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14 エスコート(1)

 年度末試験は噂にたがわずハードだった。附属上がりの生徒にとっては口頭試問やら小論文やらヒアリングやらはいつものことなのでさほど驚くこともないのだろうが、外部生にとってはやはり慣れるのが難しい。この一年でかなり鍛えられていたつもりだったのだがまだまだ甘かった。

 さらにバイトも結局は休まなかった。責任感が強いからとかいろいろ言われるが実際は、月謝を捻出するためなのでこればかりはどうしようもない。とはいえ、店長やおかみさんがいつも朝ごはんを用意してもてなしてくれたり、店によく来る常連の先輩たち……もっとも早朝バイトの乙彦は全く顔をあわせないのだが……が過去の傾向をまとめたノートを貸してくれたりとか、さりげない親切はたくさん受けた。ありがたいことだ。やることはやった。もう、あとは野となれ山となれ。点数計算の出来ない試験内容ばかりだったので、姑息な順位予想をするのもやめた。乙彦が感じているのはひとつ、 

 ──とりあえず、留年だけは免れそうだ。

 これだけだ。


 試験が片付けばあとの行事は主に卒業式のみとなる。すでに三年生たちのほとんどは青潟大学に推薦入学が決まっている。ごく少数だが他大学に進学、もしくは就職している生徒もいる。それぞれの事情がある。詳しいことは乙彦も聞いていないけれども、なかなか表に出しにくい問題が絡んでいるらしい。

「もう三年の先輩たちも、ほとんど今の時期は遊んでばかりいるって話よね」

 清坂が生徒会室で他の女子たちとだべっているところだった。放課後、再開された生徒会活動ということで、特に集合をかけなくてもみな顔を出してくる。生徒会の連中だけにあらず、たとえば古川や立村の姿も見受けられる。要は清坂と羽飛つながりなのだろう。

「結城先輩は青潟大学だしねえ。きっと早く卒業したいんだろうねえ」

「もう卒業決まってるのに」

 いぶかしげな清坂の台詞を茶化すように古川が答える。

「ばっかねえ、卒業ってのはあっちよ、童貞卒業に決まってるじゃん!」

 一部の視線が非常に痛い。立村がため息をついている。

「こずえ、あんたね、ここでそういう発言するんじゃないの!」

「いいじゃん、男子諸君の多くはそれを望んでるんだからさ。立村、あんたもそうでしょが、そんなあきれた顔して私を見てもだあれも褒めてくれないよ」

 相手にしない立村は、羽飛と試験の話に興じている。残念ながら乙彦はそちらに混じれない。哀れな名倉が隣りで助けを呼んでいるからだ。理由はひとつ、阿木と泉州のD組女子コンビに熱く迫られているからだ。

「名倉くん、今回試験どうだった?」

「全部埋めたが口頭試問は」

 口ごもる。苦労したんだろう。外部生同士気持ちはわかる。

「言ってくれたら裏技いっぱい教えたのにね。ねえ、よし恵ちゃん?」

「裏技があればもっと私たちだっていい成績取れてるよ」

 いい加減このふたりも、名倉の大本命に勝てるわけなどないと割り切ればいいのだが、なかなかそうもいかないのだろう。特に阿木のアピールっぷりは外野の乙彦もちょっと口をはさみたくなるレベルのもので、場合によっては静内と連合組んで名倉を救い出す必要があるのではないかと思ったりもする。

「あのさ関崎、今日の片岡どうだった?」

「あ?」

 いきなり泉州に声を掛けられる。

「どうもこうも相変わらずあの調子だがな。英語は自信あるみたいだったが」

 嘘ではない。今度こそ絶対英語クラス一位を狙えると自信満々のようだった。もっとも今日は可愛い弟分の内川へつききりで追い込み手伝いをするらしくさっさと帰っていった。

 ──片岡頼むぞ。あいつをなんとか中学浪人させないように尻叩けるのはお前しかいないんだ!


 しばらくだらだらとしゃべっていたが、いきなり清坂が乙彦のもとに近づいてきて、

「関崎くん、突然なんだけど、例の件、そろそろ予定決めよっか」

 羽飛と立村、古川にも合図して、乙彦を引っ張っていく。取り残される名倉には悪いが「例の件」の意味が分かるのは予餞会二次打ち上げのカラオケボックスにいた連中のみ。阿木のラブラブ攻撃にはひとり立ちして戦うよう祈り背を向けた。

「ちょっと外、行こっか」

 さすがに人払いできる雰囲気でもないが、それぞれ好き勝手にだべっているので怪しむ奴もいない。難波と更科も、なぜか天羽を引きずりこんで秘密会議にふけっている。それならそれで早いうちに決めたほうがいい。四人で生徒会室から出て、二階と一階の階段踊り場まで降りた。しかし、二次会に参加した古川は別としても、立村がいる前で話をしていいものだろうか。本条先輩があれだけ釘を刺していたというのにだ。

「試験中にずっと考えてたんだけど、立村くんに隠し事するのもなんだからしゃべっちゃうね」

 清坂はさっそく立村の傍らに立ち、穏やかな表情で耳を傾ける相手に話しかけた。

「立村くん、中学の時、ほら水鳥中学の交流会準備で会ったことあるじゃない? ほら、杉本さんが体調悪くして用務員室で休んでいた時一緒に付き添ってくれた女の子、覚えてなあい?」

 羽飛が「覚えてねえなあ」と独り言をつぶやき、即座に清坂から一発叩かれていた。肝心の立村は首をひねっていたが、

「それ、誰」

 一言だけ返した。意外とこいつの顔認識能力は弱いと見た。

「ほら、お下げ髪の、生活委員の子で、さやさやした感じの子なんだけど、あんた本当に覚えてないの?」

「ごめん、俺、顔を覚えるの苦手なんだ」

 ──それにしてもほどがあるだろうが。

 つっこみたいのを我慢する。清坂は怒らずに話を続けた。

「たぶん会ったら思い出すよきっと。この前初めて知ったんだけど、その、水鳥中学の生活委員さんがね、今、可南女子高校の生徒会長やってるの。関崎くんから教えてもらったの」

「関崎の友だちが生徒会長なのか? あ、でもそれってもしかして」

 清坂と乙彦を交互に見やった後、立村は合点がいったように、

「そうか、つまり、同じ一年生徒会長って立場なんだな。清坂氏と」

「ぴんぽーん!」 

 古川が擬音鳴らして口を挟む。

「私もびっくりしたけど、関崎って結構、女たらしだよ。なんでもものすごく清楚で、一生懸命で、それでいてでしゃばらなくてっていう典型的なやまとなでしこタイプの子らしいんだけどね。その子がなんと、可南で生徒会長なんだよ。たぶん、ゆいちゃんに聞いたら詳しいことわかるかもしれないけどさ」

「そうなのそうなの。それでね、立村くん、ちょっとお願いなんだけど」

 古川をさりげなく制しつつ。

「これから生徒会同士で交流会やろっかって話で盛り上がってるんだけど、難波くんと鴨河先生とが話を詰めている最中でなかなか進んでないの。だけど私、同じ立場の水野さんって人に会って、どんな風に生徒会長やってるのかなとか、どんな風に学校と向き合ってるのかなとか、そういう話を早くしたいの」

 熱心に語る。立村もまじめに清坂と向き合っている。

「わかるよ」

「でしょ? でも学校側の正式な交流許可も出るかどうかわからないんだったらせっかくだし、関崎くんにお願いして水野さんと一緒に一度お茶会させてもらいたいんだ。さすがにいきなり一対一じゃいやだろうから、私と、貴史と、こずえと、あと立村くんと」

「俺が? 生徒会関係者じゃないけど」

「こずえだっているんだから大丈夫よ。ね、こずえ来てくれるよね」

 とっくに話を通していたのだろう。古川も頷いた。

「あたりまえじゃん。私もさ、中学時代の関崎がどんな奴だったかその、可南の生徒会長さんから聞いてみたいもんねえ」

 

 ──つまりこういうことか。

 清坂の計算が読めた。思わず羽飛の顔を覗き込んでしまった。

 ──生徒会関係者でない連中をふたり混ぜ込むことで、水野さんにやましいところがないかどうかを確認させようという手はずか。しかも、雅弘と因縁のある立村に水野さんを会わせることで、完全に疑いを払拭ってことか? 

「いいよ、俺もあの時はいろいろ世話になったから改めてお礼も言いたいしな」

 全く何も気づいていないのか、朗らかに立村は答えた。



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