第八試合 3.ワンデイトーナメント
「青コーナー、“朽方道場の若鷹”、松浦譲二ィィッ!」
ノリのいい高場伸久防衛相のコール。先の「出てこいや!」も、この大臣の掛け声だったのだとわかる。
しかし、と譲二は思った。
(誰だ、こんな二つ名を付けたの……)
譲二はコーナーを振り返る。頭上で手を打ち付けての拍手に留まらず観客を煽っている千賀雅紀のはしゃぎように、二つ名はこいつのしわざか、と理解した。
観戦している外国人の兵士からまばらにブーイングが上がる。
「赤コーナー、“戦慄の膝小娘”、ヴァレリア・シウバッ!」
対角線上の対戦相手を見やると、コールされたヴァレリア・シウバが祈るような仕草で両手を組み、だが、闘争心を抑えきれないというようにそれをグネグネと動かす。その間もずっと、肉食獣のような目が譲二を射抜いていた。
初戦の組み合わせがヴァレリアとでよかった、と譲二はホッとする。そもそもの発端はこいつの言動で、この小娘にこそわからせる必要があるのだ。
とりあえずはヴァレリアに勝ちさえすれば、後はどうだっていい。マリナ・ルアとの因縁や智也との日鶴人対決など知ったことか。譲二はこの一戦に全力を懸けると決めている。
綿田豊寛というスキンヘッドで恰幅の良いレフェリーに「カモン、センター!」と合衆国言語で促されて、リング中央へ歩いていく。
「よォ……覚悟は決めてきたかい?」
「おまえこそな、ヴァレリア」
近い距離でヴァレリアとのガン飛ばし合い。綿田レフェリーがルールの最終確認とばかりに「ファイブミニッツ、スリーラウンド。ドント、ヘッドバッティング。ドント、ローブロー……」と説明をするが、ほとんど譲二の耳に入らない。
「……アグレッシブ、ファイト。アグレッシブファイト! OK? シェイクハンド!」
譲二はレフェリーに手首を持ち上げられて、ヴァレリアと拳を突き合わされる。嫌そうな顔のサイドポニー女。
「ステイユアコーナー!」の指示に、お互い視線を外さないまま、コーナーへ後退する。
譲二は渚にペットボトルを要求した。渡されたペットボトルの水を少し口に含む。唇から少し離して飲んだため水が零れて顎や首筋に垂れていくが、気にしない。
ゴングが鳴らされる。綿田レフェリーの「レディ、ゴー!」という掛け声に呼応して、譲二は構えを取った。
そこで瞠目する。対角線上から一直線に襲いかかる影。
ヴァレリアが試合開始と同時にダッシュをし、跳躍してきたのだ。
(いきなり必殺の跳び膝蹴りかよ!)
パンをくわえて走る女子高生になっても、曲がり角でぶつかるのではなく、飛び膝蹴りをかましそうといわれているヴァレリアのフェイバリットだ。譲二は流動食が確定したK1兵のノックアウトを思い出して、真っ向から受け止めるなんて蛮行は犯さず、大きく横に逃げてかわす。
嫌な予感がした。顔も反らそうとする。
バットをフルスイングされたような衝撃が眼窩底とこめかみの辺りに炸裂した。
直前に見たのは、逃すまいと横回避に合わせて、ヴァレリアが膝蹴りから空中大外蹴りにシフトしたところだった。なんという反射神経と柔軟性。
譲二はロープまで吹っ飛ばされる。ロープが大きくたわみ、反動で体が跳ね返されたところに、間髪入れずヴァレリアが詰めていた。距離感設定や様子見もなく強制的に、接近戦に晒されることが決定する。
小柄な体格からは想像もつかないパワーを乗せた左右のフックの連打! 譲二はパニックになりながらもクローズガードするが、ガードごと壊されるんじゃないかという威力で上半身が揺らされて、千鳥足となってしまう。
(チート兵相手にガードは愚策だって学んだだろ! 落ち着け、俺!)
更には、後頭部に両手を回されて首相撲に捕らえられた。初っ端からフルスロットル。来るぞ、――戦慄の膝蹴りが。
小娘の体が一瞬沈み、下から巨大な鮫が口を開けて捕食しようとしてくる幻覚を見る。譲二は必死に上半身をねじった。




