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ばたんと大きな音を立てて研究室の扉が開く。
興奮しきった様子のセントーレアさんが鼻息荒く飛び出してきた。恐らく、検査の結果が出たのだろう。うっすらと赤く染まり、上気した顔はNPCといえど目をそらすことの出来ない蟲惑的な雰囲気が漂っている。
「さっき採取してもらった深海水と鉱石の検査結果が出たの。ねぇ、聞いてよ。オリハルコンよオリハルコン。ミスリルも微量なら検出出来たわ」
それを聞いて思わず目を見張る。
「オリハルコンにミスリルですか。それって一応普通じゃ見つからない鉱石なんですよね?」
確認のために質問してみる。私の認識が正しければこんな簡単には見つからないはずなのですが。
「ええ、レア度5の鉱石よ。早々簡単に見つかるものじゃないわ。鉱山なんかで掘り出そうと思ったらどれだけ深いところまで行かないと出ないか。簡単にミスリルとかが見つかるのは海の底だからよ。それに手付かずのことが多いから採り放題なのよね」
と、珍しい鉱石の発見にはしゃぐセントーレアさん。やっぱり私の知っている鉱石とかと一緒の扱いなのですね。いや、かなりキツイ深さまで潜ったとはいえ海底にさえ潜れれば鉱石が見つかるなんて分かったらねぇ、ただでさえ、PCと会うことがないのですから、どんなものが普通なのか分からなくなってしまいます。
とにかく、そんな鉱石があるならば採掘に行かないといけませんね。
「では採掘に行ってきたいので、少し遅くなると思います」
おりはるこんみすりる、と小躍りしているセントーレアさんをおいて採掘に出かけようとする。
「ああ、そうだ。「採掘」のスキルスクロールとこの鶴嘴あげるから沢山採ってきてね」
にっこりと笑顔でスキルスクロールと鶴嘴を渡される。
「ええ、分かっていますよ。インベントリがいっぱいになるほど採ってきます」
そういい残すとネアは研究所を飛び出した。
再びの海中。時間さえあれば何度か海の潜るネアにとって体中が軋むほどの水圧は初めの頃よりも慣れ親しんだ痛みとなって、今では少し気を張れば痛みが薄らいでいく感覚がありありとわかるほどにまでなっていた。よくよく後から考えてみれば行動によって能力値が上昇する仕様のセカンドオピニオンでは水圧に耐えることによって能力値の上昇が促進されていた結果かもしれなかったが、能力値がステータスで表示されない事もあってかその事実を確認することはネアにはできなかった。
海の底、いわゆる地殻はそのあり方によっていくつかの名称が存在する。そのうち比較的浅く平坦な地形である大陸棚にネアはいた。
(ここで一度採掘を始めましょうか)
ゆっくりと地面に降り立つ。ふわりと砂埃が巻き立つ。足元を見れば手のひら大ぐらいの石が転がっている。辺りを見渡せばもっと大きな石もたくさん見える。
(このすべてが鉱石なんですよね。いくら採掘しても枯渇しそうにないですね)
ネアはインベントリから鶴嘴を取り出した。
あたりに転がっている石を手当たり次第にインベントリに放り込んでいく。大きな石があれば鶴嘴で砕いていく。こぶし大にまで砕いてやれば扱いやすくなるし、「採掘」の効果も発揮されて鉱石としての価値が上がりやすくなる。大きな石があればそれを一心不乱に砕いていく。更に大きな岩があればそれを砕く。砕く、砕く、砕く。無心で鶴嘴をふるっていると次第に息が詰まってくる。息切れ、酸素が足りない。
今の「潜水」のレベルで潜っていられる限界時間が来たようです。上まで戻っている時間はないですね。インベントリからアイテムを一つ取り出します。
ロータスルート(消費アイテム)
タイプ:草
重さ:1
レア度:2
品質:3
丸々とした木の根っこの様な見た目をしたロータスルートを口に含むと野菜のようにシャキッとした感触がしました。意外とおいしいですね。このロータスルートは食べると酸素補給、つまり水中での酸欠を回避することが出来る効果を持っています。入り江の様な所に行けば群生しているのでいくつか持ってきたのです。とはいっても、「潜水」のスキルレベルを上げるためにもこれにばかり頼る気はありませんけどね。どうにもこのアイテムを使っているとレベル上昇が遅い気がするのです。
「鑑定」のレベルが上がっているためにか表示されている項目が増えています。品質やレア度についての記載が増えました。見た感じでは数字表記のようです。1から上がっていく感じですかね。最大は10ぐらいでしょうかレア度が5ぐらいのアイテムを見たことは何度かあるので多分間違ってはいないと思います。
ロータスルートを食べたおかげか先ほどまで感じていた息苦しさが消えました。
(これで1分ほどなら息が続くはず)
その間に一度海上まで戻って息継ぎをします。あくまでこのアイテムは急場しのぎ、これを酸素ボンベの代わりにするのは無謀すぎます。今日はここよりも深い場所に行く予定ですから。
ひとしきり鉱石を採掘し終わったところでインベントリを開いてみる。大体、半分いかないぐらいの容量が埋まっている。
手当たり次第に放り込んだために「鑑定」を一切かけていないのもあってかどれがどのような鉱石なのか皆目見当もつかないです。どうせ後で纏めて「抽出」するから一つ一つ調べていくのも面倒だったからですけれどね。
ネアはもうここでの採掘は終わりとばかりにさらに深いところへと向かうべく泳ぎ始めた。
初めに採掘していた場所よりもさらに深く寒く光が届かない海底。マリンスノーの様な白い何かが絶えず降り注いでいる。谷のように深く大地に亀裂が走っている場所でネアは壁に向かってかんかんと鶴嘴をふるっていた。
水の抵抗も感じさせないような滑らかな鶴嘴さばきが一回一回と振るわれるごとにこぶし大の石が生み出される。谷へと転げ落ちそうになる石を片手でインベントリにその都度放り込みながら採掘を続ける。時折ロータスルートを齧り、息継ぎを行う。すると、次第にインベントリ欄が石ころで埋まっていく。
(もういいかな)
もういい加減インベントリには入らないと判断したネアは作業もそこそこにその場を離れるために上に向かって地面を蹴りあげた。
「索敵」と「暗視」、「遠視」を併用しながら敵性モンスターと鉢合わせしない様に慎重に泳ぐ。速やかにその場を離れたネアは研究所に戻るまで一体のモンスターとも出会うことなく帰還することが出来た。
「さぁ、これを「抽出」しましょう!!」
研究所の一室。ネアは床に描かれた大きな魔方陣のある部屋―セントーレアの研究室―にいた。セントーレアの持ついくつかの部屋の中でもこの部屋は特に錬金術のための設備が整っている部屋であった。
床に転がっている山になるほど大量の石ころを前にうきうきとした様子のセントーレアさんがはしゃいでいます。対する私はこれだけの数にアーツを使用するのかと若干げんなりしています。自分で「採掘」してきたのですから私が「抽出」するのは当たり前ですけどね……。
「この魔方陣に手をつけばアーツの発動条件がそろうわ。アーツが発動すれば鉱石に含まれている金属が成分ごとに分けて抽出できるから。それと「抽出」する前には一度「鑑定」したほうが良いわよ。モノによっては「抽出」すると価値が無くなるものもあるから」
そう言いながらバシバシと床の魔方陣を叩く。
「え、と。こうすればいいのですか?」
魔方陣に対してかざすように手を置く。勿論魔方陣の上には鉱石が一つ置いてある。
「「鑑定」」
鉱石に向かって「鑑定」を発動させる。
鉱石 (素材アイテム)
タイプ:金属(複合)
重さ:4
レア度:5
品質:5
この情報では何の鉱石なのかが分りませんね。「鑑定」レベルが低いからでしょうか? 一応30以上あるのですけれど……。実際に抽出してみると違うのでしょうか。
「鑑定」を終えた鉱石に対して「抽出」を発動させる。魔方陣が輝くとともに鉱石が白い光に包まれる。力が抜ける感覚がする。MPが消費されているのだろう。光が収まるとそこにはいくつかの金属光沢を放つ丸い物体が置かれていた。
銀 (素材アイテム)
タイプ:金属
重さ:3
レア度:5
品質:5
鉄 (素材アイテム)
タイプ:金属
重さ:1
レア度:4
品質:4
銀と鉄が取れました。複合と付いたタイプの鉱石はいくつかの金属が混じりあっているようですね。それを「抽出」で分離させるというわけですか。実際ならここで溶鉱炉が必要になるのでしょうけれど「抽出」があればそこを単純化できるという事でしょうか。単純に純粋な金属が欲しいときはこうすればよいのでしょうか。とにかくいろいろとやってみます。「鑑定」のレベルも上げていきたいですし。
そしてネアは次の鉱石に手を伸ばしていった。
「すごい、すごい!! ミスリルだよ。オリハルコンだよ。こんな簡単に神聖金属が取れるなんてね!! これだったら混沌金属も手に入るんじゃない?」
並べられている金属を「鑑定」していったセントーレアさんがまるで少女のようにはしゃいでいる。元々、自分の興味のあるものや新しいもの、珍しいものを見ると少女のようにはしゃぐ。この金属の山もその例に漏れず彼女の琴線に触れたようだった。
はしゃぐ彼女の様子を傍目に山と積み重なっていた多量の鉱石の大半を「抽出」し終えたネアもまた興奮を隠せなかった。
「採掘」してきた鉱石の中には鉄や銀、金の様な金属に交じってオリハルコンやミスリルのような物語に出てくるような金属だけではなく、ルビーやアクアマリンの様な宝石の混じった石も含まれていたからだ。別にネアは宝石が好きだ、とかそういった性癖があるわけではない。だが、普通ならば手の届かないような金属や宝石を前にして気分が高揚していたのだ。
だからであろうか、ネアはそこでうっかりと普通はしないであろう行動をしてしまった。
「あ……」
魔方陣が光り出す。間違えてアーツが発動した。うっかり、魔方陣に手をついたままでいたせいです。魔方陣に置かれていたいくつかの金属と宝石が光り輝いた。うっかりしていたせいで何のアーツを発動していたのかすら分らない。思わず、背中に冷や汗が垂れた。
「爆発はしないと思うから……」
セントーレアさんがそろりと後ろに後ずさる。え? そう言っといて逃げるんですか!? あからさまに逃げの姿勢を打つセントーレアさんの行動に不安を覚えたが、どうにも手が魔方陣から離れない。何とか手を放そうと四苦八苦しているうちに光が消えた。
「ひっ!?」
一瞬身構えるが何も起こらない。良く見てみるとそこには緑色に輝く宝石が一つ転がっていた。
「ええ、とこれは……」
エメラルド (素材アイテム)
タイプ:金属
重さ:2
レア度:6
品質:4
「ここに置いてあったの、エメラルドでしたっけ?」
そもそもここに置いてあったほかの金属は? どこに行ったのですか。
「ああ…もしかしてネア君がやったのって【物質変換】じゃないかな。多分、アクアマリンがエメラルドに変わったんだよ。さっきまで青色の宝石だったし。多分そうじゃない?」
なんとも適当な答えに聞こえますが、正直そういったことにはあまり詳しくないのでそうなのかー、と相槌を打つことしかできません。物質変換ですか。ほかのアイテムに変換するスキルですかね。
「いや、多分そのはずよ。【物質変換】はいくつかの素材アイテムを使って別のアイテムを作り出すアーツなんだけど……宝石を別の宝石に変えるなんてことは必要素材とかが面倒だからもっと難しいはずなんだけど……」
セントーレアさんは感心するように指を顎にあてている。実感が湧きませんがなにかすごいことをしたという認識でいいのでしょうかね。
「ねぇ、ほかにもあるんじゃない? もっといろいろと試してみてよ」
ずいと詰め寄られる。輝く瞳に詰め寄られて思わずハイ、と答えてしまう。頷いた瞬間、セントーレアさんが自分のインベントリから大量のMP回復ポーションを取り出し始めた。すごい嫌な予感がします。
「え、とそれは……」
「大丈夫!! MPポーションならまだまだあるから、MPが足りないなんてことはないから!! ね! ね!」
さらに詰め寄られる。彼女の瞳はきらきらと輝いているが何かしら危ない何かが映っている気がします。
「ええと、石が少なくなってきたから少し採掘に行きたいなぁ、なんて……」
「そうなの!! じゃあ、待ってるわ!! 終わるまで!!」
駄目です。逃げ道を間違えました。
この後、さらに採掘してきた鉱石を延々と錬金し続ける羽目になりました。私、生産職じゃないんですけどね……。
一旦ゲームからログアウトします。さすがに「錬金」しすぎました。終わってからステータスを見ればLv1だったはずの「錬金」がログアウトするころにはLv16まで上がっていました。そればかりを2時間以上やっていたとはいえレベルが上がるのが速すぎやしないかと思います。最後あたりではレア度が6や7のミスリルやらオリハルコンやらを扱っていたので経験値が多かったのではないかと思いますけどね。
とりあえずゲームからログアウトして最初に私はアクアマリンがエメラルドに変化した理由を調べてみることにしました。ちょっと気になりましたし、もしかしたらほかのものにも適応できるのかとも思いましたしね。
調べてみるとどうやらアクアマリンとエメラルドはそもそも同一の鉱石であるという話だそうです。それだけを聞くとなんのこっちゃと思わなくもないですが、アクアマリンとエメラルドの違いはほとんどなく含まれている金属成分が少し違うだけだそうです。【物質変換】が発動したときにその金属も一緒にアーツの発動に巻き込まれた為に宝石の種類が変わったのではないか、という結論に至りました。いや、奥が深いというか無駄に作りこみが凄いというか、これを知った時私は顔も知らないセカンドオピニオン開発スタッフの執念に戦慄しました。




