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4 生徒会冬合宿(16)

 しばらく寒空の下、ラジオのチューニングを続けているうちに四人の会話もそれなりに弾み、セミナーハウスに戻ったのは十時半近くだった。身体はすっかり冷え切り、暖かい部屋が恋しくなる。おやすみの挨拶もそこそこにそれぞれの部屋に戻った。

 難波と更科のふたりがテレビをつけっぱなしにしつつ無言でサスペンスドラマに見入っている。乙彦たちが戻ってきたのに気づいてふたりとも軽く頷いたのみだが無視はされなかった。

 名倉と並ぶ格好で川の字に布団を敷いた。最奥が難波、更科、ど真ん中に羽飛、名倉、そして乙彦。部屋はわりと広い。スペースにはゆとりがある。が、テレビからは遠い。乙彦はラジオのアンテナを伸ばし直し、イヤホンをセットした。

「BCLの記録はとらないのか」

「あれで受信できる状態かよ」

 手元にはメモ用紙を用意した。どこか珍しい局を捕獲できれば即、メモしておけるように準備は万端だ。

 隣りで名倉はかばんから本を取り出しめくり出した。何の本かは聞かなかった。文字が細かく分厚い辞書のように見えた。


 ──そういう事情だったのか。

 片耳にイヤホンを押し込み、乙彦はさっき雑音で聞き損ねた東欧の日本語放送局にチャンネルを合わせた。まっすぐな口調のきれいな日本語が女性アナウンサーの声で流れ込んでくる。ほとんど聞いてはいなかった。

 ──霧島の姉にあたる人が水野さんの友人だと聞いた時も驚いたが、まさか難波と藤沖のふたりをもとりこにしているとはな。」

 昨年の七月、ふたりで学校裏の雑木林を歩きながら藤沖から告白された、「霧島の姉」にあたる人への想い。記憶にはとどめていた。

 ──諸事情で青大附中に入学してしまったが、学力的に足りなくて結局可南女子に高校進学を勧められてしまったという話か。

 青潟のエリート高校……乙彦自身は自覚ないが……とされる青大附属から、はっきり言って自分の名前さえ書ければ誰でも入学できるとされる可南女子高校へ。校風に惚れ抜いてという理由でもなければそれは通常考えにくい進路だろう。藤沖の話からすると成績はひどかったもののそれなりに努力は重ねていたし、阿木と交代するまで評議委員を務めていたくらいなのだから人望もあったのだろう。外見については乙彦の好みでないという以外の認識しかないが、それでも確かに人の目をひきつけるものはある。

 ──しかし、これからどうすればいいんだ。

 乙彦はうつぶせになりラジオのアンテナを少しずらした。電波が少し弱まったようだ。

 部屋の中はなぜか激しいラブシーンが繰り広げられている。男子ふたりがもの言わず食い入るようにかじりついている。羽飛はまだ戻ってきていなかった。


 今の段階ではまだ乙彦も、必要最小限の情報しか明らかにしていない。清坂たちもまだ、直接可南女子高校に話を持ちかける段階ではないようだし、恐らく水野さんの名前も知らないだろう。乙彦が伝えない限りは。

 明日になればまた、いろいろな話し合いも行われることだそうしその段階である程度の開示はしなくてはならなくなるだろう。本来であれば言いだしっぺの乙彦が話を可南女子高校側……厳密に言うと水野さんと……話し合いをすべきところなのだが、かくなる事情でそれもままならない。しかも、

 ──難波も、こうなったら絶対に替わる気ないだろう。

 清坂の言葉に即座反応し、親友の更科を補佐に置き、誰がなんと言おうが自分のやり方で推し進めようとしているわけだ。表向きは渉外だから決して不思議はない。むしろやる気のある渉外役として周囲からは好意的な目で見られるだろう。そうなるともう乙彦の出る幕はなくなる。もちろん雅弘を仲介して水野さんとこっそりカラオケボックスでやりとりをする程度は出来るかもしれないが、本来立つべき生徒会役員同士の場では影に回らざるを得ない。場合によっては水野さんに迷惑をかけてしまう恐れもある。

 いやいや、何よりも。

 ──問題はあの女子が水野さんの友だちであるということだ。

 名倉がちらと乙彦を見やり、すぐに本へ目を戻した。


 ──霧島の姉にあたる人が水野さんと親しいことを知った場合、難波がどういう行動をとるかが問題だ。

 青大附高生徒会役員として恥ずべき行動をとる奴とはさすがに乙彦も思っちゃいない。そのあたりの「礼儀」については問題ない。しかし、もし水野さんの友だちが霧島さんで、しょっちゅう一緒に行動していることを知ったらどういうことになるか。乙彦には想像がつきかねるところがある。

 ──スーパーの屋上から身投げしようとしたところを身体張って止めたってのはどこまで本当なんだ。

 愛から始まる武勇伝の数々、阿木から聴かせてもらった限りだが「愛の裏返し」そのもののようで、肝心要の霧島さんには全く興味を持ってもらえなかったようだ。しかし、今回のように女子高へ正々堂々と踏み込めるチャンスを手にしたからには容赦はしないんじゃないだろうか。水野さんを通じてさらに、なんらかのアクションを起こすんじゃないだろうか。人の恋路を邪魔するつもりは毛頭ないが、そのことを通じて本来手助けすべき水野さんを無視することになってしまってはことである。

 ──なんとか、早い段階で釘を刺して置けないものか。難波のやりたいことはそのままやってもらっていいが、最優先は水野生徒会長に協力して手助けすることだと伝えておかないとまずいんじゃないのか。

 

「なんだよおまえら、しけてるなあ」

「しっ、黙れ。今犯人が崖の上で告白してる」

 難波が目をテレビのブラウン管から逸らさずにじっと見入っている。羽飛が髪の毛をぐしゃぐしゃにしたままタオルを振り回し、

「どーせ難波、推理が外れたんだろ。やーいホームズ」

 逆なでするように肩へと手をやった。隣りで更科がにこにこしたまま、

「そうなんだよ。ホームズの奴見事予想外してたよ。こういう場合新聞のテレビ欄の配役順番とか見とけば目星つけられるんだけど、今日はその手使えなかったからね」

「うるせえ! こんなひねった二時間ドラマ作る奴が悪いんだ。俺に挑戦しようなどとは百年早い!」

「百年たってたらとっくにこの世にいないよ。遅すぎるし」

 やはり羽飛が帰ってくると一気に空気が気持ちよく高揚する。外部ふたりに特に話しかけなくとも、なんとなく居心地がよくなる。

「で、羽飛、お前こんな時間まで何してた」

「ああ、たいしたことじゃねえよ。たまたま美里と鴨河先生とが深刻な顔して語り合ってたからちょいとからかってきただけなんだがな」

 羽飛は軽く答えた。ちらと乙彦たちを見やり、目が合うと同時に片手を挙げて合図した。

「清坂と鴨河先生か。あのふたり結構打ち合わせが長いな」

「だろ? 生徒会顧問だから会長の扱いは特別なんだと。けどなあ、先輩たちから聞いたけど別に今までんなことねかったって言ってたぞ。俺も混じって話、聞かせてもらってよかっすかって言ったら、露骨に顔に出しやがったけどまあしゃあねえよ。先生だってな、不純な目的で女子高生に手を出そうとしてるなんて妙な噂流されちまったらまずいだろ」

「羽飛、お前なあ」

 なぜか難波と更科が顔を見合わせ同時につぶやいた。

「もう、お前らとっくの昔に妙な噂流されてるだろ」

「ああそれ今更って奴だぞ。俺、あいつと幼稚園入る前からそんな噂流されてるからもう平気。慣れって怖いよなあ」

 ──そんなガキの頃から、お目付け役だったというわけか。

 乙彦はラジオのチューニングに没頭し続けた。東欧の放送局から今度は中国語の放送局へ。雑音のカーテンをすばやく耳にかけた。

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