第二試合 1.起床
猫渕空太は掛け布団を撥ね上げて起きる。
寝ぼけ眼で隣の敷き布団を見やると、三段折りで畳まれて、その上に枕が置かれていた。くそっ、今日も先を越されたかと舌打ちする。
時刻は早朝の六時前。寝室は薄暗く、カーテンを通して入ってくる朝の光はまだ弱い。日の出はこれから、という時間帯だ。
薄手の半纏を羽織って、空太は階段を一足跳びに下りた。丁度そのタイミングで、がらりと玄関の引き戸が開けられる。
「おっ。空太、おはよう」
今しがたウォーキングから帰ってきたのだと思われる松浦譲二が玄関口に立っていた。トレーニングウェアの出で立ちに、ジョギング用手袋をはめている。
「……外の冷え込みが気になってくる時期だってのに、毎朝よくやるな」
「ゴミ袋を集積所に出してくるついでと思って、習慣づけすれば何てことないさ。ゴミ出しの日にやってるだけで、毎日じゃないし。慣れだよ、慣れ」
そう言って譲二は引き戸を閉め、靴を脱ぎ始める。
「そういえば、ゴミ袋って今はもう、半透明のやつが主流になっているんだな。黒色のポリ袋、全然見かけなかった」
「いつの話をしてんだよ。でも、まあ確かに、市の条例にもゴミ袋は半透明でって明記されるようになったし、黒色のは最近はとんと見ないかもな」
空太は、ダイニングキッチンに入り、電気を点けた。リモコンで電源を入れて、エアコンの暖房を起動する。これで、しばらく待てば部屋も暖まってくるだろう。
ジムエリアの方を暖めるのは後でいい。戦争の関係で電気代が高騰しているのもあり、節約はしなければ。
空太と譲二は、ブルームーンジムというストロングスタイルのプロレス専属ジム、その二階の住居部分に居候させてもらっている。ジムの会長のご厚意で、寝泊まりする部屋などを無賃で貸していただいているのだ。
「空太。コンロのやかんはもう湯を沸かしてある」
「……どうも」
やかんに手を伸ばそうとした空太は、廊下から投げかけられた譲二の言葉に、それを引っ込める。
数ヶ月前にこのジムへ転がり込んできた松浦譲二とかいうこの男は、空太よりも歳は上らしいのだが働き者で、表向き、ジム生の後輩としては申し分なかった。が、素性がようとして知れない。
聞くところによるとプロレスラーを目指しているわけではないらしい。それはそれでライバルが減って別にいいのだが、体は鍛えたいようで空太達と一緒に練習をし、先輩やトレーナーの指導を受けている。
だったら一般向けのフィットネスジムなどへ行けという話なのだが、どうもMMA――総合格闘技なるものを修練しているらしく、格闘技系列のところに通いたいのだそうだ。それでこのプロレスジムを選択したのは案外見る目があるというか、根性があるな、と空太は思わないでもない。
(……ふん、だからといって俺はまだ認めたわけじゃねえけどな)
負けず嫌いな性分もあって、空太は譲二を敵視していた。自分は過酷な入門テストをクリアしてやっとこさ見習いになったというのに、こいつは、会長によれば知人のつてだからと、フリーパスでこのジムのゲストに収まっている。
あくまでも客人であって一概に比較できないというのはわかっているものの、納得できるかは別問題だ。何が言いたいのかというと、ブルームーンジムで練習させてもらっていることをこの男はもっと噛みしめるべきだと空太は思う。
「肌寒い朝には温かいものが欲しくなるよな。これにお湯を混ぜて……と」
「やめろ! プロティン粉シェイカーのプラスチック容器に熱湯を注ぐなァ!」
どこか少し世間ずれしているこの男に、空太はますます警戒心を深めるのであった。




