第39話 推理開始
「そっちの二人は手を頭の後ろで組んで、壁際まで下がって。 ほら、アンタは立ちなさい」
そう言って、相川先生が私の襟元を引っ張るのに合わせて立ち上がると、入ってきた扉の脇で、悔しそうに顔を歪ませる西崎さんと、厳しい表情を浮かべた森島先生が見えた。
――さっき、立ち上がる時にチラッと見えた感じ、突き付けられてるのはナイフだったと思う。
充分怖いけど、拳銃とかと比べたら、隙を突いて拘束から脱け出せるチャンスも作れるかもしれない。
西崎さん達も同じように考えてると信じて、とりあえず私は、時間を稼ぎながら、少しでも情報を得る事にした。
「相川先生、一つ、質問があるんですが……」
「はぁ? アンタ状況分かってんの? ――まぁいいわ。 今は気分良いから聞いてあげる」
不機嫌そうな低い声を上げたのも一瞬。
相川先生は「言ってみな」と先を促してくる。
「……前回、私を拘束した時に使った吸入麻酔、どうやって手に入れたんですか?」
あの時と同じように、背後から拘束されている状況で、パニックだったあの時よりも冷静な今だからこそ気付けた事だけど――
「アンタ、それ――」
「――あの時も今みたいに後ろから抑えられてました。 身長差や背中の感触から、ほぼ間違いなく同一人物だとは思いましたけど…………今の反応で、確信に変わりました」
そして、恐らくあの時、伊坂さんを絞め落としたもう1人の方は、西崎さんとの身長差から、多分さっき殴り飛ばされた金橋先生だと思う。
「さておき、うちの大学で麻酔を使うのは、医学実習を担当している、教授1人だけのはずです。 管理も徹底されているようなので、仮に盗んだとしてもすぐにバレると思います」
「……その教授がグルだとは考えないわけ?」
たしかに、教授がグルなら入手は容易なんだろうけど……
「絶対に無い、とは言えませんが、あの教授は、自分にも他人にも厳しい人ですから、こう言う事に加担するタイプではないと思います。 それに、もし教授がグルで、麻酔が簡単に手に入るなら、森島先生を“神隠し”にした時に、“確実に意識を刈り取れる”と言う保証が無いスタンガンを、わざわざ使う理由が無いんです」
「………………」
森島先生の時に、麻酔薬を使わなかった理由と、私達の時にスタンガンを使わなかった理由。
それを“医学実習の教授は、グルではなかった”と仮定して、これまでに得た情報から推測すると――
「――たぶん森島先生の事は、元々“神隠し”にする予定だったんだと思います。 その際に、相川先生を味方だと誤認させるため、わざと襲われたフリをして、床に倒れている姿を見せた。 森島先生が聞いた“バチッ”っと言う音は、机の金属部分にでも接触させたんでしょう。 だから脚立の上で作業をしていた森島先生にも聞こえる程、大きな音が鳴った」
「な……なるほど。 では、私が気を失ったのは――」
「たぶん、スタンガンによるものではなく、高所から転落した事による、脳しんとうではないかと思います」
その後、金橋先生と相川先生が、二人がかりで森島先生を旧校舎へ運べば、比較的スムーズに“神隠し”を行える。
「元々、真相を探っていた森島先生の事は、近い内に“消す”予定だったのでしょうけど……そこで、イレギュラーが発生した――」
「イレギュラー?」
私の言葉に、首をかしげる西崎さん。
「そうです。 これまでは、恐らく“スパイ兼行動の抑制”が役割だった西崎さんによって、ある程度は動きを制限できていたゼミメンバーが、私の参加を機に、一気に動き出してしまった」
親友が神隠しされた新田さんを筆頭に、メンバー全体の抑えが利かなくなってしまったのだろう。
「そこで西崎さんは、旧校舎調査についての情報をリークして、真相に近付き過ぎる前に排除する事を条件に、ゼミメンバーの身柄や処遇について、自分に一任して貰う条件を取り付けた」
これは、ここで捕まっていた際に、部屋の前で仮面の人物が言った『お父上に報告しなくていいのか?』と言う台詞から、あの時にいた『彼女達については、任せて貰えるように許可を取っている』と言ったもう1人が、西崎さんだったと言う予想からの推理だ。
「そのため、極力私達に情報を与えないよう、確実に意識を奪える麻酔を使って昏倒させた後、西崎さんを含めた三人で私達を運び出し、あたかも一番最初に目が覚めたフリをして、外で待機していた東川さんと連絡を取り、大学の敷地から脱出した」
淡々と自分の推理を話していく私に、誰も口を挟まず、西崎さんと森島先生は、呆然とした様子でこちらを見つめているのみ。
背後の相川先生も、息を飲むような気配から、多少は動揺してくれているようだ。
――もう一息、だろうか?
もう少し、周りに意識が向かない程動揺させられれば――
そう考えながら、推理を進めていく。
「――犯人グループにとって誤算だったのは、西崎さんが二重スパイのように自分達の側も調べていた事。 だから今回、こうやって奥まで入り込まれた事で、森島先生に対して“味方”だと思わせていた相川先生が……私達を、“神隠し”しにきたんですよね?」
「……まさか!? 親父は、ハルちゃんやカナエちゃん達の事は俺に任せるって――」
神隠ししに来た、と言ったタイミングで、西崎さんが焦ったように声を上げる。
でも――
「あなたが任せてもらえる段階は、もう過ぎちゃったのよ」
言い終えるより早く、相川先生によって切って捨てられた。
少し考えれば、分かる事だと思う。
ずっと探りを入れていて、“本当の七不思議”を調べ上げた森島先生はもちろん。
その情報を元に、ここに辿り着いてしまった私達も……
もう充分――知りすぎてしまった。
たぶん、最初はロッカーの隠し通路も見せる予定ではなかったのだと思う。
西崎さんが上手く誘導・分断して、“仮面の人物”が麻酔で1人ずつ拘束していく――
これが恐らく、当初の計画。
でも、旧校舎を調べたかった西崎さんが、予定に無い行動を取り始めたため、拘束に手間取ってしまい、自分1人では対処が難しいと判断して、追加で呼ばれた人員が、ロッカーから出てきた仮面の人物だろう。
「きっともうすでに、知られたくなかった事を知りすぎちゃってるんですよ。 元々は、隠し通路のロッカーどころか、“仮面の人物”すら見せるつもりではなかったんじゃないですか?」
「――その通りよ。 あの時あなた達が、こちらの想定通りに動いていれば、姿を見せる事無く全員を無力化できるはずだった」
――もしそうなら、この子達の“神隠し”指示は、出なかったかもしれないのにね――
「ひっ――」
ゾッとする程底冷えする声で、静かに言い放った相川先生に、私は思わず身を竦めた。
「カナエちゃん!」
「――動くなっつってんでしょ!」
咄嗟にこちらに向かって来ようとした西崎さんだったが、相川先生が右手のナイフを突き出して牽制する。
ナイフが離れて、拘束が緩んだ――
――いまなら!
「西崎さん! 先生!」
「――っ!!」
私が大きな声で2人を呼んだ瞬間。
相川先生はギョッとしたように一瞬だけこちらに意識を向けた後、慌てて西崎さん達の方へ視線を戻す。
「――なっ!? こんのっ!」
「痛っ――あっぐぅ」
意識が完全に逸れるのを見計らっていた私は、そのタイミングで身体を脱力させ、へたり込むように両手を地面に付くと、クラウチングスタートのような体勢から、半ば飛び込むように距離を取ろうとした。
しかし、即座に反応して引き戻されたナイフが、私の頬を薄く切り裂き、その痛みに気を取られてバランスを崩した私は、飛び出した勢いのまま倒れ込む。
「毎回毎回手間取らせて……もう神隠しになんかしてやらない! ここで死ねぇぇ!」
「カナエちゃん!」
何とか上体を起こして、振り返った私の目に映ったのは、鬼の形相を浮かべてナイフを振り下ろす相川先生。
そして――
その凶刃から私を庇うように、間に割り込んで立ちはだかった、西崎さんの後ろ姿だった。




