表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十五夜の夜、うさぎは月に還る  作者: 上条ソフィ
十五夜の夜、うさぎは月に還る
27/38

27. 餅つき2

 パシッ!


 望の前に仁王立ちした真鍋が、両手で何かを受け止めている。


「……?」


「あー! こいつ、受け止めやがった!」

「オレが人間の気を逸らすから、こっそり投げろって言っただろうが! なんで声出すんだよ!」

「宣戦布告しないで闇討ちするのは卑怯だって父ちゃん言ってた!」

「いってた!」


 うさぎが数匹集まってきて、口喧嘩を始めた。

 大人のうさぎと同じくらいの大きさだが、口ぶりからしてまだ子供なのかもしれない。

 一匹小さい子がいるが、あれはお清めの泉でルナが助けてあげた子じゃないだろうか。


「お前ら! 全員並べ! 危ないだろうが、こんなもん振り回して!」

 真鍋が低い声で唸った。

 うさぎたちは先生に叱られた子供のようにしゅんとして一列に並んだ。


「だってルナがこれ渡して来いって言うから」

「ルナがいった!」

「普通に渡したらつまんないから」

「つまんないもん!」

「いいじゃねーか。お前受け止められたんだし。褒めてやるよ」

「ほめてやるよ!」

「だーお前! うるさい! ちょっと黙ってろよ」

「でもおにいちゃん! わたしもやってるもん!」


 お兄ちゃんと妹が掛け声のように交互に話している。

 お兄ちゃんに怒られたのが悔しいのか、妹は目に涙を浮かべている。


「そういう問題じゃねーよ。ここにはお前らの長老もいるんだぞ。こんな年寄りに当たったらどうするんだ。怪我したらそのまま死ぬかもしれないぞ」

 真鍋は長老さんを指しながら言う。


 ガーンと言うセリフが聞こえてきそうなほど、兄妹うさぎはショックを受けている。


 長老さんはのんびりと「なになに。わしはこれくらいでは死なないぞ。じゃが、若者に心配されるというのも良い気分じゃの」と目を細めた。


「これあなたたち! これは神聖なものだから大切に扱いなさいと言ったでしょう!」

 ルナが慌てて飛び出してきてうさぎたちを叱った。


「申し訳ありません、長老様。のんちゃんも。そちらの方も。怪我はありませんか?」

「うん大丈夫だよ。真鍋くんががっちり受け止めてくれたから」


「……それより、なんだこれは?」

『そちらの方』と呼ばれた真鍋は心なしかしょんぼりしているように見える。真鍋は気を取り直すように、受け止めた物を睨んだ。


「これは神聖な大木を使って作られた、餅つき専用のひっくり返し棒です」


 ひっくり返し棒……?

 というか、


「しゃもじ?」


 真鍋が持っているものは、しゃもじのフォルムそのものだ。薄い茶色をしたそれは、ご飯を掬う匙の部分は内側になだらかにカーブしており、グリップ部分はくびれていて持ちやすそうだ。

 その道うん数十年の職人が作ったと言ったら納得の、工芸品店でガラスのショーケースに入っていそうな高級感がある逸品だ。

 手入れは行き届いているようで、表面はつやつやに光っている。長年丁寧に使われてきたのだろう。


 それにしてはさっきうさぎたちが投げてよこしたけど。

 ああ、だからルナが慌てて跳んできたのか。


 この高級料亭にありそうなしゃもじだが、違和感が半端ない。なぜかというと、そのサイズ感。


「すごいね。真鍋くんの身長の三倍くらいあるよ」

「そうか? せいぜい二倍ちょいだろ」

 真鍋はしゃもじの柄のほうを下にして地面に刺した。

 立派な木でできたしゃもじを右手で支えた真鍋は、心なしか得意気な顔をしている。


 男の子って剣とか盾とか好きだからな。大きなものも好きだし。

 誰も見てなかったら振り回してチャンバラごっこしてそう。


「真鍋くん身長何センチなの?」

「180センチだ」

「へえ! 高いね!」

 望は真鍋の頭を見上げた。


 160センチそこそこの望には羨ましい話だ。スーパーモデルのように高い人に憧れた頃もあったけど、残念ながら中学で身長は止まってしまった。まあ、両親ともに高い方じゃないからなあ。でも、いいなあ。180センチもあったら、見える景色が違いそうだなあ。


「のんちゃん、男は身長を偽る生き物ですよ。この方の身長は180センチないですね。私の目測ですと、せいぜい170後半でしょう」

 ルナがすかさず突っ込んだ。


「そうなの?」

「……178センチだ」

 真鍋は不貞腐れたようにそっぽを向きながら答えた。


 ルナは無言で真鍋を見つめている。

 それに耐えられなくなったのか、真鍋は開き直ったように大きな声を出した。

「177.5センチだよ! 四捨五入したら180だろう!」


「なんでまたそんな微妙なごまかしを……」

「女だって体重サバ読むだろう」

「私そんなことしないし」


 そもそも体重を人に言う機会など、大人になってからほとんどない。


「会社の健康診断で、洋服の分もっと体重引けってゴネた女性社員がいるって噂になってたぞ」

「それはきっと、その人の服が重かったんだよ」

「服がそんなに重いわけあるか」

「男の人だってメタボ診断でお腹へこますって言うじゃん!」

「メタボ診断は引っかかると厄介なんだよ! 会社から注意が行くんだぞ。そんな屈辱的なことあるか。ま、俺は引っかかったことはないけどな!」

 真鍋は自分の腹を叩いてふんぞり返った。平らな腹からは、ポンといい音が鳴った。


 別に何か言われたわけじゃないけど、望は自分のお腹をさすってうっと詰まった。ウエスト部分の肉は、そろそろ掴めるかもしれない。


 でもだって、食欲の秋だし。和栗の季節だし。


「知ってる? 若い頃の腹筋って、中年になるとそのまま脂肪に変わるんだよ。そろそろ……かもね?」

 お返しに望は意地悪く言った。

「俺は中年じゃねえ!」

 負けじと真鍋が言い返す。


 なにごとか、とうさぎが集まってくる。

 もっとやれやれ! と囃し立てるうさぎもいる。


 はっ。私ってばまた大人気ないことを。


 望は取り繕うように微笑みながら、話を逸そうとルナに聞いた。これ、何? と。


「これで餅をひっくり返すんですよ」


  「なるほど」

 望は手をポンと打った。


「わかったのかよ?」

「わかるでしょう。だってお餅って、つく人とひっくり返す人がいるじゃない。ほら、よくテレビとかでお餅の早打ち芸とかやってるでしょう。新年になると」


 まあ! こんなに早く打って、ひっくり返す人の手を打っちゃわないのかしら! みたいなやつだ。『新年なんで多めに打っときます!』がだいたいセットだ。


「それをやるんじゃないかなと思って」


「さすがのんちゃん。素晴らしい推測力です。おっしゃる通り、素手でひっくり返すには少々骨の折れる大きさですからね。代わりにこれを使うんです」

 ルナが期待を込めた眼差しで真鍋を見た。真鍋は天を仰いだ。


  「……それで俺にどうしろと?」

「簡単です。うさぎが跳ね上がった時にお餅も一緒に上に上がりますから、このひっくり返し棒でお餅を半分に折って、下に落としてください。そうしたらまたうさぎがお餅を踏んで上に跳ね上がりますから、また半分に折り曲げてください。ずっと同じところで折り曲げると均等にこねられないので、うさぎのジャンプに合わせて移動してもらって、そうですね、理想は円の45度ほどでしょうか、折り曲げるということを繰り返せばいいだけです。くれぐれもうさぎを傷つけることはしないでくださいね」


 望は頭を捻った。

 ルナは簡単そうに言ったけど、結構難しそうじゃない?

 ていうかどうやるの?


「真鍋くんわかった?」


「言いたいことはなんとなく分かった。今、平べったい円の状態で餅が飛び跳ねているだろう? それをこの木の棒――俺にはしゃもじにしか見えないけど――で半分に折り曲げろっていうことだと思う。なんだ、クレープとか八つ橋とか折り紙とか、そういう感じで」


「うーん。あ。お好み焼きをひっくり返そうとして、半分に折れ曲がっちゃったみたいな感じ?」


「まあそうだな。で、そうすると半円の形になって下に降りるだろう。そこでうさぎたちがまた踏んで、ある程度平べったくなる。今度は45度移動して、半円のとんがってる部分を折り曲げるっていうことを繰り返す、と」


 真鍋はいや、無理じゃね? という顔をしている。


「この大きいしゃもじを持って、この山のてっぺんをくるくる回りながらお餅をひっくり返していくの? 真鍋くん、本気で?」


「それは俺が聞きたい」

 真鍋はため息をついた。諦めが混じっているような口ぶりだ。突っ込む気力がないのか、それとも月の流儀に慣れてきたのか。


 うさぎたちは無言で真鍋を見ている。


 なんの表情も浮かべていない多数の目に凝視されるのは、結構圧迫感があるもんなんだな。こうしているとやっぱりうさぎって無表情なんだな。ルナも無表情だとうさぎっぽい。いや、うさぎなんだけど。


 望が呑気にそんなことを考えていると、じりじりとうさぎたちが真鍋を囲い始めた。

「わかった! やるから! やればいいんだろう!」

 真鍋はそう叫んで、腕まくりをした。


「まあ、やれるところまでやってみるよ。なにせ俺がこの中じゃ一番力が強いから」


 真鍋はしゃもじを持って得意げにふんぞり返った。

 そしてチャンバラごっこのように、しゃもじを振り回し始めた。


 えいや! 受けて立つ! と声を出してノリノリだ。


「月は地球より重力が軽いですから、そんなに力まなくても大丈夫ですよ」

 ルナが冷めた声で言う。

「……そうか? 特に感じないけどな。普通に重いぞ、これ」

「それはあなたの力が弱いのでは」


「そんなことはない。じゃあ、まあ俺は行ってくるから。俺の勇姿を目に焼き付けておけよ」

 望に向かってびしっと人指し指を立てると、真鍋は意気揚々とお餅の方に歩いて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ