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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅴ
23/79

3

そして、今。


とんとん拍子に話が進み、私は都心にあるCM撮影によく使用されるスタジオの前に拓海とまこさん達を連れて立っていた。


思い返せば、久しぶりにあった寅之助さんもとい冬馬パパはまゆちゃんを軽くしのぐ強引さだった。


冬馬の両親と言う事で、世話になんかなりたくないという拓海を宥めすかしなんだか騙されているんじゃないかと疑いたくなるような鮮やな手口で拓海を落とし、まこさん達『S』のメンバーをも脅威のスピードで口説き落としてしまった。


メジャーデビューをしたくないわけじゃなくて、あまりに大手のあまりに破格な待遇の契約に皆尻込みしていたのだ。


拓海はただ単に、冬馬が気にくわなかっただけだけど。


冬馬パパは、私の顔を見るなり喜びに頬を緩ませ、昔のようにハグをしてくれた。


懐かしいそのハグに、私はどちらかって言うと昔のように平静ではいられずに軽くパニックをおこしてしまった。


だって!!あの寅之助さんだよ!!

無知って恐ろしい。


そんな訳で、無事?契約を済ませたにも関わず、まだ仕事をしていたわけでもないので全く芸能人の自覚もないままに拓海とまこさん達は初仕事である、我社のCM撮影の為に今ここにいるのだ。


「おい。これ、夢じゃないよな?」


ビルを見上げながら、まこさんが呟くと。


「夢だろ?」


と拓海が返した。


可笑しなことに、普段自信満々で弱気の二文字が辞書にないんじゃないかっていう二人が緊張でゴクリと息をのんでいた。


「夢じゃないよ。ほら、早く中に入って。まゆちゃんを待たすと後が恐いよ」


私が仰せつかったのは、CM撮影のさいにまゆちゃんと拓海達の世話をするものだった。


まゆちゃんからのご指名で、急遽CM撮影が終わるまで広告宣伝部に異動という形で担当することになったのだ。

電話連絡から、なにからすべてまゆちゃんたちに連絡するのは私の役目だった。


そう、まゆちゃんは本当に我社のCM出演にOKを出して、二十数年ぶりにテレビに顔を出すのだ。

伝説のアイドルがCMに出るとあって、前評判は物凄くいい。

まだ、撮影もされていないというのに何社もの新聞がこのことを報道していた。


おかげで、我社の社名はいたるところで話題に登り社長はほくほく笑顔だ。


まゆちゃん側の要望は、CMのイメージソングは『S』に書かせ歌わせること。まゆちゃんと一緒にCMに出る事の二点だった。

社長にしてみれば、まゆちゃんがCMに出てくれればそれでいいらしく、『S』については二つ返事だったと聞いている。


「ここからは、私スタッフだから、変に勘繰られても面倒くさいし、さんづけで呼ぶからまこさん達も私の事桜田って呼んでね」


私はそう言うと、二人の肩を叩いた。


「頑張って。期待してるからね」


大きく息を吸い込んでから、みんなは足を踏み出した。

受付を済ませ、指定されたスタジオに入ると既に熱気に包まれていた。何人もの人が忙しなく動きまわっている。


その中でも一際輝いているのは、社長と話をしている風間夫妻だ。


「おはようございます。『S』の皆さん到着されました」


大きな声でそう言ってからスタジオ内に入る。

いたるところから、あいさつを返してくれる声が聞こえた。

まゆちゃんもこちらに気づき、大きく手をふってから手招きをした。

まこさんを先頭に、『S』のメンバー五人はまゆちゃんの元へ歩いていく。


私は一歩距離をおいて後からついていった。


「このCMでデビューさせていただく『S』です。商品コンセプト『和』にピッタリですよ。全員和服でデビューさせますから」


拓海たちは和風のバンドとして着物を纏ってのカラーを全面に押し出す事になっていて、音楽は和洋折衷になる。

なにしろ、安物ではなく本物の着物を着るから衣装は豪華だ。

冬馬パパが乗り気なのもそこに現れている。女性の華やかな着物や、男性の渋い着物を枠にとらわれずに纏うと言っていた。


今回のCMは和の香りシリーズの香水を売り出すためのもので、もともと駄目元でまゆちゃんにオファーをだしていたんだそうだ。

それが、変な縁で実現したことになる。


まゆちゃんの大ファンだという社長は普段CM撮影の現場なんて絶対に来ないのに、今日はおしゃれなスーツに身を包んでちょっと緊張しているようだった。


拓海達は実名の漢字で、下の名だけを公表することになっていた。


「リーダーの誠です。よろしくお願いします」


まこさんを筆頭に、メンバーが挨拶をしていく。


キーボードの智(とも)。

ベースの総司(そうじ)。

ギターの牧(まき)。

そして、ヴォーカルの拓海。


全員で五人だ。みんな緊張しているのか、いつもの騒がしさはなかった。

急に決まったメジャーデビューに戸惑いを隠せない様子だった。


まぁ、拓海はいつものごとく不機嫌オーラがでてるけどね。


拓海は緊張はしているみたいだけど、今はあまり表には出していなかった。さっきよりもずっと余裕に見える。


一通り社長に挨拶をすませ、私が楽屋に案内する事にする。

まゆちゃんは、もう少し社長と話をするようだった。私は、先頭に立ち控室のほうへと歩き出した。


「ねぇねぇ、ピー。どうしよう、僕めちゃくちゃ緊張してきた。ライブ以上なんだけど」


私の横にたったのは、自称マスコットの智くんだ。身長はそんなに低くない筈なんだけど、フワフワの天然パーマの髪や、くりくりした大きな瞳が童顔をさらに引き立たせて、少年のような愛らさを醸し出している。ただし、自称マスコットは自称なだけあって裏表がかなり激しい。

バンド名が一番しっくりくるのは何を隠そう智さんだ。


Sっ気が強いってことね。


「だから、苗字で呼んでって。私仕事中なんだから」


小さい声でいうと、智さんは可愛らしく笑うと目を光らせた。


「だからなに?ピーはピーで充分だよね?」


………名前で呼ぶ価値ないってことですかね。

あぁ、智さんお腹あたりが真っ黒ですね。


「智、俺達のデビューのきっかけ作ったのは一応、ピーなんだからそういう言い方やめとけよ。ま、九割は俺等の実力だけど?」


そういうのは、自称インテリ担当ベースの総司だ。目が悪いわけでもないのに常に銀縁眼鏡をかけている。さらっさらの黒髪に、一重のきりりとした瞳。薄い唇は酷薄そうな印象を与えるにも関わらず、表情はいつも柔和で笑顔を崩さない。こちらも自称だから、物凄く頭がいいわけじゃない。って失礼だけど。眼鏡を押し上げる仕草が好きで、それが頭良さそうに見えるからという、実に頭の悪そうな理由でインテリを気取っているにすぎない。

インテリキャラで通したいなら、ライブ、打ち上げでとにかく喋るな黙ってろがまこさんからの絶対命令だったりする。


「ピーは俺等の妹みたいなもんだもんなぁ。なかなか、他人のふりしろって言われても難しいよねぇ」


こちらはお笑い担当の牧。お笑いというか、その場の雰囲気をよくするために明るく振舞ってくれている人だ。まこさんも結構気を使う人だけど、音楽の事になると意見を曲げない人だから牧は欠かせない人なんだ。

牧がいなかったら『S』は確実に喧嘩別れしていると思う。ムードメーカーっていうのかな?

打ち上げでも、一番盛り上げてくれるのが牧だ。トレードマークはピンクの髪の毛。会ってから何年も常にピンク。初めて会う人は必ず髪の毛に目がいってしまうぐらいにドギツイピンク色をしている。

でも、これがまた似合うんだよね。雰囲気がぴったり合うの。お父さんがイギリス人だという牧はハーフだというけれど、生粋のイギリス人にしか見えない。白い肌に、碧い瞳。だけど髪の毛ピンクの牧は何処にいても目立つ存在だ。


大学生の頃から、いつの間にか『S』のライブ活動を手伝うようになって、あれこれと私に命令しなれているメンバーにとって今の状況は違和感があるのかも知れなかった。


控え室の前に到着すると、『S』様とネームのところに貼ってある紙を見て、智が嬉しそうに頬を緩めた。


「なんかいいね。こーゆーの。僕達の第一歩って感じでさ。よし、入ろう。あっ、ピー僕ミネラルウォーター」


「麦茶」


「コーラー」


「りんごジュース」


「いつもの」


最後は拓海だ。


「はいはい、あのねぇ。雑用とパシリ違うからね。今回だけだよ。もうすぐメイクさん達が来ると思うからキチンとしててね。くれぐれも、失礼のないようにね」


「ピー、五月蝿い。子供じゃないから、大丈夫だよ」


私は総司を睨んだ。


「大丈夫じゃなさそうだから言ってるんでしょ。靴脱いでても履いてても机に足を乗せちゃ駄目なんだからねっ!!」


行儀がいいとはお世辞でもいえない彼等に心配の種はつきない。


しっかりしてるのは、まこさんぐらいだもんね。


私はきびすを返し、自動販売器を探しに出掛けた。


全く、あの人達に協調性ってものは期待しても無駄なんだよね。


女の子が飲み物買いにいくなら、せめて全員同じのにしろっていうの。


確かロビーに自販機があったことを思い出して私はエレベーターに乗った。

目当てのものは発見したけれど、拓海が欲しいと言っていたメーカーの自販機がなかった。

しょうがないので、蜂蜜入りのゆずジュースを買う事にした。


喉に良さそうでしょ?

まぁ、今日は歌うわけじゃないけれど。


そして、私は自分の失態を知る。


つい、まゆちゃん達の分もと購入してしまい私の両腕には七本のペットボトルがあり、落ちないように支える事が精一杯でエレベーターのボタンを押す事が出来なかった。


あきらめて、階段登るか。たかだか、五階だし。

たかだかだと思ってなきゃやってらんないよ。


やっと五階に辿りついて、私はほっとする。


ちくしょう、運動不足だ。息も荒くなってるし、腕も痛い。

えっと、どっちだっけ?


初めての場所だからか、下調べしたのに方向がいまいち解らない。


それでも控え室になんとか、辿りつき、私は外から声をかけた。


「お疲れさまです。申し訳ありませんが開けて下さい」


中から誰かの返事が聞こえ、すぐに扉が開かれた。


私はお礼を言おうと顔を上げ、そのまま自分になにが起こっているのかが理解できなくなってしまった。


いや、考える事を放棄したのかもしれない。


目の前にいる人物は、ここで会うはずもない人で。


出来れば二度と会いたくはない人で。


多分、私が人生で始めて心の底から妬ましく思い、憎いとさえ思った人。


私は今、『S』の控室の扉を開けてもらったはずだった。


間違えて、見たくもない過去の扉を開けてしまったのだろうか。

それとも、これは幻?


けれども、目の前の幻は怪訝な顔をして扉を押さえたまま私を見ている。


…………幻のはずないか。


最近、過去に引きずり戻されてばかりだ。


私はなにかバチが当たるような事をしたのだっけ?


年齢を重ねているはずだけれども、その人は相変わらず綺麗だった。


私の悪夢そのものは艶やかに笑う。


「どうしたの?貴方、『S』になにか用なの?黙ってたら分からないわよ?」


瞬間で理解した。


私の事は分からないんだ。


私は忘れる事など出来なかったのに。



読んで頂きありがとうございます。

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