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宝石の魔女

 少女は広場からの戻り道を、ぽつぽつと歩んでいた。

 この国の王子が『あの』王子だったことには驚いた。しかし、その姿を見たとき、少女の胸に湧き上がってきたのは、恨みや嫉みではなくどこか不思議な安心感だった。

 もう一度姿をみたら、一発怒りに任せて蹴りでも入れてやりたくなるかと思っていたのだが。

 相変わらず彼は、人助けをしているようだった。今日も飢えた人たちを救っただけでなく、商人たちの安全、ひいてはこの国全体の平和を守ったのである。

 一杯感謝をされてもいたが、一杯恨みを買っただろう。代役を立てたり国王に任せとけばよかったのに、彼は結局そんな泥も自分で被ってしまったのである。相変わらずも相変わらずだ。

 でも。

 少女は溜息をつきながら頷いた。

 今度は正真正銘の王子様だ。

 傍にはたまたまやってきた渡り鳥しかおらず、人助けをしたせいで剣のルビーも両目も金の箔も失い素寒貧。今の彼なら人助けをしても、そんなどうしようもない目にあうことはないだろう。広場で演説をした彼の傍には、多くの部下や仲間たちがいた。

 もう自分は気ままな渡り鳥ではなく、彼は街に立つだけの彫像の王子ではない。

 彼はきっと今度こそ幸福の王子になるのだと思う。

 顔をあげると都の空はだんだんと朱を刺しはじめ、日暮れの訪れをつげていた。

「さて、安い宿でも探さないとね」

 宿の費用は痛い。特に都の物価を考えると安いところを見つけられても痛すぎるほどだが、しかし野宿なんてして寝てる隙に全財産を奪われたりなんてしたら、それこそ致命傷である。

 それに前世では冬に凍え死んだせいか、寒いというのはどうも苦手であった。

 なるべく高くなく、治安の悪くない場所にある宿屋。

 そう思って歩いていた時、道端から声をかけられた。

「ヒッヒッヒ、お嬢さん占いしていかんかね?」

 見るとそこには、占い師らしき婆さんが道端に座っていた。婆さんの座る椅子や前のテーブル、上から掛けられた天蓋は紫の布で覆われていて、コンパクトながらいかにもな雰囲気を作り出している。

「いえ、結構です」

 少女はきっぱりと断ると、道を歩き出そうとする。

 占い師の婆さんは少女の反応に慌てて引き留める。

「まっとくれ!あんた宿を探してるだろう。しかも、金にこまっとる」

 何故、それを…。

 なんて思ったりはしない。

 リーディングは占いの基礎的な技術である。相手の所作や反応から、相手の状況を分析する。単純に言ってしまうと、顔色が悪かったら「病気している」といったものだ。

 格好を見れば旅人だということは一目瞭然だし、そんな人間があっちこっちみながらこの時刻をうろうろしていれば宿でも探してるんだろうと予想がつく、さらにこんな中心街から離れた地区をうろついてれば金もない人間だと、普通の人ですら予想を付けてしまえるだろう。

 占いの申し出をすぐさま断ったのも、金がないからと読み取られたかもしれない。これはどっちかっていうと、占いなんて信じてないし胡散臭いと思ってたからなのだが。

「特別にタダでやってあげるよ」

 無料など、さらに胡散臭くなった。

「なあ、頼むよ。時間はそんなにとらせんさ」

 しかし、この婆さんどうしても占いをしたいようである。わけがわからないが少女も一度立ち止まってしまった以上、どうにも無視しにくかった。

「占いってどんなのよ」

「なぁに、ちょっと手相をみるだけさ」

 怪しい方法だったら速攻断ろうと思っていたが、どうやらオーソドックスな手相占いのようである。

 まあ妙なことされそうになったら振り切ればいい。相手は老婆だ、なんとかなる。

「もう…、仕方ない…」

 そう思い少女は、しぶしぶ手を差し出した。その手を老婆が掴み、剥きだしたがちな瞳でじっと観察しだす。

「ふむ、ふむふむっ」

 じゃらりっ。

 老婆の手につけられた指輪が鳴った。老婆の手の指には、十個もの指輪がはめられていた。親指、人差し指、中指、薬指、小指、左手と右手で計十本。そこにひとつひとつが大粒の宝石を拵えた指輪がはめられているのである。

 占い師としては格を付けるため、ようは雰囲気作りのために、そういうファッションをするものもいる。

 ただし使われている宝石は本物によく似たイミテーションだ。

 そりゃそうだ。本物は高い。そんな宝物があるなら、占いをするより質にいれたほうが早い。

 しかし、少女が見る限り、老婆のつけている指輪は本物だった。

 少女は下働きのとき、主人に隠れて商材の宝石などをみて目を鍛えていた。専門の宝石商には及ばないが、目利きはそれなりにできるつもりだった。

 しかし老婆の付けている宝石は、どうみても本物。いや、主人のもとで働いていたとき見たどの宝石よりも高価なものに見えた。

 どうしてこんな指輪をもつ人間が、こんな都会の外れで占いなどしてるのか。しかも自分の場合、無料でである…。

 金持ちの道楽とかかもしれないが、呆れるほどに怪しい老婆である…。

 しかし少女が何らかのリアクションを取る前に、占いは終わったようだった。

「ふむふむ、なるほど…」

 老婆はそう言ってひとつ頷くと、少女に向かってにたりっと笑いかけた。

「あんたには不思議な前世がついてるね。そしてもうすぐ大きな運命との出会いがある。でも、安心しな。それはたくさんのたくさんの幸福の訪れさ」

 前世も、運命も、幸福もうさんくさい占い師の常套句である。そんな曖昧なもの、状況しだいでなんとでもいえる。

 普段なら婆さんの言葉をそう捉えていたし、今日もそう言う風に考えたつもりの少女だったが、一瞬あの王子の顔が胸にチラついた。しかし、首を振ってそれをかき消す。

「そうですか。ありがとうございました」

 少女は手を戻し、素早くこの場を去ることにした。

 目の前のような怪しげな人物には、極力かかわらないようにするに限る。

 老婆の方も、もう引き止めるつもりはないらしく、声をかけてくることはなかった。

 少女のいなくなった路地で、婆さんが口をひらいた。

「クックック、ついに見つけたよ。小鳥の魂をもった少女」

 そう呟いたあと、今まで路地にいたはずの老婆の姿は、煙のように掻き消えた。


そういえば元ネタは「幸福の王子(幸福な王子)」です。

ネットで翻訳を公開してくださっている方がいて、懐かしくて読み返してしまいました。

良い話ですよね~。

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