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第三試合 2.強化兵

 K1軍の分隊は既に闇の中へ紛れ、ズッファの先兵も撤退を始めたようで、銃撃音は段々と散発的になってくる。


 やがて音が完全にやむ。が、それでも譲二達は伏せたまま、小銃のグリップを握り締め、まだ撃ってくるのではないかと夜の森を凝視していた。


「……沼井さん、大丈夫?」


 英里奈が声をかけると、前方から「はぁい」という応答。


 目が慣れてきて、くねっとした腰に手を添えている鏡花のシルエットを捉える。敵兵の一番近くに位置し、直後に張られる弾幕の真ん中にいたにもかかわらず、彼女は無事だった。


 譲二は息を吐く。安堵だけではなく、アイロニカルな意味でも。


(そりゃそうだろ。何せ、チート兵だからな……)


 魔改造兵や強化兵に銃火器の類はあまり効果がない、というのが通説とされている。その身体能力で、あるいは魔のごとき特性でもって、射線から瞬時に離脱してのけるのだ。


 譲二はおそるおそる四点ポジションに移行して、周囲を見回す。渚と雅紀も、G分隊の強化兵までもが、やはり無傷で立っていた。


 一様に手ぶらで立ちつくす様は、異質を感じさせる光景にも思えた。そう、彼らは小銃などを携行していないのだ。


 軍全体に根ざした暗黙の了解によって、半年ほど前から、特殊格闘兵の銃火器所持は制限されている。恐るべき能力を持つ生体兵器がピストルやライフルを手にしたら各段に危険度が跳ね上がるため、それの防止措置ということだろう、と譲二は考えている。


「あ、あの。うちの隊長が負傷しました!」


 かがんだままのG分隊の兵士が手を振って報告してくる。それで、英里奈はがばっと身を起こし、半ば這うようにして走り寄った。


 譲二も近づいていく。ハイキックをくらってダウンし、脚がピーンと伸びきった選手のように仰向あおむけになっている男の周りに人垣ができていた。その内の一人がメディカルキットを開けて、応急処置を施している。


「せ、瀬々……。私の……背嚢はいのうを、取ってくれないか……」


 G分隊の隊長、近郷巽己こんごうたつみは震える手で、少し離れたところに置かれていた自分の軍用リュックサックを指差す。


「妻への手紙だってんなら自分で届けなよ。そういうベタなやりとりしてて死亡フラグが立っちゃっても知らないからね~。キャハハハ!」


 と、G分隊の熱帯雨林国出身の強化兵、ヴァレリア・シウバが口元に手をあてがってプークスクスと嘲笑していた。サイドポニーが揺れている。


「いや、この人、独身……。いつだったか野営の夜に、運命の人よ、おまえはどこにいるのか……といったふうの自作の詩を寂しく口ずさんでいるのを聞いた」


 同様に熱帯雨林の国にルーツを持つもう一人の強化兵、マリナ・ルアが無感動にそうバラした。「げほっげほっ!」と咳き込む近郷。おいやめて差しあげろ、と譲二は思った。


 英里奈はきっ、と目で彼女達を制したのちに、リュックサックを持ってくる。それは他のリュックよりもやや膨らんでいるように見えた。


「あり、が、とう……」


 近郷がその留め具を外し、中に手を入れてごそごそし始める。そうして取り出されたのは、なんと青色の道着だった。


「少林寺拳法の道衣……」


 渚がそう反応した。近郷隊長の格闘技のバックボーンは少林寺拳法だったっけ、と譲二は思い出す。


 なお、少林寺拳法の道衣は青色というわけではない。基本は白と黒の色調だ。青色なのは、おそらく彼のパーソナルカラーなのだろう。


「はぁっ、何それ? ウケないんだけど。そんな戦場で役に立たないもの、持ってくるのってバカなの? 死ぬの?」


 表情をころっと変えて呆れ気味になるヴァレリア。さっきのもそうだったが、上官への口のきき方がなっていなさすぎる。


 言葉尻については死ぬほどバカなのかという意味なのだが、近郷の状態や先ほどの言い草とも相まって、酷いというかだいぶアウトだった。


 近郷はその青い道着を大事そうに撫でて、「暑くなってきたからと……、脱いでしまったが……、やはり、下に着ておくべきだったか……」と悔しさをにじませた。


 そういう問題ではないと思うのだが……。何か言うのもはばかれるような空気が、夜の森に溶けていく。


 譲二はそっと視線を動かした。英里奈や渚達は神妙に座している。


「私も、まだまだ……不動心が、足りない……」


 無駄にかっこいい決め顔とそんな言葉の後に、少林寺拳法家はがくりと意識を失った。


「クッ!」と雅紀が顔を下方にうつむける。あれは演技に違いない、と譲二は思った。


「いやいや、道着や不動心で銃弾は防げないから……」


 と、マリナがやっと、ほとんど無感情で否定の意を込めてぶんぶんと手を振った。譲二は密かに心の中で同意する。


「瀬々隊長。ズッファ兵の方は追いかけますか」


 何事もなかったかのように渚が確認した。


「……ううん、もう遠くへ逃げてしまっているだろうし、いいわ。負傷者や捕虜もいることだし、私達も撤収をしましょう」


 英里奈は立ち上がって、そう答える。任務開始から既に二十時間近くが経ち、一戦交えたこともあって、疲労と体力の限界はピークを迎えているところだった。


「よーしっ」と突如、鏡花がジャンプしながらくるっと半回転して、「ほっ!」とペンギンのようなポーズで着地を決めた。


 まだ戦闘の興奮が冷めやらないのか。もうこれ以上、場をカオスにしないでくれとげんなりしつつも、譲二は「……何だ、そりゃ」と一応、尋ねる。


「何って、私が自作した勝利ポーズだけど。相手は試合放棄ってことで、私の勝ちっしょ。ほら、この腕の角度や曲線具合が、茨の森の木を表してて……」


 どうでもよかった。譲二は、誰か聞き役を代わってくれないかと見回し、渚と目が合う。アイコンタクトが通じたのか、F分隊のサブリーダーは頷く。


「既定とされている三ラウンド合計の十五分を過ぎたところだから、判定行きといったところじゃないかな」


「判定負けだね、そのボロボロっぷりじゃ。キャハハハッ!」


「ププクククっ、顔面がアーケードの格闘ゲームのコンティニュー画面っ」


「昨今のMMAにおける判定のチェックでは与ダメージのウエイトが大きくなっている。ただの優位ポジションキープはポイントに加算されない……」


 渚の指摘を皮切りに、同じく強化兵に属する仲間達からそれぞれ酷評を受けて、鏡花はぷるぷると身を震わせ。


「……うわあああぁぁぁ~~~ん!」


「あっ、泣いたっ。わわっ」


 乱心した。バウトレビューの中でも特に許せなかったのか、雅紀を追いかけていく。


 譲二は、目での意思疎通ができていなかった渚に、「渚、言い出しっぺのおまえがとりなしてやれ」と今度は口伝の形で振る。が、「やだよ。ああなったときの鏡花って面倒くさいから」と返されてしまう。確かに。


 といったふうに現場はわちゃわちゃしていたし、山場は越えたという油断もあったことは否めない。


 地を蹴る音が聞こえたとき、つまり、捕らえていたK1軍強化兵の一人が遁走とんそうを画策しようとしたとき。誰も捕虜の動向を監視していなかったことに、全員が一歩遅れて気づいた。


 だが、それでも。


「おっとぉ、どこへ行こうってんの?」


 逃亡せんとしたK1兵士の眼前に、悪魔じみた笑みを浮かべるヴァレリアが立ちはだかっていた。縮地めいた回り込み。


 G分隊の隊長が少林寺拳法の道着を胸に抱いたとき、何となしに一人、輪を外れてぶらっと歩いていたことが幸いして、彼女は捕虜の一団の近くにいたのだ。


 捕虜兵は一瞬驚くも、クローズガードに移行して頭を下げ、「うおおおおおっ!」と逆に速度を上げる。上半身を折り畳んだ腕ですっぽり覆った様は、さながら砲弾の如しだった。


 逃走経路を最短ルートで行くための、単純なぶちかまし。


 ヴァレリアは女性であることやその若い年齢とも相まって、身長や体重は小柄の部類に入る。対するK1軍強化兵の体格は、一般的な男性の標準に届くかといったところだ。そのミスマッチを狙ってきた。


「ふふん」と猫のように目を細めて口の端を歪め、体を沈めるヴァレリア。譲二は、肌にちりっとした熱波的なものが走るのを感じた。


(――異能! ボンバイエ、モード!)


 次の瞬間、ヴァレリアの足は地面に着いていなかった。目で追えないほどの動きで、少女は正面の敵に向かって、跳躍していた。


 交錯する両者。二つのエネルギーが一点に集約しようとしていた。跳び箱の要領で、ヴァレリアの両手が敵兵の後頭部をつかむ。そして、


 凄まじい衝突音と共に、砲弾と化していたはずの相手の顎が跳ね上げられていた。


 ヴァレリアが手を離し、逃走を試みた強化兵は口から血を撒き散らしながら、自身の突撃による慣性に従って前のめりに崩れていく。


〈跳び膝蹴り〉。鮫のあぎとが獲物を噛み砕くかのような膝蹴りだった。思わず、譲二は戦慄する。


 着地した少女はもう一度と小さくジャンプした。くるりと振り返って、どうだと言わんばかりに胸を張る。


「やばい、アタシかっこいーっ!」


「流動食、決定」


 マリナが冷徹にそう評しながら近づく。


 譲二も同感だった。あれでは顎の骨が砕けていてもおかしくない。そうなったら、入院先でしばらくは流動食コースだ。


「ぐ……っ、う……」


 ノックアウトされ、倒れ伏したはずの逃走兵が、なんとか首だけでもと身を起こそうとする。しかし、まったく目に焦点が合ってない。


「あっ。おい、寝てろ。無理に動くとまずい……」


 譲二がそう声をかけようとしたときだった。


 その顔面にマリナの容赦ない〈踏みつけ〉が炸裂していた。何が起こったのか一瞬わからず、譲二はぽかんとしてしまう。


 一発だけじゃない。追い打ちにと二発目、三発目。K1兵士の体がその度にびくん、と痙攣けいれんする。


 はっとして譲二は現実感を取り戻す。「よせ! やめろ!」と、暴走しだした踏みつけ女兵士をかき抱くようにして、止めに入った。


「えぅっ……!」


 マリナが変な声を出して、動きを止める。その嬌声と硬直に譲二は怪訝けげんに思いかけるが、気にしないことにして、背中越しに言う。


「やりすぎだ。それ以上は死ぬぞ」


 かなり強めの言葉を選んだつもりなのだが、当の彼女から反応はない。


 さすがに懐疑の念がむくりと起き上がり、譲二がふと見やると、周囲の視線が自分に集まっていることに気づいた。雅紀は「ひぃえええぇ」とでも言いそうな驚きのポーズまでつけている。


 英里奈隊長に至っては、口を一文字に結び、眉根をひくつかせている。怒る数秒前って感じの形相で固まっているのが怖い。


 なぜこんな空気になっているのかわからずに戸惑っていると、ヴァレリアがぶりっ子のように両手で口元を覆ってキャハッ、と口角を上げながら指摘してくる。


「やーん。公衆の面前でおっぱいタッチとか、大胆~。はけ口のない軍隊生活で行き場のないものが溜まっちゃっているんだろうけど、持て余しすぎでしょ」


 えっ、と譲二はおそるおそる見下ろして、羽交い絞めにした手の片方がマリナの胸に触れていることに気づいた。さあーっと顔から血の気が引く。


「うわあっ!?」


 譲二はばっと手を放す。そのはずみでマリナは挙動を取り戻して、振り向きざまに力のこもってないビンタを敢行した。譲二はそれを甘んじて受け入れ、マリナはわずかにふらつくような足どりで拘束から脱出する。


 痴漢まがいの被害を受けたG分隊の女性兵は、痛むであろう胸に手をやり、涙目できっと容疑者を睨む。


「女の子の胸を乱暴に扱うのはどうかと思う……」


「違う、誤解だ。でもごめんなさいすみません」


 譲二は即座に否定と謝罪を試みる。が、もはや場の雰囲気は変えがたいものになっていた。


 記者会見の場で対戦相手から下劣なトラッシュトークを仕掛けられたときの選手みたいに、低俗なものを見るような目をしている英里奈隊長のオーラが特に恐ろしい。


「よしよし。日鶴人の男どもはむっつりスケベだっていうから気をつけるんだよ~」


 ヴァレリアはそんな偏見めいたことを言い、少しかがませたマリナの頭をぽんぽんする。


 後者は英里奈と並び立つぐらいの身長なので外面的にはギャップを感じさせられこそすれ、前者の方が歳は上のため、実際の年齢関係としては妥当であるやりとりを見せている二人だった。


 だが、今はそれどころではない。女性陣への悪印象をどうにかしなければ、譲二の今後の隊内カーストにかかわってしまう。


「松浦くん……。どれだけ問題を積み重ねれば、気が済むのかしら?」


「せ、瀬々隊長。これはアクシデントです。たまたまローブローが入ってしまったようなものというか」


 ローブローとは、格闘技の試合で攻撃が下腹部の急所、男性の目線で言えばいわゆる金的の位置に当たってしまうことを指す。ちなみに、ファウルカップを着けていようが、とても痛い。


 雅紀が「ローブローだけにたまたま、か。プッ」と呟き、自分でウケてしまったのか吹き出す。譲二は後でこのふざけた同僚をしばくことに決めた。


「黙らっしゃい。ローブローは偶発的であったとしても、れっきとした反則行為よ」


 英里奈がぴしゃりと譲二の言い訳を、もしくは雅紀の茶々を封じる。


「故意でなくとも、軍務や格闘技にいかがわしい要素を持ち込まないでちょうだい。格闘技の社会的地位向上は、お茶の間や女性への普及なしには達成できないものだわ。それなのに……」


 叱責の方向性が個人の不注意をとがめるものから、格闘技の社会的地位といった大スケールの観点へとシフトしていく。譲二にわかるのは、説教はまだかかりそうだということだった。


「大体さぁ、捕らえるんだったらもっと痛めつけてやらにゃ。スポーツじゃないんだし、こいつらに人権なんてものは要らないんだから」


「……留意しておくよ」


 譲二の耳に、あまり穏やかとはいえないヴァレリアと渚の会話が入り込んでくる。


 遁走しようとした捕虜兵は渚の対戦相手だった。その彼は相手に余力を許したまま戦闘をクローズしたのだが、それが仇となってしまった格好だ。


「……ちょっと、聞いてる? またなの?」


 戦時国際法に則って一応、一対一の試合形式をとってはいるものの、ヴァレリアの言うとおり競技ではないのだから、裁定をする審判はどこにもいない。勝敗もセルフジャッジでつけられることになる。


 セルフジャッジであるがゆえに、勝者と敗者の線引きが明確でないがために、戦場での決着はいつも酷く過剰なものになりがちだった。戦意喪失をしていようがスタンディングダウンなどといったものはなく続けられ、いつ終わるともしれないパウンドや、相手が明らかに失神したとわかるまでやめない絞め技へとつなげられる。


 熱帯雨林国の強化兵らに沈められたK1軍兵士がその実例で、未だにぐったりと脇に転がされている。特に、戦慄の膝の餌食えじきになった方は、息があるかも定かではない。


「……松浦くん。……っ」


 譲二は、つま先で捕虜兵の体を雑に蹴り始めたヴァレリアの傍ら、マリナと一瞬だけ目が合ってしまう。


「いつか金○を踏み潰す……」


 最小限の表情筋の動きでしかめっ面を作って、そんな不穏当なことを言ってきた。譲二は努めてスルーする。


 そして、ご高説に区切りがついたようなので、G分隊の近郷巽己隊長が指揮能力を失った今、自動的に現場の最高責任者に繰り上がったF分隊の隊長に「はい。聞いています」と返答する。


「……はぁ……。もういい」


 現場指揮の前に分隊長としての責務を果たそうとしていた英里奈は額に手を当てて、さじを投げるようにそう言った。正対を解いてくる。


 敬礼をし、譲二は渚達のところに戻る。その途中で、鏡花の「死ね、ムッツリ」には素通りを決め込み、雅紀には「……おい、たまたまが何だって?」と股間をがしっとつかみ「アーオ!」と悶絶させた。


 譲二だけでなく全員が、何かを忘れているような気がしていた。差し迫っているはずの懸案を。


 G分隊の一般兵から「あの~……、近郷隊長の容態がそろそろやばいっす……」という控えめな報告が上がり、英里奈をはじめとして、皆が慌てて撤収の準備に入った。

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