エピローグ
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
藤原くんが支払いを済ませると、例のウエイトレスが頭を下げた。今日はこの人がずっとわたしたちの担当だったな。ありがとう、進藤さん。
「ミヤ、あたしたち、ちょっとトイレに行ってくるわ」
そう言ってユキとマチがトイレに行ったので、藤原くんとふたりで外に出た。坂上屋の小さな駐車場はいつもあまり車が止まっていない。今も、青いムーブが一台止まっているだけだ。このムーブ、よく見るんだけど、従業員のものだろうか。いい趣味をしている。
風を避けるためだろう、藤原くんは柱の陰で人通りの少ない歩道を見ながら佇んでいた。この寒空の下、無言で過ごすのも気まずいので、さっき微妙にひっかかったことでも訊いてみよう。
「ねえ、藤原くん」
「なに、桜井さん」
「さっきさ、わたしが推理したって知ったとき、流石は桜井さんだと思ったって言ってたでしょ。あれ、なにが『流石』なの?わたしたち、話したことなかったのに」
自分がまったく知らなかった人物からそんなことを言われると、案外気になるものだ。わたしがソフト部で参謀の役割を果たしていたということも知らなかった様子だったし、一体彼はなにをもってわたしのことを『流石』と評したのだろうか。
「ああ、それは……」
藤原くんはなんだか照れくさそうに笑いながら答えた。
「俺、塾が一緒なんだよ。実と」
「え、まじ?」
意外な理由だ。確かにそれならわたしのことを知っていてもおかしくないけど……。
「あいつ、塾でわたしのこと話したりするの?」
もともと無口なのに、友達にべらべらわたしのことを喋ったりするのだろうか。
「俺にだけだよ。あいつとは馬があってさ。塾ではいつもつるんでるんだ」
「藤原くんと? 意外」
こんなさわやか好青年とあいつは、どうもつりあわない。
「うん。でも俺、桜井さんのことは一年のときから知ってたよ。地学室からはグラウンドがよく見えるから」
ああ、と頷く。部活しているところを見られるというのは、なんだか恥ずかしい。例え過去の出来事であっても。
「いつもさ、桜井さんすごいなあと思ってたよ。一番目立ってた」
「大きいからでしょ?」
ほんとにこの身長はどうにかならないものか。
「それもあるけど。でも声も大きいし。なにより、バッティングがすごかったからさ。もしかしたら地学室にまで飛んでくるんじゃないかといつもヒヤヒヤしてたよ」
「流石にそこまでは飛ばさないよ」
体育館や部室の窓ガラスを割ったことはあるけど……。あの修理費は痛かった。
まあねと笑って、藤原くんが続ける。
「桜井さん、キャプテンだったんだろ? すごいよね。あんなに強いチームをまとめてたなんてさ」
「別に、そんなことないよ……」
しかし、藤原くんは少し声を大きくして否定した。
「謙遜することないよ。立派なことだ。胸を張っていい」
謙遜なんかしていない。わたしよりすごい人なんてたくさんいる。頭も、統率力も、そして、ソフトボールの実力も。
「キャプテンで、四番で、しかもチームのブレインだ。桜井さんよりすごい人なんて、滅多にいないよ。冗談抜きで」
わたしは、自分の口元に寂しい笑みが浮かぶのが分かった。
向かいの歩道を見る。CDショップがあり、ジーンズショップがある。そしてその隣には、なかなかの客入りが認められるハンバーガーショップがある。
現に今、そこにいるのだ。わたしよりなにもかもが数段上。一分の欠点もないほど、心技体に優れた人が。
「今日初めて話してみて、思ったとおり性格もよかったしさ。俺も見習わなきゃ」
今日もきっと、笑顔で接客し、臨機応変に事態に対応し、周りから羨望のまなざしで見られているに違いない。
「大学でも、ソフトボール続けるんだろ? 俺、見に行こうかな」
だからね、藤原くん。わたしは謙遜なんてしていない。わたしよりもすごい人なんて、たくさんいる。ここから見える距離にだって、確かにいるんだから………。
初投稿でしたが、どうにか完結までもっていくことができました!この話にはまだ続きがありますので、また投稿したいと思っています。
稚拙な文章をここまで読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました!次回もよろしくお願いいたします。