12 二次会ゲスト(4)
本条先輩はすっかり上機嫌で、脇に清坂と古川を置いて楽しげに語らっている。ついさっきまで物騒なことを口走っていたが、女子ふたりの、
「先輩、もういい加減にしてください! それよか学校の情報教えてくださいよ」
「そうそう、先輩今、マイコンにはまってるんでしょ? 立村くんが話してましたよ」
わざとらしさすら感じる機嫌とりに満足している様子だった。それに随じて二年先輩たちも三人を取り囲み、
「そうだよな、本条この前とうとう連載始めたんだよなあ。まじプロ」
「勉強どころじゃあねえよな」
口々に称える。話の内容からして本条先輩という人物が尋常ならざる才知の持ち主であることは窺い知れるし乙彦もその点は素直にすごいと思う。思うのだがしかし、
──だがな、やっぱり、違うだろ。
どことなくざらっとしたものを感じる。青大附属の校風はやる気に溢れている一方でどことなくのんびりしていて、みなマイペースにやりたいことを求めているといった印象がある。物事に耽溺しても……乙彦の場合であればBCLか……友だちは決して馬鹿にすることなどなくそれなりに認めてくれる。中学時代と比較して非常に居心地よい空間でもある。しかし本条先輩の語り口調やかもし出す雰囲気を感じていると、
──青大附属って感じじゃあないな。
いわば、転校第一日目の生徒を見ているような錯覚に捕われる。
同時に今ここにいない立村に問いかけたくなる。
──ここまで性格の違う相手をあそこまで崇拝する意味ってなんだ、立村?
「おい、そこにいる外部生くん、ちょっと俺の側に来い。そうだな、清坂ちゃんの隣りに来い」
みなが本条先輩を取り囲むなか蚊帳の外にいた乙彦を、どうやら見咎めたらしい。ぞくっとするがしかたない。学校が異なるとはいえ縁のある先輩だ。膝詰めで近づく。清坂の隣りに言われた通り正座する。
「何か御用でしょうか」
「そうかしこまるなよ。俺は残念ながら覚えてねえが、ああそうだ、水鳥中学だろ? 水鳥中学のシーラカンスとか言われてただろ? それならうすらぼんやり思い出せるんだが」
──そのあだ名こそ日々化石になってるんだが。
実際水鳥中学時代に言われていたことは事実だがしょうがない。
「その通りです。覚えていただけて光栄です」
礼儀を保って答える。本条先輩は顔をかすかにしかめた。すぐに愛想よく、
「まだ知ってるぞ。お前さんさ、あれからうちの弟分と例の交流会とかやっただろ。俺は卒業しちまったから噂しか聞いてねえがかなり盛り上がったらしいな」
「立村とは気が合いました。よくやったと思います」
素直に認める。謙遜はしない。本当にいろいろあったけどよくあそこまでやり遂げたという自負はある。この人の前では絶対に卑下などしたくない。
「いい根性だ。水鳥の副会長は逸材ぞろいと聞いていたがな」
そうとは全く思っていない雰囲気をかもし出しつつ本条先輩は乙彦をじろりとにらみ、また頬を緩めた。ずいぶん表情が変わる人だと思う。
「ところで外部生くん、ひとつ聞きたいんだがいいかな」
「何でもどうぞ」
「お前さんの友だちのことなんだがな」
立村だろうか、それともここにいる面子だろうか、それともまさか結城先輩なんてことはないだろうか。頭の中をこねくり回していると、
「今、俺のマブダチなんだが知ってるか。総田っていうんだが」
──去年の夏休み、本屋で見かけたあの二人組、あの片割れだ!
なんたる不覚。カラオケボックスの薄暗さですっかり顔を認識し損ねてしまった。乙彦の自慢、一度見た相手の顔は絶対に忘れない。その誇りを胸に今まで生きてきた。それがなんと向こうから札を見せられるまで気づかなかったとは。情けない。もっというなら去年の秋、学校祭で観たときにそこまで記憶を巻き戻せなかったのが悔しい。
「総田とですか」
これしか出てこないのがまたみっともない。本条先輩は唇をゆがめるようにして続ける。
「青潟はやっぱり狭いわな。あんときちょこっと見かけた水鳥中学の後輩くんにつかまって、気がつきゃマイコン同好会の記念すべき第二号会員。今じゃあ俺のかけがえねえ片腕だぞ。青潟東の学校祭、来たか?」
「いえ、残念ながら日程が合いませんでした。青潟工業だけ行きました」
「青潟工業か、礎祭だな」
ふむふむ頷く本条先輩。
「俺も行ったぞ。どっかですれ違ったかな」
「たぶんそれはないと思います。俺は普通、一度見た顔は絶対に忘れません」
「なるほどね。んで、あの学校マイコンに最近やったらめったら力入れてるんで、ひそかに俺の商売敵と警戒してるんだがな」
──そりゃそうだろう。学科にそれ専門のとこあるんだからな。
乙彦が言葉を飲み込み次の一手を考えていたところで、本条先輩はいきなり王手を打った。
「ちらちら俺の仲間うちから聞いたところによると、どうやら水鳥中学出身でかつ現在青潟工業高校に進学している現一年生の野郎が、可愛い生徒会長さまを食っちまった張本人というところまで情報上がってるんだが、関崎、どうだろ、思い当たる節、あるか?」
一瞬にして満座の視線が乙彦を貫いた。心臓ど真ん中。一番どでかい穴を貫通したのはたぶん本条先輩の真正面からの瞳だろう。
──これは、まずい。絶対にまずい。
──雅弘を誤解してる。絶対にしてる。
──あいつがそんな、決してそんな、汚いまねする奴じゃないってことをこいつら、知らないんだ。
──俺も、一回は疑った。責められないといえば嘘になる。だが、だが。
言葉がもつれる。心臓が割れて粉々になる音が聞こえそうだ。かろうじて答えた。
「誤解です」
「誤解ってなんだ? 俺の目と情報網が節穴とでも」
「いえ、節穴ではないし情報収集能力も素晴らしいと思います。ただ俺が言いたいのは別です」
食いついてきそうな勢いでずんと前にでた本条先輩に、乙彦は腹に全気力を詰め込んだ。
「本条先輩が仰ったのはたぶん、俺の親友である佐川雅弘のことでしょう。それ、わかります。総田もそんなこと話してましたか」
「いや、あいつはそいつのおもろいところだけしか教えてくれないんでな」
「総田は雅弘の、あ、すいません、佐川のことを中学時代から買っていて、生徒会役員になんとかして引きずり込もうとしてました。ただあいつの成績のことも考えて俺はあえて外にいるように言いつけました。だから入らなかったんすが、もしあいつが本気を出していればきっと余裕で当選してたと思います」
そんな関係ないことをなぜか口走っている。まずい、落ち着かねば。両手を膝に当てたまま握り締めた。
「佐川のことを俺は幼稚園入る前から知ってますが、引っ込み思案で泣き虫で俺の後ろにばっかり隠れてて、小学校の頃はあんまり目立たなかった奴です。でも、人を裏切ったりいじめたりとかそういうことは絶対しないし、女子に対しても親切です。確かにそれで誤解されることがないとは言えません」
──そうだ、結局はそこなのだ。
「そりゃ、あいつも人間ですからもしかしたら、佐賀のような女子を見てそれなりに思うところがあったかもしれません。でもここ強調したいんですが、あいつと新井林はすっごくいい友だちです。新井林とも話しましたが雅弘のことを心底尊敬しているみたいです」
「新井林かあ?」
胡散臭そうにつぶやく本条先輩。乙彦は畳みかけた。
「そうです。新井林も人を見る目ある奴ですし、もし雅弘が変な気持ちを起こして手を出そうなんてことしたら全力で、それこそ霧島の時のように叩きのめすはずです。たとえ一年先輩であっても、です」
他の連中がまた顔をしかめて首をひねっている。動かずじっと見据えているのは本条先輩だけだった。
「それに、雅弘は絶対に佐賀に興味を持つことは、ないと思います」
「いくら親友でもなんで、そう断言できる?」
返事によってはたたききられそうな気迫を感じつつ、乙彦は膝で一歩詰めて答えた。
「あいつには、本当に大切にしている相手がいるからです。俺があいつの親友として誰よりもよく知ってます。たぶん、総田なんかよりもわかっているはずです」




