14 エスコート(3)
「内川くんに公立高校の入試問題の控え持ってきてもらったんだけどね」
片岡がこっそり近づいてきて語る。
「ものすごくいい点ついてたんだよ。すごいよ。絶対合格するよ」
「写し間違いなどなければいいんだがな」
「そんなことないって。内川くんの場合学校の内申点がちょっと厳しいからどうかなって思ってたけど、あれだけ点数とってたら絶対受かるよ。合格発表、来週だよね」
──もうそんな時期なんだ。
公立高校の合格発表は中学の卒業式次の日だった。
「だから、今度は内川くんと一緒に観にいこうって約束しているんだ」
「おい待て、片岡、うちの学校やってるぞ」
「一日ぐらいさぼったっていいんだ。あ、これ桂さんには内緒だよ」
──即、学校から通達が届いてお前ら絞られるぞ。
全く、このふたりの仲良しぶりには恐れ入る。何はともあれ内川が二次募集など探さなくてもよい立場でいられることを祈るのみだ。
三月はあっという間に半ばへ突入しつつある。生徒会活動もそうそう毎日活動しているわけではなく、みなそれぞれ都合のいいときだけ顔を出すクラブ的なのりに変わってきている。これも清坂の計算らしく、
「今はまだ、三年の先輩たちがいるし、留学する予定の元生徒会の先輩たちだって出入りしてるでしょ。本格的に私たちが活動し出すのはどうがんばっても四月以降だと思うんだ。だから今はできるだけ、先輩たちといっぱい話して思い出たくさん作っとこうって、それに専念するつもりなんだ」
ずいぶん悠長なことを、と思ったがあとで羽飛が解説を試みてくれた。
「要は、目の上のたんこぶがなくなるまでおとなしくしてようぜってことだわな。美里もここで妙に目だって敵をこしらえるよりも、せっかく先輩たちにめんこがってもらえるんだったらうまくやってこうと、そんなわけだ。けど卒業式が終わってからはやりたいだけやるからな。それまでは好きにしてろ」
それならばということで、高校の卒業式まではカラオケ三昧やら雪中サッカーやったりとか、やりたいことをやらせてもらっている。早めに生徒会室を出て、クラスの男子連中と学食でだべったり誰かの家でゲームやったりとまあいろいろだ。
「青大附中の卒業式は他の公立と一緒なのか」
「いや、少し早い。兄弟姉妹がいる親たちのためにい一日ずらしているんだと聞いたことがある。ちなみに卒業式そのものはそれなりに盛り上がる」
藤沖とたまたまふたり語らった時、ふとそんな話題が出た。
「やはり、全員に卒業証書を渡していく方式なのか」
「違う。俺たちの代はクラスの評議連中が仮装して代表としてもらいに行く形だった」
聞いたことがある。そういった冗談を許してやれる風土が青大附属にはあることも今の乙彦は理解している。藤沖はだいぶ伸びた髪を指でかきこみながら、
「だが本当の意味での卒業式とは、終わった後だろう。みな、思い出作りに写真撮影やら、クラスによっては卒業パーティーなどを行ったケースもある。俺たちは他のクラスと合同で教室でスナック口に押し込む程度のしけたもんだったが」
「なるほどな」
「もっともうちの学校は一部の生徒を除いてほとんどが高校にエレベーターで昇っていくから泣きの涙という光景はまず見られない。この前の予餞会のように、三年の先輩たちがわれ先にと争うように舞台へ駆け上がっていって女装した先生たちと抱き合うなんて光景はまずない」
そこまで言って藤沖はにやりと笑った。
「まあ、附中の卒業式が終わったらこれから大変だぞ。高校図書館に新一年生たちがわんさかやってきてがやがや騒ぐ。そりゃうるさいぞ」
「お前、何で知ってる?」
「俺たちも当然のごとくそうしてきたからな」
卒業式が近い、といっても実を言うと生徒会ではそれほどやることがない。生徒たちが自主的に動くことのできる予餞会とは違い、完全に卒業式とは先生たちの仕切るイベントとなっているためだった。生徒会役員もそれなりにスピーチとかなにかものを運んだりとかそれなりの仕事はあるけれども、死に物狂いで……たとえばドレスを縫ったり……ということは全くない。楽ではある。
──ちょうど一年前になるんだな。
藤沖と分かれ、明るい青空のもと降り出した粉雪を見上げた。こういう天気はめったにない。
──入学した時はこいつらなにものだと思ったが、入ってみたらなんとかなるもんだ。
今のところ、一部の男子連中を除いては乙彦もうまくやっているつもりだ。噂にたがわぬ経済観念の持ち主ばかりだとか、いったいこいつらの遊びの金はどこから出てきているんだとか、いろいろと驚くことも多かった。それでも住めば都とよく言ったもの。参考書や体育着、その他金のかかりそうな道具類はみな先輩たちからもらったお古で賄えた。苦学生とか言われるけれども、なんとかバイト料で学費も賄えた。「みつや書店」の店長、およびおかみさんからも可愛がってもらい、なんと朝食もただというありがたい身分。なんだかんだ言って楽しい高校生活を過ごしていると判断していいだろう。
その一方で、全く青大附高とは接点がないはずの中学時代の知り合いがいつのまにか深く関わってきている。雅弘はとにかくとして、まさか水野さんが生徒会長としてつながるとは乙彦もいまだに信じられない。しかもこの流れからいくと乙彦が水野さんをエスコートして青大附高生徒会に案内することとなるだろう。
──まさかあの、可南女子に進学した水野さんが。
生徒会長に祭り上げられた以上に、驚いたこと。
──水野さんは、全く変わっていなかった。
もう一度空を見上げた時だった。
「関崎さん」
女子の、呼びかける声がした。あたりを見渡した。生徒玄関前で、せっかくだから生徒会室に寄ろうかと思っていた矢先だった。すすと駆け寄ってくる二人の女子の気配に乙彦は一瞬凍った。あまりにもありえない組み合わせだった。
「関崎さん」
もう一度、乙彦を抑揚のない一本調子の声で呼びかけたその女子と、なぜ一緒に静内が立っているのかが解せなかった。すっかり困った顔で乙彦を見ながら、
「さっきから一時間くらい待ってたんだって。やっと会えてよかったね」
その女子にも軽く声を掛けた後、静内は、
「じゃあ、あとでまた。じゃあね」
長い髪を束ねたままさっさと背を向けて駆け出していった。いや、そんなに急いで帰らなくてもいいだろうと思いたかったが、目の前の女子から逃れることはできそうにない。
「先ほどのお方にはご恩をいただきました」
堅苦しい言葉遣い。まっすぐ見つめる瞳、にこりともしないその顔つき。
──とうとう来たか。
乙彦は向き合い、改めてその女子の苗字のみ呼んだ。
「どうも、杉本、さん」
葉牡丹を抱えて乙彦に差し出した時と同じ瞳で、杉本梨南はじっと乙彦の前に立ち尽くしていた。そのまま最敬礼し、
「お別れのご挨拶に参りました」
棒のような言い方で、ぐいと乙彦をにらみ据えた。すれ違う他の生徒たちが気味悪げに杉本梨南へ視線を向けているのだけ感じていた。




