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第二節「転生」

今後も何処かで見たような、一ジャンルを築くテンプレなる者達がガンガン犠牲者として積み上がる予定です。では、次回。*この作品は午前11時で基本的に更新します。

第二節「転生」


 オレは毎日毎日社畜として働いていた。

 その自覚も殆ど無かったと思う。

 だって、その頃はそれが当然だと思ってた。


 家族とは疎遠だったし、友人なんて数える程もいなかったから、本当にさびしい独り身ってやつだったはずだ。


 親しいと言えるのが某掲示板のオレら諸子くらいなものだったと今なら素直に言える。


 それで、血を吐いて、ようやく行った小さな医院で見てもらったら、笑っちゃう程に末期だったんだ。


 哀しいとは思わなかった。

 後ろを振り返っても、殆ど何も無い事だけが寂しかったくらいで。

 歴史の本だけが友達みたいな自分に相談出来る相手がいるはずもなく。

 掲示板の連中にはネタ扱いされるのが怖くて何も言えなかった。

 社畜として稼いだ金額も極僅か。

 結局、何をしようが詰んでたって事だ。


 それならいっそ、思いっ切り派手に死んでみるって選択肢はアリだったと思う。


 当時の事を考えれば、別に誰かに迷惑を掛けて死んだって構わなかった。


 ただ、飛び込む勇気は無かったから、掲示板に遺書と会社の不法行為の証拠を洗い浚い貼り付けて、今から上司に言われたので死にますって最後に打ち込んで社屋の屋上から跳んだ。


 最高に肝が冷えて。

 でも、時間は待ってくれなくて。

 それでも良かったんだ。

 この痛みが一瞬なら、別に構わなかった。

 死に方を選べる。

 それこそが、最後の抵抗だったんだと思う。

 何に抵抗してたのか。

 自分でも定かじゃないけれど、それだけが自分を出す事が出来るものだった。

 それしか残ってなかったとも言うかな。

 けど、そうしたら、神様は幻を見せてくれた。

 たった一瞬のグシャリ。

 その刹那。

 オレは目を開けて、見知らぬ男女の顔を覗き込んでいた。

 歴史が好きって言ったが、それだけじゃなく。


 歴史上の人物が現代に甦る、みたいな系統も好きだったオレはまぁ……最初、苦笑したよ。


 殆ど、奇蹟だと思った。

 これが脳髄の砕け散る際に見る夢だとしてもいい。

 いつ終ったって悔いはない。

 それでもいいと思った。

 やり直せる。

 やり直せるんだと少しだけ泣いた。


 立って、排泄出来るようになって、歩けるようになって、歯が生えて、ようやく人間らしい自分とやらを周囲の同年代が持つようになった頃にはもう神童なんて呼ばれてた。


 これは将来凄い子になるぞ。

 そう隣の家のおじさんに言われて、満更じゃなかった。


 生まれ変わった先の世界の事を知って、これなら自分だって成功出来ると思った。


 その為の道筋を丁寧に計画して、その為に一生懸命隣人や他人と交わった。

 あの引っ込み思案が嘘みたいだった。


 可愛くなりそうな幼馴染と将来結婚しようねって約束したし、ちょっと位の高い家の子と心底仲良くもなった。


 人生設計というよりは……本当は出来たはずの事を今度は余さずやろうとしただけだ。


 困っている人を助けて、皆から感心を買い、地元の青年団の団長にまで登り詰めて、もうすぐ幼馴染と結婚。


 無論、家の位が高い子もかなりの美人になったから、ちょっとくらいは浮気、なんてものも経験するかもしれない。


 まぁ、悪い事をしているとは思ったけれど、二度目の人生を愉しみたいと、愉しむべきだと、一生分働いたと断言出来るからこそ、思った。


 ずっと縁が無いと思ってた女性とのお付合いとやらだって何度か経験して。

 ムサイおじさん連中にチヤホヤされながら、権力に近付く。

 経験した事の無い満足感。

 そこそこ幸せに生きて死ねればいいな……なんて思う日々。

 これからもそれが続くと思っていた。

 思っていただけだった。

 だから、今更に後悔が押し寄せてくる。


 どうして、どうして、どうして、それを邪魔するかもしれない相手の事を想定して動かなかったんだと。


 自分が特別なら、特別な幸せだけじゃなく、特別な不幸だってやってくると思って然るべきだったはずだと。


 近頃ようやく自分のいる地方にも出回り始めた武器。

 拳銃を握り締めて。

 オレは思う。

 絶対に死ねないと。


 あの娘と結婚して、家庭を作って、子供を作って、普通に仕事して、年老いて幸せに死んでいくまで殺されてなるものかと。


「うぁああああああああああああああああ!!!!」


 小さな街だ。

 すぐに誰かが掛け付けて来る。

 だから、それまで持ち堪えなければ。

 そう、思うからこその雄叫び。

 夜は外灯の一つも無いが、家々の明かりは漏れている。

 木窓が開いてくれれば、それでいい。

 誰もが助けてくれる。


 気の良い隣の家のハンスおじさんも、三軒隣の昔騎士だったジャン老もきっと駆け付けてくれる。


 そうなれば、きっと誰もが出てきて、守ってくれる。

 それだけの絆を築いてきたつもりだし、命を預けられる相手だと信じている。

 それこそが、一度目の人生で手に入れられなかった人との繋がりの力。


 レンガの家の角に隠れて、何度も何度も弾を込めながら、近付いてくる相手を撃つ。


 撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。

 だが、相手は倒れない!!

 どうして、倒れない!!

 魔術か!!

 それなら、自分だって修めている!!

 だから、自分に使える最大の魔術を今だって必死に震える脳裏で編んでいる!!

 だけど、それを使えば、周辺の家が燃え上がるかもしれない。

 だが、自分の命には代えられない!!

 どうすればいいと自問して。

 とにかく逃げようと。

 銃弾が尽きる前に夜道を駆ける。

 家の間の道をジグザク縫うように走って。

 何度も何度も後ろを確認しながら。


 ようやく一息付けそうな馬小屋横の納屋に辿り着いた時には汗ビッショリになっていた。


 でも、時間を稼いだおかげで魔術は練り上がっている。


 昔からとても優秀だと言われたソレならば、一瞬で三十人を灰にする事だって可能だろう。


 魔術師の高弟にならないかと言われていたくらいだ。

 早く街の人々が気付いてくれれば。

 そう願いながら、夜目を利かせて襲撃者がいないかと走ってきた方角を見る。


 ズドッ。


 たぶん、そんな音だ。

 何かがゴリゴリと脳裏を掻き分けて、視界が何故か左右に大きく広がる。

 背後から虚ろで少し高い声。


『転生者死すべし。慈悲はない』


「ぁ、ぁ、ぁぁあ、ァああああぁあぁあああああああぁぁあああああああああぁぁぁああああああああ!?!!!!」


 脳裏で編んでいた魔術が暴発した。

 ボンッと。

 グズグズに何かが融けて。

 そうして、左右どころか。

 二つに分かれた視線が誰かをようやく見た。

 それは最愛の幼馴染と少し浮気しようかと思っていた家の位が高い娘。

 でも、その瞳にあるのは驚きと恐怖。

 口から漏れたのは絶叫と悲鳴。

 ああ、まったくもって、二度目の人生の最後に見るとしたら、最悪な光景。

 けれど、きっと本当はそうして欲しかった。

 一度目の人生では得られなかったものが其処に在った。

 大切な人の自分の為の泣き顔なんて。

 それはそれだけで幸せなものなのだとオレはようやく……………。


―――対象の絶命確認しました。

―――市街地近隣の広域催眠を解除します。

―――周辺因果律導線の復帰を確認。

―――北部主要導線の歪曲率下がります。

―――対象の周囲人材から記憶崩壊を……現在、崩壊中……完了まで凡そ二分。

―――ケース112355は本日21:34時を持って終了。

―――状況F。

―――人員への被害軽微。

―――これより回収班と医療班を回します。

―――本日の業務の終了を確認。

―――お疲れ様でした……ライラ・バーミリヲ。


「お疲れ様でした」


 そう言って。


 夜の四十万が戻ってきた市街地の外れで蒼い髪の少女は少し火傷した手の痛みに耐えながら、回収班と医療班がやってくるを待った。


 北部にある小さな街。

 今まで【異郷観測機関マーナ】が見逃していた転生者の討伐。

 支部付きの人材である彼女が出向いたのは殆ど人が出払っていた為だ。

 本来ならば、単独での任務はあまり勧められない。


 しかし、彼女の能力はまぁまぁ高いと人事は判断しており、相手が何かしらの集団を要していなかったも確認されていた為、今回の派遣が決まったのだ。


 彼女の回りには転生者だったモノが半分ずつ左右に爆裂して散らばっている。

 その最中で二人の女性が涙を流しながら、ペタリと座り込んでいた。

 今見た光景が信じられないのだろう。


 彼女の手にした人の骨肉を水のように割る教会謹製の特殊な鉈は普通に大岩すら真っ二つにする。


 頭蓋の固さを感じぬ程だ。


「ふぅ……」


 夜闇を貫く蒼い光が照らす中。

 彼女はローブを脱いでそろそろ記憶を失うだろう女達の方を向いた。


 すると、彼女達のどちらもが、まるで瞳を零しそうなくらいに大きく開いて、彼女を凝視し、何かを叫ぼうとして。


 カクンと糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

 それと同時に周囲が明るく照らされた。

 同じローブ姿の男女が十人程。

 掌に小さな魔術の灯火を揺らめかせながらやってくる。


 市街地先の森から現れ、彼女にお疲れ様ですと声を掛けて、自分達の仕事に取り掛かっていく姿は玄人も裸足で逃げ出す迅速さ。


「今、治します」


 女性が一人やってくると小さな光の円環。

 回復用の魔術放陣を展開して、火傷を負った手に当て始めた。

 ものの一分もすれば、すっかり良くなるだろう。


 そうしたら、さっさと支部に帰って寝ようと彼女は健全で敬虔な子羊の如く思った。


「?」


 不意に彼女の眼前の虚空に魔術による映像の窓が開かれる。


『やぁ、今日は大変だったな。ライラ』

「ベルヘレム……」

『む、火傷しているのか?』


 映像の先で僅かに声が緊張する。


「すぐ元に戻りますよ。心配ございません。ラレルカ様」


 女性がやんわりとそれを感じ取って大丈夫だと太鼓判を押す。


『し、心配などしていないさ。私は彼女を信じていたから』


「ふふ、そうですね。ライラ様の事をラレルカ様は信じてらっしゃいますものね」


『何か言いたげだが、私に意見でも?』

「いいえ、そんな畏れ多い……」


 僅かに微笑んで治療が終った女性は『分かってますよ』と言いたげな笑みで後始末へと消えていく。


『ふむ。今度からは他人がいるかどうか確認しなければならないな。これは……』

「ベルヘレム」

『何かな?』

「……お腹空いた」


 グゥとその瞬間に少女の腹が鳴る。


『いつもお腹を空かせている気がするんだが、ちゃんと食べているのか? ライラ』


「食べてる。信徒戒法しんとかいほう通り」


『それではお腹も空くだろう。何も麺麭と水と塩。それから香草だけで人間は生きているわけではない。せめて燻腿ハムと酒精抜きの葡萄酒くらいは付けても罰は当らん。年頃の娘なら果実を付けたっていいだろう』


「いいの?」


『いいさ。支部の代表であるこの私が言うのだから。戒律なんぞは自分を御せない者への話であって。身の程を知る君のような娘が守るようなものでもない』


「……何処で食べる?」


『ああ、そうだな。今からだと転移を使っても近隣の市街地で空いているのは酒場くらいか。ふむ……では、台所を貸して貰おう。私が直接作れば問題ないな』


「ご飯、作れるの?」


『ふ……女性に飯を作れと言って憚らない、飯の作り方も分からないような増上慢男ぞうじょうまんおとこに私が見えるかね?』


 フルフルとライラの首が横に振られる。


『では、戻って来たら、直接食堂へ来るんだ。何かしら作って待っている』

「分かった」


 コクンと頷いた彼女を見て、ラレルカは映像を切った。


 書斎で今日最後の仕事を終えた大司教はイソイソと書斎を出るとその足で山岳部に埋没するように設けられた巨大な迷路の如き支部を迷い無い足取りで明かり一つ持たずに進んでいく。


 途中、衛兵から頭を下げられながら信徒数百人の食事を賄う台所に辿り着けば、其処では明日の料理の仕込みにまだ三人程女性が残っていた。


 壁も椅子も長いテーブルも全てが石製の部屋の中。

 植物油の香りがしていた。

 僅か紙縒りに灯された灯りは手元を狂わせない最低限の代物。

 しかし、勝手知ったる何とやら。

 誰も指を切ったりはしていない。


「これはラレルカ様。お夜食が必要でしょうか?」


「いや、ちょっと台所を貸して欲しくてな。仕込みが終ってからでも構わないんだが」


「いえいえ、もう終わりましたので。そろそろ部屋に帰って寝ようと思っていたところです。何かお入用でしたら、すぐに揃えますが」


「そうか。ならば、乾麺と燻腿ハムと油。それから大蒜にんにくと香辛料はあるかね?」


「ええ、ええ、ありますとも。全てお揃えしますので、少しお待ちを」


 もう四十代程だろう女性が調理器具の並んだ一角。

 棚の中から諸々を取り出してまだ仕舞われていなかった俎板の上に置いていく。


「これでよろしいでしょうか?」

「ああ、ありがとう。今日もご苦労だった。ゆっくりと休んでくれ」

「はい。良い夢を」

「ああ、良い夢を」


 女達が頭を下げて去っていった後。


 大司教たる男はまるで淀み無く台所の中で甕から水を鍋に入れ、魔術で新しい薪に火を付け、お湯を沸かし始めた。


 それから数分後には細かく刻んだ具材をもう一つの鍋で油で炒め、香りが立ったところで茹で上がった麺をそのまま具材の入った方に移し、軽くえて皿に盛る。


 その匂いに釣られたか。


 フラフラとまるで誘われるように本部へ帰ってきたライラが台所の前にいた彼を見つけて近寄ってくる。


「良い匂い……」

「もう食べられる。少し待っていてくれ」

「うん」


 フォークを探し当て、彼女の座ったテーブルの上に置いた彼がゆっくりと対面に座る。


 さっそくお祈りしようとしたライラだったが、すぐにそれをラレルカに止められた。


「?」

「熱々の内に食べるのがいい」

「でも……」

「大いなる父もこんな夜中に祈られてはゆっくり寝られないだろう?」

「そう?」


「ああ、そういうものだ。だから、とりあえずお祈りは横に置いて食べるように」


「分かった……」


 僅かに手を合せ、文言を省略したライラがさっそくフォークで巻いた乾麺をチュルリと口に入れた。


「!?」

「どうかな?」

「美味しい!!」


 目を大きく見開いて何度も頷く少女に彼は苦笑する。


「それは良かった」

「何て料理?」


「名前か? 忘れてしまったな。敢えて言うなら、乾麺の炒め大司教風と言ったところか」


 モグモグと栗鼠のように頬張りながら、ゴクリと飲み下した少女は僅かに皿の料理と彼を交互に見て『食べないの?』と聞いた。


「もう夕食は食べたからな」

「そう……」


「残さず食べてくれるとありがたい。男料理で量の調整が出来なかったのは悪く思う」


「満腹はダメだと思う」


「世の中には食べられない人間が五万といるが、食べた人間を罰する法は無い。それは何故だと思う?」


「……どうして?」


「結局、誰にも責められないからさ。それは神とて同じ。無論、飽食は罪だろう。だが、飽食で最も罰を受けるのは食べられない者ではない。そして、程々の満腹は心を満たす為の大切な心掛けだ。空腹な者は時に何をしでかすか分からない。古今東西の支配者で民を極度に餓えさせた者は決してロクな死に方をしなかった」


「説教?」

「歴史の講義だと思えばいい」

「そうする」


 チュルチュルと再び頬張り始めた少女を楽しげに見つめながら、彼の話は続く。


「人は食べなければ生きられない。だが、食べ過ぎても生きられない。上手く出来ている生き物だ。とある国では砂漠で戦争をしているのに乾麺を茹でる為、大量の水を沸かし棄てていたという故事がある。ある意味で飽食だった彼らはどうなったと思う?」


「勝った?」


「いいや、負けた。飲み水が無くなって負けたわけではないが、死傷者は出たな。少し心掛けが足りなかったかもしれない」


「心掛け?」


「何事もそうだ。人は自らの心を御せずして、何も為せはしない。彼らが乾麺を食べなくても結果は変わらなかったかもしれないが、自らの食欲に克てる程度の心持であるならば、戦いの結果にも微妙な差異が出たかもしれない。真実の混ざった法螺話ではあるが、少なからず、そう思うのだよ。私は……」


「……一口食べる?」


「む、それは良さそうな提案だ。実は少し見ていたら、ちょっと食べたくなっていた」


「どうぞ」


 クルリと乾麺を一巻きさせて、差し出された少女のフォークをパクリと咥え離して。


 モグモグと自分の料理を頬張った大司教は僅かに唇の端を歪める。


「旨い」


 食事を再開され。

 数分後、少女は皿の上の乾麺を全て綺麗に平らげた。


「覚えておくといい。極度の空腹と満腹は同じようなものだ。何事も程々にしておかなければ、やがては破滅する。転生者も憑依者も同じだ。彼らは命を程々にしかなかった。善悪無く。彼らの罪とはそういうものなのだ」


 コクリと頷いて。


 感謝の印に大蒜の香る口付けを頬にしたライラが頭を下げてから自分の部屋へと戻っていく。


 その背中に声が掛かった。


「おやすみ。良い夜を。ライラ」

「ベルヘレムもおやすみなさい」


「ああ、そろそろ私も片付けたら眠るとしよう。これくらいの夜更かしが丁度いい」


 スタスタと歩き去っていく相手を見送って皿を洗おうと立ち上がった彼は少しだけ頬の匂いを嗅いでポリポリと頬を掻いた。


「しまったな。《《程々の量》》が少し間違っていたようだ。私も昔から進歩が無いな……」


 翌日、少女が微妙に同僚達から遠ざけられたのは間違いなく大司教謹製夜食のせいであったが、遠ざけられた当人はまるで気付く事無く。


 また食べたいな、という悪魔の誘惑に駆られる事となる。

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