第1話前半『配役交代は突然に』
【冒頭】
この作品は独立短編であると同時に、『物語紀行』Season2とSeason3の間に描かれた幕間、『御前会議』の続き、に置かれています。どこから入っても構いません。
本編を知らなくても、一つの短編としてお楽しみいただけます。
この一日は、彼らの旅路の途中にあった、少しだけ穏やかな時間の記録です。全3話。
―――中継セクター御前会議室―――
朝の御前会議室。
いつもの円卓。
いつものコーヒーの香り。
だが、今日は異様に静かだった。
誰も喋らない。誰も動かない。ただ、一人の男が立ち、手にした資料を広げている。
監査役だった。
「……皆様、長い旅、ご苦労様でした。本日は、業務改善提案のため、緊急議題を招集しました」
彼の声は、いつものように冷徹で、正確で、そして少しだけ張り詰めていた。
「相互理解のための『役職交換』を、一日限定で実施いたします」
「……は?」
最初に声を上げたのは雇い主だった。
彼は、ちょうどコーヒーを口にしようとして、そのまま固まった。
「役職交換? 各々が、別の役割をやるのか?」
「正確には、互いの役割を担うことで、相互の負荷を実測し、業務理解を深めることを目的とします」
「おもしろそうじゃ」
病状がだいぶ快方に向かっていた長老が、静かに口を開いた。彼の目は、いたずらっぽく輝いている。
「わしは、賛成じゃ」
「長老! お身体は……!」
隊長が慌てるが、時すでに遅し。監査役は、すでに端末を操作し、円卓の中央に配役を映している。
「では、本日の配役を発表します。ランダム抽選の結果――」
画面に、各キャラクターの名前と、新たな役職が表示される。
· 雇い主 → 隊長
· 隊長 → 監査役
· 監査役 → 博士
· 博士 → スター
· スター → カレシ
· カレシ → 女将
· 女将 → 雇い主
· カノジョ → ……全役職
※青年と学生は訳あって欠席。了承済み。
「……『全役職』って何だ?」
隊長が、眉をひそめる。
カノジョが、嬉しそうに手を挙げた。
「私、オールスターみたい。すごい! やったー!」
「違います。これは明らかにシステムのバグです」
監査役が、端末を叩く。しかし、表示は変わらない。
「……修正できません」
「おいおい、まさか?」
スターが、ギターを抱えたまま呟く。
「それより、私は女将の役割……ですか」
カレシが、自分の割り当てられた役職を見て、首をかしげる。
「私は、記録以外の役割を担ったことがありませんが……承知しました」
彼は、端末を閉じ、立ち上がった。その背中には、どこか不器用な決意が感じられた。
長老は、ただ微笑んでいる。
「たまには、そういうのもよいな」
その一言で、会議室の空気が変わった。諦めと、ほんの少しの好奇心が混ざった、不思議な緊張感。
まず最初に動いたのは雇い主だった。
彼は、腕をまくり上げ、気合いを入れて立つ。
「よし! 今日は私が隊長だ! 皆を守るぞ!」
……が、最初の荷物を抱えようとした瞬間だった。
「……ぐっ」
彼は、腰を押さえ、その場で固まった。
「雇い主!」
隊長が、雇い主の席から静かに言う。
「その姿勢は、腰を痛める。まずは足を広げて、膝を曲げて――」
「分かっている! こっ、これも作戦だ!」
雇い主は、平静を装うが、その顔は明らかに苦しそうだった。
「……私は、やはり現場に」
隊長が立ち上がろうとすると、監査役が止める。
「役職交換中です。席に戻ってください。」
「……」
隊長は、深いため息をついて、再び座った。
隊長は監査役の席に座り、大量の領収書と格闘し始めた。
「……これは、何だ?」
彼が手に取ったのは、スターの『衣装代』の領収書だった。
「な、な、なんと……領収書三枚で、総額八十五万円……!?」
スターが、遠くから気取った声で応じる。「必要経費だよ! 着る服によって、降りてくるメロディに違いが出るんだ!」
「……それにしても、こ、この値段とは。いかほどの効果が?」
「隊長、ザッツ・ナンセンス。ここ。ハート、魂よ」
スターは、ニカッと笑みを浮かべ、自身の胸に手を当てた。
隊長は、何も言えず、ただ、電卓を叩く手が、微かに震えている。
その頃、博士の研究室からは、悲鳴が聞こえていた。
「危険です! この装置は禁止です!」
監査役が、研究室に入った瞬間、片端から実験装置の電源を落としている。
博士が、後ろから絶叫する。
「待ってくれ! そこには三日間のデータが!」
「安全が最優先です」
「科学が止まる!」
「安全が、科学より優先です」
パチン、と電源が落ちる音が、研究室に響く。
博士は、その場に崩れ落ちた。
「……科学が、止まった……」
監査役は、床に両手をついて項垂れる博士を冷ややかに見下ろし、手元の端末に素早く指を走らせた。
「本日の監査記録:博士の安全意識の向上。ならびに、実験室における過剰電力消費のカットに成功」
「私の三日間の努力は過剰電力だったというのか……!?」
その声は、深い絶望に満ちていた。
―――関連作品―――
『物語紀行』
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Season1 桃太郎編:第1話
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「会議の前の小さな緊張」第1話
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