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白 桃   作者: 藍月 綾音
桃 25歳 Ⅴ
22/79

三時間後、なぜか大将のお店でまこさんとまゆちゃんはデロンデロンに酔っ払っていた。


あのぉ、今日月曜日ってわかってるのかな。

明日仕事なんだけど。


まゆちゃんとまこさんは意気投合した挙句にお酒が飲み足りないと騒ぎ、まこさんを置いてかえるに帰れずに今に至るって感じだ。


焼肉は最高に美味しかった。

それはもう、死ぬほど美味しかった。お箸で切れるお肉を初めて食べちゃったよ。

部長が奢ってくれたときは、もうちょっとお安いメニューだったからさ。

もう二度とあの店はないな、自分で行くには高級すぎるよ。


それでも冬馬は、本当に全額出してくれたから驚きだよ。冬馬パパご馳走さまでした。


そして、今。何故かこちらもかなり酔ってらっしゃる拓海と冬馬が私の頭越しに睨みあっていたりする。


何にもいわずにもくもくと日本酒を呷っているから恐い。

私は帰りの運転もあるから飲まずに二人の酌をしていた。

冬馬がお猪口を差し出せば、拓海も無言で机の上にお猪口をごんと置く。

一時間前ぐらいからずっとこの調子なんだよ。

多分、すっごく酔ってるからね、二人とも。


まゆちゃんとまこさんは楽しそうに笑いながら昔のドラマの話をしている。あぁ、私もあっちに行きたい。


機嫌の悪い拓海と冬馬の相手なんてしたくないし。

と思っていたら突然拓海が口を開いた。


「桃、明日は仕事帰りに買い物行こうぜ。野菜が少なくなってる」


「ん?うん別にいいけど、今言ったって明日覚えてないんじゃないの?」


「大丈夫。俺、桃との約束は忘れた事ないから」


それにしたって、別に今する話じゃないでしょうが。

と思えば、今度は冬馬だ。


「じゃぁ、昼休み一緒にお昼食べに行こう。もちろん俺の奢りで。行きたい店があるんだけど、一人じゃはいりづらいんだよ」


酔っ払ってるからか、私の右手を握って自分の頬に当てる。

思わず顔が火照ってきてしまった。


……………酔っ払っている男の人って色っぽいよね?

なにこの、フェロモン垂れ流しな冬馬。


思わず冬馬に見惚れてしまっていると、後ろから拓海の手が伸びてきて私の右手を掴んだ。


「おい、桃に触るな。酔っ払いが」


後ろを振り向かなくても拓海が冬馬を睨んでいることくらいは分かった。


「別に手を握るくらい大したことないじゃないか」


しれっとなんでもない事のように冬馬が答えて握った力を抜くと私の手のひらにキスを落とした。


だっだから、やぁめぇてぇぇぇぇ!!

なにっ!!なんなのこのシチュエーションっっ!!

後ろでもの凄い威圧感が膨れ上がってますからっ!!

多分今振り向いたら、目が光っていたり、角が出てたりするんだから。


冬馬はのほほんを目元を緩めて微笑んで私を見ている。

状況を理解しているとは、欠片も思えなかった。


空気読めよっ!馬鹿!!


そう思っていても、ほんのり赤く染まった頬に、優しく緩ませた酔って潤んだ瞳で見つめられると、後ろの威圧感がどんどん増すにもかかわらず私は目が離せなくなってしまった。

後ろから回された拓海の手に力が入って我に返る。


拓海の前であり得ないからっ!!


きっと、初めて本当の意味で好きになった人って特別なんだ。

冬馬に会うまであまり男の子に興味はなかった。

兄貴をみていたら、夢もなにもなかったし。

いつも好きだって言っても、ミーハー的なもので、顔だったり、人気が高いって理由だったりと中身を丸ごと何処をとっても好きっていうのは冬馬が初めてだった。


……………失恋だったけど。


いや、だからこそか。

だからこそ私は冬馬に今もドキドキして、目が離せなくなってしまうんだ。

拓海が腕をまるで取り返すかのように引っ張るのに、冬馬はまだ放してくれない。

まるで拓海を怒らせて、楽しんでいるみたいだ。


「冬馬、放して」


「ん、もう少しだけ」


見つめられたまま艶のある声で囁かれれば、大して恋愛経験があるわけじゃない私はもうどうしていいか分からない。


「駄目に決まってるだろっ。人の物に手ぇだしてんじゃねぇぞ?」


今度は両手で冬馬の手を剥がしにかかった拓海はぴったりと私にくっついていた。

拓海が冬馬の手を掴もうとすると、さっと私の手を放す。

拓海は空を切った手をそのまま私の腰に回した。座ったまま後ろから、きつく抱きしめられて拓海は私の耳元に息を吹きかけた。


「ひゃぁ。っんん。ちょっと、馬鹿やめてって。人前でなにしてるのよ」


ゾワリと背筋に痺れが走った。

耳がめちゃくちゃ弱いんだよ私。


「お前こそなにされちゃってるんだよ。俺の前で手ぇ握らせて、キスまでされて。ふざけんな」


「うへぇ、拓海さんピーちゃんにまで手ぇ出しちゃ駄目ですよぅ」


カラリと座敷の引き戸を開けて山崎君が私達を見ると、あちゃーと上を見上げて片手で顔を覆った。


「さやかさんに言っちゃいますよぅ。あの人恐いんですから。勘弁して下さいよぅ」


……………さやかって、あのさやか?


「うわぁ、趣味悪っ」


咄嗟に出た言葉がそれだった。

さやかといえば、熱狂的な拓海のファンで自称親衛隊長だ。ライブの後に、拓海と夜を過ごす女の子の順番なんかも決めていると聞いていた。

基本的に拓海は来るもの拒まずだけど好みぐらいはある。

それをきちんと見定めて、拓海の好みの子をあてがって来るんだ。

自分の好きな人に、そういう事をする気持ちが私にはさっぱりわからなかった。

それに、何が嫌いかって女の子の手配までするくせに打ち上げの時は拓海にべったりで、紹介した女の子達には態度が居丈高だからだ。

少しでも拓海が笑いかけたり、優しくした相手には必要以上の嫌がらせをするらしいとも聞いていた。


「山崎君。私の為にさやかさんに変な告げ口しないでよ?これはただの酔っ払いだから。もし余計な事言ったら、二度と打ち上げでここを使わないからね」


他のメンバーに出入り禁止令だしてやる。


ライブの打ち上げの度に結構な人数でここを使わせてもらっているから、そこそこ得意客のはずだった。


「うへぇ、冗談きついですよぅ。ピーちゃんが顔を見せなくなったら大将が泣いて淋しがります。絶対にいいませんよぅ」


……泣くわけないじゃん。


「そうそう、黙っててね。俺としてもファン同士の争い困るから。拓海はいくら困ろうと関係ないけどね」


いつの間にかまこさんが、私の後ろに立っていた。


「ほれ、ピー。お前すみれちゃんの隣に行けや。餓鬼共の世話ばっかりであんまり食べてないだろ?さっきの焼肉もすすんでなかったし。きちんと食べないとまた倒れるぞ」


拓海の頭を引き剥がして、私を立たせてくれる。


あぁ、まこさん良い人だ。

相変わらず、スマートに話を進めるよね。


拓海と冬馬の間を抜けらるとあって私は二つ返事でまゆちゃんの隣に移動した。

こそっとまゆちゃんが耳打ちしてくる。


「桃ちゃん、この中でお買い得は絶対まこちゃんよ。彼は女を幸せにする男よ」


よっぽどまこさんがお気に召したのね。


「残念。まこさん既婚者だよ。子供もいるし」


そう、まこさんの奥さんは看護師さんで日夜まこさんのデビューの為に縁の下の力持ちをしている。

まぁ、この気遣いの上手さは既婚者だから女性の扱いを熟知しているだけとも言える。

もともとの性格の良さが五割りぐらいあるかもだけど。


「で?拓海はさやかが彼女だと認識するくらいには手ぇ、出してるわけね?」


帰ってからでもいいけれど、一応確認しておく。さやかが拓海の定期的な浮気相手だとすると、とんでもなく私の身の危険を感じるんだけど?

拓海が家に帰って来ていることを知られるだけで充分ヤバイ。

なにをされるか解らないよ。どっちかって言うと粘着質で蛇みたいな女だから。


「んな訳ないだろ。毎回あの手この手使って逃げ回ってるよ。手ぇ出しても大丈夫かぐらい判断できます」


とすました顔で拓海がいうけれどどうも信用ならない。

私はまこさんに日本酒をすすめながら聞く事にした。


「拓海はあぁ言ってるけど、まこさんが知ってる話はどんなのかな?」


グラスに日本酒を注ぐと、まこさんはグイッと一気にグラスを空にした。


「ん?確かなのは一回。拓海が正体無くすほど酔った時にお持ち帰りされてたぞ」


…………お持ち帰りされてたって、最近の女の子はホント積極的だよね。

既成事実ってやつか。


「あっ!まこ裏切り者!!」


拓海が非難の声をあげるけれど、まこさんはゆったりと微笑んだ。


「俺は最初からピーの味方。何度も言うけどな、お前の場合ピー逃したら後は悪くなるだけだぞ。お前女の趣味悪いもんよ。ピーぐらいだよお前と付き合える良い女」


良い女って言った?

まこさんが、私の事?


まこさん、カッコいいっ。思わず見惚れてしまう。もう、まこさんは私の中で超絶良い男ランキング一位だ。


「あら?じゃぁ、拓ちゃんこれから残念ねぇ」


片頬に手を当てながら、まゆちゃんがニッコリと笑う。


「なにがだよ」


眉を顰めて不快感をあらわにした拓海はすでに、まゆちゃんにタメ口だ。どうなのそれ。


「桃ちゃんは家のお嫁さんだもの。拓ちゃんにはあげないわよ?」


あれ?また始まった?

よく見るとまゆちゃんの前には、空のワインボトルが一、二、三本?

って、ワインまゆちゃんしか飲んでないから!!

実は凄い酒豪だったのかっ。


「馬鹿いってんじゃねぇよ。あげないもなにも最初から俺のだから」


また、恥ずかしげもなく言い切るその自信は一体どこからくるんだよ。


「あぁら、違うわよぅ。桃ちゃんは昔からうちの子だもの。十五才の時から、うちの嫁にするって私が決めてるのよ」


まゆちゃんが無意味に胸を張っている。

なんでそんなに誇らしげなんだ?


「おふくろ、桃に迷惑だからその話しは止めろって言っただろ」


まだまだ日本酒を煽りながら、真っ赤になって目が据わりつつある冬馬が諫めると、まゆちゃんは私に抱きついてきた。


「冬馬くんが不甲斐ないからでしょう!アレだけサッサと告白しなさいって言ったのにっ!冬馬くんのヘタレっ!」


まこさんが勢いよく咳を始めた。噎せているみたいだったのから水を渡す。


「ヘタレだぁ?人の気も知らないで。いいから、おふくろが口を出す話しじゃないんだから黙ってろよ」


「私が口を出す話しなのよ。いいわ、ここからが本題よ」


キッとまゆちゃんは拓海を睨んだ。

本題って、え?なんか話があったの?

拓海に?


嫌な予感が……。


「拓ちゃん、私のコネでメジャーデビューさせてあげるから、今すぐ桃ちゃんと別れてちょうだい」


また、まゆちゃんは何を言い出すんだっ!

ブホッと冬馬が日本酒を吹き出した。


「断る」


間髪入れずに拓海が言ってくれて、私がびっくりした。

だって、拓海達の念願のメジャーデビューだ。多少考えそうなのに。


「ふぅん。まぁ、それなら合格か。少しでも考えるそぶりを見せたら、何がなんでも別れさせようと思ったのに。ざぁんねん」


合格ってなにが?


「ちゃんと、桃ちゃんのことを想っているみたいだから夏樹さんに話を持っていってあげるわよ。一人の女の子を幸せに出来ない男は何千人、何万人のファンを幸せに出来ないからね」


「夏樹さんって?」


まこさんが首をかしげた。デビューの話よりそちらが気になるらしい。


「あぁ、冬馬のお父さん。なんで夏樹さんが話に出てくるの?」


弾かれたように、冬馬とまゆちゃんが私を見た。


「まさかっ!桃、親父の仕事を知らないのかっ!」


冬馬が目を丸くして驚く。


「え?だって聞いたことないし」


「冬馬くんの学校でも、ご近所さんでも有名なのよ?なにより夏樹さんが泣くわね」


大げさに首を振りながらまゆちゃんは、唐揚げを口にいれるともぐもぐ咀嚼した。

そんなに有名だったんだ。

全然知らなかった。どっかの会社の社長さんだって言う事はしっていたけれど。


「で?夏樹さんってなんのお仕事しているの?」


まゆちゃんは、話す気がなさそうだったので冬馬に視線をなげかけると、呆れたように冬馬は机に肩肘をついた。


「本当に桃はのんびりしてたんだな。芸能事務所の社長兼俳優だよ。だいたい、桃好きじゃないか、藤堂 寅之助。あれ、親父だぞ?お前ファンのくせに気づかないって、ありえねぇから」


あまりの衝撃に、頭がくらくらしてきたよ。


藤堂 寅之助って私が小さい頃始めて好きになった俳優さんでやくざから御曹司までなんでもこいの実力派俳優だ。

もちろん今でも、大好きだけど。


「ばっ!!冬馬一言もそんな事言わなかったじゃん!!名前も違うしっ!!まゆちゃんいっつも夏樹さんって呼んでたからてっきりそっくりさんかと……」


「そりゃぁ、地元で知らない奴のほうがもぐりだったからだよ。だいたいおふくろだって神崎 すみれだっただろ。芸名だよ、芸名」


「あんな田舎に藤堂さんがいると思わないもんっ!!どうするのよっ、憧れの藤堂さんの前でっ平気で冬馬パパとか呼んじゃったじゃんかっ!!」


プチパニックをおこす私の横でまゆちゃんはワインをグラスにそそいで私に渡した。


「まぁまぁ、桃ちゃんちょっと落ち着いて。ね?これ飲んでほら。夏樹さんだって、冬馬パパって呼ばれて喜んでたし、むしろお義父さんって呼ばれたがってるし」


まゆちゃんから渡されたグラスがワインだと言う事を失念して私は落ち着くために一気に飲み干してしまった。

喉がカッと熱くなる。

しまった。ワインはアルコールがまわりやすいんだよ。私。


「まて、話がずれてるぞ。すみれちゃんの旦那さんがプロダクションの社長だってのは解ったんだが、どうしてすみれちゃんが今、そんな話を始めたのかが良く分からない」


まこさんが、戸惑ったように頭を掻いた。


「あら?まこさん達のバンドって『S』でしょう? 」


まゆちゃんはなんでもない事のように言うけれど、私達は誰一人バンドの名を言っていなかった。


「なんで知ってるの?!」


「夏樹さんがこの前資料をみてたから。さっきから何処かで見た顔だって思ってたのよ。私もCDを聴かせてもらったし。楽しい音楽を作るわよね?」


思わぬまゆちゃんの褒め言葉に、まこさんが無言で肩を震わせている。


あぁ、噛み締めているんだな。

大ファンだったら、憧れの人からそんなことを言われて平静でいられる訳ないか。


「なんだか、遊園地に行ったみたいな楽しい印象だったの。メリーゴーランドみたいにメルヘンチックな曲もあれば、ホラーハウスみたいなおどろおどろしい曲。ジェットコースターのように早くて、スリリングな曲もあったわよね。なかなか面白いよねって夏樹さんと話をしたことあるのよ。ただ、人柄を調べてからじゃないと話をする事はできないからって保留中だったのよねぇ」


まゆちゃんは楽しそうに私を見ると優しく微笑んだ。


「桃ちゃんが仲良いグループなら人柄も一応合格だし、拓ちゃんもまこちゃんの華があるし、夏樹さんにデビューの方向で話を進めてもらっても構わないと思うの」


いやいやいや、あまりの急展開に頭がついていけない。


整理すると、冬馬パパは芸能事務所の社長で前から『S』に目をつけててくれてて、今日人柄が保証されたからデビューさせてもいいかなってまゆちゃんが冬馬パパに話してくれるって事?



メジャーデビュー?

拓海とまこさん達が??


話がうますぎて言葉にならない。

現実感がなさ過ぎるし、居酒屋で酔っ払った人同士の戯言にしか私は思えなかった。


だからこの時、私達はこの話を本気にしていなかった。


それが、後からあんな事になるなんて私はちっとも予想すらしていなかった。


これが発端で一週間後、私は社長室に呼ばれ社長から直接大役を仰せつかってしまったのだった。

読んで頂きありがとうございます。

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