刻むということ Ⅱ
☆
お屋敷は人がひっきりなしに出入りしているし、堂々と食事を取るには、落ち着かない――という理由で、裏口からこっそり抜け出して、私達は街に出た。
「うう……」
いつもの修道服…………ではない。勿論、着替えを含めて、何着かは同じものを持っている――のだけど、レレントに到着した日に、ヴァーラッド辺境伯の邸宅で、寝間着を借り受けた際に、ギルクさんに、私は言われたのだ。
(これって、【聖女機構】の修道服なんでしょう?)
そう、私の修道服は、【聖女機構】の所属を示すデザインをしていて、一般的な修道女のものじゃない。神学校への入学を決めた今となっては、着続けるわけには行かないけど、そうすると今度は、私が着る服が一着もなくなってしまう。
すごく困ったし、知られたくなかった。
だってギルクさんも、ヴァーラッド伯も良い人だから、私がそうやって困ってたら、何かと世話を焼いてくれてしまうに違いないし、実際、今日なんかは、ギルクさんが頑なに『これを着ろ』と押し付けてきた、真っ白な生地に、花柄の刺繍なんかが入った、物凄く高価そうなワンピースを貸してもらっている。
どれだけ安く見積もっても、私の数少ない所有物の、どんなものより高価であることは、間違いない。見習いとはいえ、修道女の嗜みとして、銀の十字架は【聖女機構】に入った際、渡されたけれど、多分それよりも……。
「お、落ち着きません。なんだか」
服は、丈夫であることと、防寒性があることが大事であって、見た目とか、綺麗さとか、そういうのを考えたことなんてない。
……憧れは、別だけれど、それは、童話のお姫様に憧れたりするようなもので、実際に袖を通すとなると、布は薄くて、サラサラしていて、下手に動いたら、すぐに破けてしまいそうで、とてもじゃないけれど、跳んだり跳ねたり、走ったりなんてできそうにない。万が一破いてしまったらと考えると、それだけで恐ろしい。
「そう? 私のお古で申し訳ないなって思ってるぐらいなんだけど……うん、似合ってる似合ってる」
そんな事をいうギルクさんは、私より目立たない、地味な色合いのエプロンドレスを着ている。フードをかぶって顔を隠しているけれど、寒い土地の町娘なら、どこに居てもおかしくない普通の格好で、変装慣れしてるんだな、というのがよく分かる着こなしだった。けど、私もそっちが良かった……というのも憚られる。だって、そんな普通の服ですら、私には手が届かないわけだし。
……というか。
「ギルクさん、最近、私の反応を見て、楽しんでますよね」
「…………わかる?」
「わかりますっ! ずーっとにやにやしてますからっ!」
おっかなびっくり歩く私を、ちょっと後ろから着いてきて、立ち止まる度に、微笑ましい目で見てくるんだから!
「姉様達が、事あるごとに私にかまってくるの、すごく不思議だったんだけど、こんな気分だったんだなあって、今すごく納得してるんだ……私……」
「ギルクさんは、そういう時どう思ってたんですか」
じとっ、と睨みつけた私に、ギルクさんはうん、と頷いて、
「すごく鬱陶しいし、落ち着かないからあんまり構わないでほしいなって思ってた」
「じゃあ、今の私の気持ちもわかってくれると思うんですけど……」
いえ、別にギルクさんに対して、そこまで思っているわけじゃないけれど!
「でもね、心から嫌がってるわけじゃないなってわかってると、ついついなんでもしちゃう……食事の前に、向こうの商店街に行かないかい? あっちは被害も少なかったから、今日もほとんどのお店は営業してるし……シルクのリボンとか売ってるんだけど……」
「嫌です行きません要りません不謹慎です無駄使いです!」
「そんな事無いよ、こういうときだからこそ、貴族は率先して無駄遣いしないと」
「じゃあギルクさんの服を買ってください! 私は普通でいいんですっ! ……何でそんなに楽しそうなんですかっ」
私が言い返しているのに、ギルクさんは、やっぱり笑顔だった。
もう、と、ちょっと怒ったことを隠さずに……うん、私にも、怒る権利はあると思う……道の端を、早歩きで進む。
必要な物資を調達して駆けていく冒険者、いつもどおりの日常を過ごそうと客引きする商人、なにもないところで両手を組んで、空に向かって祈りを捧げる人。
散乱するガラスが放置された店もあれば、キレイに片付けられている家もある。
道の石畳には、洗いきれてない血液がこびりついていたり、壁や地面に突き刺さったままの、太い矢が残っていたり。
(ものすごいことがあったのに……)
それらを、何も知らないまま、気がつけば終わっていて、傷痕だけが残っていて。
助からなかった人も、今もまだ、助かるかわからない人が居る中で、何もできない私が命を救われた。
ギルクさんは、気にするなと言ったけど……自分のせいだなんて、言ったけど。
私はその意味を、これから考えて行かないと――――
「……って、私が先に歩いても、仕方ないじゃないですかっ」
お店の場所はギルクさんしか知らないのに、私が先行してちゃ駄目だ。
「あはは、大丈夫大丈夫、まっすぐ行けばつくから……あれ?」
「ん……どうかしました?」
何か気になるものを見つけたのか、路地裏を覗き込む姿に、私も少し後退した。
大人の男性で一抱えぐらいの、それなりに大きな木箱が、縦に三、横に二列、合わせて六箱、乱雑に積まれている。
食料品や日用品、あるいは、釘とか蝶番のような雑多なものを入れたりするのに使う、よくある木箱だ。あまり珍しいものには見えないけれど。
「いや、あの箱、ちょっと動いた気が」
「ネズミか何かじゃないですか?」
少し外に放置した木箱の中にネズミが潜んでいることなんて、珍しくもなんともない。食料目当てじゃなくても、風を防ぐためだったり、巣を作っていたりするし……ギルクさんは、そういうの、知らないかも。
「ええ……ネズミか、ネズミは困るな、どうしよう、一つ開けてみようか」
躊躇なく近寄っていくギルクさんの服の袖を、私は慌てて掴んだ。
「何で困るのに開けようとするんですか」
「居着かれるよりは逃してしまったほうが……」
「猫とかかも知れませんし」
「猫だったら見つけ得じゃないかい?」
「野良猫はそれなりに汚れていますし、もし驚いて逃げる最中に箱を落して壊してしまったら大変です、足に落ちたら大怪我ですよ」
もしかしたら空っぽかも知れないけれど、箱だけでそれなりの重さのはずだし、私達がああいう箱を運ぶ際は、必ず二、三人で対応するように、とルーヴィ様やらーディアは口を酸っぱくして言っていた。
「持ち主はわかりませんが、他所様の所有物ですし、勝手に触るのはよくありません。女神様はこう言っておられます、誰かのものは自分のものではないと」
「ううーん……後で謝れば許してもらえないかな」
私は心を込めて訴えかけたつもりだったけど、ギルクさんにはちゃんと伝わらなかったらしい。何でそんなに拘るんだろう……。
「ギルクさんって、自分のテリトリーでは好き勝手して生きてきたタイプですか……?」
「肯定か否定かの二択を迫られたら、七割ぐらい肯定……」
「やっぱり貴族のお嬢様はお育ちが違っていらっしゃられるんですね」
「あ、今近くなったはずのクレセン君との距離が一気に遠のいた気がする!」
「私はちゃんと注意しましたからねっ」
じとー、と、それ以上は口を開かず、半眼で見つめていると、ギルクさんはとても居心地の悪そうな顔になってきて、
「……わかった、わかったよ、やめておく。食事の前だしね」
やっと箱を諦めて、戻ってきてくれた。
結果として、それが正しい判断であったことを、私は思い知る。
カタ、カタカタ、と。
箱が揺れた。一つじゃない、全体が、少しずつ。
「え?」
本当に動いた。でも、それで終わりじゃなかった。
『――――シャラァアアアアアアアアア!』
積まれていた箱が吹き飛んで、中からリザードマンがでてきた。
想像もしてなかった事態に、背を向けていたギルクさんも反応出来なくて。
「――っ!」
手を伸ばせば届く距離に居てくれたから、助かった。
腕を掴んで、思い切り引っ張る。私自身が、背中からひっくり返るぐらいの勢いだったから、ギルクさんだって思い切り転んで、私の上に倒れ込む形になった。
きゃあ、わあ、と誰かの悲鳴が聞こえる。
『シャラッ、シャラララッ』
体重を感じながら、なんとか上半身だけでも起こして、前を見る。
そのリザードマンは、ボロボロだった。右腕がなくて、傷の断面からはぼたぼたと、粘つく液体が溢れていた。眼はギラギラとしていて、舌はだらりと垂れ下がって、辛そうにな呼吸を繰り返しながら――それでも、残った左腕で、しっかりと折れた剣を握っている。
きっと、レレントに襲撃して、冒険者と戦って――離脱しそこねた個体が、箱の中に隠れ潜んでいたんだ、と思う。
それに、ギルクさんが近づいていって、観念して、自棄になったのかも知れない。
「わ、私、トカゲに狙われる宿命でもあるのかなぁ!?」
混乱しながら叫んだギルクさんが、次に取った行動は、下にいる私を守るように抱きしめることだった。
「ギ、ギルクさん、離し――」
離して、と言おうとしたのに、私を抱きしめる力が強くて、それ以上言葉に出来ない。
『シャラララ、シャラララ――――!』
このリザードマンは、何を訴えているのだろう。痛みだろうか、恨みだろうか。表情なんてわからない、けれど、敵意と殺意だけは、しっかり感じ取れる。
冒険者が駆けつけてくるのは時間の問題のはずだけど、今、この瞬間、私達の側には居ない。
(どうしよう……!)
やけに、目の前の景色がゆっくりに見える。一歩踏み出して、剣を振り上げるリザードマン、ギュッと目を閉じて、私をかばい続けるギルクさん。
(どうしよう……っ!)
何も出来ない、ここでも、私はまた。
してもらった沢山の事を、返したい人に、守られるだけで――!
『シャラアアアアアア ア ア 』
ぴたり、と、リザードマンの動きが止まった。
あれ、と思った瞬間、鳴き声も消えて。
首から上が、ぐらりと揺れて、落ちた。
「ひゃっ…………」
ごん、ごん、ごとり。石畳に跳ね返って、何度か弾んで転がっていく、その頭を。
「ていっ」
小さな影が、蹴り飛ばした。
ごしゃ、という破裂音の後に、うぎゃあああああ! とか、わあああああああ! とか、先程とは比較にならない悲鳴が聞こえてくる。
「え、えっと……」
状況についていけず、目を凝らす。
多分、立ち上がったら、私より小さいような女の子だった。
褐色の肌に、どこか、あの凄く怒りっぽい冒険者を彷彿とさせる、赤い瞳と白い髪の毛。
纏ってる雰囲気は、ぜんぜん違うのに、なぜだか、見覚えのあるような、不思議な感じ。
両手に、鏡みたいにキラキラとした刃の短剣を持っていて、その右手の甲には、白い石が埋め込まれていた。
「………………じー」
あ、こっち見た。
「あ、あの、ありがとうございます、助かりました」
「じー…………」
お礼を言っても、反応がなかった。
見ているだけで、何も言ってこないし、してこない。
「……あれ? リザードマンは……ぎゃあ、死んでる!」
あと、ギルクさんもようやく目を開けて、現状を確認して、多分貴族の令嬢があげちゃいけない声をあげた。
「じー……じー……」
そして、そんな私達を、助けてくれた冒険者の女の子は、ただただ凝視してくるばかりで、だんだん怖くなってきた。
「ラッチナ、あなた何をしているんです……そんな圧力をかけて」
その空気をなんとかしてくれたのは、深緑色の外套を羽織り、弦楽器片手に、のんびりとした調子で歩いて来た男性だった。
耳あたりが良いのに、何故かどんな印象にも結びついてくれない、不思議で、独特な声。
「こういうとき、どうすればいいんだっけ」
ラッチナ、と呼ばれた女の子は、その男の人の方を見て、首を傾げた。
「金をだせ?」
凄く物騒なことを言い始めたし、まだこの子は短剣をしまってない。
「脅してどうするんです。大丈夫ですか、でいいんですよ」
「なるほど」
それで、何を納得したのか、また、私をじっと見て。
「だいじょうぶ? 怪我はない?」
それが、私、クレセン・リリエットと。
ラッチナ・シュナとの、出会いだった。




