示す。


「交渉がしたイ」


 それは、事実上の降伏宣言だった。


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