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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第七章 たった一人の為の騎士

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刻むということ Ⅰ


 ☆


「ん――――」


 目がチカチカして、眩しい。身体がふわふわする。

 頭がぼうっとする、自分が何をしてたか思い出せない。

 身体を起こそうとして、異様に重たいことに気づく。


「水………………」


 のどが渇いた、とにかく、水が飲みたかった。

ベッド脇の棚の上に、水差しとコップがあったので、壁にすがりながら、なんとか体を起こした。ガラス製のそれには、なみなみと中身が入っていて、両手で支えないと溢してしまいそうで、悪戦苦闘しながらコップに注いで、中身が空っぽになるまで、何杯も飲み続けた。

 冷たい液体が全身に染み渡っていく感覚が、気持ちいい。


「…………服…………」


 そこで、ようやく、気づいた。私は服を着てなかった。

 真っ白な薄手の毛布をかけられているだけで、下着も、なにもない。

 いくらなんでも、裸で寝ることはない……むしろ、寝る時は沢山着込まないと駄目だ。テントを張っていても夜は寒いのだから。


「…………ん…………?」


よく考えたら、そもそも、ベッドで寝ているのが、おかしい。


「ここは………………どこ…………?」


 羞恥心が湧いてくるより先に、疑問が頭を埋める。


「私…………ギルクさんの」


ふわふわとした思考に、記憶がだんだん、蘇ってくる。

そう、ギルクさんの、ヴァーラッド伯のお家にお邪魔して、そう、ご馳走をいただいて、一緒に眠って……。


「起きて…………起きて? それから?」


 起きたのに、なんで私はまた寝てたんだろう?

 とりあえず、何か着たい。部屋を見回す。真っ白な壁と、私が寝ているベッド。

 とても高価そうな絨毯、棚の上の、私が飲み干した水差し。扉が一つ。窓はない。

 私の着替えらしきものも、なかった。

どうしよう、扉が開いたとして、裸で外に出るのは、ちょっと考えたくない。

 あんな惨めな思いは、もうしたくない。


「…………っ」


 とりあえず、シーツを手繰り寄せながら、立ち上がろう、としたところで。

じくりと、胸が痛んだ。


「…………何、これ」


 自分の身体を、今一度見下ろして、ようやく気づいた。

身に覚えのない、(キズ)が、そこにはあった。

 握り拳ぐらいの……身体に残っていると考えたら、とんでもなく、大きい。


「私……私、私…………?」


 なにがあったんだろう。どうしたんだろう。

 胸が痛い。熱い。どくどくする。

 ひりひりが治まらない、何かが出てきそうになる。


「ひ……っ」


 不意にこみ上げてきた恐怖が、口から零れそうになった。ひく、ひく、と喉の奥が痙攣し始めるのを、止められない。


「ひ、ひ……ぃ……っ」


 怖い。自分が自分じゃなくなっていくような、そんな感覚。


「た、助けて」


 その言葉は、もう、私の意思と関係なく、勝手にでてきた。


「誰か、助けて」


 違う、駄目だ。

 ルーヴィ様に、助けて欲しいなんて思っちゃ駄目だ。

 私が、助けられるようになるんだ。


「はぁ、はぁ……はっ」


 思い出した、その決意が、私の呼吸を鎮めてくれた。


「………………嘘です、こんなの」


 それから、言い訳するように、私は誰に言うでもなく、呟いた。

 助けて、と口に出してしまった時。

 何で私は、あの白い髪の毛の、不信心な人の顔を思い浮かべてしまったのだろう。

 その、直後。











 ぱりん、と何かが割れる音がして、私は、反射的にそちらを振り向いた。

 部屋の扉が開いていた。見覚えのある、茶色い癖毛の女性が、私を見ていた。

 足元に、ガラスの破片が散らばって、絨毯が大量の水で濡れていた。


「クレセン君」


 呆然とした顔で、ギルクさんは、私の名前を呼んだ。


「はい」


 えっと、どうしたらいいのかわからなくて。


「おはようございます」


 普通の挨拶を、普通にしてしまった。





「…………そんなことが、あったんですか」


 ベッドの上で、体を拭いてもらいながら――私は、それはもう、すごく遠慮したのだけれど、ギルクさんは譲ってくれなかった――――丸一日、眠っていた間に、レレントは大変なことになっていたらしい。

 何より、私は、ガラスを突き破って部屋に飛び込んできた矢が胸に突き刺さって、ファイア様が助けてくれなかったら、死んでいたって。


 そして、そのファイア様は、今も……呼吸はしているけれど、目を覚まさないだなんて。

 私なんかのために。


「私は、クレセン君が助かってくれて、嬉しいよ」


 考えていたことが、表情に出ていたのか、ギルクさんはそう言ってくれた。


「私が……ヴァーラッド伯の娘が、ファイア司教に向かって助けろって言ったようなものだ。責められるとしたら、それは私であって君じゃあない」

「そんなこと……っ」

「だから、自分が助からなければ、他の人が助かったかも知れない、なんて思わないでくれよ、クレセン君」

「………………っ」


 そう思ってしまった自分を、どうしたって否定できない。

 私はまだ、何者でもなくて、何も出来ない小娘なのに。

 こんなに良くしてもらって、こんなに想ってもらえて。

 嬉しいけど、嬉しいと感じてしまうからこそ、何も返せない自分が嫌だ。


(きず)、背中にも残っちゃってる」


 ギルクさんの指が、矢が突き抜けた背中側に触れると、なんだかムズムズする感触がする。皮膚と言うよりは、爪とかを、歯とか、硬い所をなぞったような感じに、


「…………ひうっ」


 こんな状況なのに、声が出てしまう。

 本当に、もう、恥ずかしい。


「ああ、ごめん、くすぐったかった?」

「あ、いえ、大丈夫です……あの、前は自分で」

「ん、どうぞ」


 お湯を浸してから絞った柔らかい布は、まだ温かくて、体に当てると、うん、汗を沢山かいていたみたいで、気持ちが良い。


「…………あれ」


 首から胸の傷にかけて拭っている最中に、ふと、硬い感触を感じた。


「どうかした?」

「いえ……かさぶたか何かだと思います」


 傷の中心に、なにか小さな異物感がある。軽く爪で触れると、カリカリとした硬い感覚が返ってきたが、感覚はない。

 下手にいじるのは良くないな、と思って、それ以上は触れなかった。


「……そうだ、ギルクさん、ルーヴィ様はご無事でしょうか」


 ファイア様が私の治療をしてくれたということは、ルーヴィ様も側におられるはずだ。〝竜骸〟が動いた、なんて大事件、ルーヴィ様が対応しないわけがない。


「…………」

「――ギルクさん?」

「……あ、ああ、ルーヴィ君は、ミアスピカに向かったよ。事態の報告と、収拾の為の判断を、大司教に仰ぐために」

「そう、ですか」


 〝竜骸〟が飛び去ったなんて一大事、ミアスピカだって、早く詳しいことを知りたいはず。【聖女機構(ジャンヌダルク)】という足かせのないルーヴィ様なら、どんな馬よりも速く駆けられるから、そういう指示がで出るのは、すごく、自然なことだ。


 本当に?


「…………ねえ、クレセン君、髪を結わせてもらっていいかな」

「え……? あ、あの、自分でやりますけど……」

「いいからいいから、私に任せてみて」

「は、はぁ……じゃあ、お願いします」


 流されて、髪の毛を纏めてもらう事になってしまったけど、ベッドの上で、裸のまま、シーツ一枚を羽織って、貴族のお嬢様に、髪の毛を編んでもらうなんて事、少し前の私には、想像もできなかった。

 …………ううん、どんな状況の私でも、想像できない、こんな事。

 というか、私の服はどこに行ったんだろう……。


「クレセン君、お腹は空いてないかい?」

「え? あ…………ええと」


 聞かれて意識すると、くう、とお腹が鳴った。

 身体が乾いてたのと同じぐらい、飢えている事に、この段階になって、やっと気づいた。


「…………空いてる、みたいです」


 恥ずかしさがこみ上げてきて、顔が赤くなった私の頭を、ギルクさんの手が、くしゃりと撫でた。


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