第九試合 2.畑の前の道路
日が幾分か傾き、空に稲穂のような色が混ざり始めていた。
ゴーストタウンの捜査はその後も順調に進んでいったが、一旦、各分隊は再集合している。進捗の確認と、後どこまでやるかを相談し合うためだ。
英里奈、近郷、藤間、三人の分隊長が地図を広げながら話し合っている。それを横目に、譲二はガードレールによりかかって一休みしていた。ヘルメットを脱いで、蒸れていた髪の毛を乾かす。
小さな山の中腹を一望し、頭の中で地理を確認する。あまり整備されていないようだが山道が見えていた。
「なあ。山の上にも小屋とかあるのかな」
譲二は智也に、現作業にも関係があるといえる話題を振る。取るに足らない内容だが、完全な私語よりはいいだろうし、待機している間の時間つぶしにもなる。
「見たところなさそうだが。電柱や電線も敷設されていないし」
「だよな」
智也の予測に、譲二も首肯する。小山とはいえ、山に登ってまでローラーする必要性はあってほしくない。
そう考えながら、再開にはまだかかるだろうか、と分隊長らの方を見やる。猛烈な違和感を覚えたのはそのときだった。
英里奈らがいたのは、戸建てと畑の間に挟まれた砂利道の前だった。砂利の道は奥の、社殿と思われる祠へと通じている。
その右手の畑、ビニールハウスの半透明シートを透かして見える作物の列の中に、不自然な陰影が映っていたのだ。ひざまずくような体勢で、頭を垂れているであろう人影が。
政府が避難区域と指定して数年が経つこんなところで、農作業をしている人がいるはずはない。地方の集落風景に突然ぽっかりと出現した、異様な取り合わせに、譲二は全身が総毛立つのを感じた。
「た……隊長。だ、誰かがいます……」
そう絞り出すような声色になってしまったが、地図から顔を上げた英里奈はそれで察してくれた。視線を追うようにして、ビニールハウスをすぐに見やる。
ほぼ同時に、人影がゆっくりと動いた。立ち上がる。
譲二は目を疑った。半透明のフィルム越しということもあって、ガラスコップの水みたいに光の屈折か何かでそういうふうに見えているのだと思いたかった。
最も近くにいた雅紀が呆気にとられて見上げる。人影は、恐竜のようにまだ背中を曲げているにもかかわらず、頭の先がビニールハウスの天井に届こうとしていた。
巨体は両手でシートを左右に引き破っていく。格子状にビニールハウスを支えているパイプが数本、ひしゃげた。
押し広げた穴をくぐって、全身をさらけ出してくる。二メートルはゆうに超えている巨躯。着ていたのは、K1軍の戦闘服だった。
臨戦態勢とわかる呼吸に、野生の獣じみた形相。ろくすっぽ手入れせず伸ばし放題にしていると思われる毛量の多い長髪は、神話上の女戦士アマゾネスを連想させる。
全員、身動きできなかった。呑み込まれていた、といっていい。ヴァレリアやマリナなどの強化兵も、一人残らず、格の違いを本能で理解していた。
大女は、太い首をめぐらせて、一番近い距離にいるターゲットを認識した。雅紀だった。
「千賀くん、構え――」
英里奈がやっとのことで口を開く。が、間に合わなかった。
丸太のような腕が振り払われて、ラリアット気味に、雅紀の腹に直撃した。雅紀はダンプカーにはねられたかのように吹っ飛び、アスファルトに体を何度もバウンドさせながら、転がっていった。
戦闘開始を告げる単純明快な先制攻撃に、皆の金縛りが強制的に解かれた。「雅紀!」と渚が叫ぶ。
雅紀はぐったりと舗装道路の上に横たわっていた。ぴくりとも動かない。死んだ、と誰もが思っていた。
譲二は、現実逃避気味に、数時間前に雅紀が立てていた死亡フラグを思い出していた。律儀にフラグを回収しなくても、と愕然する。




