3
リビングでは、早瀬が身の置き所がなさそうにソファに座っていた。
視線は落ち着きなく、部屋の中を見ている。
「お待たせ。ごめんね、はい、どーぞ」
コーヒーと菓子鉢を置いて、私はソファの正面に腰をおろした。
「あぁ、俺こそ急に悪いな。お前、彼氏いるなら教えろよ。びっくりしただろ」
顔を歪める早瀬に、笑って返した。
「あんまり早瀬が男っ気がないっていうから言いづらくなったんだよ、入社する前から一緒に住んでたんだけどさ、同棲してますなんて大きな声じゃ言えないし」
「風間は知ってるのか?」
なぜ速攻で冬馬の話になるんだ。しかも、早瀬ちょっと怒ってるし。
「知ってるよ。いろいろ事情があってちょっと複雑なんだけど。そだ、それで早瀬は一体全体どうしたのよ」
コーヒーにミルクを入れながら見上げると、早瀬は少し頬を赤く染めた。
…………なにその反応。気持ち悪いなぁ。
「休みだってのに今日の夜に美鈴ちゃん達と急に合コンが決まったんだよ。で、数合わせでとりあえず、お前誘う事になったんだけど、連絡つかないから」
合コン。私参加した事ないんだけど、なんだって私に白羽の矢がたったんだよ。
そういえば、携帯は電源切ったまんまなのか。
「お前、一人暮らしだと思っていたから、倒れてるんじゃないかと心配になったんだよ」
目をそらして、口を覆いながら照れくさそうに早瀬は言った。
「まぁ、俺の心配は必要なかったみたいだけどな」
心配してくれたのか。ちょっと嬉しいかも。休みの日にわざわざ心配して年賀状ひっくり返して来てくれたのかと思うと自然に笑顔になった。
「心配してくれたんだ。ありがとう。ちょっと携帯壊れちゃっててさ、使えないんだよ。心配かけてごめんね」
早瀬は私を見ると、更に頬を赤く染めた。
だから、なんだってんだ。
「なによ、気持ち悪いな。なんかいつもの早瀬じゃないみたい」
すると早瀬は、更にゆで蛸のように赤くなってしまう。
「いや、なんか、桜田がいつもと感じが全然違うから、恥ずかしいというか、なんだ?これ?」
いや、私に聞かれても。
アレか、拓海のスペシャル美顔コースのお陰か?!なんかお肌つるつるになったもんな。
頬をさすりながら首を傾げると、早瀬は慌てて手を振った。
「いや、なんでもない。気にするな。それより、美鈴ちゃんも心配してたぞ、連絡ちゃんとしておけよ」
「あぁ、そっか。早瀬これから会うんでしょ?無事だって伝えといてよ。携帯使えないからさ」
「え?俺?お前が行かないなら行かねぇよ。あの、ギラギラした女の子の中に行く勇気ないよ」
とぼけた返事は、まるで意味がわからない。私全然関係ないよね?
「なんで私が引き合いに出てくるのよ」
「お前がいれば、とり合えず盾ににはなるだろ」
うわぁ、自分の都合だけだよこの男。
「嫌だよ。早瀬と仲良くしてたら、またなんか言われるでしょ。それでなくても今、冬馬の事で頭が痛いのに」
嫌がらせこそ小さいけど、地味に面倒臭いことになってるからね。
大体、うちの会社は女の子が積極的なんだよ。
そりゃぁ、もう、ハンターの如く彼氏がいようが、少しでも条件の良い結婚相手を見定めているんだ。
…………そうか、会社路線もありだな。あんまり考えたくないけど、冬馬の事好きな子が私の携番をどこかに登録したのかもしれない。
う~ん。わかんないなぁ。
「おいっ、桜田。桜田!!聞いてるか?」
早瀬の声にはっと我に返った。
「あっ、ごめんちょっと考え事してた」
「なにかあったんだろ。そんな顔してる。話せよ、力になれるかもしれないし」
じっと見つめられて、私は困ってしまった。
まぁ、別に隠す事でもないんだけど。
「ん、なんか朝から変なメールとか、電話とかかかってきて携帯の電源が入れられないんだよね。でも、ほら、今友達が調べてくれているから大丈夫」
「変なってどんなだよ?」
「…………ホテル行こうとか、そんなアダルティックな奴」
しばらく、早瀬は大きな口を開けるとおもむろに叫んだ。
「バッカっ!!お前、見ず知らずの奴とホテル行くぐらいなら俺とだろ!!」
あぁ、この男、ほんっと頭にくるなぁっ!!
「見ず知らずの男とも早瀬ともホテルになんて行きませんっ!」
人が困ってるのに、何を言いだすんだこの男はっ。
ゾワリ、と後ろから鋭い視線を感じる。
あ、ご機嫌そこねたぞ?
「桃?」
うっわぁ、ご機嫌斜めだね。
「………はい、ごめんなさい」
私は悪くないけどね。なんとなくね。威圧感でさ、謝んなきゃならないような気がさ、ね。
「別にいいじゃないか。減るもんじゃなし、時には別の相手と寝て見るのもいい刺激になるって」
馬鹿早瀬。いつもの冗談だって、通じる相手と通じない相手がいるんだよ。
目の前の不機嫌さ見れば、解るでしょ!
「てのは冗談として、お前のミニパソ貸してみろよ。ここ、ネット繋げられるよな?」
にやけた顔を引き締めて、早瀬はコーヒーを啜った。
そういえば、早瀬もこういうの得意だったっけ。
私は鞄からミニパソを取り出すと、起動させて早瀬に渡した。
ご機嫌ななめな拓海も私の横に腰をおろす。
「なに、こーゆーの得意なのかよ」
「あぁ、結構ね。趣味で色々と」
しばらくカチャカチャと、キーボードを叩く音が響いた。流石のキーボードさばきで、めちゃくちゃ速い。得意って言うだけあるわ。
「おっ?おっおぉぉぉぉぉ!!こりゃ、すげぇ。よく出来てるわ」
一人で顔を赤らめて画面を見る早瀬を疑問に思い、パソコンを除きこもうと周り込んだ。
拓海も気になるのか、ミニパソを覗きこもうとする。
「ワリィ、俺トイレ」
そそくさと、早瀬は私にトイレの場所を聞いて席を立ってしまった。
なんか、不自然なんだけど?
パタンッ。
早瀬がトイレに行くのを見送っていた私より早く、ディスプレイを見た拓海はミニパソを閉じてしまった。
先ほどとは、比較にならない程、真っ黒なオーラを醸し出し、まるで魔王光臨のようだ。
顔が無表情だから、めちゃくちゃ恐い。そのまま、スッと立ち上がる。
何事かと思うけれど、雰囲気が異様で声がかけられない。
ねぇ、なに?パソコンでなに見たのよ。
めちゃ気になるじゃないの。
立ち上がった拓海はそのまま、トイレの扉の前に立つと凄い勢いで扉をノックし始めた。
ドドドドドドドドッ。
「こら、てめぇ!フザケルなよっ!!今すぐその記憶消去しろっ。すっぱり、さっぱり忘れろよ!てか、出て来い馬鹿野郎!!!!」
めっちゃ怒鳴ってますけど。
だいたい、外面はずして完全に素になってるし。
なにが起きているのか、さっぱり分からない。
「馬鹿っ!!お前も男ならわかるだろっ!そっとしておいてくれよ!」
情けない早瀬の声が、トイレの中から聞こえてくる。基本トイレの中に話しかけるのNGだから、と思っているのに口が出せない。
「解るから、出て来いって言ってるんだよっ。てめぇ、桃相手にふざけるなっ」
拓海の怒号とノック音に、さらに興味をかきたてられ、私はミニパソをそっと開けて休止状態になってしまったそれを再起動した。目ざとく、それを見た拓海が慌てる姿が目の端に写る。
「桃っ!!見るなっ!」
と言われれば、更に気になるでしょ。
早瀬を放って、私の方に来る拓海は一歩遅かった。
ディスプレイに表示されていたのは、あのアダルトな雑誌の艶めかしいお姉様方のように、生まれたままの一糸纏わぬ姿で扇情的なポーズをとる。
私の写真。うん、私の顔だよね。
思わず食い入るように見てしまう。
自分の胸元に視線を下ろした。
それから、拓海を見上げる。
拓海も、私を気遣うような目で見ていた。
「拓海ぃ」
「だから、見るなって………」
「酷い。これ絶対、私のほうが胸大きいよね?これ、ちっちゃいよね?」
密かに大きい胸が自慢なのに。自慢できるの胸しかないのにっ!!
「って、気にするトコ、ソコかよっ!!違うだろ」
一瞬安心したように、表情を緩めて私の頭を叩いた。
「だって、これいくらなんでもちっちゃいよ?!駄目でしょっ!!」
……って、待てよ?唐突に閃いてしまった。そう、早瀬がトイレに駆け込んだ理由を。
信じられない。あり得ない。
勿論、トイレの前に行きましたとも。
「サイッテイ!!早瀬の馬鹿馬鹿馬鹿っ!!信じられないからっ!アレ、私じゃないしっ!!」
「うるせぇ。しょーがねぇだろっ!男ってのはそういう生き物なんだよっ!!」
「生き物ですますなっ!私の顔でやめてぇ!!」
「ばっ馬鹿っ!!ソコで人聞きの悪い事言うなっ。なんにもしてねぇしっ!頼むから、落ち着くまで放っておいてくれ」
情けない早瀬の悲鳴混じりの声だったけど、めちゃくちゃ納得いかないんですけどっ!!
早瀬は、しばらくしてからバツの悪そうな顔をしてトイレから出てきた。
本当に男って!!男って!!
「頼むからそんな汚いもの見るような目で見るなよ。悪かったって。お詫びにそれ、何とかするから」
ミニパソを指差して、早瀬はもう一度ミニパソに向う。
・・・・・・・・・納得は行かないけれど、男の生理現象だと思うしかない。
一応、解決してくれるみたいだし。
「桃、それ、ソコだけじゃないみたいだな。色んなサイトで晒してあるみたいだって智から連絡来てる」
再びベランダで電話していた拓海は戻ってくると、大きく溜息をついた。
「やっぱり、携帯の番号とメールアドレスはそういうサイトから流れているみたいだ。コイツの話したら、手分けしたほうが早いからって智がこっち向ってる」
「あんまり、言いたくないんだけどさ、智も見たんだよね?あれ」
知り合いの男の人に見られるのは、流石に嫌だな。うん。いくら私の合成写真だって言っても生理的に嫌だ。
でも、見ず知らずの人がアレを見て私に電話をかけてきてるんだよね?
ぞっとするし、気持ちが悪い。
先ほどの写真の横には、思い出すのも嫌なイヤラしい文章と共に私の携帯番号とメールアドレスがバッチリと晒されていた。連絡頂戴ね。一緒に楽しみましょう的な文章も乗せられていて・・・・・・・・・。
これ、不特定多数の人が見てるんだ。
大体、これ違法だよね?
駄目だよね?
むぅと黙りこんでいると、早瀬がポンポンと頭を叩いた。
「何とかしてやるから、そんな顔すんなよ。とり合えず、このサイトのは消去と警察にタレこみ完了っと」
最後にポンッとキーボードを叩くと冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。
「あぁ、おかわりを淹れてくるね。もうすぐ援軍も来るみたいだし」
「数が必要なら風間も呼べば?アイツもノートPC持ってるし、俺と同等くらい出来るだろ?」
なにげない、早瀬の一言に私と拓海は一瞬フリーズした。
早瀬にしてみれば、当たり前の事なんだろうけどさ。
拓海の表情を思わず見れば、何かを考えこむような仕草をしていた。
「何件あるかわからないんだよな?俺はPC全くできないし、癪だけど桃の為ならアイツ来るだろ?頼めば?」
って言われてもさ。拓海がそう言ったってウンと頷けるわけないじゃんか。
私が戸惑っていると、後ろから早瀬の大きな声が聞こえてきた。
「おう、お前暇?桜田がトラブッててさ、今からPC持って桜田の家これるか?」
って、なに勝手に冬馬に電話してるの?!昨日の今日でちょっと気まずいんですけど!
気づけば早瀬は速攻で冬馬に電話をしている。私に断わりもなしでねっ!!
あぁ、めちゃくちゃ余計な事してくれちゃってるよ。
早瀬は私の視線など何処吹く風で私の家の住所を言うと電話を切ってしまった。
「なに、勝手に冬馬呼んでるのよ。これ以上あの写真知り合いに見られたくないのにっ!!」
特に冬馬には絶対に見られたくないし、うん。絶対に嫌だ。
「ただの合成写真だろ?本物じゃないんだからいいじゃないか」
「その、合成写真でトイレに駆け込んだの誰よ?ソーユーのが嫌だって言ってるんだけど?」
一気に早瀬の顔が赤く染まった。思い出さなくていいからっ!!
「おまっ!桜田のくせに今日は生意気だな」
「早瀬が悪いっ」
「アレは、本当にしょーがねーだろっ。大体す・・・・・・・・・」
突然何かを思いついたように、早瀬が言葉を切った。
「す?す、なによ」
「・・・・・・なんでもない。兎に角、数は多いほうがいいんだろ?小さい事気にするな」
全然小さくないんだけど?
なにが兎に角なんだか。
読んで頂きありがとうございます。
・・・・・・・早瀬が不憫な回でした。




