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視点変更有
「何じゃありゃぁぁぁ!?!?」
セカオピからログアウトした私の放った第一声がこれである。
いきなり木の根のあたりの土が持ち上がったかと思うと「索敵」に反応が出た。いきなり目の前に敵性反応が出たことに驚いた私は何もできずに穴の中に取り込まれてそのまま死に戻った。
「索敵」……遅いです、と思う暇もなくほぼ一撃でやられたことを考えると頭を抱えたくなる。
……これでまだ、二つ目の町にすら行ってないんだぜ。
おおう、と呻きながらあれにどう対処するべきかを考える。何に襲われたかすらまだわかってないのだ。
……一瞬見えた脚はどっちかっていうと細かった。鉤爪は多分……牙ですかね。なんか光っていたからおそらくは毒持ちでしょうね。なんかこんな感じの奴どこかで見たような……。
そこでふと思い当たることがあるのに気が付いた。
そういえば、田舎でじいちゃんからあれに似た性質の虫を見せてもらったような……。あれは確か……蜘蛛だったかな?
蜘蛛の中には地面に穴を掘って待ち構えている奴がいるといってじいちゃんが地面を穿り返しながら蜘蛛を引っ張り出していた記憶があるのを新は思い出した。
あの時は蜘蛛のてんぷらを食べたような……泣いている私の口に蜘蛛が突っ込まれた記憶しかないや。
ともかく、あそこにいたのは十中八九待ち伏せを得意とする蜘蛛だろう。あれを倒すには……だめだ、何も思いつかない。そもそも、どこにいるのかが分らないのがキツイ。先手を取られて一撃もらって即終了の流れしか見えない。あれを倒すにしろ回避するにしろまず、「索敵」スキルのレベルを上げる必要があるだろう。
「とにもかくにもレベル上げをしなくてはならないようですね」
レベル、そうレベルだ。
このゲームではパラメータは基本マスクデータとして扱われている。自分の種族の能力値はABC評価で評価されているが、一種の相対評価らしく同じCの能力値適正だとしても種族ごとにわずかながら差があるらしい。能力値の強化もできることはできるらしい。公式の回答では能力は行動によって上昇変動する、と発表されている。事実、ドMのプレイヤーがひたすらに腕立て伏せを続けた結果、こぶしでモンスターが爆散したという情報がある。しかし、この身体能力の強化には長いスパンを見込まなくてはいけない。そのためか、身体強化するよりもスキルレベルあげたほうが強くなれんじゃないの?という声のほうが多い。
とにもかくにも狩りを続けていく。それ以外にやるべきことはないと思います。明日からも森に潜るべきですね。ああ、でも明日から学校ですね。もうすぐテストもあります。はぁ、面倒です。冬休み、早く来ませんかね……。
◇◇◇◇
水差しを持ちながら、コップに水を注ぐ。寝たきりとはいえ喉は乾く。暖房のかかった部屋でも冷たい水はつるりと喉を伝う。
とんとん、と誰かが階段を下りてくる音がする。……兄さんだ。
「あれ有希?今、休憩中なのかい?」
テノールともバリトンともつかぬ不思議な響きの声が染み入る様に響く。思わず、聞き惚れそうになるがそこは兄妹。さすがに何年も聞いていると慣れる。私は微笑を浮かべながら言葉を返す。
「はい、ゲームではもう夜になってしまったので一度休憩しようかと思いまして……。兄さんもですか?」
「私も同じだね。ああ、それ貸してくれる?私も喉が渇いてね」
「私が容れますよ」
そう言って手に持った水差しからコップに注ぐ。兄さんはありがとう、と言いながら一息にそれを飲み干し、ふぅ、と息をついた。
「どうだったのそっちは?」
「セカオピですか?ええ、今日は先輩たちと無事合流できましたのでみんなで一緒に狩りに行きましたよ。兄さんこそどうなのですか」
「どうって言われてもね……。ソロで狩りをしてたぐらいかな。まぁ、うっかり森の奥に入り過ぎて死に戻っちゃったけど」
私はそれを聞いて呆れてしまった。ああ、兄さんだ、と。
兄さんは今ソロで行動している。昨日、単独行動がしてみたいと言われたとき、私も高尚さんも「ああ、そうきたか……」と心の中で思ったものだ。
兄さんは少し変わっている。いや、どちらかというと真面目な人だ。やることはきっちりと済ませるし、筋を通すことを好む。ただ、どうも兄さんは誤解されやすい。行動は至極真面目なのだけれどどうにも言動に掴みどころが無いせいかちゃらんぽらんな性格の人だと勘違いされやすい。それに加えて時々、突拍子もない行動を思いつきでとることがあるために誤解に余計に拍車をかけているのです。
応えればきっちりと返してくれる性格をしているのにどうにもふわふわとした感覚がぬぐえない人なので、私や高尚さんのようによく知っている人からは「よくあること」で済むのですが、知らない人からだと「電波?」と思われてしまうのです。
今回の単独行動もおそらく思い付きの一環なのでしょう。少し見栄っ張りなところもある人ですから今聞いても何をするのかは教えてくれないでしょう。まぁ、多分海に関する事柄なのは確かですが。兄さんはセカオピで海水浴がしたいと常々仰っていましたから、今回の思いつきもそれに関することだろうと想像はつきます。……問題は無茶をやらかすことですかね。
「死に戻るって何にやられたんですか!?ウルフですか?」
「いや、蜘蛛みたいなやつです。地面に穴をあけて隠れるタイプのようでいきなり襲われて死にました。いやぁ、あの一撃は流石に反則だと思いますね」
「はぁ、私の聞いている範囲では未確認のモンスターのようですけれど……兄さん、一体どこまで潜ったのですか?」
「う~ん。分からないですね。モンスターの襲撃がいつの間にかおさまっていると思ったらバクリでしたから」
死に戻り前提でいましたしね、と兄の言を聞いて私は頭を抱えそうになる。抜けているというかなんというか……。言葉が出ません。
まぁ、別にゲームだからねとあっけらかんに言いながら、兄さんは空になったコップを台所に持っていく。そのまま、階段を上って自分の部屋へと戻っていった。
「もう、適当なのですから」
兄に対するわずかな不満を吐き出しながら、自分も部屋へ戻ることにする。セカオピ内の時間では今は真夜中のため皆ログアウトしているが、この時間に再度集合しようと皆と取り決めている。
始めた理由は兄や先輩らと一緒のことがしたかっただけであったが、なんだかんだで彼女はこのセカンドオピニオンにハマっているようだった。
目蓋越しにもわずかに感じる光に眉根を寄せながら、ぱちぱちと目を開く。
最後にログアウトした場所と同じ場所にログインしたようだ。水が跳ねる音が聞こえる。
さっと振り向くと水を湛えた噴水がそこにある。ここは昨日兄さんとの待ち合わせでも使った広場だ。待ち合わせの時間きっかりにログインしたからもう誰か来ているはず。
あたりをきょろきょろと見回していると誰かが近づいてくるのが見える。
「さっきぶり。流石、テンカは時間きっかりね」
「あら~テンカちゃんおはよう。本当、真面目でいい後輩を持ったわ。ねぇサク?」
「そうよね。それに比べてあの二人ときたら……」
私の傍に革で作られた軽鎧に身を包んだエルフ族の女性とローブを全身に纏った女性が立つ。この二人こそ私が待ち合わせしていた人たちです。ですが、まだ二人ほど遅刻のようです。
サクと呼ばれていたエルフ族の女性は多岐咲夜さん。私の先輩で一つ上の学年、兄さんと同級生です。中学の時に同じクラブに所属していたのです。ゲーム内ではサクと呼んでほしいと言われています。
もう一人のローブを纏った方も私の先輩です。雨音凛さん。ゲーム内ではりっちゃん、の名前で活動しておられますが、この方も咲夜先輩と同じく吹奏楽部でお世話になった方です。二人は咲夜先輩が部長、凛先輩が副部長を務めていました。その縁が続いて今こうして交流が続いているのです。ちなみに咲夜先輩は兄さんと同じクラスなのですよ。何度か言葉を交わしたことがあると先輩は言っていました。
「サクさんとりっちゃんさんはもう来ていたのですか?」
「いや、すぐそこの露店でクレープを売っていたんだけれどりっちゃんが食べたい食べたいって言って離れなくて……。仕方ないから引っ張ってここまで来たのよ」
「むぅ。だって私食べられないんだよ。おいしそうな匂い嗅ぐだけでもいいじゃないの……」
そう頬を膨らせながらりっちゃんさんはフードをとった。頭を隠していたフードが剥がれるとその下から濃紫の光が漏れる。フードの下に隠されていたのは紫色に透き通る人型の石像だ。
本人のお顔も大和撫子然としていてお美しいのですが、セカオピで見ると別種の美しさがあります。結晶体で体が構成されていますので全く人間っぽくないのですが。人間らしさというとサクさんのほうが現実味がありますね。エルフですし。ちょっと釣り目がちなのを気にしているそうですが、艶やかな髪がよくお似合いの見目をしています。
「晶族の特性なんだから仕方ないでしょ。そもそもそんな難儀な種族を選んだあんたが悪い。ポーションだって飲めないんだから、もう諦めなさい」
晶族……それは高いMP、VIT、INT、MINを持つ種族であり、その体はその名の通り透明な結晶体で出来ている。
ほとんどの状態異常を無効にするなどの様々な特性を与える強力な種族スキル「晶体」を持つがその反面、ポーション等のアイテム効果を受け付けないというデメリットもついてくる。更に動けばスタミナ値の代わりに魔力が減っていく特殊仕様や全種族中最低ランクのHPが常に足を引っ張るため、上級者向けの種族と言われている。
「大丈夫よ。「光魔法」とっているから回復は任せなさい!! いざとなったら星術もあるわ。私のMPは無尽蔵なのよ!!」
そう言って胸をどんと叩く。体は鉱物で出来ているためかキン、と透き通った音が鳴る。
「いや、そうじゃないんだけどさ……。とういか、星術って星が出てないと使えないんじゃ……」
そういって頭を抱えるサク。
彼女が取得した職業の「占星術師」の職業スキルである「占星術」は、星座や星々の力を借りることで使用できる魔術の一種、とスキルの説明として簡潔に説明されている。実際に使用してみる場合、星の力を借りるというだけあって術の効果も星や星座にちなんだものが多い。しかし、それらの術を使用するためには星が実際に見える状態ではないと発動すらしない為、実質夜間でしか使えないスキルと言われており、必然的に占星術師のジョブを取得した勇気あるβプレーヤー達は夜間での戦闘を強いられることとなった。更にスキル効果の倍率が高いもののそれに伴って発生するMP消費が馬鹿にならないこともあってβテスト終了時には、職業「記録者」に続くマゾ職ではないかと囁かれるまでになった経緯を持っている。
MPタンクの異名を持つ「晶族」とMPを馬鹿食いすることで有名な「占星術」の組み合わせは一見する限りよく噛み合っているとも思えた。
りっちゃんさんはサクさんと私とあとここにはまだ来ていない二人を合わせた六人の中で唯一βプレーヤーでした。聞いたところによるとその当時から晶族の占星術師をロールしていたそうです。なぜ、そのような使いにくいキャラメイクだったのか聞いたことがあるのですが、キラキラしていて可愛かったから、だそうです。
「うふふふ。「占星術」には抜け道があるのよ~」
うふふ、とキラキラした笑顔を見せてくれます。実際にキラキラしているので目に眩しいです。どうやら、「占星術」はある程度気軽に使用することが出来るらしいのです。りっちゃんさん曰くβ時代末期に見つけた方法らしく、今はその方法を使うのに必要なアイテムが無いそうですが。そういうわけでりっちゃんさんは「占星術」は使えないけど、「光魔法」を用いた回復役を引き受けて頂いています。占星術師とはなんだったのかと、頭を抱えている人が目の前にいますけどね。
「まぁ、演奏家を選んだサクちゃんに言われるのもねぇ」
「……楽器あるからいいじゃん」
サクさんが選んだ職業は「演奏家」です。書いて字のごとく演奏してバフやらバステを行うジョブです。「吟遊詩人」は唄を必要としますがこちらは楽器による演奏を必要とします。ただ、楽器の演奏にリアルスキルが必要とされるためか取得する人は極端に少ない職業でもあります。私達は全員中学では吹奏楽部に所属していたのである程度楽器の心得がありますから問題はないのですけどね。サクさんは楽器を数種類手習いしていましたのである意味一番無難な職業を選択したのだとも言えますね。
「そもそも、適当に演奏しているだけで勝手に相手が沈んでいくのよ?これ以上楽なことはないわよ」
「え~ダメージ付与系のアーツは煩いよ?」
そういってりっちゃんはこくりと首を傾げる。
「演奏家」のアーツは基本無差別で範囲内のすべての者が効果対象となるためダメージ系アーツを使用していると味方にもダメージが入ることになるため味方と敵に効果を振り分けることが出来るようになる「魔力操作」のスキルが必須とされている。β時代では「魔力操作」のスキルが無いばかりに味方と敵を殲滅する「吟遊詩人」が続出したそうだ。
この「魔力操作」範囲攻撃系魔法に対しても一定の効果を持つためフレンドリーファイアを嫌う魔法使い系のプレイヤーにも重宝されている。
「ちゃんと「魔力操作」とったわよ……」
むぅと唸るサク。
憮然とした表情になるサクに幸せが逃げるよ~とけらけら笑いながら冗談をかわすりっちゃん。ちょっとした冗談でも笑い、二人の間でぽんぽんと話が弾む。
それを露店で購入したドリンクをストローでちゅうちゅう吸いながら眺めます。
それにしてもあの二人はいつになったら来るのでしょう
「すいませんせんぱ~い。おっくれました~!!」
「遅刻しました……」
三十分ほどだろうか。三人で談笑していると二人の女の子――1人は革の軽鎧に身を包んだ猫の獣人、もう1人は体に張り付くようにぴったりとした黒い服をきた人間――が現れた。
「遅い。三十分の遅刻よ。何をしていたの」
遅れてきた二人に向かってサクは鋭い視線を投げかける。
視線に射抜かれた二人はピクリと体を強張らせた。
「いや~ちょっと重要な所要がありまして……」
「……宿題。みいこがやっていないのがおばさんにばれた」
黒い服に身を包んだ女の子がぽつりと言う。
「あやめ!?言っちゃダメって言ったじゃないかよぉ!!」
獣人の女の子が叫ぶ。
「みいこ。あなた宿題をすぐにやらないからそうなるのよ。家の人に言われているんでしょ。それぐらいしなさいよ……」
呆れたようにサクがぼやく。みいこ、姫居美心は私と同い年の高校一年生。私やサク先輩とは違う学校に通っている。あやめ、久慈菖蒲もまた、みいこと同じく私と同い年でありみいこと同じ学校に通っている。二人は幼馴染と言う奴らしく子供のころからよく二人でいたようで。どうやら、今回の遅刻の原因は宿題をやっていなかったことが発覚したみいこの尻拭いを菖蒲がやっていたという事なのだろう。
「とりあえず、前衛も来たし。これで狩りに行けるわね」
そういってぐぐっと背伸びをするサクさん。ぐっと胸が強調されてプロポーションの良さが強調されます。私はサクさんほどスタイルが良いとは思えないのでどうにも羨ましくなります。
「ぐぬぬ……」
張り出した胸を見て唸るみいこ。彼女はどちらかというと将来性に期待されるタイプのせいか自分のプロポーションにコンプレックスを持っているようだ。
それに対してあやめは淡々としている。その体形はぺたんつるつるすっと~ん、といった風だが本人はむしろ堂々としている。その手のことに対する葛藤はすでに通り過ぎたらしい。
「それじゃぁ、今日も頼むわねぇ」
光の加減か後光が差しているようにしか見えないりっちゃんさんがのんびりとした声で激励する。本人はそのキャラメイクの都合上、回復役に徹することしかできない為せめてものといった風だろう。
「今日も楽しくレベル上げっすよ~!!」「調子に乗って前に出過ぎないでよ」「……落ち着きが足りない」「そうですね。私も常々そう思っていましたよ。あやめちゃんには落ち着きが足りないと」「そうよねぇ。なんていうか? 大人っぽさ?」「ぐっ!? それは先輩の足元にすら及ばないあたしに対する宣戦布告!?!?」
女子特有の甲高い笑い声が木霊する。人によっては眉をひそめるかもしれないそれは今の私にとっては不快なものではなくむしろいつまでも聞いていたいと思うものであった。
今日も私たちはみんなで仲良く冒険をする。




