SとMの違い
拓海視点です。
もうすぐ夏も終わろうかというのに残暑が厳しい中、冬に出す曲のプロモーションビデオを撮るのだと真冬の格好で外に放り出された俺はもう干からびる寸前だった。
ぐったりと倒れこむように、備え付けのソファーに寝転ぶと、すかさず智が俺の上に乗っかってくる。
「たーくーみー♪今日は夕飯何にする?僕が拓海の好きなもの作ってあげるよ?」
「くっつくなよ!暑いんだよっ!」
押し退けようとすると、腹の上で頬を膨らます。
「なんだよ、冷たいこと言って!こんなに拓海の事を好きなのに!」
………………また、始まったよ。俺はげんなりして更に力をいれて押し退けようとするけれど部屋にいたスタッフの呟きに力が抜けた。
「智くんは本当に拓海くんの事が好きよね?」
え?なに?それ何設定なわけ?
そもそも本当にってどういう事だよ!
思いもよらないその言葉にガッチリ固まっている合間に智は満面の笑みをそのスタッフに贈る。
「うん、僕たち相思相愛だから」
ガタガタと大きな音がして総司が椅子から転げ落ちるのが見えた。
わかってる、これは、アレだ。
智特有の嫌がらせだ。
スタッフは軽く目を見開いてすぐに微笑んだ。
「この業界多いいのよねー。智くんと拓海くんは顔立ちが綺麗だから許容範囲だけど、たまに聞かなきゃ良かったって思うこともあるのよねー」
と、某有名レスラーの名前をあげた。
なにがこの業界多いいんだ?
なにか、とてつもなく嫌な誤解を受けている気がするのは気のせいか?
「うわぁー、そうなんだー」
「そうよぅ、智くん達なんか目をつけられたらあっという間よ?気をつけてね?」
親切そうな口ぶりでそう言うと、何かに気づいたように扉から出て行ってしまった。
そう、訂正する間もなく。何か大きな誤解をしたままで。
パタンと扉が閉じて、メンバーだけになった途端に満面の笑みだった智がすっと表情を消し、更に俺に体重をかけはじめた。
「重てぇよっ!どけよ、それに捨て身の嫌がらせしてんじゃねぇよ!!」
「なにが?僕は思った事を口にしてるだけだけど?」
嘘だ!ぜってー嘘だ!
「大事なメンバーだよ?好きにきまってるだろ。このどうしようもない浮気野郎でもね?」
険のある雰囲気に、ゴクリと喉がなってしまった。
「本当にこの女好きというか、だらしないトコは治らないよね?昨日も一昨日も違う女だったでしょ?あのねぇ、僕達もうスキャンダルとか勘弁して欲しいんだよね?」
昨日は、スタッフのADで一昨日が確か・・・・・アレ?誰といたっけ?
「ほら、思い出せもしないんだろ。一夜限りの相手っていったって、拓海の場合はもう病気。こーゆーのには痛い目みたほうがいいんだよ」
スッと智が手を伸ばしてきて、俺の頬に撫でた。ゾワリと背中に嫌悪感が駆け上る。
なんだよっ!男の癖にそんな瞳で俺を見るなよっ!!
艶のある雰囲気を滲ませて、紅い唇が片方つりあがった。
「ほら、こーゆー雰囲気女の子達と慣れてるだろ、この次はどうする?キスがいい?」
キス??なんで??
どうして??
と、顔を背ける間もなく智が近づく。
頭の中がパニックになったまま目を見開くけれど、意味がわからず固まってしまった俺の体は動けず、間近まで智の顔が迫ってきたその瞬間。
ガチャリ。
パタン。
扉が開いて、閉まった。
そしてガバリと智が体を起こす。
「よし、これで当分。あのスタッフが騒いでくれるでしょ。今の世の中便利だよねーーー。ブログにツイッター自分の目で見たことをどこでも無責任に呟けるんだから」
・・・・・・・と、いう事は?
頭が回らず、髪の毛をかきあげながら天井を見据えた。
ん?どういう事だ?
腹の上で智が嬉しそうに笑顔で牧から受け取ったペットボトルの水を飲んでいる。
傍らに衣装を脱いだ牧が立って、俺に冷たい視線を投げかけていた。
「今頃、智と拓海はできてるって噂が瞬く間に広がってるよ。ご愁傷様」
「これでしばらく拓海が誘っても女の子達がついてこないよね?」
と智。
「好き好んで、男と出来てる男と遊ぼうとは思わないだろうな」
向いのソファに座りながらマコが嬉しそうに頷く。
それで、やっと俺は理解した。
「なんて事しやがるっ!」
女の子達は俺のオアシスなんだぞっ!!
「しょうがないだろ、大丈夫だよ。拓海はMだから。そのうち我慢が快感になるよ」
しれっと舌を出して智が俺のお腹を叩いた。
「だいたい、俺は断じてMじゃねぇ。どっちかって言えばSだろ」
俺が火を吹くと智の目がスッと細められた。
「馬鹿いってくれちゃ困るよ。拓海がSの何を理解してるって言うのさ。ん?ほら、言ってごらんよ、どこの、誰がSだって?」
漂う不穏な空気を打ち破るように、智の携帯が着信を知らせる音を奏でる。
「あっ、ほら、鳴ってる。出ろよ」
変な迫力に押されて、智の気をそらそうとそうすすめて見る。
「いいんだよ。この着メロは美鈴だから。放置プレイ中なんだ。それより、ほら、さっさと言えよ」
放置プレイ?美鈴を?
ピキッと凍る空気の中、気を取り直して声を上げる。
「なに考えてるんだよ、美鈴を怒らせると恐いんだぞっ!」
「ほら、Sっ気を分かってないね?それにそうやってビビルって時点でMでしょ。もうそろそろ自覚したほうがいいよ?僕に苛められるのも好きでしょ?」
んな訳あるかっ!
「SとMの違いを教えてあげようか?人は誰でもどっちもの属性を兼ねそえているんだけどね?」
先ほどよりさらに、嬉しそうに、恍惚とした表情で智は俺の首筋から臍にむけてスッと人差し指をすべらせた。
ゾワゾワと痺れが走って、俺は飛び起きた。
智を押しのけて、扉の前まで逃げる。なんだ今のっ!!
ソファの上で、智がペロリとッ人差し指を舐めて流し目を送ってくる。
「気色悪いからよせっ!馬鹿!!」
全身に走る鳥肌に、両腕を抱えて擦る。寒いっ寒いっ寒いーー!!
俺はっ!!俺はっ!!女の子が大好きなんだよっ!
その様子を見て、智が相好を崩して耐えられないというように大声で笑い出した。
ソレを皮切りに、総司も牧もマコまで笑いだす。
「たっ拓海!おまっ、マジでMだって・・・・」
「智にどんだけからかわれたら学習すんだよ」
と、笑われる中、イヤな汗をかく俺の背後の扉が静かに開き、不気味なオーラが漂う。
「よくも、何日も無視したわねぇぇぇ!!」
床を這い回るようなオドロオドロしい声音に思わず脇に避けると般若のような顔をした美鈴が部屋に入ってくる。
スッと表情を消した智と美鈴が対面する背後に竜と虎が見えるのは俺だけじゃないはずだ。
そうか、これがSとSってやつか。
俺、やっぱMなのかも。
ちらりとそう思ってしまった、ある午後の話。




