刻むということ Ⅵ
暗い中、険しい山道を歩いていく必要――はなかった。
セキが生い茂った藪の中に、無造作に突っ込んでいくのを追いかけていくと、切り立った崖沿いに、大きなトンネルがあったからだ。
天井は、ワイバーンでも屈んでいれば頭をぶつけない程度には高く、所々に階段やスロープがある、かなり広い。ところどころ、入り組んだ道もあるが――――。
「ソレンサは、採掘場だったのか」
「あァ。元々は、大きなルビーの原石が採れる鉱山だったらしィ、下の村はその拠点だったのサ」
しかし、長年の採掘で資源を掘り尽くし、採算が取れなくなって、村を維持する意味もなくなった。その跡地に、セキ達が住み着いたというわけだ。
人間たちの需要が尽きて、用がなければまず訪れない僻地で、崩れないように整備され、無数の分かれ道が存在するとなれば、格好の巣に違いない。
「村にゃァ竈も炉も残ってるから、時々火を入れたりしてなァ……シャララララ、まァ今となっちゃァただの死体置き場サ。寝床に置いといたら全滅しちまうんでねェ」
「お前らに死者を弔うって文化はねえのかよ」
戦意を削がれたとは言え、仲良く話し合う間柄ではないし、いつでも首を刎ねる準備をしてはいるが。
こうまで無防備に背中を見せられると、逆に斬り込み辛いのも事実だった。
「…………さァね」
どうでも良さそうに言い捨てるセキ。
「ハクラ、シャラマ族の弔いは、食葬なんです」
俺のマントの裾を小さくつまんで引いて、リーンは囁いた。
「……食、何?」
「彼らにとって、肉体は器であり、経験が宿るもの。魂は循環し、いずれ還ってくるものです。死者は血縁者が、居なければ仲間が、その肉を喰らって血と成して、引き継いでいくことを弔いとします。ですが……」
「喰えたもんじャねェヨなァ。あンなに腐られるとヨ」
俺達の会話は、聞こえていたらしい。
シャラシャラと笑う声は、あまりにも人間臭い、自嘲のそれだった。
「…………悪かったな」
だからつい、そんな事を言ってしまった。
「…………お前は何に謝ッたンだ? 俺にか?」
そう言い返してきた、セキの方が、これは正しい。
ち、と舌打ちをして、空気を誤魔化すように、後ろを見る。
「アオ、ちゃんと伸びててくださいね」
『う――――む――――だが――――お嬢ォ――――』
「限界が来たら言ってくださいねー」
そこには、リーンが歩く度に、じわじわと紐状に伸びて地面をマーキングしているスライムの姿があった。
俺達を坑道の奥に引きずり込んで、待ち伏せしての袋叩き、という線も十分考えられるので――というか、俺はそれ以外に無いと思っているが、リーンはセキの言う『交渉』を聞くつもりらしい。
だが迂闊に踏み込んで、迷って抜け出せなくなったらどうする、と俺が抗議した所、リーンはスライムを坑道の入り口付近にあった木の枝に突き刺して(!?)、そのまま細く細く伸ばして、道標にしているのだった。とんでもねえことをしやがる。
「もし途中でアオが切断されたりしたら、逃げるなり暴れるなりしましょう!」
……ということらしい。
ちなみに、ニコはこれ以上山に足を踏み入れるのを、断固拒否したので、ソレンサの外に置いてきた。馬車の見張りにもなるし、仮に襲われても、あいつは一人でレレントまで逃げられるから大丈夫だろう……俺達の足はなくなるが。
「―――――不安になッてきた」
「今更かよ」
「こんな暴挙する奴と俺ァ交渉すンのか……?」
「………………」
その気持ちは何となくわかってしまうのが、本当に悔しかった――それにしても。
『シャラッ、シャ……シャララ…………』
『フゥ…………フゥウウ…………』
『ギィ……ギィィ……』
連中の巣なのだから、当然といえば当然だが、坑道の至る所に、リザードマンやワイバーンが潜んでいた。
ただし、どいつもこいつも息が荒く、壁に背をもたれかけたり、ぶっ倒れていたり、とてもじゃないが、襲ってやろうという体力が残っているようには見えない。
「ちょっと、失礼しますね」
リザードマンの一体に近づいたリーンは、身体をまさぐって、逆印を探そうとしていたようだったが……。
「……駄目ですね、まだ出てきてません」
「そうかよ」
コイツらも死んだら、腐っていくんだろう。その度に、ワイバーン達が捨てにいくのか。
「あァ、そこの脇道には入るなョ」
セキが、メインの通路から伸びる、細い道を指して言った。
「外に出れなかッた連中が詰まッてる。蓋をしてる岩を退けたら、溢レて出てきちまゥ」
その言葉が、中の死体がどんな有様なのかを、詳しく聞かなくとも伝えてくれる。
「…………あァ、着イた」
随分と坂を上って、トンネルを抜けて、たどり着いたのは、山の反対側だった。
天井はないが、空は生い茂る枝葉のドームで閉じられていて、遠くからこのエリアの中を見ることは出来ないだろう。
位置で言えば、山の中腹より少し上だろうか。
「ユニコーンの住処と、似ていますね」
リーンが溢した言葉の意味を、俺は理解できなかったが、確認する余裕も、ありはしなかった。
「なんでだ」
「さァね、俺が聞きたいョ」
セキが、他人事のように言うのを聞いて。
「ふざけんな、そんなわけねえだろ」
俺は、その肩を掴み、詰め寄った。
「何でここに〝竜骸〟がある!?」
赤竜ヴァミーリは、レレントで〝竜骸〟だった時と同じ様に、身体を丸めていた。
ただ、骸であった頃と、決定的に違うのは。
目を開いて、ただ一点を、じっと見つめている事だった。
リーンでも無く、勿論、俺でもなく。
「俺が一番知りたいヨ、なんでコイツは俺を見てンだィ?」
問いに答えられるものは、誰も居らず。
代わりとばかりに、セキは言った。
「〝竜骸〟を返してやるヨ――代わりに、俺達を腐らせる、この呪いを解いてくレ」
セキが差し出した右手には、魔女の印が刻まれていた。
リーンが求めていた、呪いの証明。それは〝竜骸〟を動かした呪詛の主が誰であるかを示す証拠にもなる。
それを見て。
「――――は?」
俺の心臓が、高鳴った。
知っている。俺は、この印を知っている。
花と蔦が絡み合って、眼球を形成している、悍ましいこの模様を。
忘れるわけがない。それは、俺にも刻まれているのだから。
「……呪詛の対象は血、《命を貪る死と腐敗の呪い》」
リーンは、その逆印を見て、知識と照らし合わせ、照合していく。
「……この印を持っているのは、私の知る限り世界に一人だけです。闇と血と贄を支配する、位階第二位、七大悪魔の一体、ティタニアス・グロウブロウドゥルと契約した魔女」
何でお前が、ここで出てくる。
「この呪詛の主は――――魔女イスティラ」
俺を見つめる、リーンの、翠玉の瞳が……僅かな恐怖で、揺れていた。
「ハクラ、あなたの、母親です」




