14 エスコート(2)
いつもならすぐ発表される試験結果も、さすがに進級がかかっているものだけに点数のつくのが遅かった。それでも少しずつ戻ってくる答案に一喜一憂しつつ過ごしているうち、大まかな結果が噂として流れてきた。あくまでも「噂」止まりだ。今回ははっきり点数を付けられない内容の設問が多すぎるというのが一番の理由でもある。
「とりあえず英語は立村の独壇場だってことはおいといて」
もう戦おうとする奴なんていない。英語科でなんとしても下克上を狙う片岡を除いては。
「みな、悲惨な成績みたいね。私もさ、全然わけわかんない英作文書かされたけど、まああんなもんじゃないの。とりあえず留年しないですみそうよ」
古川がまず、小耳にはさんだ情報をなんともなしに語る。
「んでね、順位なんだけど、一位は轟さん。あの子今度こそ奨学金もらえるんじゃない? 関崎も余計なこと言うんじゃないよ」
「興味がないからどうでもいい」
過去の傷がうずく。古川は知らん顔で順位結果裏情報を述べ立てるがほとんど乙彦の知らない奴ばかりなので右から左に抜けていく。
「まああれだけどね。今年は誰も退学した人いなかったし、無事に進級、それで十分よ」
「ずいぶんささやかな願いだな」
「当たり前じゃない。うちの学校、中学で何人転校という名の退学になっちゃった生徒たくさんいるんだからさ」
思い当たる節がないわけではない。余計なことは口にしないようにした。
乙彦も結局のところ、前回の実力試験よりは大幅に順位を下げたものの一応は「上の中」程度の位置を保つことができた。やはりパターンから外れると崩れてしまうのが自分の弱点だ。
「そう露骨に無視するのもどうかと思うけどさ、関崎」
古川はあきらめたのか話を切り替えた。賢明な判断だ。
「あんた、今心にあらずって顔してるじゃん。春も近いしかなり浮かれてるんでないの」
「別にそんなこともないが」
「どうなんだか」
浮かれてなんかいないが、ここ数日はすることが多くて大変だというのは確かだった。
雅弘には事情をすべて話して了承を得ている。むしろ乙彦の方が労われている。
「おとひっちゃん、大丈夫、俺気にしてないよ。あたりまえだよ。俺のほうがさっきたんのこと頼んだようなもんだからさ」
その上で雅弘は水野さんに連絡を取り、即OKを取り付けてくれた。まだ乙彦は水野さんと話をしたわけではないけれど、三年前冬の出来事については記憶も鮮やかなようで、
「同じ一年女子の生徒会長さんと会えて話が出来るってのがうれしいみたいで、おとひっちゃんによろしく伝えてくれって頼まれちゃった。さっきたん、ほんと一人ぼっちだもんなあ。おとひっちゃん、俺が言うのもなんだけど、さっきたんをどうか守ってやってほしいんだ」
──いや本来は、お前の仕事だろう。
言いかけたが考え直した。親友の最愛なる相手を守るのが騎士の役目。万が一誰かが寝返って襲ってきたとしても、全力で守るに決まっている。もちろん雅弘のために、だ。
そんなこんなで羽飛と清坂相手に予定やら会場やらを用意するのに飛び回っている。もちろん高校生らしい喫茶店が一番いいのだが、清坂にはお勧めの店があるらしく、とりあえずはそこで集まることに決めた。なんでもグラタンがとろけるほどおいしいのだそうだ。
ここまでは話してもよいだろうというボーダーラインのところまで古川に説明すると、
「なるほどねえ。水鳥中学時代の可愛い彼女をねえ」
「誤解を招くことを言うな。ただの知り合いだ」
「あらら、顔また茹で上がってるんだけど、相当まじだねえ」
全く意に介さない古川がふむふむ頷きつつ、
「けど、もしもさ、正式な交流会がお流れになっちゃってもさ、こうやって同じ立場でおしゃべりできて、いろんな学校の友だちが増えるっていいよね。美里、もう今からうれしくてなんないみたいだよ。やっと、わかってくれる人に出会えるってね」
「そううまくいくものか」
本来は、佐賀の間男疑惑を消すために雅弘の彼女を見せびらかすということが目的だったはずだ。本条先輩が示唆したのもそれだ。だが清坂のはっきりした性格から考えて、そういう裏工作はどうも抵抗があったらしい。むしろ、自分から友だちになりたいとぶつかっていく、そちらを選んだ。難波たちをあえて外し、あくまでも「仲良し」のみ集めて会おうと決めた。生徒会長の行動として正しいのかどうかはとにかく、少なくとも清坂が裏のない性格だということだけはよく理解できた。
「立村くん、生徒玄関であの子たちがこれ、また持ってきてたよ」
ふと声が聞こえたので目をやると、立村と疋田、一年A組の規律委員同士のやり取りが穏やかに続いていた。波打つことのない、たんたんとした返事だった。
「ごめん、いつも迷惑かけてるな」
「どうせ持ってくるだけだからそうでもないけど。私と立村くんとが同じクラスってどうして知ってるんだろうね」
小柄な疋田が、誰かに頼まれたらしい小さな封筒を手渡しながら、
「でもこんなに毎日書いてくれてるんだから、ちゃんと返事しないとかわいそうだと思うよ。もし立村くんが持っていくのがまずかったら、私が代わりに渡してもいいし」
さりげなく気遣っている様子だった。一年A組後期に規律委員が男女ともに代わったのだが、意外とこのふたり馬が合うようで、主に吹奏楽部の連中も含めていろいろと話をしていることが多い。そのことについてもこの前尋ねたのだが、立村が言うには九割がた音楽の話だという。
「あんた、何見てるの」
古川がまた嘴を突っ込む。
「別にそんなつもりはないが」
「あんた顔に出てるよ。疋田ちゃんが持ってきたのってもしかして誰かから預かった立村あてのラブレターなんじゃないのってね。まっさか」
笑い飛ばしながら、
「私でも美里でもいいのにね、あえて疋田ちゃんに頼むところが深いよね」
「何が深い?」
「ほら、私らだと裏事情全部知ってるからさ。いろいろと面倒なんじゃないの? 疋田ちゃんはもろ部外者だから、命賭けて書いた手紙を普通の預かり物として持ってきてくれてはいそれで終わりだけど。私だったらもう根掘り葉掘りあいつを質問攻めにするもんね」
「どういうことだ?」
「自分で考えな。じゃあ悪いけどこれから私、図書局で江戸時代のエロ本手に入れてくるからさ」
古川はそれ以上教えてくれなかった。




