第38話 敵と味方
どれくらい走っただろうか。
右へ左へと角を曲がり辿り着いた空き部屋で、私達は息を整えていた。
「ぜぇ……ぜぇ……す、すみません、足を引っ張ってしまって……」
「短時間とは言え、休憩を挟んだ我々と違って、相川先生は走り通しでしたから、仕方ありませんよ」
体力の限界を迎え、倒れてしまった相川先生を休ませるために、慌てて逃げ込んだ形だが、正直助かったと思う。
私も、ギリギリだったから。
「カナエちゃんもかなり辛そうだし、一度休憩できるのはよかったんじゃない? それより――」
西崎さんは、そこで言葉を切って、相川先生へと視線を向ける。
「先生は、どうしてこんな所に?」
「はぁ……はぁ……そ、それは――」
「――息が整うまで、代わりに私から説明しましょう」
絶賛息切れ中である、相川先生の言葉を引き継ぐように、森島先生が口を開いた。
「先日、鞠片さんと七不思議について話した後、昼休みに相川先生に呼び止められまして、会議に使う視聴覚室のプロジェクターが調子悪いので見て欲しい、との事でした」
「視聴覚室……」
二人の向かった先が、旧校舎への入り口がある視聴覚室と聞いて、思わず西崎さんと顔を見合せる。
「えぇ。 そして、脚立を使って、天井に設置されたプロジェクターを確認していた時に――」
――
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「おや、だれもいないようですね」
「あれ? 金橋先生達、どこに行ったんでしょう……」
キョロキョロする相川先生を尻目に、用具入れから脚立を取り出し、天井に設置されたプロジェクターの下にセットする。
「金橋先生の事ですから、喫煙所かもしれませんね」
「あ~、あり得ます……あ、脚立、支えますね」
「お願いします」と伝えて、脚立を昇っていき、プロジェクターの外カバーをはずしてみた。
かなり埃等は溜まっているようだが、これと言って異常は見当たらない。
「森島先生、どうですか?」
「見たところ大きな故障は無さそうですね。 ただ、配線が緩んでる所があるみたいですので、それだけ締め直してみましょうか」
脚立を支えてくれている相川先生から、ドライバーを受け取り、配線を固定しているリングのネジを締め直していく。
「さて、これで一度――」
「な……何ですかあなたは! や、やめ……ゃあぁぁ――ぁ……」
一度試してみようと言いかけた瞬間。
相川先生の焦ったような声と、直後に響いた“バチッ”という音、そして短い悲鳴が聞こえ、慌てて下に視線を向け――
見てしまった。
力無く床に倒れた相川先生と、そんな彼女を見下ろす、黒いローブのようなもので全身を覆い、白い仮面をつけた誰かを……。
「相川先生!? いったい――うっ……」
慌てて脚立から降りようとした所で、仮面の人物が右手を振り上げ、手に持ったスタンガンを私に押し付けた――
――
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「――その後の私は、鞠片さん達が知る通りです。 この地下の一室で目が覚めました。 なので、おそらく相川先生も――」
「――はい。 気が付いたらここに居て、隙をついて逃げ出した後、皆さんと遭遇しました」
そう言って、力無く笑う相川先生。
最初は探るような鋭い視線を向けていた西崎さんも、森島先生の証言があるためか、今では多少リラックスして、幾分かいつもの雰囲気に戻りつつあった。
「なるほど……あ、そう言えば、さっき西崎さんが殴り倒したのって――」
「えぇ、金橋先生でしたね」
と言う事は、恐らく……
「って事は、先生達を“神隠し”した実行犯は、金橋先生で決まりかな?」
「単独とは限りませんが、1人は確定だと思います。 相川先生、視聴覚室の準備って何人いたんですか?」
私の質問に、目を泳がせたようにも見えたが、それも一瞬。
「えっと……私と、金橋先生と……中田先生の3人ですよ」
顎に人差し指を添えながらそう答えた。
「――って事は、まだ確定じゃないけど、中田先生もグルかもね」
「法律を教えている中田先生まで……とは、信じたくないですが……。 どちらにしても、ここで話していても埒が明きませんし、そろそろ出発しましょう」
本音を言えば、今無事なメンバーだけでも一旦脱出して、警察に連絡したいところだけど……。
確かに、ここでこうしていても、状況は好転しないだろう。
他のメンバーも同じように思っていたのか、誰からともなく立ち上がる。
そして、西崎さんが通路の方を確認ながら発した『行こう』の言葉を合図に、私達は休憩に使っていた空き部屋を後にする。
「(なんだろ……この違和感)」
再び西崎さんを先頭に、薄暗い通路を進みながら、私はさっきの部屋での会話を反芻していた。
特に不自然な内容は無かったはずなのに、頭の片隅で何かが引っ掛かっている気がするのだ。
でも、結局違和感の正体がわからないまま、状況は進んでいく。
「ゴール、かな?」
先頭を歩く西崎さんの言葉で前方へ視線を向けると、今までの部屋とは違い、凝った装飾が施された、観音開きの扉が見えた。
「扉の作りが今までと違いますし、可能性は高いかもしれません」
「……ここに、親父のやってる事の手がかりが――」
そう呟きながら、取っ手に手を掛けた西崎さんが、一気に扉を開いた――
――瞬間。
ドンッと押され、体勢を崩した私は、半ば倒れるようにして、扉の中へと押し込まれる。
「なっ、にが……あぐぅ」
何とか倒れずに、バランスを取ったと思ったが、足を払われて、うつ伏せに転倒してしまった。
「カナエちゃん!」
「……動かないで下さい、2人とも」
倒れた私を抑えつけながら、首筋に冷たい金属製の物を押し付けられる。
「鞠片さん! ――相川先生……貴女も、でしたか」
「アッハハハハ、そう言うことー。 さっき疑われた時はちょっと焦ったけど、弁護してくれて助かりました、森島センセ♡」
背中越しに聞こえてくる声を聴きながら、私は混乱する頭の中を必死に整理していた。
怖い。
でも、幽霊みたいな、得体の知れない相手じゃない。
殺されたくない。
でも、ちゃんと実体がある人間なら、隙を突くことだって出来るかもしれない。
私が人質でなくなれば、西崎さん達で相川先生を取り押さえられるはず。
しっかり考えるんだ……
この状況を、打開するために。