第三節「憑依」
基本的に死人が出る本作ですが、時々は仄々死人が出ない時もあるかもしれません。では、次回。*不定期なのですが、11時の投稿時間が遅れたら、次の日かその後の一時間刻みに投稿するかと思います。
第三節「憑依」
国防なんてもんを真面目にやってるのが馬鹿らしくなるくらいの稼ぎ。
今、オレは傭兵とやらをしている。
頭のどっかが壊れたしがない三十代のおっさん。
それが今の自分だ。
レンジャーの訓練中に滑落して。
まさか、運悪くロープが全て岩肌の突起で切断。
死ぬ事になるとはさすがのプロも思わない。
だが、運命は唐突だ。
オレの心臓を何かがザックリ貫いて、首が真横に折れた次の瞬間。
何時の間にか古戦場漁りをする傭兵崩れの薄汚い男として、オレは立ち竦んでいた。
目の前には大きな野犬が十匹。
手元にあるのは寂れた剣と小さなナイフが一本切り。
何とか切り抜けて街へ辿り着いた時には思わず目を疑った。
中世とも違う。
獣っぽい人間や耳が長い美人。
ビキニみたいな鎧を付けた冗談みたいな女騎士。
ああ、其処は確かにゲームの中と言っても信じられる世界。
憑依した身体の本人の記憶も引き継いだ《《強くてニューゲーム》》。
笑ってしまうくらいに人権なんて無い国家。
力こそが全てならば、それなりに覚えのある自分がどん底な生活になるわけもなく。
大いにオレはレンジャーで得た経験の全てを活用して伸し上がった。
今では傭兵部隊の隊長。
女も金も思うが儘の生活。
この世界に銃と銃弾があった事は神に感謝してもいい。
それを使えば、狙撃でどんな敵国の兵も一網打尽に出来た。
今や攻めて来るのは餓えた夜盗や農民上がりの山賊。
毎日のように良心の呵責なく撃ち殺し続けた末に勲章なんぞを貰うとは全てが順調過ぎるだろう。
近頃は国防戦略と戦術の軍事顧問様なんて肩書きもある。
その内にこの世界の先進国並みの航空部隊を作って、情報網の整備を始めるのも悪くない。
そうなれば、小国ながらも強壮な軍の将として後方基地から空爆で相手と地形を更地にする仕事。
いや、それを眺める仕事をして余生を過ごす事になるはずだ。
ああ、まったく。
最高の日々。
ほろ酔いで女を侍らせながら、窓の外。
国一番の通り、きっと現実ならば、ショボイ商店街並みの場所を見つめて思う。
そうして、このまま死んだら今度はまた別の世界に行くのか。
それとも元の場所に戻るのか。
そんな事を思いながらオレは辛口の酒を塩を舐めながら飲み干した。
我が人生にかんぱ―――。
―――対象の絶命確認しました。
―――頭部は完全に破壊されています。
―――新型の大口径狙撃用ライフルの砲身に障害発生。
―――今後の課題と共に使用者は問題点を後日提出して下さい。
―――周辺因果律導線の復帰を確認。
―――北部主要導線の歪曲率下がります。
―――対象の周囲人材から記憶崩壊中。
―――ケース112384は本日23:11を持って終了。
―――状況F。
―――引き続き次の狙撃地点に向かう準備をお願いします。
―――新しい装備は現地員より受領を……ライラ・バーミリヲ。
硝煙に包まれながら、彼女はスコープ越しに頭を血の花として最後を飾った対象を再度視認し、砲身が僅かに歪んだ大口径狙撃銃をゴトンと地面に落とした。
身体の関節各部に展開した光り輝く円環。
小さな魔術方陣で衝撃による反動を押さえ込んだとはいえ。
やはり、少女の身体は僅かに軋んでいる。
普通に女子供でも気軽に撃てるようになるまでまだまだ狙撃用のライフルは改良に時間が掛かるだろう。
近頃、大陸で出回っている銃器は教会が数量を制限し、密造や密売を取り締まっているが、それにしても不穏な気配が漂う国では大量という程ではないにしても、かなり流通している。
それを使うのが特に上手い人間は高確率で彼らの探している転生者や憑依者である可能性が高い。
今回の相手は国防を担う傭兵。
部隊を引き連れている昼間に戦うのはまったくもってナンセンスだと狙撃による一撃必殺の作戦となった。
近頃は銃の大口径化で頭部を全て破壊出来るようになってきた事から、機関の殺害方法としての銃撃が主力になっているが、彼らの追う人間は因果律の歪曲を伴う様々な能力を秘めている事が多く。
頭部を完全に破壊出来なければ、脳髄が半分でも死なないという輩が殆どだ。
威力だけなら問題ないが、精度や取り回しの良さ、整備性の向上など幾らも問題がある。
今までの機関では頭部の破壊を完璧に行なわなければならないという必要性から近接格闘戦における斬撃や打撃が重宝されてきた。
魔術も用いて行なわれる戦闘は人員に被害が出易いものの、転生者、憑依者に対して極めて友好なダメージを与えられるスタンダードな戦い方として普及していたのである。
それも今後は少しずつ改められていく事だろう。
小さな頃から仕込まれた刃術が要らなくなる事に微量な悲哀を感じつつも、彼女は頭を切り替えて次の現場へと向かうべく、二階建てのレンガ建築の屋根から飛び降りた。
数人のフードを被ったローブ姿の男女が労いの言葉を掛けてくるのに頷いて歩き出すと、街の通りでは何か音がしたかと空を見上げる酔っ払いや不思議そうな顔をした客引きの女達が首を傾げている。
近頃、大陸規模で人員の不足に悩むようになった機関は慢性的な人材の欠乏に窮している。
まだまだ支部で拷問や情報の吸出しがメインの仕事だった彼女からすると、一人前の仕事をさせて貰えるのはありがたい事なのだが、それにしてもやはり思うところはある。
別に転生者や憑依者に同情したりしているわけではない。
単に自分のような小娘が回りの大人達を差し置いて仕事に励むのは悪い気がしたのだ。
無論、彼女の能力の高さが支持されてこその今であると十分に理解はしている。
だが、何よりも他者との協調を尊ぶよう教えられてきた身からすると、少しだけ気が引けた。
「設置済みの転移方陣は街の外れで待機状態となっています。次の連絡が魔術で行なわれるまで聊か時間もありますので、夜食など如何ですか? ライラ様」
「ありがとう」
人の良さそうな頭を丸めた眼鏡の三十代。
時々、自分の仕事にアドバイスをくれる貴重な知り合いに彼女は頷いた。
その間にも彼らの脳裏には幾つかの声が飛び交う。
記録の抹消を司る部隊と死体の抹消を司る部隊。
二つのどちらもが後十分で全てを終えられそうだとの話をしている。
「では、こちら―――其処にいるのは誰か!!」
鋭い誰何の声を上げて彼女を庇うように男女全員が円形の陣を組んだ。
僅かな沈黙の後。
数m先の路地の上空。
浮かぶ相手を確認して、全員がその袖から少し刃が括れたナイフを取り出す。
『貴方達が近頃頻発している存在と死体を消す怪奇行方不明事件の犯人ですね』
その声はライラより数歳は押さなかった。
だが、それよりも彼らが驚いたのは宙に浮くという芸当をこなす明らかに高位魔術師であろう相手の姿がまったく彼らの知る魔術師とは異なっていたからだ。
ローブも身に付けず。
触媒や複数の魔術具すら身に付けず。
白いワンピースタイプのドレスに同じ色の甲冑らしきものを関節に持つ姿。
それに蒼く幾何学的な紋様の走る大きな機械杖。
騎士でもなければ、近接戦を行ないそうもない装備なのも相まって、相手の異様さは彼らの誰もが驚くものとなっていた。
ライラよりも若い少女が血生臭い場所とは無縁そうな正義の怒りを燃やし、彼らを睨み付けている。
『私は【戒霊国グラテト】警務省、広域特別捜査機関【ル・ゼーレ】所属。二ノ宮燐火!! これより三国同盟諸国条約に基いて、貴方達を逮捕します!!』
僅かに数人の瞳が細められる。
相手が自分達の大陸にある国に所属すると言いながらも、大陸の人間ではないと悟ったからだ。
転生、憑依してくる者には幾つかの分け方がある。
異世界の数カ国、数種類の民族がそれに当る。
類型された彼らの種別と様々な大陸民との差異は機関の誰もが最初に学ぶ事柄だ。
特に近年《《おかしなの》》が混ざっているのは彼女のような大陸東部にありそうな名前と妙に活き活きして《《おかしな価値観》》を有する黒髪の民族。
何でも文化強国で民族自体、想像力豊かであるらしいとの話は拷問や脳髄から直接智識を吸い出す事で情報が得られていたが、それにしても見ず知らずの世界で《《異様に馴染んで問題行動を起こす》》ので凶悪な存在として認識されていた。
「貴方。この大陸の人間?」
『な、何を……』
「それ、見た事ある……確か、《《マホウショウジョ》》の衣装」
『何で知って?!! 貴方達は一体?!』
ライラの言葉に思いっ切り反応した時点で相手の素性はほぼ確定。
彼らの敵である事もハッキリした。
(北部三国の警務省? 転生者を使ってるなんて……)
彼らの敵にも色々いる。
人格だけを憑依させる者。
記憶を引き継いで他人を偽る者。
肉体ごと大陸へと訪れる者。
魂だけを新たな肉の器に憑依させ、赤子から人生をやり直す者。
他にもバリエーションは多彩だ。
故に殺す時は周囲の人間がよく障害となる事がある。
例えば、相手が為政者や大物政治家や巨大な商会の頭取だったりすると大変だ。
とにかく大陸の普通の人々を使って壁を作るので、迷惑極まりない。
本日の相手は傭兵とはいえ、国防を担う軍人だったわけでただ襲撃していたのでは彼らの身も危なかっただろう。
そういった事情から諸々の一般人を巻き込まないよう任務を遂行する事は彼らの嗜みだ。
そもそも《《騙されている哀れな子羊》》を手に掛けるなんて事は絶対に在り得ない。
彼ら機関の誰もがそうだ。
だから、自分達を逮捕しようとしている相手が転生者だなんて笑い話はその時点で彼らにとって朗報以外の何ものでも無かった。
―――支部に報告を。敵個体の情報を伝達し、指示を仰ぐ。
周辺の人材の全ては脳髄間で魔術によって情報をやり取りしている。
現在の現場での指揮権はライラのものだ。
すぐに他の部隊が返事を返して戦闘要員だけがまだライラより幼い《《マホウショウジョ》》なる者。
二ノ宮燐火の周囲へ音も立てずに展開していく。
非戦闘員達はすぐに周囲に隠してあった幾つかの緊急用転移方陣を使って退避し、残るは彼女達と現在魔術による狙撃を準備する者達だけとなった。
『何やら裏で喋っているみたいですけど、逃がさない!! 普通に暮していた人達を無差別に殺して存在を抹消するなんて!! 何を目的にしてそんな犯罪を働くのか知らないけど、必ず償わせます!!』
杖が高く掲げられる。
その途端。
薄緑色の魔力が光球となって、内部の一点に収束され、今度は外側へとまるで雨の如く噴出した。
『【光雨】!!!』
励起収束された魔力量から言って、普通ならば人間なんて融かし切るだけの一撃に出来たはずだったが、その光のシャワーに与えられた力は電気量。
ライラの周囲の人々が防御用の放陣を多重形成した瞬間、地面に当ったソレがバリバリと音を立てて放電し、周囲を焦がしていく。
―――周辺人員に通達……敵を森に引き込んで。
―――遂せのままに。
彼らが一斉に動き出した。
ライラは袖に隠している鉈を意識しながら、支部からの連絡が遅れている事に違和感を感じつつも、相手をまずは身動きの制限される場所へ誘導する事とした。
走る彼らを追うようにして高速で二ノ宮燐火は空中を駆ける。
まるで鳥の如く。
低空を飛びながらも木々に当る事もない。
周辺で戦い易そうな場を探していたライラはすぐ近くに土砂崩れで崩落した斜面と岩場があるのを確認して、そちらへと向かう。
『逃がさない!! 【猟狗光】!!』
再び機械の杖の真上に収束した光球が今度は複数に分裂して、樹木の合間を抜けて彼らの背中へと迫る。
しかし、その程度のものを迎撃出来ずして機関の人員は勤まらない。
誰もがナイフ一本で切り伏せた。
彼らの刃は特別製。
並みの魔術なら切った瞬間に魔力の励起を強制的に沈めて無力化出来る。
魔力の種類、魔力形質の関係で止められない魔術もあるが、燐火の一撃は問題なく霧散した。
―――総員反撃用意。
―――狙撃班、敵が高空での停止時に各自の判断で攻撃。
―――了解。
―――敵主力からの魔術を防御、狙いを分散させ、意識を逸らす。
―――了解。
役割分担を明確にしつつ、相手が止まるのをライラは待つ戦法を取る。
今のご時勢。
銃弾は魔術の防御を抜ける。
銃器の命中精度には難点があるものの。
夜間狙撃の訓練は現場に出る誰もがしている。
中には銃弾を自在な角度から撃つ為、魔術で加速する者もいるし、如何に高位魔術師とて彼女達が負ける要素は一欠けらも無かった。
集団対個人の戦い。
重要なのは相手の対処を飽和させるという一点に尽きる。
如何に強い者にも限界はあるものだ。
人間ならば、眼球も手も足も二つしかない。
相手を必殺出来る手札が手元に在るならば、人数はそのまま殺害方法を倍化させる手段となる。
例え、防がれてもいい。
傷の一つだろうと構わない。
消耗させれば、個人なんてものは余程の力量差が無い限りはただの的なのだ。
集団が個人に負ける時と言うのはその間に考えられないような力の溝があった場合のみ。
少なからず、ライラは現在襲撃してきた相手をそのようには見ていなかった。
『【連駆砲】ッッッ!!!』
ようやく岩場に彼らが辿り着いた時。
数十mを急激に上昇した燐火が機械杖の頂点に三つの光球を灯し、その内部から人間の胴体くらいなら抉り取るだろう太さの光線を地表に向けて連射した。
その速度はほぼ人間の動体視力で追えるものではなく。
連続して一秒間に数百発放たれた攻撃はまるで雨というよりは爆撃。
燃え上がる周辺の森林。
防御用の放陣でソレを防ぎながら移動していた彼らの誰もが退路を断たれて一箇所に密集する。
だが、十秒、二十秒。
まるで終る気配の無い攻撃にライラは相手が余程に膨大な魔力を持っているのだろうと関心する。
―――相手の動きを注視……こちらを倒す一撃を用意する為、動きが止まるはず。
―――了解。
周辺の森林が炎に包まれ、逃げる場も無いというのに彼らの脳裏の声は酷く冷静だった。
今までそんな状況は幾度となくあったし、権力者や軍人に憑依し、自分達より余程に集団戦へ特化した敵とも戦ってきた。
だからこそ、その経験に従えば、もう事態は詰みの状態になると誰もが分かっていた。
ライラの予想通り。
一箇所に彼らを集めた燐火が一網打尽にしようと新たな魔術を上空で練る為、一旦停止する。
『はぁああああああああああああああああああ!!!!』
今まで作られてきた光球の二十倍程もありそうな巨大な光の塊が杖の上に出現した。
それもその表面には幾つも魔術に使う特別な象形。
神々の力を借りる為の【意匠】が施されている。
月の女神【月下乙女】。
施されるのは流麗な弓と矢の交差した図。
火の化身【炎将】。
皿の上に燃え盛る炎の図。
心を射止める者【心射神】。
心臓を打ち抜く矢の図。
それらがまるで水に溶ける絵具のように一つとなり、耀きを増した光塊が遥か頭上から振り下ろされた杖に連動して高速で落下し―――。
燐火の周囲で激しい火花が複数散った。
『イングリットちゃん?!』
―――要警戒、魔術方陣出力最大、緊急転移方陣敷設開始、一時退避!!
燐火が自分の傍で何時の間にか佇む長い金髪に細い耳を持つエルフの少女。
それも自分と同じような衣装に身を包む相手を見て、驚きの声を上げた。
蒼と黒に染められた燐火と同年代と思しき存在は空中で片手剣を二本手にしており、周辺の森林からの狙撃を全て切り伏せたらしい。
所々欠けた剣の刃を見れば、彼らの弾丸がかなり強力なものであった事が分かるだろう。
防御用の魔術方陣を射抜く為の仕掛けが施されたソレは本来ならば、魔力で編まれただけの防御なら、どんな術も弾丸が砕け散るか溶ける前に突破、貫くに足るのだ。
しかし、それも叶わなくなった今。
振り下ろされつつある光塊が彼らに直撃するのは必定。
ライラは絶妙なタイミングで駆け付けた敵の増援に瞳を険しくした。
『大丈夫!! 後ろは任せて!!』
『う、うん!! 【星耀痕砲撃】ッッッッ!!!!」
迫ってくる死の気配。
巨大な耀きは彼らを全滅させて余りある力だと誰にも分かった。
燐火に向けて周囲の森林から弾丸が再び放たれていたが、エルフの少女の二剣が全てを切り払い一発とて通っていない。
まったく理不尽な反射速度。
此処までか。
なんて事は思わずとも。
命の選択を迫られた彼らは……最も年少なライラを守る為に自らを盾にして覆い被さった。
そうして、地表に太陽が生まれた。
一瞬で半径百m程が灰となって干上がり、五望星が着弾点の周囲に刻まれて焼き付く。
炸裂した魔力が熱量と衝撃に転換され、同時に周辺を飽和魔力が弾けた瞬間の圧力で押し潰した為、斜面やら岩場は全て更地となっている。
巨大な熱波が上昇気流を産み。
上空の二人のマホウショウジョを炙った。
『やったの?』
エルフの少女。
イングリットと呼んだ相手に燐火が頷く。
『う、うん。重症は負ってるかもしれないけど、対象を必要以上に傷付けないよう神様達に威力の調整をお願いしたから、今は心を射抜かれて動けなくなってると思う』
地表から巻き上げられた土煙が強風によって吹き払われていく。
『『?!!』』
二人の少女が驚きに瞠目した。
何故なら、常人に防げるような一撃では無かったはずなのに大きな黒い半球状の結界らしきものが威力の炸裂した中心より姿を現したからだ。
『まさか、あれを防ぎ切った?!』
『燐火。後ろに下がって!!』
その一言の後。
結界内部から空へ一直線に奔った透明な歪みのようなものがエルフの少女の片腕を直撃して通り過ぎた。
『―――ぐぅうう?!』
『イングリットちゃん!!?』
白く細い腕がザックリと肘先から断裂し、持っていた剣ごと地表へと落ちていく。
『だ、大丈夫!! 腕はもう魔術で止血したから!! それより攻撃に注意して!! 何かいる!!』
黒い結界が細かく罅が入るとパキンと軽い音と共に虚空へ剥がれるようにして消滅した。
「大丈夫か。ライラ」
「ベルヘレム!!」
地表で彼らが見たのは自分達の前にいたローブ姿の男。
ラレルカ・ベルヘレム・レストロールだった。
「現地との連絡が取れないというので嫌な予感がした。どうやら見に来たのは正解だったようだ」
「ラレルカ様!!」
「ラレルカ様。済みません。このようなお手間を……」
信徒達の声に男は僅かに唇を歪める。
「何、別に構わんよ。久方振りに現れた【異郷勇者】が相手となれば、一般信徒たる君達には荷が重いというものだ」
「ま、まさか?! あの転生者は!?」
彼らがざわつく。
ラレルカが発言した内容は少なからず数百年は出ていない最も危ない転生者や憑依者に付けられる名だった。
『ただちに武装を解除して、投降して下さい……』
上空からの声に苦笑した青年は信徒達の間から出てきたライラの頭を撫でてから、二人の少女と同じ高度まで浮遊して上がっていく。
「ほう? 君達が我らの情報網を寸断し、彼らを窮地に断たせた逸材か」
「貴方は……」
険しい顔で燐火がイングリットを庇うようにして前に出る。
「お初にお目に掛かる。私は転生者の敵にして憑依者の狩人。そういった者達の頭目を務める者だ。名はラレルカ・ベルヘレム・レストロール。気軽に呼んでくれたまえ。《《マホウショウジョ》》とやら」
まったく少女達を前にしても脅威を感じた様子も無く。
わざわざ軽く会釈までする男に二人の視線が険しくなる。
「……転生者。それって……」
燐火の声にラレルカが答える。
「君のような人間をそう呼ぶのだ。そして、それを討つ為に我らは活動している。一応は秘密機関のようなものだな。故に君の所属する国にも我らの事を知る者はそういないだろう。だが、我ら機関は大陸の秩序と安寧を守る為に戦う者として、狭い特殊な界隈では有名だ。調べれば、それなりに情報も集まるだろう」
ペラペラと自分達の事を話すラレルカに少女達は疑惑とも困惑とも付かない表情を浮かべる。
「……どうして、貴方達の言う転生者、犠牲者の人達を殺したんですか!?」
「単純だよ。彼らは人の運命とも言うべき因果律を歪めるのだ。本来、存在しないはずの要素が大陸に現れれば、それに伴って歪みが発生し、多くの人々を不幸にしていく」
「なッ?!」
思ってもみなかった回答なのか。
燐火が動揺した様子で後ろに僅か下がった。
「こういった事が事実として観測された為、我ら機関は大昔から君のような外界からの異邦人を駆逐してきた。時代が変わっても、国々がどれだけ進歩しても、それらの事実は変わらず。また、我らの仕事も変わらなかった」
「そんな一方的な!!?」
思わずイングリットが食って掛かった。
「燐火君、君は強い。賞賛に値するだけの能力を秘めた最大級の個体だ。だが、残念な事にそれを狩る為の機関であり、我らだ。人々の為に死んでくれないかね?」
真顔で告げる青年に畏れを抱いたか。
二人の少女が僅かに身を寄せ合う。
「……それが例え、事実だとしても、誰かを安易に殺したり、殺されたり、そんなの間違ってます!!」
燐火の瞳は真っ直ぐだ。
その答えにラレルカは苦笑した。
「そうだな。それは正論だ。だが、そのせいで過去、幾度となく戦乱が起きてきた。多くの人間が、幸せになれるはずだった人々が、転生者や憑依者の餌食となったのだ。その事実は覆らず。そして、君達がこの場から帰れないというのもまた実際のところだ」
二人が何を言われているのかを察して、周囲の森林地帯をチラリと見やる。
「魔術の経路を封鎖していた広域妨害の要石は破壊させてもらった。どうやら、北部三国の一つが君達の所属らしいが、彼らとて我々の行動は今まで黙認してきた。一般の部署ならば、我らの事を知らなかったと言う事も出来るが、国を動かす地位にいる者達ならば、我らの行動に文句を付ける輩はほぼいまい。つまり、此処で君達を処分させてもらっても、我らと敵対する、という事は考え難い。何が言いたいかは分かるかね?」
「私達を殺しても誰からも文句が出ない。あるいは出ても黙殺出来る。そう言いたいんですか?」
「ああ、エルフの子は別だがね。我らは転生者や憑依者の敵だが、大陸に生きる命の敵ではない。先程の一撃は不用意だったな。イングリット君と言ったか。もし君が良ければ、後で腕は復元しよう」
「そんなの!!?」
敵意を剥き出しにしてイングリットが唇を噛み締めた。
「我らは揺るがない。それは大義があるからだ。やっている事はまぁ、殺し屋そのものではあるのだが、それにしても公共の為、人々の為という自負がある。燐火君……現在、君という個体を抹消する為に戦力を呼び寄せている最中だが、君は我らを全て敵に回して勝てるつもりかね?」
「………」
「ちなみに周囲の封鎖はもう終った。大人しく死んでくれるなら、君の友人に危害が加わる事は無いと確約しよう」
「ダメ!! 燐火!!?」
イングリットが思わず叫んだ。
絶望的な状況で友人が何を選択するのか。
分かっていたからだ。
「私は―――」
『そんな言葉に乗せられる必要はありませんよ。燐火さん』
「む?」
ラレルカが遠方を見つめて目を細めた。
すると、その方角から急速に空を何かが渡ってやってくる。
「北部三国はもう航空艦を実用化したのか。まぁ、大陸でも屈指の力を持つ国だけのことはある……」
地表でローブ姿の誰もが驚いた顔をしていた。
空を鋼の船が飛んでいる。
まったく、彼らのような黴臭い人間からすると目を見張るような光景。
140m程はあるだろうか。
かなりの大きさを誇る船がその船底と複数の砲門を見せ付けていた。
『こちら【戒霊国グラテト】警務省、広域特別捜査機関【ル・ゼーレ】所属広域巡洋艦。ラ・ファシウル』
青年の前に魔術で映像が送られてくる。
老女。
そう呼ぶべきか。
高齢の女が静かな面持ちでベールの下から青年を見つめていた。
『そちらは【異郷観測機関】北東支部でいいのかしら?』
「ああ、そうだ。代表のラレルカと言う」
ラレルカが頷く。
『彼女達は我ら広域特別捜査機関【ル・ゼーレ】所属の歴とした捜査官であり、【戒霊国グラテト】の民として登録された国民でもあります。彼らへ危害を加えるなら、それは北部三国の司法権と検察権に対する挑戦と受け止めるべき事態よ』
「それはおかしいな。異世界からの転生者と憑依者に関する管轄は全て我ら【異郷観測機関】のものである事は大陸三千余の国家の殆どが認めているところだ。そして、彼女は転生者であると我らは認定した。貴国は彼女に騙されているのではないかね?」
『無礼な事……その子は東部からの留学生として私が預かった大切な養子です。決して転生者や憑依者等ではありませんわ』
「……そうか。そういう事ならば、仕方ない。では、今後正式に貴国の上層部に対し、厳格な査察の要請及び我々の主張を証拠付きで提出させてもらうが、よろしいか?」
『勿論』
「ふむ。今日のところは引き上げよう。此処で無用な争いで子羊を傷付けるのは本意ではないからな」
二人に背を向けてラレルカはライラが未だにいる爆心地へと降りていく。
「ベルヘレム……」
事態を見守っていた総員に彼は静かに伝えた。
「まだ、仕事も残っている。今後の対策と方針に付いても詰めなければならないだろう。ライラ……今日はよく頑張った。帰るぞ」
「ん……」
頭を撫でられ、満更でも為さそうな顔で少女が頷く。
―――総員、この場から撤収!!
森林地帯に集っていた誰の脳裏にも響いたラレルカの声。
すぐに転移方陣の光があちこちで耀き、人が掃けていく。
まだ滞空している航空艦を見てから、彼はライラを伴って転移の放陣を地面に展開すると燐光と共に消えた。
(あの国の人間か。まったく、あの講和会議の時の提案といい。本当にご立派な理想を掲げている……時代が移ろうと変わらない綺麗事、か……羨ましい限りだ……治めるなら、やはり民にはあれくらいの民度が欲しいものだな)
再びの激突を感じながら、彼はポツリそう内心で呟いたのだった。




