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第一試合 2.脱走時

 さあこの場を離れよう、というときに塀の陰から、四ツ谷勉三が大仰おおぎょうな身振りで飛び出してきた。


「ままま、待ってください! 無断で軍隊から離反だなんて、そんなことが通ると思っているんですか~~!?」


 そういえばこいつもいたんだったな、と譲二は思い出した。まったく空気の読めてない発言にげんなりする。


「これはれっきとした軍規違反ですよ! 帰隊したらすみやかにこの私が上層部に報告を……」


 四ツ谷の糾弾は最後まで続かなかった。鏡花の背後からの痛烈な金的蹴り上げによって遮られたからだ。「ブスタマンチ!」という断末魔の悲鳴。


 哀れなおじさんは倒れてそのまま失神してしまう。それを見下ろす形になる譲二と鏡花ら。


「格闘家としてローブローはだめだろ。せめて、手刀で首筋をびしっ、と叩くなりして気絶させるとかできなかったのか」


 譲二は同じ男性として四ツ谷への仕打ちを不憫に思い、鏡花にそうささやく。が、返ってきたのはやれやれという目と、リアリスティックな反論だった。


「手刀で一時的に気を失わせるなんてフィクションの話よ。現実にはほぼできっこないんだから。それどころか、打ち所が悪かったら後遺症が残ったり最悪、死ぬわよ」


「それはそうなんだが……。当たり所が悪かったら、のくだりは金的も同じだからな?」


「こ、この者はどうするのかね?」


 脱走を先導してくれるという解放軍のおさ天草邦彦あまつじくにひこがやや引いた表情で確認してくる。四ツ谷の一人相撲ひとりずもうめいた登場と、容赦ない金的のどちらにドン引きしているのかは、判然としなかった。


「仕方がない。一般兵だけど、口止めのために連れていこう。このおっさんに家族は?」


 譲二は仁村智也にむらともやに尋ねる。智也は四ツ谷と一緒の分隊なので、何かしら知っているかもしれないと考えてのことだ。


「いや、独り身だそうだ。画家として食べていくのもままならなくてと」


 腕組みをしながら答える智也。独身だというならよかった、と譲二は思う。強引に連れていってもあまり心が痛まなくて済む。


「へえ、画家? どういった絵画を描くの?」


 意外にも、解放軍の鹿島芙美香かしまふみかが食いついてきた。芸術方面に幾ばくかの興味があるようだ。


「いや……風景画なんだが、入隊してからは価値観の変容があったのか、筋肉がムキムキの人物画ばかり描くようになったらしい」


 智也の困惑も混ざったその返しに、芙美香が「……そう」と急速に興味を失くした目をする。


 とにかく、四ツ谷勉三も引き入れるということで話は決まった。気絶中のためにまだ本人の希望を聞いていないのだが、この際、斟酌しんしゃくしなくてもよいだろう。

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