第九試合 8.慟哭
号泣がこだましていた。譲二が地面に手をついて泣き叫んでいた。
間もなく援軍がやってくる。隠密行動が露呈するリスクを考えれば、彼の慟哭を止める必要があるのは確かだ。
しかし、それをしようという者はこの場にはいなかった。譲二の悲痛は皆にも共通する悲しみだった。
鹿島芙美香にとっても。
頬に一筋の涙跡を残しつつ、渚が首を向ける。
「邦彦、みんなのことを頼む。俺もここから離れようと思う。それで多少は時間稼ぎになれば」
確かに、渚が別方向へ動いてくれれば、体内に埋め込まれているGPSデバイスからの信号を頼りに、援軍は彼の方を追いかけていくに違いない。望外の発案だった。
しかし、そんなことをすれば渚は援軍に、回収ではなく、拘束される。
そして、彼の心臓は、その後に待ち受ける苛烈な尋問におそらく耐えられないだろう。
「……わかった。君の勇気に敬意を。……すまない」
それでも、邦彦はそう言うしかなかった。己が運命の終着点を悟った人間の覚悟を無下にすることなど、如何な者にもできないのだ。
「類まれなる益荒男よ。おまえのことは忘れない。絶対にだ」
レベッカが渚に近寄り、熱の入った言葉をかけている。一見、いかにも美男子と野獣といった感じの、不思議な組み合わせだった。
彼女の言うとおり、犠牲にしていく彼のことをずっと忘れることはないだろう、と芙美香は思った。
勇烈というべき命の輝き。――人間とはかくも強く、尊い。
太陽は既に沈んでいた。
しかし、芙美香はもう、急かすようなことはしない。彼らには別れの儀式が必要だった。
「これからは自由になるための戦いだ。それが終わったら……さっき言っていた介護施設っていうのもマジで考えてみろよ」
「渚……。オレ……オレ……っ。ぐうぅっ……!」
腕で目元を覆った雅紀の前髪を、渚が優しく整えてやっている。
雅紀のイノキ・ゲノム・ウィルスへの妄執は、とりあえず消え去ったようだ。芙美香は安堵する。あんな、身を蝕む魔の力に手をかざし続けるべきではない。
智也が渚の肩に手を置いて振り向かせ、短く抱き合う。
「譲二、渚の想いを無駄にするな! 行くわよ! ……っ、ううっ……」
涙にまみれた顔の鏡花が、譲二の襟と袖をつかんで乱暴に引っぱり上げている。
……いつかきっと、この挫折や想いが力に生まれ変わる。何度、踏まれても天に向かって立ち上がる草のように、成長の糧になる。
(だから、今は悲しんでいい。心に刻めばいい。いつか、全てが強さに生まれ変わるから……)
頭上で羽ばたく音がして、芙美香は見上げる。
野鳥が翼を広げて、空を飛んでいた。カラスではなく鳩のようだが、夕闇のせいで判然としない。
いずれにせよ、雛鳥でいられた時間は終わり、巣立ちの時が来ようとしていた。




