第六試合 3.病院
美濃部は壁によりかかり、口を真一文字に引き結んで、無機質な白色の天井を見上げていた。
背後の診療室からは、ドアが開けられっぱなしでカーテンを引いているだけということもあって、光次郎会長と担当医師の話し声が漏れ聞こえてくる。耳をそばだてざるをえなかった。
「経過は悪くないです。この調子で治療を続けていきましょう。痛みはありませんか?」
人当たりのよさそうな中年男性の医師の声。それに光次郎が「はい」と答える。
「それはよかった。日常生活にも支障がなさそうで、良い傾向と思われます」
「……あの、先生」
「はい、どうかしました?」
「プロレスはいつになったら再開できますかね」
はっとしたように室内の空気が一変するのを、美濃部は壁越しに感じた。たしなめるかのように「寺越さん」と声をかけたのは、ソーシャルワーカーの織枝だろう。
「……いやいや。お気持ちはわかるのですが」
医師が困ったような声音でそうとりなした。このご時世、最近は興行自体もろくにないでしょう、とも言い連ねる。
しかし、光次郎は食い下がる。心持ち前のめりな嘆願が聞こえてきた。
「なんとかなりませんか」
「……寺越さん。無理をしたら普通の生活が送れなくなってしまいますよ。とにかく、激しい運動は自重してください」
直接的な表現を避けて柔らかく伝えているが、それは格闘技からの引退勧告に他ならなかった。プロレスを生業としてつましくもやってきた男には酷な宣告である。
なんとも居心地の悪そうな間が生じる。その場にいないにもかかわらず、美濃部は身じろぎするのもはばかれて肩をこわばらせていた。
「……そうですよね。いや、冗談です。わがまま言ってすみませんでした」
光次郎のその言葉で場の空気は弛緩したようだった。安堵じみた息づかいと共に、控えめな笑い声が広がっていく。
「ははは……。まったく、寺越さんもお人が悪い」
美濃部は嘆息し、首を横に向けて廊下が続いている先を見やる。床タイルに投射されている、秋晴れの照り返しが目に痛かった。




