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第九試合 5.鳥居

「レベッカ。終わったか?」


 炎髪の背後から合衆国言語の声がして、譲二は悄然しょうぜんとしながら身構える。まさか、この女単体だけでも絶望的な戦力差だというのに、仲間がいるのか。


 レベッカと呼ばれた大女が体を向ける。祠へと通じる砂利道の入り口に設えられていた小ぶりな鳥居、その柱の陰から人が現れた。二人組だった。


 一人は、女なのかと見間違えそうな中性的な印象のある綺麗な顔立ちをした少年だった。ゴールデンポニーテール風に髪を後ろで結わえているため、ますます性別不詳の雰囲気を醸し出している。


 もしかしたら年齢的には譲二とさほど変わらないのかもしれないが、くっきりとした目と背丈から、幾分か幼く見える。先ほどの呼びかけはこの男子が発したものらしい。


 もう一人は、ツンと上向きの高い鼻をした美人系で、自然なパーマのロングヘアを胸に垂らしている。目元はややきつい感じで、よく見れば前髪を三つ編みにしてサイドへ流していた。


「家屋やエクステリアの類は壊すなと言っておったのに……」


 崩落している塀を見やりながら、ゴールデンポニーテールの少年が叱るような語勢でレベッカに不満を漏らす。炎髪の女は意に介さずといった態度だ。


 ややぶしつけにも思える遠慮のない会話。二人の間には、気の置けない仲とでもいうかのような友誼ゆうぎが見てとれた。


 少年が前に出て、「やあ」と言いながら、腰に手を当てる。日鶴語だった。


「この者はあまり器用ではないゆえ、加減ができずに申し訳ない。まあ、君達も強化兵なのだからさして問題はないだろう」


 譲二は混乱していた。戦闘をしかけておいて、その実、排除が目的ではない?


 正体不明の三人から視線を切らさないようにして、周りを見る。藤間隊長は失神していたが、渚と鏡花、智也は辛うじてほうほうの体という程度に収まっている。


(意図的に強化兵を残したのか? だとしても、雅紀は……)


 舗装道路を振り返って、横たわったままの強化兵該当者を見やる。と、その上半身がむくりと動いた。


「ひえ~~~。上着が破れてるじゃんっ。ベルトの金具もぺしゃんこだし」


 ぼろきれ同然になった袖を掲げて、そんなことを言う雅紀。生きていたことに譲二は安堵のあまり、勝手に口が動くのを止められなかった。


「ふざけやがって、この野郎。雅紀」


「あれっ、どういう状況?」


 さっきまで死んだと思われていた同僚が目をしばたかせる。おまえもこの襲撃に一枚噛んでいるなんてことはないよな、という小さな猜疑さいぎは既にかき消えていた。


「……どういうことだ? 早々に離脱していった異国人の格闘兵二人を除けば、強化兵は四名のはずだが」


 少年は順繰りに渚達を見渡し、最後に譲二を見つめる。その眉がひそめられた。


「レベッカ。なぜ、強化兵ではない彼を残した?」


 その童顔に似合わず、語気が厳しくなる少年。隣の前髪三つ編み女は表情を変えておらず、感情が読み取れない。


「やつにはGPSデバイスがなかった。それに……強化兵ではないただの人間が、自分に向かってきたのは初めてだ」


 人獣のレベッカは肩越しに譲二を見て、少し不敵に笑む。少年が呆れる仕草をした。


「理由になってない」


「今からでもあいつをやるか?」


 レベッカの提案に、口元に手を当てて考える幼顔の少年。その瞳が不吉なものにきらめいていた。


「……邦彦くにひこ。彼はたぶん、大丈夫だと思う」


 前髪三つ編み女が、邦彦というらしい少年の肩に手を置いていた。邦彦の「……芙美香ふみか。本当か?」という返しに、こくりと首肯する。


 どちらにせよ遅きに失しているか、と呟いて、邦彦という少年は向き直る。先ほどから正対して、この男には武力とは別の方向で超人間的な何かがある、と譲二は気づいていた。


「申し遅れたね。私は天辻あまつじ邦彦。若輩ながら、〈アンチ・幻想〉という私設解放軍の旗頭をやっている」


「アンチ……幻想……。解放軍だって?」


 私設解放軍という単語に、譲二は思わず反応する。それに、アンチ・幻想という名称……。


「ああ。元々は、私達もK1やプライド軍の特殊格闘兵だったのだよ。一年ほど前に仲間と共に脱走して、今は有志で解放軍なるものを結成している」


「……脱走兵ですって? じゃあ裏切者、大罪人じゃないの!」


 大女との戦闘で負傷したのか肩を押さえている鏡花が、そう糾弾する。しかし、元脱走兵はとりすました顔を崩さなかった。


「おや。大罪ときたか。君はイノキ・ゲノム・ウィルスの投与が、そもそもの特殊格闘兵の新兵訓練が、非人道的な行為だってことを知らないのかな。いや、覚えていないというべきか」


「……何……を」


 鏡花はうまく反論を紡げない。解放軍指導者の佇まいや言葉にはどこか、人々の心を引きつけ、ともすれば従わせてしまいそうな磁力があった。


「確かに、この人工ウィルスは強大な力を与えてくれる。しかし、それと引き換えに私達の身体を、脳をもむしばんでいく悪魔の果実でもあるのだよ」


 譲二は鼓動が跳ね上がるのを感じた。こいつらは、知っている。特殊格闘兵の呪われた運命を。


「入隊以前の自分は誰とどこにいて、どういった人生を歩んでいたかを思い出せるかね? もやがかかったようにおぼろげだろう? それは超人改造の副作用だよ。記憶障害を引き起こすんだ。より重篤になると人格障害も」


 反論は皆無だった。おかしいと思いながらも、日々の訓練や任務に追われて目を逸らしてきた引っかかりや疑念を今、突きつけられているのだ。


「こちらの方が差し迫ったリスクではあるのだが、ボンバイエ・モードは心臓にも尋常でない負荷をかけているぞ。いつ心室や大動脈が破裂してもおかしくないほどにな。チート兵は、もって数年ほどの命しかないといわれている」


 新兵訓練の段階で既に被験者の何%かが廃人になっている、と邦彦は付け加える。戦うために力を求めていたのかもしれないが、果たして寿命を差し出してまで望んだことなのかな、と言外に込めて。


 青ざめた雅紀の口から「そ……そんな……っ」というなげきがこぼれる。聞いていられず、譲二はわずかに目を伏せた。


「話を戻そう。大人に都合よく使われて捨てられる哀れな道具ではなく、真に己の意志で生き死にを決めたいと希うのは、人として当然のことだろう? そのように思い立った私は、同志を募って隊を抜け、〈アンチ・幻想〉を設立したというわけだ」


 脱隊と解放軍の結成に至った、当時の心境に思いを馳せる邦彦。そのときもこのカリスマめいた口上で、仲間を煽動したであろうということが容易に想像できた。


 そして、譲二はとある符合に行き着き、息を呑む。心拍数が上がっていく。


「ということは……おまえのいう解放軍というのは……。解放ってのは……」


 解放というからには、解放する何か、対象があるはずなのだ。断片的にながらも説明をしてくれた、彼らの立ち位置からすると、それは。


「うむ、察しのとおりだ。私達はこのように、特殊格闘兵に接触しては、我が軍に引き入れているのだよ。――イノキ・ゲノム・ウィルスのくびきから解放するために」


 解放軍の旗頭は恭しく腕を広げる。それは自然な挙動だったが、高貴さを思わせた。


 譲二は打ち震えていた。まさか、まさか、こんなことが……!


「手荒な真似をしてすまなかった。君達が身に着けていた、GPSデバイスを破壊しておく必要があったのでな。それは人工衛星から送られる電波の受信機で、君達の現在位置を特定し続けているのだ」


 渚達は自分の戦闘服を見下ろした。入口ゲートでポケットの中に入れたはずの大会チケットを探す格闘技観戦者のように、あっちこっちを触っている。


 譲二は林の方角を見やった。陽が傾いてきて、木々の落とす影が濃くなっていた。


「GPSデバイスはスポーツ選手のパフォーマンス管理に有用だが……、この場合はむしろ、現在位置の把握と万が一のときの追跡こそが、軍隊が真に期待している機能といえよう」


「軍はなぜ、こんなものを俺達に……」


 腰に手を回して小型の機器みたいな物を取り出していた智也が、疑問を口にする。


「私達の活動によって昨今、K1軍とプライド軍の強化兵のロストが頻発して問題になっていたからな。事態を重く見た軍の上層部がそのデバイスを発明し、秘密裏の装着を義務づけたという経緯があるようだ」


「一番の理由は、超人改造の所業の隠匿。防衛省にとってチート兵の存在は、まだ世間に知られてはいけない機密事項なの」


 芙美香と呼ばれていた女性が補足する。強化兵に関する情報の漏洩ろうえいや、被験者の流出を防止するためのデバイスだと。


「私は君達を助けたいし、我々〈アンチ・幻想〉の悲願成就のためにも人員がもっと必要なのだ」


 その悲願とやらは何なのか聞くまでもなかった。


 アンチ・幻想には、反幻想、幻想の創生に反対する者、幻想の創出行為を嫌悪する者、幻想に対抗する者、などの意味が含まれている。


 彼らの宿願とは、イノキ・ゲノム・ウィルスの断罪と根絶に他ならない。途方もない目標。


 国の守護者たる軍事機関と大人達に挑む、分の悪すぎる戦いだ。だが、それが叶えば、犠牲となる子供達をこれ以上生み出さずに、敵軍の魔改造兵の進撃をも止めることができるかもしれない。


 滔々(とうとう)と真実を語り、瞳に抗戦の火を燃やす幼顔が、あの夕焼けの教室で儚げに流し目をしていた少年に、ダブって見えた。譲二は人知れず、涙が溢れそうになる。


「よければ、力を貸してほしい」


 天辻邦彦はそう結ぶ。それで説明は終わりだった。


 逆転に次ぐ逆転の試合のような展開についていけず、鏡花が半ばへたり込むように、しゃがみ込んだ。智也も動揺を隠せないままに、後ろを向いてうなだれる。


 誰も、言葉を発する者はいなかった。無慈悲な真実と、鬼が出るか蛇が出るかの選択肢に、重苦しい空気が漂う。


「邦彦、急げよ。三人ほど取り逃がしている。その内、援軍を引き連れて戻ってくるぞ」


 レベッカが遠くを眺めながら警告してくる。その影が伸びていた。溶鉱炉のように赤く溶けた陽が、落ちようとしている。


「わかってる」


 それでも、解放軍の指導者は更なる勧誘の口説き文句を継がなかった。他者に、何物にも流されることなく自分自身で決断しろ、と待ってくれているのだ。


 どの道、譲二は今日、隊を抜けるつもりでいた。それに水先案内人がついてくれるというのなら、僥倖ぎょうこうではないか。


 まるで、己が行こうとしている道に勝算あり、と天が寿ことほいでいるかのような……。だからというわけではないものの、譲二は気がかりを尋ねる。


「天辻、といったか。おまえのいう解放軍とやらは、この戦争に対して、どういう立ち位置になるんだ?」


 邦彦の両目がらんと輝いた。「天辻ではなく、邦彦でかまわない」と言い、


「知れたこと。ズッファ軍を追い払って、国土を取り戻す。やることは変わらないとも。むしろ、それ以外にあるかね?」


 迷いなく口から放たれる誓約。譲二は、湧き上がる感動と高揚を押さえつけるのに苦労しなければならなかった。


「人工ウィルスに冒された子供らを助ける。魔改造兵どもを倒す。日鶴を守る。全部やるってことだな」


「当然だ。ここは我々の愛すべき日の国、火の大地なのだからな」


 譲二は一つ、息を吐いた。よくぞ、よくぞ、よくぞ――言ってくれた。これで後顧の憂いはない。


「乗った。連れていってくれ。俺は松浦譲二だ」


 一歩、足を踏み出してそう宣言する。


 瞬間、空気が一変するというのはこういうことかと譲二は理解した。渚の、鏡花の、雅紀の視線が一斉に突き刺さってくる。


 扉は開かれた。こうなっては逆に、残る障害は彼らとの軋轢あつれきや衝突だろう。だが、避けては通れない。


「譲二……本気か」


 渚が戸惑うように呼びかける。おまえにはほとんど益のない提案だぞ、と目が語っていた。


 いや、十分に利害が一致している話なんだよ、と胸の内で返す。駐屯部隊に残ってもどこへも行けないし、強化適性がなかろうが機密処分はまぬがれえないからな。


「譲二ィッ、あんた……!」


 鏡花は歯ぎしりしていた。顔色が失望と激怒に染まっていく。


 ワンデイトーナメントで幾らか築き上がったかもしれない信頼関係が、たやすく瓦解していく。それでも、譲二は真正面から非難を受け止める。


「邦彦よ。こいつは強化兵じゃないが、合格だ。真の日鶴男児たる益荒男ますらおだ。連れてやってもいいだろう」


 レベッカが心底、嬉しそうに口角をつり上げる。見たところ合衆国出身のくせして、益荒男などという単語をよく知っているな、と思った。


「……どの道、ここまで巻き込んだからには、意志があるのならばついてきてもらうつもりだったが……」


 邦彦は少し考え込むそぶりを見せたものの、すぐに「よし、来たまえ」と手を動かす。


「行く手に待っているのはバラ色の未来ではなくて、茨の道よ。全軍を敵に回し、もしかしたら政府とも戦うことになるかもしれないわ」


「覚悟の上だ」


 芙美香の忠告に、譲二は即答する。迷いは、ない。


 邦彦らの方へ歩き、途中で足を止めて、振り返る。道路の真ん中に仁王立ちする形で、同僚らを見据えた。


「おまえらも来い」

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