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第三試合 1.波止場

 午後の時刻、羽稲島はねしまの空には、今にも雨が降り出しそうな灰色の雲群が天井を作っている。


 ダリア・ヘンダーソンは波止場の離れたところに立ち、一隻の輸送船が港に横腹をつけていかりを下ろしている様に見入っていた。


 甲板にいる水兵と、埠頭で待機していたリングス兵士の互いの作業を経て、ようやく船体は安定していた。スロープが下ろされる。


 船員達が積荷を担いで、次々に桟橋へと降りてきた。荷の中身は主に日用品及び消耗品、ガスボンベや灯油缶などだ。クレーンも駆り出されて、コンテナをフックとワイヤーで吊って埠頭へ下ろしている。


 このように、輸送船が本土と羽稲島を往復して生活必需品を運んでくれて、リングス基地のライフラインを支えているのだ。


 そして、今日の船が運んでくれたのは物品だけではなかった。迷彩服を着用した陸軍の兵士達がスロープを下っている。


 これからK1軍やプライド軍への入隊が決まっている駐留合衆国軍の新兵だ。西洋国家の連合軍が派遣してくれた格闘兵も何人か混ざっている。


 彼らは桟橋で立ち止まり、島の自然と基地の景観のアンバランスさを眺めていた。


「ぼさっとしてないで、さっさと進みな!」


 先頭を歩いていた女性が振り返って怒鳴った。新兵達が慌てて移動を再開する。


 女性はロングヘアーにテンガロンハットを被っている。黒いタンクトップの上にカウボーイチョッキを着込んでいるが、タンクトップに隠れた胸がチョッキを押し上げていた。


 相変わらずね、とダリアは微笑を浮かべる。


 と、カウボーイ風の女が気づいて、こちらへ歩いてくる。ダリアは手を上げた。


「やあ、ヘレン・ヒーリング曹長。よく来たわね。待っていたわ」


「ダリア中尉。どうも、久しぶりです」


 ヘレンが手を差し出し、ダリアは握手をした。


「船上の旅はどうだった? 数時間のバケーションを満喫できたかしら?」


「甲板でのスクワットトレーニングと即興のアームレスリング大会以外、何もすることがなくて暇でまいりましたよ」


 テンガロンハットをくいっと持ち上げながらヘレンが言った。美人の範疇はんちゅうに入るであろう顔の鼻すじに、そばかすが薄く見えている。


 ダリアは後続の連中を見やる。船で運ばれてきた新兵の何人かは地面に置いたデイパックをクッション代わりにして座り込んでいた。ガムを噛んでいるやからもいる。


「引率ご苦労だったわね」


「まったくですよ、中尉。保護者役はもう勘弁願いたいですね。私、あいつらとそんなに世代が離れてないし」


「そう言わないでちょうだい。腕っぷしの強いあなたにだから頼めることよ」


 ダリアは表情を引き締めて「で、例のやつはどれ?」と尋ねた。つられてか、ヘレンも声調を落とす。


「えっと、あそこにいるあいつです」


 ヘレンが指差した先には、両サイドでくくった髪――ツインテールが揺れている女がいた。ダリアは品定めするように、彼女に目をらす。


「キャスリーン・“クレイジーガール”・ベネット。経過は順調です」


「何よりね。出撃の前に、ここでコンディションを整えていってちょうだい」


「ダリアヘン中尉、準備はできています。いつでもUFC軍のケツをどやしてやりますよ」


「それは頼もしいわね。でも、あなた達に来てもらったのは理由があるの」


 感情のはやったヘレンがつい戦場でのニックネームで呼んできたことは見逃しつつ、ダリアは首を振る。


「リングス基地も、やれんのかプロジェクトの訓練施設だということは知っているわね? 戦局的に、全員が満足に訓練を修了できないまま投入されそうなのよ。あなた達と合同訓練をさせて、少しでも練度を引っぱり上げてやりたい」


「ちっ。また素人の世話ですか」


 ヘレンはあからさまに不満を示した。右足で小さく地団駄を踏む。


 その様子を見て、ダリアは、彼女が同僚や部下から密かに“テキサスのじゃじゃ馬”という異名で呼ばれていることを思い出していた。


「早くプライド軍へ戻らせてくださいよ。後方は退屈極まりない」


「我慢しなさいな。俳優やお笑い芸人に格闘技のコーチをしろと言っているわけではないのよ。謹慎もまだ解けてないんでしょ?」


 そう、テキサスのじゃじゃ馬は出走停止中の身なのだ。上官を殴り倒してしまったからというのが理由で、厳罰こそまぬがれているが、ほとぼりが冷めるまでこのような任務に回されている。


「あなたの得意なレスリングを見てあげて」


「……了解」


 敬礼をしてくるヘレン。ダリアは「うん」と頷いた。


 荷物を拾い上げてヘレンはきびすを返した。羊追いをする牧場犬よろしく、地面に腰を下ろしていた新兵達にがなりたてて、隊舎へ歩かせようとしている。


 ダリアはシャツのポケットから葉巻を取り出して、口に咥えようとした。


 と、沖の上に見える雲が数度、明滅したのが見えた。一寸遅れて、小刻みに太鼓を叩く音に似た響きも聞こえてくる。


 葉巻を下ろし、眉間にしわを寄せて、ダリアは遠雷を眺めていた。あたかも、これからの波乱を予告してくるかのようなそれを……。

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