第七試合 1.助手席
首回りの筋肉を鍛えるトレーニングメニューの一つに、レスラーブリッジというものがある。別名のネックブリッジの方が語感的にイメージしやすいかもしれない。
簡単にいうと、手をつくのではなく頭部と両足の三点でブリッジを作り、数十秒から数分間、その体勢を維持するという自重トレーニングだ。通常は仰向けになってから行うが、慣れない人はうつ伏せの姿勢からのブリッジでもよい。
重要なのは正しいフォームで無理なく行うことであり、さもないと体重を支えている首回りの筋肉に想定以上の負荷がかかり、首を痛めてしまう。
この日、松浦譲二は、起床の時点で微妙に首の筋を寝違えていたこともあり、レスラーブリッジでうかつにも頸部を痛めてしまった。慎重に姿勢を作ったつもりなのだが、既に首回りに疲労が蓄積していたようだ。
最初は筋肉痛かもしれないと様子を見ていたのだが、鈍痛が引かず、譲二はトレーナーの剣崎詠美に相談をした。そしたら、
「知り合いに信用できる整体師がいるから、診てもらおう。こういうのは早期治療が肝心だ。首は大事な部位だからな」
と諭されて、今日のトレーニングは中止となり、その整体師がいる所へ行く準備をすることになった。「はっ、今日も俺の勝ちか。敗北が知りたい」とのたまっていた猫渕空太は放っておく。
脱走兵の身分で国民健康保険証などという上等なものは当然、持ってない。なので、アルバイト代の紙幣や硬貨が幾らか入った封筒だけをひっつかんで、アウターに袖を通す。
車を出してくれると言う詠美の小型トラックの助手席に乗り込み、譲二は「お手数をおかけします」と頭を下げた。気にすることはないさと返してくれた詠美が車のキーを回して、エンジンをかける。
「ここから十数分ほどだ。トラックだからシートが後ろに倒せない仕様ですまないが、楽にしてくれ」
車道に出るべく左右を見渡しながら、そう言う詠美。そういえば助手席に座ったのなんていつぶりだろう、と譲二は考える。
穂尾での駐屯任務でも、兵員輸送トラックに乗せられたことはそれこそ何度もあった。が、特殊格闘兵や下っ端の歩兵らは、箱詰めの果物よろしく、後ろの荷台に座らされるのが常だ。
悪路などでトラックが揺れるたびに、尻をしたたかに荷台の床に打ちつけていたのを思い出す。あれは最悪といっていい乗り心地だった。
アクセルが踏み込まれて、ドアウインドウに映る街並みの風景が流れていく。譲二は先の彼女の言葉に甘えて、シートの背もたれに身を預けた。




