10 予餞会当日(5)
途中荷物運びの手伝いなど繰り返すうちに無事生徒中心のイベントは片がついたようだった。全く観ることができず残念だったがしかたない。一般生徒たちはそれぞれの教室に向かうのだが、特に生徒会室と職員室が並んでいるあたりにはかなりの厳重警戒体制がしかれている。
「そこまでする必要あるのか」
名倉か無愛想に呟く。
「目に毒だからだろう」
「見られたら運が悪いと割りきるだけではすまないのか」
「明日からの授業がやはり辛いだろう」
徹夜で練習したという「ローエングリン」だが、どう贔屓目に見ても不気味なイベントとしか思えない。純粋に合唱でいいだろうし受けを狙うのであれは少年少女合唱団のようなガウンを羽織る程度でもいいのに。妙な気合いが空回りしている。
「それではみんな、悪いけど外に出てくれる?」
今度は阿木が駆け込んできた。男性の先生はみな職員室を締め切りで着替えるのだが女性はみな生徒会室に入る。そもそも女性の出番などあるのだろうか。このウェディングドレスを誰が着るのだろうか。
乙彦たちが生徒会室から追い出され、代わりに清坂と泉州が四角い鞄を片手に現れた。ティッシュペーパーやタオルも覗いている。
「私たち化粧の手伝いをすることになったから、悪いけど男子のみなさんはそとで待機してもらえるかなあ」
「俺は年下にしか興味ないし」
「わかってますあんたは鈴蘭優一筋ね」
相変わらずの清坂と羽飛の掛け合いも軽やかに、みなわやわやと盛り上がる。それなりの準備もあるのだろうが、全く聞かされていない乙彦としてはただ戸惑うしかない。
「なら俺たちは外て他の生徒たちがうろつかないかを見張ってればいいか」
「いやそれだけなのか」
名倉とふたり不毛を感じつつも廊下に出た。偵察に来る奴もいないわけではないが、職員室側では難波と更科が、
「入らないでください! たたいま関係者以外は立ち入り禁止です!」 派手に声を張り上げている。かえって注意を惹いてしまうのではとも思うのだがあのふたりには関係ないらしい。とりあえず乙彦は何人かの生徒たちに、
「すいません、今、午後の部の準備があるので入らないでもらえますか」
と控えめに注意するのみに留めた。
弁当を食べる暇もなく今度は先生たちの化粧や身づくろいの準備に取り掛かる。
さすがにこのあたりは生徒会以外の実行委員たちも数名手伝いにやってきた。なんでも学外で演劇サークルに入っていてドーランや舞台化粧のテクニックも身に付けている面子なのだそうだ。青大附高には演劇部が存在しないのが不思議だと思っていたのだが、どうやらみな外に飛び出していってしまうのが現状のようだ。
「よくわからんがいろいろな人がいるな」
ぽつりとつぶやくと、聞きつけた名倉も同意するように頷いた。
「全くだ。未知の環境だ」
男性教師たちが緊張の面持ちで白いタイツとランニング姿でトイレに行こうとするのを、実行委員の男子たちが必死に止めている。
「先生、緊張するのはわかりますが、せめてコートでも羽織ってってください! 俺たちが必死に隠しているのが水の泡じゃないですか!」
確かに怪しいピンクの口紅と紫のアイシャドーをした先生がたが廊下をうろつくのは非常に怖い。
肝心の女性専用生徒会室には誰も現れる気配がない。女性の先生ということでかなり候補が絞られたはずなのだが、今ひとつ乙彦にはイメージが浮かばない。
と、その時。
「先生、衣装を着替える時は面倒なんですけどいったん生徒会室に戻ってください。さすがにすべてウェディングドレスで終わらせるのはどうかと思ったんで」
相変わらずの軽やかな口調が廊下に響いてくる。同時に南雲の、
「ご苦労、ご苦労」
ずいぶん偉そうな声も聞こえてくる。労われた難波の、
「けっ、偉そうに」
当然感じたであろう本音もはっきり乙彦の耳に届いた。同時に角を曲がって現れたのは、きわめて地味な紺のスーツ姿に髪をひっつめにした野々村先生と規律委員一年有志三名だった。野々村先生が乙彦たちを見つけて、恥ずかしそうにうつむいた。
「あの、今日これから」
「よろしくお願いします」
──何をよろしくなんだ?
静内と清坂の担任でかつ、立村とは個人面談の担当教師、それ以外の接点が乙彦にはない。静内をひいきにし、清坂には厳しい態度を取っているとも聞いているが主観なのかどうかも把握しきれていない。一度、立村と一緒に歩いているところを見かけたことがあるのと、その立村との信じ難い噂などが流れつつも結局はうやむやに終わったこととか。考えてみればいろいろ面倒な話はなくもない。だが、どうでもいいことばかりだ。
「じゃ、先生、あとは女子たちが全部やってくれるってんで。生徒会の全面バックアップですんで」
東堂が相変わらずの四角い頭を回しながら扉を開けた。
「先生お連れしましたぞ、あとはよろしく」
「はーい!」
泉州と阿木のふたりのみ、大きな返事が聞こえた。はたして清坂がどんな顔をして自分の天敵担任と過ごすのか。怖いものがある。
──静内だったら楽だったろうにな。
繰り返す。やはり生徒会に静内は立候補すべきだった。
──変な対抗心捨てて入れば、もっと面白かったろうにな。
規律の三人男子は入り口で乙彦たちと一緒に暇をもてあましているようすだった。南雲は乙彦に近づいた。かなり眠そうに目をこすっている。立村同様、徹夜したのだろう。
「どうっすか、初めての予餞会は」
「わけがわからないことだらけだが」
東堂もへらへらしながら近づいてきた。ひとり窓辺で持たれて今にも倒れそうな立村は離れたままだった。
「まあ、これで規律委員会も来期は安泰っしょ! これでなぐっちの名前も一部女子だけではなくて先生方に知れ渡ったっつうわけで。あ、成績の問題じゃあなくてな」
「そんな泣きたくなること言うなよ東堂先生よ」
軽口たたきつつも元規律委員だった乙彦にはわかるように、
「学校祭の幻の制服トリオ、であれだけ受けたんだったら先生方がもっとはちゃめちゃなことやったら絶対受けるぞと読んで提案してみたら、結構乗ってきてさ」
「いつ頃だ?」
「冬休み中。企画は今年に入ってだから日も押してたけど衣装を俺たち三人が担当して台本を野々村先生に任せるってとこで一気に話が進んだんだよ。いやあ、のりのいい先生の多い学校は楽しいね。ほんとは関崎にも一肌脱いでもらいたかったんだが。あ、ええと、りっちゃん、おーいりっちゃんどうした?」
いつのまにか立村はへたり込んで壁にもたれて眠りこけていた。




