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その日、私は今日中に済ませなければならない営業チームに頼まれた資料を作成していた。
そこへ、真っ青な顔をして部長がわざわざ私の横までくると顎で面接用の部屋をさした。
何か失敗したっけ私?
さっと美鈴を見ようとして、今日はお休みなんだと思い直す。
頭痛がするから午後から出勤するって連絡があったんだ。
午後までに治ればいいけれど。
私は何を失敗したのか考えつかない。部長の後についていきながら必死で考えるけれどこんなに渋い顔をさせるほどの事は思いつけなかった。
部屋に入ると先に椅子に座った部長が立ったままの私を見上げて信じられないことを言った。
「今から荷物をまとめて帰るんだ。君は今日限りで解雇だそうだ」
解雇?こんなに急に?
そんな馬鹿な。労働基準法って認めてないよね、一ヶ月前の通達必要だよね?
「自己都合の退職だと辞表を今ここで書きなさい。そうすれば今日までの退職金はだしてくれるそうだ」
「ちょっと、待ってください。なぜ私が解雇なんですか?私がいったい何をしたと?」
解雇されるようなことは全く覚えがない。訳も分からずに退職なんて承諾できるはずもなかった。
大きな溜息をつくと部長は手に持っていた雑誌を私に差し出した。
「今日発売の雑誌だ。君は知らなかったのか。君の事が書かれている。これが真実か真実じゃないのかは関係ないんだ。うちの会社が特定できて君が社員だという事が問題なんだよ」
目でしめされて、どうやら読んでいいらしいと気づいて雑誌を手にとる。
読み進むうちに、眩暈を感じた。こんな嘘ばかりよく思いつくもんだ。
「課長がご立腹なんだよ。その裸の写真も会社のイメージダウン甚だしいって。一応君の仕事ぶりや人柄からそんな事をするような人間ではないと伝えはしたんだが・・・・」
そう、真実かそうじゃないかは関係ないって言われたのか。
部長は私の目をみようとしなかった。
「兎に角、君のためにも辞表を出したほうがいい。残念だ」
残念だなんて思ってないくせに。そう思いながらも本当の事など何ひとつ書かれていなその記事を一通り読んでから私はその場で辞表を書いた。
机に戻ると、なんの話だったのか気になるのか同僚の視線を感じる。
けれど、そんな事にかまってもいられずに私は大急ぎで私物をまとめると挨拶もせずにロッカーにむかった。
どうせ妊娠がわかったら首になる覚悟だった。
それが早まっただけだ。
冬馬が気をつかって会社を辞めてしまってからどうも調子がでなかったし。
心の中でいろんな事を考えながら機会的に荷物をつめて会社のロビーを横切った。
外に出て、最後に大きなビルを見上げる。
短い間だったけれど楽しく働けていた。噂好きが多くてけっこう私も嫌がらせされたけど、可愛いものだったし。
何よりも美鈴がいたし。
そうか、美鈴に連絡しなきゃ。
美鈴に素早くメールを送ると、一息ついてお腹を撫でる。
さぁ、今日から節約だ。
この子と二人で生きていかなきゃならないんだから。
あの記事を読んだら、首になるのもしかたがないと思える。
記者から問い合わせの電話が何件もかかってきているといってたし。
こんな大きい会社に、私みたいな社員はいてもいなくても同じなんだから。
問題を起こすような社員はいらないってことだ。
稼ぐ術をなくしてこれからどうするのか。そんな事今は考えたくなかった。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
どういう事?
マンションの前には沢山のカメラを構えた人やレポーターと思われる人が集まっていた。
・・・・・これって、もしかしなくても記事を読んで私のトコに来てるってことだよね?
私は別に芸能人じゃないんだけど。
アレか、ハルや『S』がそれだけ売れてるってことか。
私のトコに来たって何も話す事なんかないのに。
とり合えず、マンションの住人に端から声をかけているみたいだった。
まっ、私の顔なんかアレでわかる訳がないし堂々としてれば大丈夫でしょ。
そう開きなおって人だかりの中に足を踏み入れた。
途端にマイクを向けられ、レポーターだと思われる人に囲まれる。
私は、とり合えず何も答えずにマンションの入り口に足早に向う。
質問内容は、桜田桃についてなにか知っているかって事や、このマンションでハルやAKIにあったことがあるかなどだった。
てか、秋也の芸名がAKIって初めて知ったよわたし。
やっぱり私の顔まではわからないのか気付かれないことにほっとした。
けれど、マスコミが入れないエレベータホールで管理人さんに捕まってしまった。
「あー、桜田さん。申し訳ないんだけど、他の住人のかたから苦情がきているのよ。もし出来るなら他の物件探して部屋を空けてもらえないかしら?」
その目は軽蔑の光が浮かんでいて、あの記事を読んだこと、そして信じたということが感じられる。
いつも愛想の良い管理人さんにこんな目で見られるのは少し悲しい。
あんなの、本当の事を書いてあるわけじゃないのに。
けれど、なんだかどうでも良くなってきてしまった。
私という人間は、あの記事を読んだ人からはそういう風に見られるんだ。
本当の事なんて、見ようともしていないのが分かる。
変な話しだけど、ハルくんや拓海達が凄く遠く感じてしまう。
あぁ、やっぱり凄い人だったんだ。私なんかが迷惑をかけちゃいけない。
管理人さんに頭を下げながら、どうしようかと途方にくれるしか出来なかった。
仕事を首になったばかりで、親もいない、兄弟もいない。
職がなければ家を借りることもできない。ここに居るしかないのだけど、出て行ってくれって言われてしまった。
部屋に辿り着けば、扉に見るに耐えない張り紙がしてあった。
ここはセキュリティがしっかりしているから、おそらくマンションの住人だ。
剥がす気力もなく、そのままにして玄関に入る。
よく分からないままに、玄関に崩れるように座ってしまった。
しまった体に力が入らない。
帰ってきてホッとしてしまったのかもしれない。
今私には頼れる人がいない。
なんだろうこの感じ。
すべてから背をむけられるような。
暗いこの感じ。
私がしっかりしなきゃいけなのに、そう思った途端に笑いが漏れた。
なんて勝手な人たちなんだ。
私がハルくん達を手玉にとる悪い女だから、なにをしたっていいと思ってるのかな。
会社に問い合わせの電話をしたり、こうやってマンションの前に集まったり。
私が首になっても、ここを追い出されても自業自得だとでも言うつもりなんだろうか。
この先の給料も、家も、たった一つの記事で奪われてしまった。
そんなのおかしい。
だってアレは嘘ばっかりで、本当の事じゃない。
しかも、まだ産婦人科にも行ってないのに妊娠の事まで書いてあった。
あれはウチの出したゴミ袋をあさってるってことだよね。
いまのところ私の妊娠がわかるのはあの捨ててしまった妊娠検査薬だけだから。
見えない悪意にぞっとする。
恐い。
誰かに見張られている。
それがとても恐い。
体が勝手に震え始めた。
あのインターネットに流された画像だって美鈴がその日のうちに処理してくれたのに。
記事を書いた人とインターネットに私の合成写真を流した人が一緒って事なんだろうか。
でも、知り合いに記者をやっている人なんていない。
思えば旅行の前の日に、来た新聞の勧誘も変だった。
表札だしてないのに、私の名前知っていたし。
誰が、なんの、目的でこんな事をするのか。
思い当たるふしが全くなくて、それも気持ちが悪い。
引越しをしたのに追いかけてきている。
ここの住所を教えた人なんて数を数えるほどしかいないのに。
『S』のメンバーや拓海にも教えていない。
震える体を両手で抱え込んで、押さえ込もうとするけれど収まる気配はなかった。
自分を自分で励ますしか方法はなくて・・・・・。
大丈夫と言い聞かせなければ不安と恐怖で涙がでてきそうだ。
もうずっと夢に見ていた。
暗い穴に引きずり込まれていく夢を。
明かりが届かず、なにも見えない寒い場所で一人で小さくうずくまっている自分が徐々になにも考えられなくなっていって、息もできなくて。
苦しくて目が覚める。
もう、何日もその夢の繰り返しだった。
子供にいい影響があるわけがなくて明るく物事を考えようとしているのに、なかなか出来なくてそんな夢を見ていたんだ。
夜中に目をさました時はたまならなく冬馬の声が聞きたくなる。
自分から別れるって決めたくせに。
最後に見た何かをいいたそうな悲しい顔が目の前にちらつく。
7年前もそれで後悔したのに。
後悔はしていない。だけど未練は断ち切れなくて。
何度不安にかられて電話をしそうになったか分からなかった。
強くなろう。
そう、決めたのに。
思い出すのは冬馬の声や手や引き込まれるような優しい眼差し。
結局、冬馬は特別なんだと思い知らされる。
高校の時に振られた時だって、面影を消すのにとても苦労したのに。
今は、それ以上に苦しい。
それでも泣かないと決めたから、泣く事はなかった。
誰にも連絡をできずに携帯を握り締める。
助けてと。
その一言がいえないのは私の悪いところなんだ。
今、誰に助けを求めるだって話もあるんだけど。
冬馬に連絡できるはずもなく、拓海は問題外だし。
美鈴は具合が悪いんだし、拓海の事の手前、まこさんにも連絡とりにくい。
・・・・・・・本当にまいった。
どうしたら良いのか見当もつかない。マンションの外に集まるマスコミの人にも帰って欲しいし。
私の事など放っておいて欲しい。
ただ、普通に生きていたいだけなのに。
そっとお腹に手を当てて撫でる。
君と二人。
どこへ行こうか。
本当はまだ自分が妊娠しているだなんて実感はない。
常に気持ちが悪いってのとお酢が口に出来るようになったぐらいだし。
でも、気になって何度か調べた検査では確実に妊娠していると出ている。
仕事も首になったことだし、明日にでも病院へ行こう。
それで赤ちゃんと二人で生きて行く方法を見つけるんだ。
そうと決まれば落ち込んでいる暇はない。
そろそろ震えも収まってきたし、しょうがないから部屋の掃除でもしよう。
うん。
頭を無理やり切り替えて、立ち上がるとふらりと眩暈に襲われた。
また貧血だよ。
掃除の前に休まないとだめかも。
とり合えず靴脱がなきゃ。
そう思った途端に目がまわり始めた。
たっていられなくて、もう一度座りこんでまう。
その時、背後で大きな音がが響いた。
誰かがドアを叩いた?
そして、表にあった紙を剥がす音が聞こえ、静かになった。
なに?誰?
眩暈をこらえながら、扉を見ると勝手に鍵が開いてドアが勢いよく開けられる。
恐怖に思わず、身をすくませた。
読んで頂きありがとうございます。




